またテレビの出演依頼ですか
色々あったが、卵を産みつけられたり命に関わる怪我をした人たちの治療は、無事に終えることができた。
そして役目を終えた島風は大気圏外に移動させ、私は地球人のノゾミに戻る。
アメリカ合衆国の大統領が私の情報の一部を公表したおかげで、余計なちょっかいを出す輩が減った。
ただし、空気を読めない者は何処にでも居る。
大統領はまだ話せばわかってくれるし、必要とあらば謝罪して矛を収める度量があった。
しかし何を言っても聞く耳を持たない戦闘民族が、地球上にも居るようだ。
その場合、暴力には暴力で応えるのが一番手っ取り早く解決できる。
なので実力行使に出ようとしたところを、正当防衛で逆にボコボコにした。
自業自得なのであとは地球人に任せたが、私は昔から脳筋で自己中心的だ。
今さら何も思わないし、地球とノゾミ女王国の国力差を考えると身の程知らずな愚かな行為だろう
たとえ自分が女王だと知らなくても、無礼な態度を取った時点でこの星ごと消えてなくなれーになる可能性も十分にあるのだ。
つまり物凄く優しい対応で、地球側に文句を言われる筋合いはないのだった。
それはそれとして、私が気ままな一人旅をしているのは世界中に認知されている。
しかし女王だとは誰も信じていないし、護衛も連れずに未開拓の宙域にやって来るなんて、どう考えても頭がおかしい。
けれど事実を知られたら、のんびり観光など到底できそうにない。
なので勘違いを訂正はしないのだが、そのせいで厄介な輩に絡まれることも少なくない。
その場合は正当防衛で対処するだけでなく、島風の情報分析能力を使って雇い主と繋がりのある企業や政府機関を特定する。
そして主犯や協力者を暴露するだけでなく、様々な物的証拠を世界中のマスコミに送りつけるのだ。
もちろん私がやったという証拠は残さないが、誰が見ても明らかだった。
そんなことを続けていると、利用しようと近づいてくる者の数は明らかに減っていく。
おかげで数ヶ月もすれば、遠くから監視するだけで一切の手出しをしてこなくなった。
私の機嫌を損ねると国際的な立場が危うくなるため、どの国も刺激しないように様子を見ることにしたのだった。
けれど私は、地球の覇権を握るための椅子取りゲームには興味がない。
自分はわざわざ干渉しないし、滅亡の危機にならない限りは静観する。
そして伊達メガネをかけていても、宇宙人のノゾミだと知って近づいてくる人が増えた。
自国では今はオフだから空気読んでねのサインなのだが、地球では効果がないようだ。
そのような事情はともかく私が地球に来訪してから数ヶ月が過ぎて、季節は秋になった。
私は静岡にある有名な温泉旅館を事前に予約し、転送装置を使って直接飛ぶ。
入り口に移動した私が扉を開けて中に入ると、和風の大広間で仕事をしていた受付や従業員がとても驚いていた。
今は大人しめの外出着で伊達メガネはかけておらず、外行き用のいつもの私である。
「すみません。予約したノゾミですが」
ちゃんと客が居ない頃合いを見計らって転移した。
けれど関係者は完全に固まって反応がないので、私は受付にさらに近づく。
すると慌てたように、突然動き出した。
「あっ、はい! 確かに本日、ノゾミ様からご予約を承っております!」
急にシャキッとするが、どうやら正気を取り戻したようだ。
今の私は宇宙人だとバレているため、成人や保護者付きでないと利用が難しい施設を堂々と利用できる。
(一部の地球人類は気遣いがないけど、それは自国も同じだしね)
ノゾミ女王国でも町娘として外出中の私に、女王陛下として声をかけてくる人はいる。
地球人類とは微妙に違うが、ある意味では何処も同じと言えるのだ。
何にせよ、おかげで無事にチェックインを済ませてお金を支払う。
そして従業員に部屋まで案内してもらい、長い廊下を歩いて個室に到着した。
私は説明を受けたあとに鍵を渡されて、彼女に緊張しながら頭を下げられる。
「何かありましたら、お気軽にお申し付けください。
それでは失礼します」
従業員が一礼して部屋の外に出たのを確認し、私は真っ直ぐに窓に向かった。
今は秋で朝晩は涼しいが日中はまだまだ暑いので、開けて外に出ることはない。
取りあえず近くの椅子に座り、景色を楽しむ。
「安坂アナの言った通り、良い眺めですね」
今日は晴れているので、窓からは富士山が良く見える。
それに山の上に建てられた旅館からは、麓の街並みを一望できた。
情報元の安坂アナウンサーは、取材で日本の各地に行った経験がある。
この温泉宿も、彼女から情報提供されたのだ。
島風の情報収集能力は高いが、やはり体験した人から教えてもらうのは良い。
瀬口プロデューサーにも色々聞かせてもらっているので、現時点で地球人で一番親しいと言っても過言ではなかった。
ちなみに三番目は在日米軍のフランクで、四番目からは団子になっていて差は殆どない。
そして、噂をすれば何とやらだ。
スマートフォンに着信が入り、懐から出して確認すると安坂アナウンサーからだった。
「もしもし」
すぐに電話に出ると、聞き慣れた声が耳に入ってくる。
