気ままな一人旅を楽しみましょう
二千年代の地球に似ていても、ここは前世とは違う別の惑星だった。
家族や友人と会えるかもと未来予測では低確率だったが、万が一でも良いのでと期待してた分、精神耐性があってもショックを受ける。
けれど、いつまでも落ち込んでいる私ではなく、一晩休んで気持ちを切り替えた。
せっかくミズガルズ星から遠く離れた辺境宙域まで来たんだし、長期休暇も申請して通ったのだ。
一人旅を満喫する機会を逃すのは勿体ない。
なので私は昨日と同じ服を着用し、転送装置を起動して適当な都市に移動する。
場所は適当だが、ちゃんと周囲に人が居ない場所を選んだ。
上から下まで昨日と同じ格好だが、ちゃんと洗濯したし清潔である。
衣装がこれしかないわけではなく、大量に持ってきた。
しかし地球人として目立たずに行動できる服装は、実はかなり少ない。
一ヶ月前の無人探査機の情報だけでは、現地人の情報は殆ど入ってこなかった。
どの衣装を持っていけば良いのかわからずに、とにかく手当たり次第だ。
おかげで下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言うように、白いワンピースドレスがあって助かった。
季節もちょうど夏なのも、ありがたい。
今着ているのは軽くて丈夫な繊維にオリハルコン皮膜が施されているので、並大抵の攻撃は、護符を使うまでもなく弾き返してしまえる。
それと現地調達という手も一応はあるが、もし襲撃されたらと考えると防御力の低い服を着る気にはなれなかった。
今は護衛を連れておらず、全て自分で対処しなければいけない。
少しでも装備性能を高めておくに、越したことはないのだった。
そのような複雑な事情を抱えている私は、転移先の公園の茂みからひょっこり顔を覗かせる。
続いて右を見て左を見てと、周囲を注意深く観察した。
外から見ればエルフのコスプレをした幼女が、隠れんぼをしているように見えるだろうが、本人は真剣である。
取りあえずは誰もいないことを確認した私は、不自然にならないように茂みからゆっくりと出た。
そして白いワンピースドレスについた葉っぱを軽く払い、息を静かに吐く。
「はぁ、誰にも見られなくて良かったです」
地球人には、絶対に転送の瞬間を見られるわけにはいかない。
島風でも徹底的に調査したので大丈夫だとはわかっているが、それでも内心ではドキドキであった。
しかし、普通に茂みから出た今ならコスプレだと誤魔化せる。
見られても問題なしなので、いつものように女王らしく堂々と振る舞う。
「では、行きましょうか」
ここで半透明のウインドウを出してナビゲーションしようものなら、地球人でないと速攻でバレてしまう。
なので物質変換器で作成したスマートフォンそっくりなマジックアイテムを使って、影山市の地図を呼び出す。
実際には島風が観測した情報を引き出しているので、地球のインターネットに接続しているわけではない。
足跡を残さずに不正アクセスは可能だが、人の目がある場所でやるものではないと判断した。
私は自前のデータベースで目的地までの道順をナビしつつ、誰も居ない公園を歩いていく。
「ふむふむ、こっちですね」
やがて公園の外に出た私は影山市の大通りを物珍しそうに眺めながら、道順から外れないように気をつけて歩く。
建築物や景色を見る限り、やはり二千年代の文化レベルで間違いはなさそうだ。
そして周りの人々が話している言葉も日本語で、あちこちに書かれている文字からも予測が正しいことがわかった。
(やっぱり目立つなぁ)
