宇宙の警察官をしているつもりはないです
<惑星連合>
我々は惑星連合の上位者だ。
下位の民とは違い、優れた知識や技術を持つ。
数多の星々を導くに足る資格を所持しているのだ。
今向かっている地球と呼ばれる辺境惑星も、偉大なる我が種族に奉仕する権利を与えられる。
きっと泣いて喜ぶに違いない。
何しろ惑星連合に加盟すれば異星人の侵略に怯えなくて済むし、新しい知識や技術が手に入るのだ。
しかし、無料の施しではない。
上位種族は霞を食べて生きているわけではなく、ちゃんと対価は払ってもらう。
具体的には定期的に上納金を納めて、用意できなければ人や物や資源を強引に徴収する。
下位の惑星に拒否権などあるはずもなく、それが惑星連合の傘下に入る絶対条件なのだ。
今回は新たに地球が加盟するので、また惑星連合の版図が広がる。
私たちは人や物や資源が手に入り、大変素晴らしく誰からも文句など出るはずがなかった。
そう思っていたのだが、地球には我々とは異なる宇宙人が先に滞在していた。
詳しく調査すると、オーガ族や機械生命体を駆逐した張本人のようで、全く未知の宙域からやって来たようだ。
おまけに惑星連合だけでなく他国家でも実現不可能な、ワープ航法や転送技術が実用化されるほどの高度な文明を築いており、千年以上も平和と繁栄を続けているらしい。
彼の国の版図は我々とオーガ族と機械生命体共を合わせたよりも、遥かに広大だと言われている。
さらにたった一人の女王が建国から代替わりせずに治めているなど、正直とても信じられない。
噂に尾ひれがつくのは良くあるが、外敵との戦いでは常勝無敗で次々と周辺国家を支配していると誇張している。
そのような情報を入手したときには、良くもまあここまで己の国家を過大評価できるなと呆れてしまった。
ワープ航法や転送技術はまだしも、それ以外は虚言にしか思えない。
恐らくは女王の求心力を高めるために、わざとそのような噂を広めているのだろう。
実際に神話や英雄譚では良くあることで、我々も情報操作は良くやるので別に珍しくはなかった。
なので最初こそ警戒していたが、何処かでミズガルズ星人を見下していた。
我々の宇宙艦隊ならオーガ族や機械生命体だろうと勝利は確実だし、とにかく自信があったのだ。
そこでまずは相手を知るために、島風と呼ばれる航宙艦にハッキングを仕掛けた。
わざわざ地球の人工衛星をいくつも経由したり多数のダミーも配置し、惑星連合の仕業だと疑われても追跡は困難で証拠を残したりはしない。
そのはずだったが、結果は意外なものだった。
我々は島風の中枢に侵入できずに、数秒かからずに攻性防壁に焼かれてしまう。
さらに驚くべき速度で逆探知され、艦隊が全て麻痺するどころか自爆装置を作動させられる。
一時は宇宙の藻屑になるかと恐怖したが自動的に停止したことから、ミズガルズ星人はこちらを殺すつもりがなかったようだ。
そして彼女は間違いなく過去最大の強敵で、惑星連合が全力で戦えば負けはしないが、大きな被害を受けるのは確実であると、そう理解できた。
現時点で確証を得られた情報は少ないが、我々よりも高度な技術を持っているのは間違いないのだ。
戦闘能力に長けたオーガ族や機械生命体とは違う。
ミズガルズ星人の肉体は弱くても、代わりに機械や道具の扱いに特化した種族のようだ。
何にせよ、現時点では敵に回すのは得策ではない。
かと言って惑星連合に加盟すれば、間違いなく上位者の席を奪われることになる。
そうなれば我々の利益が減るだけでなく、場合によっては追い落とされて搾取の対象になってしまう。
考えれば考えるほど、ミズガルズ星人を加盟させるのは時期尚早な気がする。
急いで母星と連絡を取ると、概ね同意という結論になった。
なのでまずは、簡単な挨拶で様子を見つつ、地球と惑星連合への対応を探る。
答えは、両国関係に干渉するつもりはないであった。
全く迷いなく返答したことからも、そのような姿勢を貫いているのだろう。
聞くところによると、彼の国には未開惑星保護条約というものがあって、文明レベルが低い星々には干渉を控える。
地球はその対象に含まれるらしく、オーガ族と機械生命体に侵略されたことで不干渉が揺らいでいるが、まだ本腰を入れて介入する程ではないらしい。
惑星連合としては、この世は弱肉強食だ。
弱者は強者に食われて糧にされるのが当たり前なため、よくもまあそんな甘い考えで今まで生きてこられたものだと呆れてしまう。
きっと文明レベルが他国家よりも発展し、慢心して宇宙の警察官でも気取っているのだろう。
