西暦二千二十年代の地球ですね
私は第十四世代航宙駆逐艦の島風に搭乗して、ミズガルズ星をあとにする。
追手を振り切るために、大気圏外に出てすぐに最新鋭のワープ機関を作動させた。
なお、不幸にも巻き込まれた人たちは無罪であると主張するために、すぐに分身体を派遣して緊急記者会見を開く。
ネットワークの政府広報に記載するだけでも十分ではあるが、やらかしの規模は過去最大なので一応きちんと弁明しないと不味いと思ったのだ。
大勢の記者や取材陣の殆どは立体映像ではあるが、大会議室に入った私は所定の位置で堂々とした立ち振舞で話し出す。
「今回の事件は計画から実行まで、全て私がやったことです。
他の人たちは、何の関係も罪もありません」
過去の情報を見てみればわかると空中に半透明のウインドウを表示し、清廉潔白であることを主張する。
まだ質問を許可していないので黙ったままのうちに、続きを話していく。
「次に航宙艦をお借りして、ミズガルズ星を抜け出した理由ですが──」
現在のノゾミ女王国は上を下への大騒ぎで、私が乱心した理由について様々な憶測が飛び交っている。
早いところ事態を収束させなければ、またもや星間戦争の危機になりかねない。
なので、誰もが耳を傾ける中で堂々と主張する。
「長期休暇が欲しかったのです」
「「「えっ?」」」
一体何を言っているのか理解できなかったようで、聞いている人たちは皆揃って唖然となる。
「千年以上も働き詰めで休みがありませんでした」
分身体も含めれば頻繁に外出しているが、ネットワークは常時オンラインだ。
そして政務や仕事が減って暇になったとはいえ、決してゼロにはならない。
処理能力が上がって部下に任せられるようになっても、ノゾミ女王国の版図は日々拡大し続けており、他国や他種族との星間戦争も起きていた。
本体の私が仕事をせずに一日中のんびり休んだことなど、過去に一度もなかったのだ。
「そういうわけで、政務から離れて宇宙旅行に出たくなったのです」
私は仕事に対して精神耐性があるが、別にワーカホリックではない。
仕方なくやっているだけなので、この辺で少しぐらい休んでもバチは当たらないだろう。
「必ず帰ってきますので、しばらく自由にさせてください」
真面目な表情でそのように告げると、大会議室に集まっている記者や取材陣は何とも困った顔になる。
誰も口を開かずに微動だにしないが、水面下ではネットワークを使って高速で情報のやり取りを行っていた。
私は上位者権限でそれらを解析すると自分や各関係者を責めるのではなく、女王を気遣うものばかりだった。
流石に千年以上も無休で働き詰めは同情の余地ありで、要求が突っぱねられることはないと知り、ホッと安堵の息を吐く。
やがて相談が終わったようで記者の一人が手をあげて、恐る恐る質問する。
「女王陛下は、いつ頃お帰りになられるのでしょうか?」
「不明です」
その気になれば千年分の有給休暇を主張できるし過去に一日も休んでいないため、そっちの休日も加算すれば、百年以上帰らなくても文句は言えない。
「旅の行き先は何処でしょうか?」
「最近新しく見つかった未開惑星。地球です」
私がどれだけ隠そうとしても、魔石が近くにあれば常に捕捉されていると思ったほうがいい。
なので、ここはさっさと行き先を告げるのが良いと判断した。
「地球を選んだ理由を教えていただけませんか?」
この質問はどう答えたものかと少しだけ考えたが、やがて正直に発言する。
「私のことを誰も知らない惑星に行きたかったのです。
そして女王ではなく一人の少女として、旅を楽しみたかった」
国内だと神様扱いされて拝まれるので、ちょっと息苦しいとは言わない。
中身がへっぽこだから分不相応な評価に内心では結構ビビっているが、別に悪い気分ではないのだ。
ただ始終それだと気が抜けないので、素が出せずに肩が凝るのである。
「女王陛下がお一人では、危険ではないでしょうか?