しかしやはりと言うか、大通りに出ると周辺住民や車を良く見かける。
注目されるのは慣れているし、千年以上も女王を務めてきたのだ。
ゴーレムの精神耐性は伊達ではなく、この程度では動じずに気配を感じ取るだけである。
それに今この瞬間にもノゾミ女王国に生配信されているため、情けない姿は見せられずに、いつも通り堂々とした立ち振舞であった。
(私はコスプレをした地球人で、エルフの女王を演じていると思い込もう)
女王を演じるのは普段と同じなので、私としては気楽なものだ。
おかげで優雅に影山市を散策することができ、未開惑星の観光を楽しめている。
千年以上も演技を続けて誰にもバレていないので、多分だがプロの劇団でも通用するだろう。
そんな何処へ出しても恥ずかしくない女王は、大通りをのんびりと歩いて行く。
おかげで周りで見ている人たちは、話しかけるのも恐れ多いと感じたようだ。
誰もが息を呑んで動きを止め、手を震わせながら撮影はできても他には何もできない。
「ここを右ですね」
やがて目的地の近くまで来たので地図を確認してから大通りから外れ、人が殆ど居ない裏路地へと足を踏み入れる。
初めての街なので土地勘がなくナビゲーション頼りなので、注意深く周囲を観察しながらあるき続けた。
「そろそろのはずですが──」
私は人気がなく、日が出ていても薄暗く狭い裏路地を歩いて行く。
すると、やがて目的の店を見つけた。
「ここですね」
表向きは何の店かはわからないほど、薄汚れた建物だ。
しかし私は迷うことなく、真っ直ぐに近づいていく。
念のために入店前に誰にも見られないように気をつけて、静かに扉を開けて中に入った。
店内は裏路地とは空気が違い、埃っぽくてカビ臭い。
それに用途のわからない物品が所狭しと並んでいて、とても興味を惹かれる。
ふと奥を見ると中年男性の店主が気怠げな顔で新聞を読みながら、カウンターに足を乗せてタバコを吸っていた。
彼は店に入ってきた私を見て一瞬驚く。
しかしすぐに落ち着きを取り戻し、鬱陶しそうに話しかけた。
「ここは子供の遊び場じゃねえぞ。今すぐ帰んな。嬢ちゃん」
店主は脅すように低い声で伝える。
だが私は怯まずに、真っ直ぐ近づいていく。
「貴方に荷物を渡して金を受け取るようにと、ある人に頼まれました」
今の発言を聞いた彼は、もう一度私の顔を見る。
そして渋い表情に変わって溜息を吐き、新聞を閉じてカウンターに置く。
「確かにそういう依頼もあるが、嬢ちゃんに任せるとはな」
彼は乗せていた足をおろし、顎に手を当ててしばらく考え込む。
取りあえず結論が出るまで待つことにしてカウンターの前まで近づいた私は、周囲の物品を興味津々な表情で観察する。
なお、ここは闇系の仕事をしている人が良く利用する質屋だ。
裏の物品だろうと足がつかないように換金してくれるらしく、島風が調査してくれた。
しかし問題は見た目が地球人とは異なる幼女を相手に、真面目に取引してくれるかだ。
こればかりは完全に賭けだが、もし失敗したらその時考えれば良いやと気楽に構えて、思案している店主を横目で見つめる。
「人材不足か。それとも事情があるのか?」
やがてタバコを一本吸って気持ちを落ち着けたあとに、私に顔を向けて息を吐く。
「……まあいい。長生きしたければ、下手な詮索はしないほうがいい。
出される物品にもよるが、嬢ちゃんに持たせるぐらいだ」
曰く付きの物だったら拒否するし、不審者なら店から追い出される。
質屋として当たり前だろうが、私はギリギリ合格だったようだ。
(深読みして、逆に信用されたのかな?)