「あっ、ノゾミちゃん? 私だけど」
最初は気を使って緊張して話していた安坂アナだが、今ではすっかり打ち解けている。
同性のゲーム友達なのもあって、気が合うのかも知れない。
だが自分が女王だとバレたら疎遠になりそうなので、勘違いさせたままである。
ともかく真っ昼間からわざわざ連絡を入れてくるのには理由があり、彼女はすぐに本題に入った。
「実は新しい特番で、またノゾミちゃんに出演してもらえないかって上司に頼まれてさぁ」
電話の向こうで心底困っている安坂アナが、容易に想像できた。
そして過去に撮影していたトーキョーテレビの映像記録が、日本政府の検閲を経て最近ようやく放送されたのだ。
色んな意味で見せられない箇所は多くても、視聴率は好調で国内だけでなく海外の人気も高い。
なので現時点で地球人ともっとも友好的な宇宙人である私にも、自然と注目が集まる。
再度の番組出演の依頼が来ても、不思議ではなかった。
「少し待ってください」
島風に命令を出して、トーキョーテレビの影山支社の調査を行う。
まだ完全には決まってはいない企画段階だが、確かに私が出演する番組が話し合われている。
すると調べている間に、安坂アナが喋りかけてきた。
「そう言えば最近は知らない友人が大勢増えたり、怪しい人を見かけることが多くなったわね」
「……すみません」
原因に心当たりがありすぎたので、私はすぐに謝罪した。
「ノゾミちゃんは悪くないわ。ただちょっと、急に色々ありすぎてね」
私とコンタクトを取れる存在は安坂アナと瀬口プロデューサーぐらいなので、二人の価値が急上昇したのだ。
そして島風に見張らせているし、日本政府も彼女を陰ながら警護している。
怪しい人というのはSPや世界各国の密偵のことだろうが、非常に混沌としてるのがわかった。
「それで、番組出演はどうするの?
決定権はノゾミちゃんにあるし、嫌なら断ってもいいわよ」
やはり安坂アナは良い人で、上司の命令であっても私のことを一番に考えてくれているようだ。
自分は火薬庫どころではなく取り扱いに失敗すると地球がヤバいのもあるが、嫌なら出演しなくても良いというのはありがたい。
しかし彼女には日頃からお世話になっていて、観光地の情報を教えてもらっている。
それに今は生放送中だし、テレビに出ることは別に抵抗はない。
「別に出ても良いですよ」
「えっ? 本当に」
「はい、テレビに出るのは慣れていますので」
一人旅であちこちを観光するのも良いが、そればかりだと飽きてしまう。
なので、たまには別のことをやってみるのも良いかも知れない。
それに気の利いたトークはできないが、テレビ番組に出演するのは慣れていた。
「でも、未開惑星保護条約に引っかかるんじゃない?」
安坂アナはちゃんと覚えていたようだが、今の私と地球の立場は微妙だ。
それをどう説明したものかと迷ったけれど、思考加速して悩んだ末に彼女に話していく。
「人類は地球外知的生命体の存在を知り、我が国も地球と一度は関わりました」
オーガ族の要塞を撃破したときに、ノゾミ女王国は特例として武力介入している。
技術や物資を与えるならともかく、テレビに出るぐらいなんてことはないだろう。
「今さらテレビ番組に出演しても、大した問題はありませんよ」
「……それもそうね」
外惑星から来訪した高度な文明を持つ異種族に、地球人類は侵略された。
この時点で未開惑星保護条約を破っているので、今後の基準はかなりユルユルになったのは確かだ。
「それでも我が国は、国交を開く気はありません。
技術や物資も与えませんが、人前に出て話をするぐらいなら構いませんよ」
ノゾミ女王国は、かれこれ千年以上も鎖国を続けてきた筋金入りの引き籠もりだ。
最高統治者が色々アレなので、国民も右に習えである。
それに地球は各国の意思がてんでバラバラだ。
交流しようとしても、何処を玄関口にすれば良いのかわからない。
下手に関われば火の粉が飛んできて、絶対に対岸の火事では済まなくなる。
けれど地球外知的生命体の存在は、もはや周知の事実となった。
私が正体を隠す必要は、もはやない。
異星人を利用しようとする勢力はボコボコにしたし、排斥派は一定数いるが現状は歓迎ムード一色だ。
これなら後続の艦隊が到着しても、問題は起きないだろう。
そんなことを考えながら、安坂アナに続きを話す。
「私としては、一歩引いた立ち位置から地球を見守りたいですね」
本腰を入れて介入する気は毛頭なく、あくまでもミズガルズ星から遠く離れた観光地として存在していて欲しい。
すると彼女の困ったような声が聞こえてくる。
「星間戦争は嫌よ。
最初から勝ち目がゼロなのもあるけど、ノゾミちゃんは良い子だし戦いたくないわ」
「ありがとうございます」
しかし、自分勝手な私はそこまで良い子ではない。
安坂アナはすっかり信用しているようだが、私と違って彼女は良い人だ。
つい色々世話を焼いてあげたくなるけれど、気持ちを正直に伝えるのは少し恥ずかしい。
なので取りあえず本心を隠したまま、番組出演の話を進めるのだった。