彼らとは仲良くできる気がしません
宇宙の彼方から、惑星連合が地球に来訪した。
それに対してノゾミ女王国は、不干渉を貫くことを宣言する。
けれど、別に地球から立ち去るわけではない。
一歩引いた立ち位置から両国を観察して、必要とあらば介入するつもりだ。
何しろ現時点では、惑星連合が何を考えているかわからないのである。
侵略の可能性は低くても絶対にないとは言い切れないし、万が一にも人類が滅亡したら大変だ。
そんな私の心配はともかく、今は世界中がお祭り騒ぎだった。
理由は我が国に続いて友好的な宇宙人が訪問したからで、うちと違って地球と国交を結びたいとメッセージを送ってきたのだ。
まさに、異星人との交流の見本のようなやり方である。
地球人のテンションも色々おかしいが、きっと私という前例に引きずられているからだろう。
そして惑星連合の使節団が、再びメッセージを送ってくる。
蕎麦屋で見かけたような、ヤギの角が生えてコウモリの羽が生えたヒューマンタイプの種族だ。
挨拶や自己紹介をしている映像が地球に向けて発信されると、紳士的な宇宙人を見て地球人は興奮状態だ。
喜びすぎて過呼吸になって倒れないか心配だし、実際に道頓堀に飛び込む事件も起きていた。
そのような事情は置いておいて、彼らは何やら裏で動いていた。
私は決してバレないように注意を払い、島風に惑星連合の情報を収集させる。
表向きはにこやかで友好的な態度を取る者には必ず何か裏があると、前世の死因からまずは疑ってかかっている。
ともかく惑星連合が気づかなければ犯罪ではない。
相変わらずのステルス迷彩やハッキングで、私も各方面から情報をぶっこ抜かせてもらった。
オーガ族や機械生命体もそうだったが、惑星連合の文明レベルもノゾミ女王国より下だ。
一朝一夕とはいかないものの、時間をかければ多くの情報を収集できる。
そうして彼らが地球に降下して、人類の前に姿を見せるまであと一日となった。
私への挨拶はアポ無しだったが、ちゃんと世界各国に許可を取っての訪問だ。
彼らの艦隊は地球の近くに待機しており、手続きが終わるまでは大人しくしていた。
そして惑星連合が未開惑星の情報を集めているように、私も新しい来訪者の目的を密かに探っている。
結果、記者会見前日に隠された事実が判明し、私は思わず天を仰いで頭を抱えるのだった。
惑星連合の目的を調査した私は、いつものように島風の転送装置を起動する。
そして、地球のフランクのお宅の前に瞬間移動した。
事前に調べたけれど、久しぶりに家に帰って家族サービス中らしい。
彼は滅多に帰れないので、貴重な団らんの時間を邪魔して悪い気はするが、私は躊躇うことなく玄関のインターホンを鳴らした。
「はーい、どなたでしょ……!?」
どうやら奥さんのほうが対応したようだ。
カメラ映像から私が来たことを知り、とても驚いている。
直接家に訪問するのは二度目で、早々機会はないだろうがそろそろ慣れても良いはずだ。
「副長のフランクに話したいことがあります。入れてもらえませんか?」
いつも通りの女王スマイルで口にすると、カメラの向こうの彼女は緊張しながら返事をする。
「はっ、はい! どうぞ!」
中から扉を開けてもらってフランクの家にお邪魔した私は、音楽動画のファンである娘さんから大歓迎を受ける。
副長も一緒だったが、十中八九で私の訪問は厄介事の始まりだと本能的に理解しているようだ。
何だか疲れたサラリーマンのような顔で出迎えられたけれど、すぐに可もなく不可もなしの表情に戻る。
そして居間に案内されて、ソファーを勧められたので遠慮なく座らせてもらう。
次に彼の奥さんが歓迎のお茶とお菓子を用意する横で、空間圧縮鞄から盗聴や盗撮対策のための小型の結界発生装置を取り出して、机の上に置いてスイッチを入れる。
これで副長の家はエネルギーフィールドで包み込まれたが、外からはわからなくなった。
さらに島風のステルス迷彩と同じで、私の存在を地球だけでなく惑星連合も気づけない。