店主の中でどのような考えの末に、今の結論を出したのかはわからない。
しかし取引に応じてくれるのはありがたく、あとは物品がセーフなのを祈るばかりだ。
(事前に調べはしたけど、少し緊張するね)
呼吸を整えて、店主のすぐ前まで近づく。
そして空間を圧縮している鞄に手を入れて、金の原石をおもむろに取り出した。
「ぐぬぬっ! おっ、重い!」
鞄の中に入っている状態なら、軽量化がかかっているので持ち運びには問題はない。
しかし外に出すと一気に重くなり、両手足がプルプルと震え始める。
「おっおい! 大丈夫か!?」
「だっ、大丈夫です! これぐらいなら、何とか!」
詰め込む時には、パワーグローブ的なマジックアイテムで何とかした。
しかし幼女が大きな金の原石を軽々と持ち上げるなど変だし、それをすると明らかに怪しまれる。
なので見た目相応の腕力で、カウンターの上に乗せようと頑張るのだ。
ゴーレムの体なので疲労はないが、一進一退の攻防が続く。
「もういい! 俺が持つ!」
「……あっ!」
ハラハラして見守っていた店主が、不意に両手を伸ばして金の原石を取り上げる。
もう少しでカウンターの上に届いたのに、残念ながら時間切れだったようだ。
「それで、コレを換金すればいいのか?」
「はい、お願いします」
私が深々と頭を下げる。
ちなみにコレとは、地球に向かう途中で拾った金鉱石だ。
変な雑菌やヤバい物質が混じっていたら大変なので念入りに調査したが、結果は問題なしである。
なので両手で持てるギリギリの大きさを、極めて自然に見えるように削り取った。
店主はしばらく無言で調べていたが、やがて顔を上げて私に声をかける。
「専用の機材で調べてくるから、少し待ってろ」
どうやら奥の部屋には、専用の道具があるらしい。
やはり金鉱石の鑑定には時間がかかるようで、しばらく待つようにと伝えられた。
暇になった私は、店内の物品を気ままに眺めることにする。
見た感じは用途不明の物が多いが、使い方をデータベースで検索すると、なるほどと関心できてなかなか面白い。
適当に時間を潰していると、やがて店の奥から自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
「嬢ちゃん、終わったぞ」
待ってましたと店主の元に向かうと、彼は複数の書類をカウンターの上に並べていく。
「原石は大きいが、不純物も多く混じっていた
買取額は百万円だ。……それで良いか?」
書類を渡されて目を通すと、成分表示だと理解する。
店主は真面目に鑑定してくれたようで、データにも間違いはない。
(けど、普通の幼女はそんなことわからないしなぁ)
取りあえず条件反射で頷いているように見せるため、口を開かずに承諾だけしておいた。
「取引成立だな。これが買取金の百万円だ」
そう言って、分厚い封筒がカウンターの上に置かれる。
私は爪先立ちして鑑定書と一緒に受け取り、丁寧に鞄にしまう。
「なくすんじゃねえぞ」
「はい、お世話になりました」
百万円を手に入れた私は、強面だが優しい店主にお礼を言う。
彼が誰彼構わず良い人なのかはともかくとして、換金してくれて助かった。
「おう、依頼人によろしくな」
最後にもう一度頭を下げて、私は質屋から出る。
そして店主が見送ってくれたので、微笑みながら手を振って扉を閉めるのだった。
航海の途中で拾った金鉱石を質屋で換金し、現金百万円を手に入れた。
おかげでようやくまともな旅行ができるようになり、内心はウキウキだ。
取りあえずスマートフォンを取り出して手早く地図検索し、今度は近場の本屋に向かう。
人の少ない裏路地から大通りに出ると、相変わらず見られたり撮影されているように感じる。
けれど幸いなことに、直接話しかけられることはなかった。
おかげで問題なく書店に到着したので、自動ドアを通って店内に入る。
エアコンの風を感じて入り口の辺りで涼んでいると、店員や客の視線を集めていることに気づく。
炎天下でおかしくなったわけではないが、ほんの少しだけ目的を忘れてしまったようだ。
けれど思い出せたので、速やかに目的のコーナーに向かった。
言語は普通に読めるのですぐに見つかり、目当てのタイトルに手を伸ばす。
「日本の歴史は……っと」
ネットの情報は島風が徹底的に分析しているが、やはり本を読んで相違ないかを確かめるのも大切だ。