護衛艦隊も同行すべきだと思います」
「もっともな意見ですが、私は別に外交をしに行くわけではありません」
前世でも偉い人が他国に行く場合は護衛を大勢連れていたりするが、それでは旅の楽しみが半減してしまう。
せっかく誰も私のことを知らないのだから、女王ではなく見た目相応の少女らしく楽しみたいのだ。
この辺りは平行線のようで、私を守護りたい派は決して譲らない。
おかげでしばらくその辺りの質問が続き、とうとう根負けする。
降参とばかりに大きく息を吐いて、今後の方針を説明していく。
「わかりました。護衛艦隊の同行を許可しましょう。
ただし私たちの正体は、地球人には伏せてください」
見た目が幼女なので、護衛がいても保護者として通じるはずだ。
艦隊もシールドを展開して外部から見えなくすれば、未開惑星の科学力ではどうやっても探知できなくなる。
「それと公開生放送も行いますが、一体誰得なんでしょうね」
先程よりも大きく息を吐いてこめかみを押さえるが、何故私の様子を四六時中生放送しなければいけないのか、さっぱりわからなかった。
国民の主張としては、旅先で何があるかわからないので常にモニターしていて欲しいとのことだ。
例えば正体不明の賊に襲撃され、そのまま誘拐された場合は追跡のヒントになる。
絶対にないとは言い切れないのが怖いところだが、やはり一人旅させるのは心配なのだろう。
気持ちはわからなくはないし、千歳を越えた自分を気遣ってくれるのは普通に嬉しい。
なのでノゾミ女王国民の提案は最低限受け入れて、緊急記者会見を終わるのだった。
島風は目的地に到着するまでは、自動操縦に任せている。
なので今日の私は管制室ではなく、船長室の椅子に座って優雅に紅茶を嗜んでいた。
「しかし、本当に誰得なんでしょうか?」
護衛艦隊はまだわかるが、万が一に備えての生放送には首を傾げたくなる。
安否確認は大切ではあるけれど、一日の終わりに生存報告するぐらいで十分だと思うのだ。
見られていると女王らしく演技する必要があるが、千年も続けていれば限りなく自然に振る舞える。
それにモニターの向こうなら気を張る必要もないので、旅行気分を壊さずに済む。
今は反重力推進機関を搭載した小型のステルスカメラが、宙に浮いて私を撮影していた。
羽虫サイズで無音なので普通の人はまず気づかないし、その気になれば姿を消せるので地球に降下しても安心である。
「ですが私は芸能人ではありませんし、気の利いたトークは無理です。
それに、面白動画でもないんですよね」
紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着けるが、つい息を吐いてしまう。
ぶっちゃけただの安否確認で、それ以上でも以下でもなかった。
「女王が心配なのはわかりますが、大抵のことは何とかなります」
私は艦長室の強化ガラスの外を眺めつつ、少しだけ顔を綻ばせる。
別に子供は生んでいないが、孫に心配される祖母の気分だと思った。
護身用のマジックアイテムはたくさん持ってきたので、その気になれば宇宙艦隊ともやり合える。
「まあ、気にしないことにしましょう」
けれど、既に決まったことを蒸し返しても意味はない。
地球に着いたあとのことを考えるほうが余程有意義だと判断し、空中に半透明のウインドウを表示する。
「未開惑星保護条約が何処まで機能するかですね。
地球の文明レベルは、どのぐらいでしょうか」
ノゾミ女王国では、未開惑星保護条約を制定している。
内容は文明レベルの低い惑星には過度な干渉を控えようというもので、例えるなら物事が良くわからない赤ん坊に、包丁を与えてはいけませんだ。
しかし、干渉して良い基準は明確には定まっていない。
最低でも自力で宇宙に出られて、惑星内の知的生命体が意思統一されているのが条件と言える。
あとは女王である私が認めた場合は、議論の余地なしに干渉OKだ。
つまり自分が地球に関わろうと言い出せば、その時点で例外的に未開惑星保護条約は無効となる。
そのような事情があるが、地球は私が旅行先に選んだ星だ。