やがて私の正面に座ったフランクが、何処か遠くを見ながら悲しそうに口を開く。
「最近は誰も彼もが惑星連合に夢中で、艦長が地球を救ったことを忘れてしまったようです。
……なので、少し寂しく思います」
オーガ族と悪の帝王を退けて地球を救ってから、まだそれ程時間は経っていない。
けれど今の流行は惑星連合で、誰も私のことを気にしていなかった。
しかし私は積極的にアピールはしていないし、地球を救ったのも成り行きだ。
自国に戻れば称賛などいくらでも得られる上に、神様として崇め奉られる有様である。
(私は今の緩い感じがいいな)
なので気楽に一人旅ができるなら、地球人に忘れられても構わないと思っていた。
ただし親しい人には覚えていてもらいたいけどと考えていると、紅茶が入ったようだ。
私たちの前に静かに置かれたので、お礼を言っておく。
そして温かい紅茶を飲みながら、率直に今の自分の気持を口に出す。
「私は地球を救ったことで見返りは求めていません。
島風の修理用の資材を提供してくれただけで、十分です」
うちは他国から利益を吸い上げなくても、自給自足で十分に豊かな生活を送れている。
今までも鎖国政策で上手くやって来たし、外の宙域で文明を見つけても積極的に関わる気はなく、遠くから見守るだけで満足だ。
私は喋りながら紅茶をちびちび飲んでいると、副長がこちらをじっと見つめてくる。
「ふと思ったのですが、艦長は母に似ていますね」
確かにうちの国民からは、第二の母親と良く呼ばれている。
だがまさか、地球人にまで言われるとは思わなかった。
ほんの少しだけ動きが止まった私に、フランクはさらに語りかけてきた。
「普段は遠くから見守るだけでも、地球が本当に危ない時は助けてくれます。
そこには母が子を想うような慈愛の心が込められていると、そう感じました」
だが副長からそのように評価されても、本当の私は自分勝手で利己的な性格をしている。
千年以上が経っても全く成長しない体と同じで、自身の知恵や精神も不変だ。
もし変化したら、心が摩耗して自我が消えるだろう。
それに今の自分とは異なり、善悪のどちらかに振り切れていたかも知れない。
けれどそのような事情はさて置き、たとえ勘違いであっても私の評価はかなり高い。
なので低いよりは良いかと前向きに考えて、この辺りで本題に入らせてもらう。
「副長との世間話はこの辺にして、そろそろ本題に入りましょう」
机の上には、紅茶の他にもクッキーが置かれている。
地球の食事も美味しくいただけるので、遠慮なく手を伸ばして舌触りの良いバタークッキーを小さな口に運ぶ。
それをモグモグと咀嚼しながら、フランクにはっきりと告げた。
「実は、そろそろ地球を去ろうと思いまして」
副長や家族は大いに驚いていたが、私は地球を観光しに来ているのだ。
永住するわけではないので、適当なところで帰国は珍しいことではない。
「ですがその前に、親しい人たちに挨拶をと。
それが本日お邪魔させてもらった理由ですね」
いつか別れのときが来るのはわかっていた。
しかし感情的に割り切るのは難しいようで、フランクとその家族は悲しそうな顔になる。
「寂しくなりますね」
「はい、私も寂しく思います」
本当は地球から去りたくはないけれど、現状ではどうしようもないことだ。
なので、理由についても彼にはっきりと告げる。
「地球が惑星連合の傘下に入れば、我が国が守護する必要がなくなります」
「えっ?」
副長は今の発言が突飛過ぎて、理解できなかったようだ。
唖然とした顔をしており、会話には参加していないが奥さんと娘さんの二人も困惑している。
なので私は、順序立てて説明していく。
「惑星連合が地球を来訪したのは、この惑星を傘下に入れるためです。
そして提案されれば、高確率で受け入れるでしょう」
未来予測ではそうなる可能性が高く、こっそり情報を集めて裏付けも取っている。
しかし副長は慌てた様子で、口を開く。
「いや、あの……艦長!
