退位はまだ先になりそうですね
惑星連合との戦闘から時は流れて、今の私は影山市の山中にいた。
かつて偽の戸籍をでっち上げたときに用意した、偽の我が家である。
その時はテレビに出演して自己紹介して歌を歌ったりと、色々あった。
その後、紆余曲折があって、今は私が使用する別荘として日本国政府にも許可をもらっている。
現在は家の近くに人工の温泉を作り、のんびり入浴を楽しんでいた。
「はぁ、良いお湯ですねぇ」
風呂は命の洗濯と言うが、本当に気持ちが安らぐ。
朝から入浴というのも乙なもので、晴れ渡る空を見ながら静かに息を吐く。
「外宇宙の三大勢力を滅ぼすのは苦労しましたが、そのかいはありましたね」
惑星連合もオーガ族も機械生命体も、全て私が管理運営することになった。
いつも通りの併合だが、反逆の前兆があったり煮ても焼いても食えなければ追放処分だ。
けれどそういう輩はしぶとく生き延びて、また何処かで自分たちの王国を築くかも知れない。
「まあ、その時はその時ですね」
もし宇宙の何処かで再会したら、また攻め滅ぼすだけだ。
それはそれとして、地球人類にとうとう私の正体がバレてしまった。
だがうちの国とは違い、神格化はされていない。
今のところは女王陛下ではなくノゾミちゃんと呼んでくれるので、自分にとっては地球が最後の砦である。
ついでに護衛艦隊が追いついて、世話係が付きっきりになった。
しかしちゃんとプライベートは尊重してくれているので、ありがたい限りだ。
「しかし、いつまで続くやら」
ノゾミ女王国の版図は広がる一方で、私が女王なのも変わらない。
「永遠に繁栄し続ける国家は存在しませんし、うちもいつかは衰退するんでしょうね」
千年以上も管理運営を続けているが、今のところは繁栄に陰りが見えることはない。
しかし宇宙は広いので思わぬ驚異に遭遇する可能性はあるし、慢心せずに文明を発展させ続ける必要がある。
暇になったとはいえ、まだ私は休めそうにない。
「運営管理の最終確認や監視は必要ですからね」
前線でバリバリ仕事をすることはなくなった。
けれど相変わらず分身体を遠隔操作して、各惑星で政務を行っている。
主に最終確認の判子を押す係だ。
それに、念のために全国民の監視は続けていた。
専用の役職の人たちが、反乱分子が出ないように目を光らせている。
国民は私の子供も同然だけど、ふとしたキッカケで犯罪は起きてしまうのだ。
事前に処理したり、被害を抑えて解決するに越したことはない。
やはり完全管理社会を維持する必要があって、決して手は抜けなかった。
他国家からは頭おかしいと良く言われるが、自分でもその通りだと思う。
だが千年以上も続く政策の基盤を、今さら撤廃することはできない。
現実に成果が出て、大多数の国民が受け入れているのだ。
なので、どうしても無理なら出ていってもらうしかない。
これに関しては拒否権はなく、レジスタンスになられたら困るので即追放処分である。
「しかし、やっていることは完全にディストピアですね。
便利で快適で、過ごしやすいのが救いですが」
ノゾミ女王国は平和で、貧困や紛争のない理想的な社会である。
だがそのために徹底的な管理や統制が敷かれ、二十四時間態勢で全国民を監視していた。
普通に考えれば人の尊厳や自由を踏みにじる行為で、他国家からもたびたびクレームが入っている。
しかしうちにとっては常識の範疇であり、便利で快適な社会を築くのになくてはならないものだ。
機械のヒューマンエラー対策は万全で、事故が起きる前に修正される。
怪我や病気も未然に防がれるし、もし起きても連絡をしなくてもすぐに救助が駆けつけるのだ。
人々の自由も尊重されていて、余程酷いことにならない限りは大目に見る。
国営企業以外は存在しないが競争社会を構築し、技術や文明の発展を促してきた。
けれど前世からあまり変わっていないからこそ、今頃になってやはりおかしいのではと疑問に思ってしまう。
「ふむ、やっぱり退位を考えたほうが良いかも知れません」
元女子中学生から全然成長しない私が頑張って運営管理して、千年以上保った時点で大したものだ。
しかしやはり繁栄はいつまでも続かないし、いずれは失速する。