現時点では情報が殆どない未開の惑星で少し不安はあるけれど、同時に楽しみでもあるのだった。
地球を観測した無人探査機を飛ばしたのは、かれこれ百年以上も昔だ。
それに最近発見されたので、ミズガルズ星との距離は物凄く遠かった。
しかし最新の航宙艦である島風は、本当に速かった。
私が常に魔力を補充しているので長距離ワープを連発できるとはいえ、冷却時間を含めて一ヶ月で辿り着いたのだ。
ちなみに宇宙軍を動かすのは時間がかかるし、ワープゲートも開通していない辺境宙域にある未開惑星だ。
護衛艦隊が追いつくのは、当分先になるだろう。
つまりは、しばらく気ままな一人旅を楽しめるのだ。
私は艦長室の窓から見える地球を眺めて、嬉しそうに口を開く。
「やはり、地球は青いのですね」
無人探査機からの情報で、惑星の外観はある程度わかっていた。
だがやはり、直接この目で見ると感慨深いものがある。
「今から少し楽しみですね」
未開惑星への干渉は禁じられているが、惑星の民族に変装して調査や観光を行うことは許可されている。
なお正体がバレたら、影響を最小限にするために速やかに撤収しなければいけない。
そして私が旅行に選んだ惑星ということで地球は今、未開の星の中でもっとも注目を集めていた。
調査隊の派遣だけでなく、ツアー旅行まで企画されているようだ。
発見されたばかりで情報も殆どないのだが、検索ランキングのトップに躍り出たりと、本当に過去に例のないことだらけであった。
なお現在、島風は船体の周囲にバリアを展開している。
本来は攻撃を防ぐものだが、レーダーを無効化したり光学迷彩の効果も付与されていた。
亜空間に潜って避ける潜宙艦ほどのステルス性能はないし、戦艦や巡洋艦のような防御性能も高くはない。
けれどそれでも、地球の技術レベルなら十分に誤魔化せるはずだ。
「良かった。どうやら気づかれてないようですね」
降下する前に私は半透明のウインドウを表示し、現地の情報をもう一度確認しておく。
「環境は惑星ノゾミに近い。
有人宇宙船を飛ばせる文明レベルで、国家間の意思統一には至っていないと」
ふむふむと頷きながら、順番に閲覧していく。
無人探査機が超遠距離から観測した情報を分析したものだが、今は島風が地球に近づいているので、そちらでも収集を行っている。
(大体、西暦二千年ぐらいかな?)
ついでにミズガルズ星人ではないので、魔力器官がなくて魔素があっても魔法が使えない。
魔石も魔物も存在しないため、他の惑星と同じで科学が発展しているようだ。
「やはり科学文明のようですね」
続けて情報を解析していくと、今の地球は自分が亡くなったときと殆ど同じ文明レベルだった。
世界地図も前世と同じだし、何となく運命的なものを感じる。
「調べるのはこのぐらいにして、旅行を楽しみましょうか」
せっかく地球に来たので、今は余計なことを考えずに一人旅を楽しみたい。
私は艦長室の椅子にもたれて、静かに息を吐いた。
「艦載機か転送装置か、どちらを使いましょうか」
一機のみ積まれている艦載機は、島風と同系統のバリアを展開できる。
しかし、乗り降りの際に地球人類に目撃される可能性があった。
「ここは転移装置を使いましょうか」
けれど地球に降りる前に、準備をしないといけない。
だが今はその時間も楽しいもので、内心でワクワクしながら椅子から下りて、空間圧縮機能付きの旅行カバンを開けるのだった。
私は転送先に人が居ないことを念入りに確認してから起動し、眩い光に包まれる。
すると島風の艦内から地上に瞬く間に移動したので、すぐに目の前にウインドウを表示して現地でも成分の分析を行う。
「……良かった。惑星の環境はミズガルズと同じですね」
航宙艦内でも降下する前に念入りに調べたが、私が変な病原菌などを地球に持ち込んだり、逆にこっちが感染することもない。
惑星の環境はミズガルズと殆ど同じで、異なるのは魔法と魔物が存在せずに科学が発展していることだ。
「そして、何だか懐かしいですね」
空を見上げると青く澄んでいて、千年ほど前にも見た覚えがある風景が目の前に広がっている。
青草の匂いが鼻をくすぐり、懐かしい故郷に帰ってきたような感覚を抱いた。