たとえそうでも! まだ地球が加盟すると、正式に決まったわけでは!」
フランクがしどろもどろになりながら、発言する。
けれど私は溜息を吐き、首を横に振った。
「既に地球のいくつかの国家が、密約を交わしています。
そして惑星連合を支持する動きを見せている以上、提案されれば加盟は避けられないでしょう」
表向きは使節団は地球外で待機しているが、裏では各国の上層部と接触している。
お忍びで来訪するのはたまにあるし、そこまで珍しいことではない。
今の説明を聞いた副長は、状況を理解したようで言葉に詰まる。
だが、すぐに大きな声を出した。
「しっ、しかし! 地球が惑星連合に加盟しても!
艦長が帰国しなくても、良いではないですか!」
確かに守護する理由がなくなっても、観光は続けられる。
けれど未来予測でその先が見えた以上、私は真面目な表情に変わる。
そして副長に、はっきりと伝えていく。
「惑星連合は、私の存在を疎ましく思っています。
ゆえに地球が加盟すれば、圧力をかけて追い出しにかかるでしょう」
フランクは、そんなことはないとは言えなかった。
まだ惑星連合のことは殆ど知らないけれど、唇を噛んで押し黙ってしまう。
これまで遭遇した宇宙人が色々アレなのもあるが、お互いに仲良くやるのは難しそうだと考えているのかも知れない。
やがて色々と考え過ぎて疲れた顔を浮かべる副長は、溜息を吐きながら別の質問を投げかける。
「しかし、惑星連合はどうして艦長を嫌うのですか?」
何ともストレートな疑問だと思った私は、どのように答えたものかと少しだけ考える。
「ならば、例え話をしましょう」
私は空中に半透明のウインドウを表示して、昔話風に説明していく。
「あるところに一匹のウサギと、遠くから見守る猟師がいました」
ちなみに猟師のモデルは私で、ウサギは名札で地球と書かれている。
「猟師はウサギに話しかけたり、餌を与えたりはしません。
けれど危険な野生動物に襲われそうになったら、銃を発砲してすぐに追い返してくれます」
半透明のウインドウを紙芝居のように切り替えて、説明を続ける。
すると副長の娘さんは興味津々で、話に耳を傾けていた。
「二度ほど猛獣を追い払うと、今度は外から別の人間がやって来ました」
人間のモデルは、ヤギの角とコウモリの羽を生やした異星人だ。
副長はこの時点で色々と察したようで、微妙な表情になっている。
「彼はウサギを捕まえて、見世物小屋に売り払おうとしました。
しかし猟師が守っているので、迂闊に手が出せません」
私はさらにウインドウを切り替えて、続きを話していく。
「外から来た人間は、僕は敵じゃないよ。ウサギの親友さ。
その証拠に、お土産をたくさん持ってきたよ」
次の場面はウサギに餌を与える人間の様子だが、その笑みが何とも胡散臭い。
「猟師はウサギに直接危害を加えないので、餌を与えるのは止めませんでした」
そう言って私は、またウインドウを切り替える。
すると、そこには見世物小屋に売られたウサギと、大金を手に入れた人間が映っていた。
しかも他にも似たような手口で騙された動物たちが檻に入れられて、悲しそうな顔をしている。
例え話が終わったので、私は表示していたウインドウを消した。
そしてフランクを真っ直ぐに見つめ、はっきりと告げる。
「我が国の立場は中立です。
双方が合意の上なら、口出しはできません」
例え惑星連合に奴隷のように搾取されても、地球がその立場を自ら受け入れたのなら何も言えない。
明確な敵対国なら別だが、別に宇宙の警察官をしているわけでもないし、第三者が横槍を入れるのもおかしな話だ。
何にせよ、地球はこれから色々大変である。
「惑星連合は、表向きは友好的に振る舞っています。
そして地球が異星人に侵略されたら、契約通りに守ってくれるでしょう」
なので私が地球を守る必要はなくなる。
あとは惑星連合に任せれば、きっと侵略宇宙人を撃退してくれる。
