邪魔者はポトマック川で水泳大会です
地球を侵略しに来た異星人は撃退したが、彼らは尖兵に過ぎない。
そして初戦敗退したオーガ族が次にどう動くかは不明で、そう簡単には諦めそうにはなかった。
ノゾミ女王国が関わっていることが伝われば回れ右して逃げ帰るが、そうでなければより強力な軍隊を送り込んでくる可能性が高い。
しかし何はともあれ危機は去ったことに違いはなく、私は異星人に攫われて卵を産みつけられた人々の治療を行っていた。
地球の技術では検査や摘出や駆除等が難しいので、島風の医務室を一時的に病院として使用しているのだ。
だが誘拐された人は百人以上おり、ワシントンへの破壊活動で大怪我をした人はもっと多い。
そして本来なら後者の方まで面倒を見る必要はないが、目の前で死にかけているのに見捨てるのは後味が悪い。
なので現地の医療関係者に協力を要請し、ついでに治療することにした。
ノゾミ女王国は科学ではなく魔法文明を発展させてきて、私の場合はさらに特殊だ。
マジックアイテムは大気中の魔素を吸収して動力に変えられるし、この場には魔力を補充可能な私が居る。
おかげで人員さえ集まれば、場所は狭いが大病院として機能させることも可能なのだった。
現在は、雑菌の侵入を防いで免疫や治癒力を強化する医療カプセル内に患者を寝かせ、無数のマジックハンドを操作して、腹部に刺さっている金属片を摘出していた。
島風に組み込まれているAIに任せても良いが、私に限っては手動操作のほうが速くて確実だ。
「……摘出完了。縫合して治癒します」
頭の悪さは生まれた時から変わっていないが、千年以上も経験値は蓄積され続けている。
最近は暇を持て余しているけれど、昔は自ら前線に出て色々やっていたものだ。
一通りの処置が終わったので治療液を抜いて、医療カプセルを開ける。
「患者は速やかに最寄りの病院に搬送し、次の患者をお願いします」
私は一息つきながら、控えている看護師たちに伝える。
「了解しました! 搬送します!」
麻酔ではなく魔法で眠らせている患者を、看護師たちが丁寧にカプセルから取り出して、医療用の浮遊ストレッチャーに乗せる。
あとは別室に運んで水分を拭き取って清潔な服を着せ、外に待機している救急車に任せれば完了だ。
最初は腹部が血みどろだったが、カプセルに入れて治療液に浸した時点で綺麗に洗浄されているので、問題はなしである。
とにかく看護師たちが手術室から出ていったので、次の患者が来るまでに少し時間がある。
私は紅茶を飲みつつデータベースから診察記録を呼び出し、半透明のウインドウに表示して順番に目を通していく。
すると間を置かずに手術室の扉が開いて、整った顔立ちの身なりの良い服を着たアメリカ人男性が入ってきた。
「忙しいところに失礼するよ。ミスノゾミ。今、少し話せるかな?」
多忙だからと何度断っても付きまとうので、この男性のしつこさには呆れてしまう。
しかし私が駄目だというと素直に引き下がってくれるため、その点だけは紳士的であると言える。
ボディガードは扉の外に待機させているようで、今回は彼だけのようだ。
若干面倒に感じたが、幸い今すぐ命に関わるような患者はあらかた治療が終わっている。
「次の患者が運ばれてくるまでなら、構いませんよ」
けれど、やっぱり面倒なことには違いない。
それでも手が空いたときに来るのは紳士的ではあるし、私は時間制限付きで許可を出した。
「それで、アメリカ合衆国大統領。私に何か用ですか?」
彼が何代目かは興味がないので検索する気は起きない。
重要なのは目の前の男性が、アメリカ合衆国の大統領であるという一点だけだ。
現在の島風は大病院として機能しているため、医療行為の妨害になるような部外者は立入禁止だと指示してある。
私の許可なく出入りできる存在は限られているが、やはり地球人では止められないようだ。
取りあえず立ち話も何なので空いている椅子に座るように促すと、彼は感謝しながら腰かけた。
「まずはお礼を。キミたちのおかげで地球は救われた。本当にありがとう」
長く女王を続けていると感謝されることは良くあるが、今回は心からのようなので言葉通りに受け取っておく。
