バリアに勝てるのはバリアだけです
互いに言葉で殴り合う、形式上の降伏勧告は失敗に終わった。
これにより、もはや話しあいの解決は不可能となる。
こっちもほんの少しだけ申し訳ない気持ちが芽生えたので、せめて地球を侵略する彼らだけでも、きっちり殺処分することに決めた。
だが私たちが動く前に、先手必勝とばかりに敵の円盤型飛行物体が一斉に行動を開始する。
こちらも大きな声で操舵手に指示を出す。
「移動要塞と距離を取りつつ、回避行動!」
「了解っ!」
無数のUFOから、赤色の熱線が立て続けに飛んでくる。
しかし私よりも精度は低いが、島風にも未来予測の機能があった。
なので直線的な弾道を読むのはチョロいもので、乗務員も短期間の訓練で対応できるようになっている。
最新と最速の航宙艦は伊達ではなく、ワシントンの街に流れ弾が当たって破壊されるのに目をつぶれば、無傷で切り抜けていた。
だが避けるだけでは勝てないので、私は続けて命令を出す。
「フェザー兵器を展開!」
「了解っ! フェザー兵器! 展開します!」
島風に内蔵されている無数のフェザー兵器が一斉に周囲にばら撒かれ、規則正しく整列して航宙駆逐艦に追従する。
昔は私がいちいちマニュアル操作をしていたが、千年も経てば高性能のAIを搭載した兵装ドローンとして、オートで対応してくれるようになった。
そして近接用のソード、中遠距離用のガン、防御用のシールドの三種類がある。
それらが高速で忙しく動き回って、近づいてくる円盤飛行物体を撃ち落としたり、都市に被害が出ないように近くを掠める熱線を防いだりしていた。
おかげで少しだが移動要塞から距離を取れたので、私は頃合いを見計らって次の命令を出す。
「ホーミングレーザーで、敵円盤を攻撃!」
「了解! 敵飛行物体に照準合わせ!」
戦闘班長やレーダー手などの乗務員が協力して、さらには島風の人工知能がサポートし、円盤型の飛行物体を素早くロックオンしていく。
本当は私がやったほうが早いのだが、地球を守るために戦っているので、あえて彼らに任せる。
実際に、皆はよくやってくれていた。
島風も最新鋭の航宙艦なのもあり、今のところは問題なく対処できている。
「照準合わせ完了! いつでも撃てます!」
戦闘班長が大きな声で伝えてくれた。
なので私も彼の顔を見て、静かに頷いて声を出す。
「ホーミングレーザー! 発射!」
すると島風に収納されていた砲塔が明らかになり、青いカメラアイのような物が現れる。
そして、そこから青く輝く光が一斉に放たれた。
敵の赤色の熱線とは違って、一直線には進まず円盤型の飛行物体を高速で追尾する。
どれだけ速く逃げても無駄であり、あっという間に追いついては次々と直撃しては、大爆発を起こして地上に落ちていく。
「とんでもない威力ですね」
「島風が最新鋭なのもありますが、駆逐艦なので威力は抑えめですよ」
副長や他の乗務員が息を呑むが、巡洋艦や空母や戦艦のほうがもっと派手で強い。
一応は島風にも切り札的な武装はあるけれど、そんなものを地球上でぶっ放せば大惨事確定である。
なので周辺被害を考えなくて良い場所で戦わない限りは、封印であった。
ちなみに、レーザーは光学兵器の名称だ。
しかし魔法なので正確には違うし、直進ではなく普通に曲がる。
誘導性能はかなり高いが、光速よりも遅い。ついでに透明ではなく私の魔力色の青なので、レーザー要素が薄いが雑魚処理に長けた強力な武装には違いはない。
おかげで、あっという間に敵戦力の半数以上を撃墜した。
しかし距離が遠かったり遮蔽物に隠れていると地球人には狙えないし、移動要塞は攻撃できない。
「周囲の敵を排除しました!」
けれど戦闘班長が大きな声で報告したので、私は静かに頷く。
放ったのは一撃だけだが、敵に大打撃を与えたのは間違いない。
島風の乗務員だけでなくワシントンの市民やアメリカ軍も大喜びなので、地球側は勢いを盛り返す。
しかしここで、レーダー手から報告が入った。
「敵移動要塞が動き出しました!」
正面モニターにも映っているので、すぐに拡大表示する。
移動要塞の下部のハッチが開き、大型戦車らしきモノが次々と地上に向かって降下していた。
「今度は地上兵器を出してきましたか」
地上に下りた八足型の大型戦車は、瓦礫や障害物など容易く乗り越えていく。
そして身を隠して抵抗を続けるアメリカ軍を、的確に狙い撃ちしているようだ。
さらには上空を飛んでいる島風にも熱線を飛ばしつつ、こっちが照準を合わせようとすると建物の影に身を潜めるので、対処が面倒な相手だと感じた。
「ホーミングレーザーで狙うのは難しいですね」