「しかし惑星連合には、明確な上下関係があります。
地球は言うまでもなく、一方的に搾取される側です」
優れた知識や技術は手に入るが、必ずしも利益や恩恵をもたらすとは限らない。
惑星連合内部の特権階級に吸い上げられて、地球は貧しい暮らしを余儀なくされるだろう。
「特権階級は、地球が惑星連合の上位になるのを決して許さないでしょう」
立場が逆転して搾取される側になるのは、誰だって嫌だ。
なので地球は馬車馬のように働かされるし、惑星連合も従順な奴隷がいたほうが都合が良い。
気づけば副長だけでなく、奥さんと娘さんも顔色が悪くなっていた。
少し脅かし過ぎたかなと反省しつつ、わざとおどけて話題を変える。
「まあ私の国にも上下関係はありますし、惑星連合のことを悪く言えないんですけどね」
しかし悪事を働けば容赦なく処罰されるし、女王の前では誰もが等しく平民だ。
何だかんだで千年以上も管理運営してきたので、国民は今ではすっかり慣れて適応してしまった。
おかげで神様として崇められることになったのだが、それは今は関係ないので置いておく。
取りあえず反応が今ひとつだったので、思いっきり滑ったのだと理解する。
それを誤魔化すようにコホンと咳払いしてから、改めて仕切り直す。
「先程も言った通り、我が国は中立の立場です。
なので地球と惑星連合が合意の上で結んだ契約に、横から口を出すつもりはありません」
副長がじっと見つめてくる。
私は微笑みながら続きを話していく。
「地球は国家間の意思統一が、とても難しい惑星です」
国家間での足の引っ張り合いは、地球のお家芸と言っても過言ではない。
決して褒められたことではないけれど、今回に限っては良い方向に使える。
「惑星連合ではなく我が国と国交を結ぼうとする国家が、一つか二つあっても不思議ではないでしょう」
名付けて第三者的に横槍を入れるのは躊躇われるが、呼ばれたから来ただけだよ作戦だ。
地球と国交を結ぶ気は毛頭ない。
しかしアドバイザーとしてなら参加しても良いし、あとはうちの支持者がどれだけ居るかだ。
けれど一国でも味方になってくれれば、多少強引だが会議場に乗り込むのは可能である。
「わかりました! 急ぎ大統領を説得します!」
フランクが真面目な顔で大きな声を出すが、彼だけでは少々心許ない。
「仲間とも連絡を取って、少しでも支持者を増やしましょう!」
副長は私の意図を正しく理解してくれたようで、他の仲間にも連絡を取ってくれるようだ。
けれど、途中で妨害される可能性もある。
なので私は空間圧縮鞄から小型のマジックアイテムを取り出して、フランクに手渡した。
「惑星連合の監視を防ぐ道具です。
密会をするときに使ってください」
惑星連合は地球よりも文明レベルが高い。
自分も人のことは言えないが、情報をぶっこ抜き放題である。
「既に地球の情報は盗まれていますからね。
それゆえに惑星連合の知らないことがあるとは、思わないでしょう」
格下だと侮っていた地球に裏をかかれるのだ。
きっと、とても悔しがるだろう。
「ありがとうございます!」
副長は喜んでいるが、奴らはその気になれば核の炎を地球全土に降らせることもできるのだ。
私はやらなかったが、惑星連合も大人しくしているとは限らない。
なので念のために、フランクに伝えておく。
「二十四時間態勢で見張っていますが、私は中立の立場ですからね。
危機的状況にならない限りは、静観しますよ」
地球のネットワークに介入するのは、本来はいけないことだ。
あまり表立っては動けないが、惑星連合は既に介入を始めている。
今のところは核ミサイルの雨を降らせる気はないので良いけれど、情報操作はお手の物だ。
危機的状況でない限りは静観の構えなので、基本的には何もしない。
けれど地球側の頼みなら、建前として気は進まないが仕方ないと面倒そうに口にしつつ、重い腰を上げるのだった。