しかしお礼を言うために会いに来たわけでないのは明白で、どう致しましてと紅茶を飲みつつ続きを待つ。
「そして厚かましいのは重々承知だが、ミスノゾミに頼みがある」
次に何を頼まれるかは予測はできる。
しかし私は黙ったまま、何も喋らなかった。
「アメリカ合衆国、……いや、我が国でなくても良い。
人類や地球のために、引き続き力を貸して欲しい」
私は出しっぱなしにしていた患者のカルテを消した。
そして大統領の顔を真っ直ぐに見つめると、真剣な表情をしている。
本心からの発言なのは明らかなので、自分も旅行者ではなくノゾミ女王国の最高統治者として発言する。
「ならば。私もお答えしましょう。
国家間の意思統一がおぼつかない未開惑星には、我が国は協力できません」
滅亡の危機なので、先日はやむを得ずに強制介入した。
けれど本来なら、交流を持つのは時期尚早だ。
千年以上も鎖国政策をしていて、他の惑星にはあまり興味がないのもあるが、今の地球と関わってろくなことにならないのは歴史が証明している。
「再び滅亡の危機が迫れば助けますが、そうでなければ我が国は地球には不干渉です」
それにノゾミ女王国は完全管理社会で自己完結型の国家運営なため、プライバシー保護や多種多様な人種や思想で反発が起きている地球とは、相性最悪と言っても過言ではない。
たとえ最初は仲良く付き合えても、やはり水と油だ。
こっちが見限って完全に手を引くか、向こうが堪忍袋の尾が切れるかの二択である。
他にも様々な紆余曲折があるが、極めて高確率で貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだに発展するのだ。
そして最終的に行き着く先は、ノゾミ女王国への併合である。
しかし、このことを大統領に伝えて良いものかと迷った。
詳しく話すことになれば我が国の名前と、自分が本当に女王だと告げることになりそうだ。
なのでまだ地球旅行を終えたくない私は、その辺りは黙ったまま話題をそらす。
「それに異星人の再侵攻に備えるなら、彼らの技術を解析して利用すれば良いじゃないですか」
オーガ族の移動要塞は宇宙の藻屑になってしまった。
しかしUFOと八脚戦車は原型を留めている物もあるので、彼らの技術を利用するのは十分に可能だ。
「それはそうなのだが──」
大統領は困った顔をして、続きを話して聞かせる。
「やはり意思疎通が可能で、高度な文明を築いた国家と協力関係を結びたい」
「確かに、当然な意見ですね」
侵略者の技術は、地球人類よりも遥かに進んでいる。
だがノゾミ女王国にとっては既に通過した道であり、協力関係を結んだほうが文明レベルが上がるのも早い。
オーガ族の捕虜も捕らえているが自動翻訳機がないため、意思の疎通もおぼつかないし、そもそも敵対関係なのだ。
彼らの宇宙航行技術を得るまで、当分かかりそうである。
大統領はそのことを念頭に置いて、私に頼み込む。
「この通りだ! 頼む!」
大統領が頭を下げたことで、どうしたものか少しだけ考えた。
しかしこの時点で、島風の艦内と周辺地域にある変化が起きる。
そのことを感知した私は、大きな溜息を吐いて彼を真っ直ぐに見つめた
「残念ですが、私を捕らえて島風を鹵獲しようとする人には、協力はできません」
「なっ、何を言って──」
何故バレたのかわからないようで、大統領は冷や汗をかいていた。
私はその間に、転送装置を遠隔操作する。
そして艦内や周辺地域に潜んでいるアメリカ合衆国や他国の密偵や兵士たちを、強制的にある場所に飛ばした。
「せめてもの情けで、扉の外の護衛だけは残しました。
しかし他の方々は今頃、ポトマック川で多国籍の水泳大会をしているでしょう」
大統領は完全に言葉を失って、口をパクパクさせている。
「しかし、国民や母星のためにと苦渋の決断をした貴方を、責める気はありません」
もし自分が大統領と同じ立場だったら、異星人の知識や技術、無傷の航宙駆逐艦を手に入れたがるのも当然だからだ。
オーガ族が再び侵略してくる前に地球の迎撃準備を整えなければいけないし、手っ取り早く戦力を増強するには、各方面に顔が利いて知識や経験豊富な私の協力を得たい。