事前に確認した通り、自分の周囲に人は居ない。
「ふむ、今の季節は夏ですか」
先程から、やかましいぐらいの蝉の声が聞こえる。
それと田園風景や遠くに見える建造物は、二千年代の日本の田舎で間違いない。
「少し散歩しましょうか」
生放送中ということで、つい独り言が多くなる。
注目されているのは慣れていて気を張ることもないが、何か喋ったほうが良いのかなと思ってしまうのだ。
(これっぽっちも需要のない放送だとしても、一応ね)
芸能人のような面白いトークなどできず、ただ淡々と地球を旅行するだけだ。
それに早々危険に巻き込まれたりはしないだろうし、心配なのはわかるが本当に誰得だろうと思ってしまう。
ちなみに今の私の姿だが、純白のワンピースと白の麦わら帽子だ。
おまけに可愛らしい鞄も持っており、格好だけなら何処にでも居る幼女である。
しかし緑の艷やかで美しい長髪と、エルフの三角耳が非常に目立つ。
自己修復機能があるせいで汚れが自動的に落ちてしまい、色を変えてもしばらくすると元に戻るのだ。
だが色々考えた結果、ファンタジー世界のエルフを演じていることに決めた。
理由を説明すると、自分は数多の惑星を統治して千年以上も管理運営している女王だ。
今も生放送をしているのに、幼女の舌足らずな喋りで可愛く振る舞えば尊厳が破壊されてしまう。
流石に星間戦争にはならないだろうが、帰ったらどんな顔をして臣下たちと接すれば良いやらだ。
つまり国民が私に抱いているイメージが崩れるのは避けたいので、エルフの女王を演じているのだと地球人に思わせるのである。
「見た目は幼女ですし、あまり深く追求されないと良いですね」
親が小さな子供を着飾るのはたまにあるし、ミズガルズ星からやって来たエルフの女王だと説明する事態は避けたい。
けどまあ、もし駄目だったらその時はその時だ。
あまり心配しすぎても、せっかくの旅行が楽しめなくなる。
私は田舎のあぜ道をのんびり歩きながら、辺りの景色を眺めて懐かしさを感じていた。
島風には、あらかじめ人の居ないルートを探してもらっている。
おかげで誰にも見つからずに目的地に到着した私は、目の前に広がる空き地を見て溜息を吐いた。
「まあ、そうですよね」
前世で実家があった場所には、雑草が生い茂る空地になっていた。
周りを見ても田んぼや畑ばかりで、自分が女子中学生だった頃の面影は何処にもなかった。
私はしばらくその場で立ち止まって、途方に暮れる。
精神耐性のあるゴーレムでも、相当堪えているようだ。
「そろそろ行きますか」
何とか立ち直ったが、今はなるべく人には会いたくない。
大気圏外に待機している島風の探知能力を使い、地球人と出会わないルートを再構築してもらうのだった。
その後、前世の知り合いや友人の家を探してみたが、別の人が住んでいたり、最初から存在しなかった。
最初から未来予測は出ていたけれど、やはり別の地球だったらしい。
確認を終えた私は木陰で一休みしつつ、呟きを漏らす。
「……今日はここまでにしましょう」
最初の目的を果たした私は、周囲に人が居ないことを確認する。
そして転送装置を起動し、島風の艦内に一瞬で移動した。
未来予測は絶対にどれだけ高い確率でも、絶対に当たるわけではない。
なので、もしかしたらと無意識に期待してしまったようだ。
艦長室に転移した私は、息を吐きながら椅子に深くもたれる。
この地球は私の前世とは違ったが、今はノゾミ女王国こそ我が故郷だ。
親しい人も大勢いるし、版図が広がるのと同じように今なお増え続けている。
少し過剰に心配したり崇めたりするが、愛情表現だと思えばまあ悪くはないだろう。
取りあえず気持ちを整理した私は、落ち着いて深呼吸をする。
「何にせよ明日は観光ですし、早めに寝ましょうか」
一晩ゆっくり休めば、元気になるはずだ。
元々自分は明るく前向きで、行き当たりばったりで突き進んできた。
暗く沈んでウジウジ悩むなんてガラじゃないし、明日は日本観光に繰り出すことに決める。
なので今日はご飯を食べてさっさと眠り、スッキリ目覚めていつもの私に戻るのだった。