地球は人気がありますね
地球に向かっていた機械生命体の艦隊は、溶岩虫に襲われて壊滅した。
宙域を探索して生存者を探すと、彼らは呼吸の必要がないため
生き残った人はそれなりに居たが、悪の帝王は卵が孵ったときに一番近くに居たらしい。
なので頭からバリバリやられたという話で、何というかご愁傷様であった。
何にせよ、彼らの目的が判明する。
大いなる秘宝の入手とレジスタンスの殲滅、そして地球を侵略することだった。
取りあえずは、正当防衛が成立したので良かった。
あとは犠牲は出たが、侵略目的で致し方ないうえに危険な害虫も駆除できたし、悪くはない結果だ。
ちなみに生き残った機械生命体の管理は、レジスタンスに任せる。
宇宙の各地に潜伏していた仲間たちが地球に集まってくるらしいので、しばらくはこの惑星に滞在するのだった。
しかし害虫を駆除できたのは良いが、島風には相当な無理をさせてしまった。
被弾こそしなかったが激戦を潜り抜けたので、一度整備点検を行うことになる。
本来ならミズガルズ星に帰還して専門家に任せるべきだが、まだそんな気は起きない。
なので練馬駐屯地を借りて、私自らが修理作業を行うことになった。
政務とは違うし、たまにはこういうことも良いかも知れない。
普段はやらないことを体験するのは、何とも不思議で新鮮である。
観光はしばらくお休みして整備士の真似事を続けていると、島風のレーダーシステムが地球に接近する物体を捉えた。
オーガ族でも悪の帝王でもない未知の艦隊だったが、過去に入手したデータと照合すると正体が判明する。
なので私はパイプ椅子に座って無人機を操作して修理を行いつつ、特別枠で見学に来たフランクの家族に何気なく話しかけた。
「惑星連合が地球に近づいています」
「あの、惑星連合とは何でしょうか?」
空中にウインドウを出して忙しく思考操作しつつ、フランクの奥さんに返事をする。
「今までに得た情報ではオーガ族と機械生命体、それと惑星連合が周辺宙域の三大国家のようです」
「なっ、なるほど?」
わかったようなわからないような微妙な表情を浮かべているが、娘の方は惑星連合ではなく島風に興味津々のようだ。
ちなみに現在は人数制限付きとはいえ一般開放されており、遠くからの撮影のみが許可されている。
なので各国のテレビ局やカメラマン、取材陣や見物人が大勢集まっているが、私と直接話せるのは本当に珍しく、離れているので彼らには聞こえない。
「また、侵略でしょうか?」
「わかりません。現時点での彼らの目的は、不明です」
惑星連合が何をしに地球に来るかは、予測はできても確定ではない。現時点では不明だと伝えておく。
「しかし、ここまで立て続けだと休む暇がありませんね」
私はパイプ椅子にもたれて大きく息を吐くが、このところ修理作業ばかりで観光をしていない。
たまにはこういうのも良いかもと思ってはいても、息つく暇もないのは少し困るのだった。
現時点では、ノゾミ女王国は特に何もしない。
惑星連合が近づいていることを、事前に地球に伝えるぐらいである。
だが未来予測が正しければ、今回は戦争になる可能性はかなり低い。
しかしそれからしばらくして、例の艦隊が島風に対してハッキングを仕掛けてきた。
バレないように地球の人工衛星をいくつも経由したり、デコイを複数設置しているようだ。
けれど技術力はこっちが勝っているので、全てお見通しである。
攻性防壁で数秒かからずにウイルスは焼かれ、逆探知のついでに艦隊のコンピュータに侵入し、強制的にダウンさせたあとに自爆装置を起動した。
今回が初犯だし、未知の国家を知るために行ったのだ。
警告の意味を込めて自爆寸前に停止するようにセットして、実際にその通りになった。