たとえ少々手荒な手段であっても、辛抱強く説得して首を縦に振らせれば良かったのだ。
(今の時点だと、いつミズガルズ星に帰るか不明だしね)
地球の観光に飽きたら母星に帰るのは確定で、現時点では宇宙に出られたら追いかける手段はない。
ゆえに所在が判明している今のうちに、何としても身柄を確保しておきたかったのだ。
そのような考察を、順番に彼に説明していく。
「大統領の考えは、大体そんなところでしょう」
「……正解だ」
もはや、何をしても私には勝てないと理解したようだ。
大統領は冷や汗をかいて青い顔をしたまま、素直に認めてくれた。
地球人が異星人には勝てないとはっきり理解するには、直接この目で見て体験する必要があるので、彼はもう歯向かったりはしないだろう。
そこで私は静かに息を吐き、大統領にはっきり告げる。
「では、次の患者が待ってますので、そろそろ出て行ってください」
この発言を聞いた彼は大いに困惑しており、今の状況を理解できないようだ。
「さっきも言った通り、私は貴方を責める気はありません。
もちろん、アメリカ合衆国もです」
統治者なら、そういう判断をすることもあるだろう。
そして私にとっては、小さな赤ん坊が大人に駄々をこねているようにしか思えない。
ノゾミ女王国と地球には、天と地ほどの格差があるのだ。
「今回の件は不問にします。
……私も貴方と同じで、地球が好きですしね」
地球が好きだから命をかけて戦い、守るのだ。
だがまあ嫌いな惑星でも、黙って滅びるのは見ていられない。
結局全ては自己満足だと言っても過言ではないが、それが私で昔からこんな感じだ。
「それにオーガ族の再侵攻は確実ですが、我が国の艦隊も現在地球に向かっています。
どちらが早く着くかは現状では不明ですけど、希望は残っていますよ」
オーガ族より早く着くかはわからないし、地球にとって必ずしも味方であるとは限らない。
だが中立を保っていても滅亡の危機が迫れば、必ず助けてくれる。
大統領もそのことを理解したようだ。
大きく息を吐いて、肩の力を少しだけ抜いた。
「ありがとう。ミスノゾミと話せて良かったよ」
そして、少しだけ嬉しそうに微笑みを浮かべた。
「では、もう用件は済みましたね」
扉の外では、次の患者が待機している。
なのでさっさと出て行って欲しいのだが、彼はまだ動く気はないようだ。
「けれど、最後にもう一つだけ頼みがある」
まだあるのかと呆れてしまうが、これ以上居座るなら強制転送するだけだ。
ならば最後の頼みぐらい聞くぐらい良いだろうと、私は静かに息を吐く。
「護衛艦隊が到着するまでは、どうか地球に滞在して欲しい」
大統領の頼みに私は考えるが、護衛艦隊には自分のことを黙っておくように命令しておけば良いかと結論を出す。
そして彼に、はっきりと告げる。
「滞在の確約はできませんし、地球側の対応次第ではミズガルズ星に帰ります」
大統領は真面目に話を聞いてくれていたので、私も冗談抜きで説明をする。
「しかし地球人類が私を受け入れてくれるのなら、護衛艦隊が到着するまで留まっても構いません」
地球を気ままに観光できる限りは一人旅を続けるが、それが難しいなら母星に帰る。
最初からそのつもりだったので、何も変わっていない。
「ああ、その言葉が聞けただけで十分だ」
大統領はホッとした顔になった。
そして椅子から立ち上がり、深々と頭を下げる。
「先程は、本当に申し訳ないことをした。
謝って済む問題ではないが、お詫びにミスノゾミの要望はできる限り叶えよう」
今のところは大統領にして欲しいことは特にないし、この機会に少しでも失態をチャラにした上で友好を深めようと考えているのかも知れない。
なので私は、現在もっともして欲しいことを堂々と口に出す。
「でしたら、治療の邪魔なので今すぐ手術室から出て行ってください」
大統領は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに苦笑気味な表情になる。
そして再び謝罪の言葉を口にしてから、手術室の外に出て行く。
その後、外で待機していた患者が浮遊ストレッチャーに乗せられ、慌ただしく入室してくるのだった。