結果は、事前に調べたデータと殆ど同じだった。
そして前世の歴史と基本的な流れは変わらないが、人物名など細部が異なっている。
「ふむふむ、概ね予測通りですね」
何冊か日本の歴史書を流し読みしたあとに、せっかくなので世界史も閲覧しようかと手を伸ばす。
しかし高い位置にあって、身長が足りずに届かない。
世界史の書物は低い棚にもあるが、一度決めたのに妥協をするのは癪だ。
なのでバランスを崩さないように気をつけて、頑張って背伸びをする。
「よっ! ほっ! はっ!」
普段ならマジックアイテムを使うか世話係に頼めば済むが、今は地球の一人旅の最中だ。
どっちも使えないため、あと少しで届きそうな書物に手を伸ばすしかない。
なのでしばらく夢中になって、ピョンピョン跳ねたり爪先立ちをしていた。
するといつの間に近づいてきていたのか、若い店員さんに声をかけられる。
「お客様。何かお困りでしょうか?」
目の前のことに集中していて気づかなかった私は、慌ててそちらに顔を向ける。
そして自らの行いを思い出し、羞恥で顔を赤くしながら頭を下げた。
「すっ! すみませんでした!」
立ち読みは書店にとっては歓迎されないし、少々騒がしくしてしまったのだ。
ノゾミ女王国では私が一番偉いので、わがまま放題でも問題はないがここは地球である。
悪目立ちして疑われるのは不味い展開であり、私は素直に謝罪した。
すると店員さんは笑顔を浮かべて、私と目線を合わせるようにしゃがみ込む。
続いて、優しく言葉をかけてきた。
「読みたい本があるなら、取りますよ?」
「えっ? あー……ええと」
少し迷ったが、ここで断るほうが変だと思われるかも知れない。
なので私は恥ずかしそうに無言で指を差して、店員さんに目的の書物を伝える。
「この本が読みたいのですね?」
「……はい」
静かに頷くと、若い店員さんは高い位置にある本を取ってくれた。
「ありがとうございます」
「どう致しまして。また何かあれば、気軽にお声かけくださいね」
そう言って彼女は他の店員さんが待つレジの方に歩いていき、何やら仲間内で嬉しそうに会話を始める。
私は手に持った世界史の本を、じっと見つめて考えた。
手を貸してくれたのは善意かも知れないが、無駄に目立って注目されたのは間違いない。
(うーん、どうしたものかな)
私は思考を加速して時間の流れを停止させて、しばらく考える。
このスキルは、神様からスーパーコンピューターとは比較にならない処理速度を授かった自分だからできることだ。
しかし頭が悪くて行き当たりばったりなのは千年前から変わっておらず、そっちも異世界転生させた神様が調整したのだと予測されている。
その辺りは気にしても仕方ないし慣れたので平気だが、今はそんなことよりも受け取った本をどうするかだ。
(マニュアル通りの対応なのは、コスプレだと勘違いしてくれたんだろうけど)
でなければ、根掘り葉掘り聞かれたり不審者として通報されてもおかしくない。
しかし時間が経つほどに注目されているので、キッカケがあれば再び接触してくる可能性は高かった。
何にせよ情報収集は十分に行えたし、これ以上は書店に留まる理由はない。
(よし、そろそろ別の場所に行こう)
私は地球に、自由気ままな一人旅をしに来たのだ。
別に現地住民と仲良く話をしたいわけではない。
取りあえず取ってもらった本を持って、真っ直ぐにレジに向かって店員に声をかける。
「お願いします」
「お会計は千二百円になります」
カバーや袋は必要かと尋ねられたので、大丈夫ですと断る。
続いて鞄の中に手を入れ、先程手に入れたお金から一万円を取り出して、レジをしている店員さんに渡した。
あとはお釣りをもらって終わりだろうと思ったら、ポイントカードなども勧められる。
さらには今度書店でイベントをやるので、ぜひ参加して欲しいと何度もお願いされた。
必死過ぎる接客に若干引き気味になりながら、私は他に用事があるのでと丁寧にお断りする。
(きっと書店の経営が苦しいんだろうな)
そのあとは少し早足で自動ドアに向かって勧誘を逃れたが、確かに大抵の書店は経営に苦心している。
生き残りに必死なのもわかるけれど、あまりにも真剣だったのでちょっと怖かった。
やがて自動ドアから外に出た私は、再び夏の日差しを体に受ける。
眩しくて蒸し暑いが店員に勧誘されるよりはマシだし、一人旅を楽しむために気持ちを切り替えるのだった。