ちなみにオーガ族のハッキングは何故苦戦したかと言うと、うちは攻めるのは苦手だからだ。
我が国は千年以上も鎖国を続けていて、星間戦争で攻められては迎え撃ってと併合を繰り返してきた。
なのでいつの間にか先に動くのは苦手で後手が得意になり、基本は反撃前提で待ち構えることになった。
それでも技術力の差で先攻を取っても何とかなるが、やはり防衛と比べれば時間効率は落ちるのだった。
とにかく惑星連合はハッキングで懲りたようで、それ以降は目立った動きはない。
そうして彼らが地球到達直前に、ようやく島風の修理が終わる。
私は久しぶりに自由気ままな観光に戻り、今日は長野県の有名な蕎麦屋に来店した。
昼時はいつも混雑して、列になっているらしい。
けれど平日で飯時を過ぎているからか、客足は落ち着いている。
ちょうど席が空いたらしく、暖簾を潜った私は店員に驚かれたものの、歓迎されて良い笑顔で案内してくれた。
席についた私はメニュー表を開いて、山菜天ぷらの蕎麦定食を選ぶ。
店員さんに注文したあとは、出来上がるまで手持ち無沙汰である。
窓から見える景色も良いが、店内に設置されているテレビから興味深いニュースが流れていたので、そちらに視線を向けた。
「……ただ今入った情報です」
私はテレビ局のアナウンサーが、興奮気味に記事を読み上げる様子を眺める。
「本日正午、宇宙から発信されたメッセージが、世界中の情報端末に一斉に届くという事件が起きました」
もはや明日には地球に到達するので、いよいよ行動を開始するようだ。
世界中の情報端末に届いたので隠蔽するわけにもいかず、公式発表したらしい。
「メッセージは各国の言語で、このように記載されていました。
我々は惑星連合です。侵略の意思はなく、地球と国交を結びたい」
どうやら侵略目的ではないのが凄く嬉しいらしく、アナウンサーは始終興奮状態だ。
そんなテレビの光景を見ていると、注文した料理が運ばれてきた。
「山菜天ぷら蕎麦定食です! ごゆっくりどうぞ!」
店員さんが机の上に並べてくれるのを見ながら、素直にお礼を言う。
「ありがとうございます」
しかし一般客に混じって蕎麦を食べに来る宇宙人は、庶民的と言うか何かこうイメージが崩れる気がする。
でも自分はヒューマンタイプで、未知の技術を使うのも地球に危機が迫ったときぐらいだ。
(別に宇宙人をアピールして、チヤホヤされたいわけじゃないしね)
私としては今ぐらいの距離感がちょうど良く、箸を持っていただきますをする。
そして率直な気持ちを内心で呟く。
(それに国家間の距離を詰めすぎると、面倒なことになるし)
紆余曲折はあっても、どう足掻いてもノゾミ女王国に併合してしまう。
私は地球にそうなって欲しくないので、今のままの距離感で良い。
そこであることを思い出し、脳内データベースから彼らのメッセージを呼び出した。
『初めまして、ノゾミさん。私たちは惑星連合です。
今後とも、よろしくお願いします』
私が蕎麦をすすりながら考えるが、これは地球に送られたメッセージとは異なっている。
隣に引っ越してきた人が挨拶しに来たような感じだし、ハッキングの件はなかったことにしたようだ。
別に謝罪して欲しいとは思ってないのでそれで構わないし、こっちもご丁寧にどうもありがとうございますと返しておいた。
なお、それっきり返事は届いていない。
本当にただの社交辞令のようであった。
うちも別に他の国家と親交を深める気はないし、相変わらずの鎖国政策を維持している。
地球と同じで、程々の付き合いが望ましいのだ。
するといつの間にかテレビ番組が変わっており、自分が来訪してから現れた宇宙人の専門家を名乗る人たちが、カメラやスタッフの前で各々の意見を述べていた。
