何だか凄いことになってしまいましたね
崩落する海底遺跡から急ぎ脱出した私たちは、島風の反重力推進機関を動かして海底一万メートルから浮上する。
そのまま空高く飛び上がると、一定の高度でピタリと静止した。
「溶岩虫を持ち去った機械生命体を急ぎ探知しなさい!」
艦長席に転移した私は、腰かけながら指示を出す。
「見つけました!」
「ただちに追跡! ですが、決して攻撃しないでください!」
管制室の艦長席に座る私は、続いて説明をする。
「卵に熱や衝撃を与えると、孵化する可能性があります!」
「了解! 攻撃はせずに敵を追跡します!」
操舵手が気合の入った声で答える。
そして敵の反応が地球から遠ざかっているため、島風は機体を縦に傾けて、凄まじい速度で上昇を開始した。
いくらステルス性能が高くても、一度は発見されているのだ。
対策済みのレーダーで捉えるのは容易いことで、敵の機械生命体は完全に捕捉されている。
溶岩虫の卵を重力場で包み込んで運んでいるらしく、あちらも大切に扱ってくれるのは助かるが、現状は下手に手が出せないので見ているだけだ。
「艦長! 何か打つ手は!」
副長のフランクが質問し、他の乗務員も私に注目する。
ここでビシッと打開策を言えれば格好良いのだが、残念ながら首を横に振った。
「残念ながら、打つ手はありません。
我が国では溶岩虫は特定外来生物ですが、向こうは神聖視していますからね」
ノゾミ女王国にとって、地球の危機は他人事である。
もし向こうが侵略戦争を仕掛けてきたら対処するが、現時点では武力介入に踏み切るかは微妙なラインだった。
「他国の秘宝を勝手に破壊したら、外交問題待ったなしですよ」
さらに害虫の卵を一匹持ち去ったので後ろから撃ち殺しましたと言えば、全面戦争待ったなしだろう。
「そっ、そういう問題ですか!?」
副長が慌てた様子で意見してくるが、私の答えは変わらない。
「我が国にとっては、そういう問題です」
それにレジスタンスのことは信用しているが、帝国側の言い分を聞いてからでも遅くはない。
前までは大いなる秘宝を入手すれば交渉で優位に立てると考えていたけれど、実際には特定外来生物の卵で煮ても焼いても食えない代物だった。
だが敵対する惑星に寄生させれば、星ごと滅ぼせる。
一見すると強力な兵器なのだが、その後は無数の害虫が他の熱源を求めて飛び立つのだ。
奴らに知能はなく、生存本能で行動する。
敵味方の区別などつかずに、熱源を発見すれば手当たり次第に襲いかかるのだ。
私なら後処理が面倒なので、絶対に使いたくなかった。
だが大いなる秘宝と称していた人物が、そこまで考えていた可能性は低い。
生物兵器として使えるかもと思っていただけで、生態を調べている最中だったのだろう。
けれど確証を得ようにもファイルの破損が酷く解読困難で、宇宙船は完全に破壊されてしまった。
今さら考えたところで、詮無きことだ。
私は大きく息を吐きつつ、正面モニターに映る溶岩虫の卵をじっと見つめる。
「それに溶岩虫は、そこまで脅威ではありませんよ」
副長だけでなく周囲の乗務員も、マジかよという表情で私を見ている。
そのことを簡単に説明していく。
「我が国の宇宙艦隊を持ってすれば、駆除は容易です」
私はモニターを切り替えて、外宙域の境目に配備してある防衛艦隊を映し出す。
そして無数の赤いオケラを、圧倒的な火力で宇宙の藻屑に変えていく光景を流した。
かつて、彼らが繁殖した宙域は完全な暗黒空間となり、惑星どころか生命体すら生まれなくなるので、我が国では溶岩虫は見つけ次第に駆除している。
死骸が新しく生まれる星の素材になるようで、どれだけの途方もない時間がかかるかわからないが、いつかは蘇ると信じている。
とにかく国民の頑張りのおかげで、ノゾミ女王国に被害は出ていない。
「しかし宇宙は地続きですし目の前の溶岩虫を倒しても、他所から迷い込むかも知れませんね」
我が国も、宇宙の全てを統治しているわけではない。
溶岩虫が大回りすれば、太陽系に到達する可能性もあった。
今は被害が出ていなくても、ずっと安全という保証はないのだ。
「とにかく島風の武装なら、溶岩虫の一匹や二匹、容易く駆除できます」
駆逐艦でも最新型なので武装も充実しており、溶岩虫を駆除するぐらい簡単なことだ。
今の発言を聞いた副長はホッと息を吐いたが、苦笑気味に口を開く。
「しかし、相変わらず艦長はスケールが違いますね!」
この場の全員の総意なようで、ウンウンと頷いていた。
それはそれとして、今重要なのは悪の帝王が何を考えているかだ。
できれば地球には何もせずに母星に帰って欲しいが、未来予測では戦闘になる可能性が高い。
「今は彼らの出方を待ちましょう。
どのように対処するかは、その時に決めます」
相手は外宇宙の一大国家だ。
問答無用に沈めるわけにはいかないし、会話ができるなら訪問の意図を尋ねることから始める。
戦闘は話し合いで解決できない最後の手段だが、私はここであることを思い出した。
「そう言えば、溶岩虫は──」
副長のフランクが今度は何が飛び出すのかと、少し身構えながら話を聞いていた。