その前に惜しまれつつ退位が、一番穏便に済む。
外宇宙に存在していた三大勢力も併合したし、現時点ではノゾミ女王国の一番の敵は溶岩虫になる。
彼らは縄張りに近づかない限りは襲って来ないし、そんなに賢くない。
高火力なら難なく倒せるが、数だけは異常に多い。
なので地道に駆除していけば済むけれど、時間はかなりかかる。
それはそれとして、いつかは穏便に退位して、自由気ままな一人暮らしをしたいものだ。
なので思い立ったが吉日で、予行演習をしてみようと考えた。
まずは、温泉の外に待機している日替わりの世話係を呼び出す。
お呼びでしょうかと近くまで来た彼女に、入浴したままで気楽に告げる。
「ノゾミ女王国も安定しましたし、私はそろそろ退位しようかと思いまして」
「えっ!?」
世話係が完全に固まっている。
けれど私は構うことなく、続きを話していく。
「ネットワークや管理運営のデータベースは、今まで通り使っても構いません。
貴方たちに、あとはお任せします」
まだ動かない世話係だったが、やがて両目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
「女王陛下! どうか思い直してください!」
おまけに崩れ落ちた彼女は、必死に私にすがりついてくる。
「別にそんなに、必死にならなくても」
訳がわからずに困惑していると、世話係は必死に訴えてきた。
「私たちは女王陛下が居なくては駄目なのです!」
目の前で土下座を行い、深々と頭を下げる彼女であった。
しかもネットワークを使い、護衛や他の世話係にも事情を伝えようとしている。
私はこれは不味いと判断し、慌てて上位者権限で通信を遮断した。
そして誤解を解くために、大きな声で叫ぶ。
「冗談です! ただの冗談ですから!」
「じょっ、冗談でございましたか。……本当に良かったです」
心底安堵したようで、彼女はホッと息を吐く。
ノゾミ女王国が上を下への大騒ぎになるのは、予測はできていた。
しかし、まさかここまで大騒ぎになるとは思わなかった。
現実の光景を目にすると、色々ヤバいことが良くわかる。
(念のために、試してみよう)
私はネットワークにアクセスして、国民に意識調査を呼びかけた。
もしも女王が退位したらどうしますかという、簡単な質問である。
昔から使用している政府機関の公式ホームページだ。
隅っこに載せただけだが、物凄いアクセス数を叩き出す。
なので統計データはすぐに集まった。
しかし、自分にとってはあまり良い結果ではない。
(絶望するや泣くはわかるけど、世を儚んでとかヤバいのでは?)
他にも自ら死を選ぶ回答が多く寄せられた。
ノゾミが絶たれたーなどは文字通りなので、上手いことを言ってるなと感じてしまう。
とにかく国民の九割以上が、私に激重感情を抱いていたり、神様と同一視していることも理解させられる。
大人気アイドルグループが、突然解散するなどの比ではない。
祖国が一夜にして崩壊するレベルで、ヤバいことになるのは間違いなかった。
「どうやら退位は無理そうですね」
「それがよろしいかと存じます」
涙を拭いた世話係は立ち上がり、嬉しそうな顔をして深々に礼をする。
ここで私はあることが気になったので、率直に尋ねてみた。
「ネット投票しましたか?」
「していません」
「そうですか。激重感情凄いですね」
「それ程でもありません」
この時点で世話係が投票したのは明らかだが、私はこれ以上は何もツッコまなかった。
取りあえず長湯をしたので、ゆっくり立ち上がって外へ向かって歩いて行く。
「女王陛下、お拭きいたします」
「ええ、お願いします」
一人でも、タオルで体を拭くぐらいできる。
けれど世話係が一緒なので、身の回りのことをやってもらう。
それが彼女たちの仕事であり、命じられると嬉しそうなので生き甲斐でもあるのだ。
実際に女王の護衛と同じで、人気がある職業で狭き門である。
個人的には才能の無駄遣いだと思わなくもないが、幸せの基準は人それぞれだ。
ノゾミ女王国民も徹底した管理運営や監視により、皆が幸福な人生を歩めているので良しとする。
そんな民衆が私にお飾りの最高統治者で居て欲しいのなら、もう少し続けても別に良いかなと思ったのだった。