しかし、そういう正義感に突き動かされる輩は、何処の世界にも居る。
最初は高潔な精神を持っていた者も、平和が続くと汚職や腐敗が広がっていく。
慈善事業だけでは食べてはいけないし、人の欲望には限りがない。
ゆえにミズガルズ国も一見立派に見えるが、内部は腐りきっているはずだ。
他にも色々思うところはあるが、惑星連合にとっては好都合である。
国家としてはともかく一個人でも敵に回したくはないが、両国関係に手を出さないと宣言した。
もし口を出してきたら、賄賂を渡せば喜んで黙認してくれるだろう。
何にせよ、準備は整った。
地球は惑星連合の所有物になり、資源や人材や上納金を吸い上げる。
代わりに型落ち品や不要なゴミを高値で売りつけるが、この星の者には宝の山に見えるだろう。
現に我々が裏取引をした奴らは、端金でも大喜びしていた。
問題があるとすれば国家間の意思統一が難しいことだが、大国が首を縦に振れば他の小国は押し黙るか、同意するしかなくなる。
既に根回しは済んでいて、あとは大衆の前で惑星連合が地球に友好的な勢力だと示すだけだ。
そうすれば情報操作を行う必要もなくなり、世界中の民意が我々を受け入れてくれるだろう。
そうして計画は順調に進み、とうとうアメリカ合衆国で記者会見や歓迎パーティーが開かれることになる。
辺境惑星の歓迎など期待はできないが、これも地球人類に永続奴隷契約を結ばせるためだ。
今は猿どもの機嫌を取っておくかとほくそ笑み、小型艇に搭乗して仲間と共に地上に降下するのだった。
<ノゾミ>
こっそり掴んだ情報によると、惑星連合はアメリカ合衆国で記者会見を開くらしい。
さらに大規模な歓迎パーティーも開催されるようで、現場は多くの取材陣や民衆でごった返している。
ちなみに私も各国の権力者に招待されているので、堂々と出席させてもらう。
今は島風の艦内でパーティー用のドレスを着用しつつ、室内に3D映像を表示していた。
映っているのは米国での記者会見の様子で、何事もなければ歓迎パーティーでの出席になる。
現場は広々としたナショナルモールを貸し切った屋外だが、それでも大勢の人がひしめき合っている。
今は惑星連合の代表が喋っていて、映像の向こうから熱気が伝わってくるようだ。
「惑星連合は地球を加盟国として迎え入れ!
互いに支え合うことで、共に発展していくことを約束しましょう!」
拍手喝采の大勢の記者たちの前で話している人は、名前はジャーリールで使節団の代表だ。
ヤギの角とコウモリの羽を生やしていて、蕎麦屋に来店して私に挨拶に来た人でもある。
外から見れば柔和な笑みを浮かべた悪魔で、裏の事情を知った今では真っ黒だ。
けどまあ私の考えはともかく、彼は後ろに控えさせている部下に指示を出す。
そして小さな瓶を受け取り、机の上に乗せた。
「この容器にはナノマシンが入っています!
使用すれば重症患者や病人も、たちまち完治させることが可能です!
惑星連合は、こちらの品を地球の皆様に無料でご提供致します!」
彼の発言を聞いて、会場全体が大いにどよめく。
けれど無人機に着付けを手伝ってもらっている私は、それを見て顔をしかめて呟きをもらす。
「惑星連合の文明レベルを考えると、型落ち品の可能性が高いですね」
映像を分析すればすぐに結論が出て、大きな溜息を吐く。
「我が国で使用を禁止している危険物を、まさか未開惑星に与えるとは」
嘆いている間に着付けが終わり、周囲の無人機は少し下がる。
「ふむ、まあこんなところですね。
どうもありがとうございます」
AI制御の無人機に礼を言った私は、再び記者会見の映像に注目する。
そこではナノマシンがどれだけ素晴らしいかをジャーリールが説明し、傷ついたネズミに投与していた。
すると歩くことさえ困難な息も絶え絶えだった小動物が、たちまち完治して元気になる。
これを見れば本当に効果があるのだと思い込むし、優れた技術を無償提供する惑星連合への加盟を前向きに検討するだろう。
しかし私は彼らの企みを知っているので、あまりよろしい展開ではない。
「何とか阻止しないと。ナノマシンを地球人に投与させるわけにはいきません。
とにかく急ぎ転送しましょう」
すぐに転送装置を起動して、私の体が光の繭に包まれた。
まさか惑星連合が初手から仕掛けてくるとは思わず、予定よりも少し早い来場になる。
しかし観光地である地球を滅茶苦茶に荒らされるわけにはいかないので、場合によっては真正面からやり合う覚悟を決めるのだった。