そして正面モニターには、回収した卵が巨大なイソギンチャクの中に運び込まれる様子が映し出されている。
まだ宣戦布告も攻撃もされていないので、島風は何もしない。
すぐに対応が可能な距離を保ち、事態が動くまで様子を見る構えだ。
そんな状況で、私は何気なく呟きを漏らす。
「航宙艦の動力機関も食べるんですよね」
その瞬間、全長二十キロもある巨大なイソギンチャクが大きく揺れた。
続けてあちこちで小さな爆発が起きて、その様子を見ながら落ち着いて説明していく。
「動力機関は膨大な熱エネルギーの塊です。
それに溶岩虫は生まれてすぐでも卵を産めますし、今の爆発はそのせいでしょう」
帝国の艦隊は何が起きたのかわからず、混乱は広がるばかりだ。
母艦が爆発する様子を見ていることしかできずに、何とか情報を得ようと高速通信が頻繁に行き交っている。
しかし私は全く動じずに、島風の乗務員に続きを聞かせていく。
「おまけに悪食で、熱エネルギー以外も割りと何でも食べます」
やがて巨大なオケラがイソギンチャク型の要塞を内部から食い破り、次々と外に出てくる。
絵的にかなりグロく、この場で自分を除く全員の顔色が悪くなった。
けれど私は見慣れているので、この程度では全く動揺はせずに大声で指示を出す。
「島風、後退! 艦隊と距離を取りつつ! 迎撃準備!」
「りょっ、了解! 島風! 後退します!」
溶岩虫は、次の獲物を周りの艦隊に決めたようだ。
大気がなくても蓄えた熱を放出して加速できるので、羽を広げて一斉に宇宙空間を飛び始めた。
機械生命体たちは、あまりの地獄絵図に身の危険を感じたようだ。
慌てて応戦を始めて、もはや射線上に味方が居てもお構いなしだった。
誰だって死にたくはないので、気持ちはわかる。
けれど目の前の害虫は、そう簡単には駆除できない。
熱線を浴びてもびくともせずに、逆に吸収してどんどん大きくなる。
ミサイルを受けた爆発で体の一部が破損しても、蓄えた熱エネルギーを治癒能力に変換して、すぐに傷が塞がってしまう。
バリアで時間を稼いでも、組み付いて強靭な顎でバリバリと噛み砕かれた。
まさに地獄絵図と言っても過言ではない光景を見た副長が、ある提案をしてくる。
「艦長! 溶岩虫は低温に弱いのではないでしょうか!」
「低温で孵化はしません。ですが、それだけです」
「そんな!?」
もし低温に弱かったら溶岩虫は宇宙空間に出られないが、現実には飛んだり跳ねたりと活発に動き回っている。
そして悪の帝国の艦隊の目的が地球侵略やレジスタンスの壊滅だとしても、もはや不可能だ。
彼らの要塞や艦隊は、巨大なオケラのせいで半壊状態であった。
しかも奴らは餌が足りないと鳴き始めて、空気がなくても私たちにはその声が想像できてしまう。
あまりに恐ろしい光景に、乗務員の顔が青くなる。
だが私は気にせず、次の命令を堂々と出した。
「これより島風は、溶岩虫を駆除します!
総員! 第一種戦闘配備!」
機械生命体の艦隊は、もはや壊滅状態だ。
溶岩虫のターゲットが島風に切り替わり、正当防衛のこの上ない理由ができた。
現時点で損害を受けているのは向こうだけで、地球側は無傷なのは何とも都合が良いことである。
「光子魚雷装填! 照準合わせ!」
それに地球上で使うには威力が大きすぎる兵装も、ここなら問題なく使用できる。
(まあ溶岩虫には、並大抵の攻撃は通用しないけど)
過酷な環境でも生存可能で、熱エネルギーを治癒能力に変換できるのだ。
確実にトドメを刺さないとたちまち回復されて、ジリ貧になってしまう。
「溶岩虫! 多数接近!」
レーダー手の悲鳴のような声が管制室に響き、私は言葉を重ねるように口を開く。
「回避行動を取りつつ! 攻撃開始!」
「了解! 光子魚雷発射!」
発射された魚雷は、こちらに急速接近する溶岩虫を正確に追尾していく。
これが島風でもっとも火力が出せる武装だ。
もし効かなければ尻尾を巻いて逃げるしかないが、その心配は無用だった。
「光子魚雷命中! 溶岩虫の消滅を確認!」
「「「うおおお!!!」」」
大爆発が起きて溶岩虫を大勢巻き込み、まとめて吹き飛ばした。
クルーは大いに活気づいて、私は倒せて良かったと内心で大きく息を吐く。
しかし、まだ完全勝利には程遠い。
奴らの数は非常に多く、今も島風を執拗に追跡している。
万が一に備えて対消滅バリアを展開しつつ、高速移動で逃げ続けた。
「主砲発射!」
青白い閃光が放たれて、溶岩虫の体を貫き、結合組織を破壊して完全に消滅させた。
しかし周囲には、まだまだ無数の敵が残っている。
「艦隊の中央を抜けて、敵の目を引きつけなさい!
奴らを地球にやるわけにはいきません!」
決して安心できる状況ではないので、私は立て続けに指示を出していく。
「了解! 見ていてください! やってやりますよ!」
機械生命体の艦隊は、既に壊滅状態だ。
彼らからの攻撃はないが、餌がなくなった溶岩虫は島風か周りの星々を標的にする。
被害の拡大を防ぐために、ど真ん中を突っ切って少しでも敵を引きつけるのだ。
幸い乗務員は戦意を失っておらず、トーキョーテレビの番組スタッフも含めて慌ただしく動き出すのだった。