「惑星連合は侵略ではないとしたら、何をしに地球に来たのでしょうか?」
「やはり観光でしょうね。それこそが、地球の魅力です」
「確かに、前例がありますからね」
私が番組を見ながら山菜の天ぷらを小さな口に運び、モゴモゴと咀嚼する。
番組のスタッフは熱心に話し合っているが、自分もまだ彼らの詳しい情報は揃っていない。
予測はできるがどれも確率が低く確証がないし、私はあくまでも第三者的な立ち位置だ。
惑星連合の対応は地球人類に任せて、しばらく様子を見るべきだろう。
外から見ている分には影響はないものの、下手に関わると仕事が雪だるま式に増えていく未来が予測できてしまった。
それにノゾミ女王国は鎖国政策をしている。
わざわざ国交を開いたり支配領域を増やそうとは考えていないので、今回の件も当然スルーだ。
そんなことを考えていると蕎麦屋の入り口が開き、客が数人ほど入ってくる。
「いらっしゃ──!?」
店員がいつも通りに接客しようとするが、彼らの容姿を見て完全に固まってしまう。
「突然失礼する。人を探しているのだが」
「あっ、はい! ひっひっ人ですか!?」
彼らは角と羽を生やしたヒューマンタイプの宇宙人だった。
肌の色や服装も地球人とは違うし、驚くのも無理はない。
私はのんびりと蕎麦をすすりながら、自動翻訳機で変換された日本語に耳を傾けていた。
「ああ。いや、問題ない。今見つかった」
そう言って彼らは、真っ直ぐこちらに近づいてくる。
近くで見ると何と言うか、目の前の宇宙人は伝承に聞く悪魔の姿に思えた。
「食事中に失礼。貴女がミスノゾミで、間違いはないかね?」
私は取りあえず箸を置いて、微笑みながら返事をする。
「ええ。私がノゾミですが、貴方たちは?」
嘘をついてもすぐにバレるし、そんな気はないので正直に答えると、彼らは身なりを正して真面目な顔で口を開く。
「私たちは惑星連合の使節団だ。
地球の前に、まずは先輩にご挨拶をと思いまして」
「それはまた、ご丁寧にどうも」
確かに彼らよりも早く地球に来訪しているのは私なので、先輩に気を遣って挨拶をするのは別におかしくはない。
店員さんたちが自分たちの一挙手一投足に注目しているが、それは気にしないことにした。
「では、もう用事は済みましたよね。
私は食事に戻りたいのですが──」
「申し訳ありませんが、その前に一つだけお聞きしたい」
私は少しだけ不機嫌そうな顔になるが、蕎麦は鮮度が命なので仕方ない。
けれど質問に答えれば帰ってくれるらしいので、さっさと終わらせることにした。
どうぞと短く答えると、彼らは嬉しそうな顔で口を開く。
「地球や惑星連合への対応は、どうされるのですか?」
「別にどうもしません」
まさか即答されるとは思っていなかったのか、彼らはとても驚いていた。
「我が国は鎖国政策をしています。
基本的には他国家とは不干渉で、それは地球も惑星連合も変わりません」
国交を開いても小規模で、本格的に干渉すると遠からず併合する。
なのであまり本腰を入れて関わる気はなく、非常時を除いて静観の構えであった。
すると彼らは揃って良い笑顔になり、私に話しかけてくる。
「ありがとうございます。その言葉が聞けて良かったです」
「どう致しまして」
「では、我々はこれで失礼します」
そう言って軽く頭を下げて、背を向けて店の外に去っていく。
結局彼らの目的は良くわからず、私ははてと首を傾げたあとに食事を再開する。
(やっぱり蕎麦、冷めちゃったなぁ)
蕎麦が冷めてしまったのは残念だが、とにかく地球と惑星連合のやり取りは我関せずだ。
何も起きなければそれで良いし、当面は口を挟まずに見守ることに決めたのだった。