ワシントンは遮蔽物が多すぎて、ビルや瓦礫に隠れている敵を狙うのは人間には難しい。
一応は周辺への被害を無視すれば建造物を撃ち抜いて倒せるが、島風は地球側に立って戦っているのだ。
コラテラルダメージとして切り捨てても良いけれど、あとで色々言われるのは避けたい。
そして管制室の乗務員たちは、私の決断を待っている。
思考加速によって時間の流れを遅らせて考えたあとに、表面上は即断即決で次の命令を大声で出した。
「フェザー兵器で地上の敵を掃討します!」
AI制御のフェザー兵器は基本的な命令を与えれば、あとは臨機応変に対処してくれる。
かなりの数が積まれているので、地上の敵を掃討するぐらい容易いことだ。
「ただし! 地球の生き物や建物を巻き込まないよう、気をつけてください!」
「了解! 制御プログラムに命令伝達!」
私が一個ずつ手動で操ればすぐ終わるが、やはりここは地球人に任せる。
やがてフェザー兵器の制御プログラムの書き換えが終わり、攻撃準備が完了したと副長から報告を受けた。
なので勿体ぶることなく、すぐに大きな声を出す。
「攻撃開始!」
私がそのような命令を出すと、今まで専守防衛に徹していたフェザー兵器が一斉に攻撃に転じた。
各々が独自の判断で動き、障害物に隠れた敵を見つけると威力を抑えられた青い光線で撃ち抜く。
さらに高熱の剣が飛来し、パイロットやエンジンのみを的確に破壊する。
八脚戦車の攻撃で危機に陥っていた大勢の人々には、青く透き通る障壁が包み込んだ。
勇敢に戦うアメリカ軍や逃げ遅れた市民たちを異星人の兵器から守る。
島風のレーダーを見ると、フェザー兵器によって次々と撃破されていくことがわかった。
取りあえず何とかなったことに静かに息を吐いた私は、艦長席にもたれて正面モニターに映る移動要塞を見つめる。
「あとは移動要塞ですか。
囚われた地球人を救出しなければいけませんし、なかなか大変ですね」
敵の飛行物体に連れ去られた人々は、移動要塞に連れて行かれた。
彼らは餌か奴隷にされるため、そう簡単には殺されないのが不幸中の幸いだ。
ここで破壊したら地上に被害が出るのもあるが、大勢の人質が囚われているので島風は迂闊に攻撃できない。
なので副長だけでなく、他の乗務員も渋い顔をしている。
「下手に攻撃をすると、中の地球人に犠牲が出るな」
「全員無事に助け出すのは、困難極まりないですね」
私もどうしたものかと考えるが、思考加速状態に入る前に島風の船体が大きく揺れた。
常に縦方向1Gに保たれているので、何らかの異常が起きない限りありえない挙動だ。
「何事だ! 状況を知らせろ!」
自分の代わりに副長が素早く指示を飛ばすと、レーダー手が島風の情報を分析する。
そして、この場の全員に大きな声で伝えた。
「反重力推進機関に異常発生!
艦全体が強力な重力場に包まれています!」
正面モニターを切り替えて島風の様子を外から表示すると、強力な重力場の繭に囚われているようだ。
その様子を見た副長は、すぐに異常の正体に気づいて驚きの声をあげる。
「まさか! 敵のトラクタービームか!」
おまけに状況は、今この瞬間にも刻一刻と悪化していた。
「島風が移動要塞に引き寄せられています!」
私も現在の状況から予測を組み立て、迷っている時間はないのでただちに命令を出す。
「反重力推進機関最大! 敵重力場から脱出しなさい!」
「了解! 機関最大!」
島風の機関出力が最大まで上がり、後部スラスターから青い粒子が勢いよく放出される。
しばらく拮抗状態が続いたが、移動要塞も本気を出してきたようだ。
「駄目です! 移動要塞に引き寄せられています!」
敵母艦の直径は二十キロもあり、当然ながら出力も桁違いだ。
トラクタービームは一つだけでなく、何十、何百という重力波が島風に向けて放たれていた。
島風も後部ブースターが絶え間なく青い粒子を放出しているが、それでもジリジリと引き寄せられている。
いくら我が国の最新鋭艦とはいえ、流石に多勢に無勢のようだ。
「くそっ! 敵は島風を鹵獲するつもりか!」
副長が悔しそうな声を出すが、私や皆も諦めるにはまだ早い。
それでも移動要塞に近づくほどトラクタービームの吸引力が上がり、脱出が困難になる。
なので私はここで、新しい命令を出した。
「進路反転!」
「「「えっ!?」」」
管制室の乗務員たちが、驚きの表情を浮かべている。
しかし、構うことなく続きを大声で叫ぶ。
「対消滅バリアを展開し、全速で奴に突っ込みなさい!
この機に乗じて、要塞内部に突入します!」
我ながら滅茶苦茶な命令だという自覚はあるが、多くの地球人の中から選ばれただけはあり、島風の乗務員は優秀であった。
すぐに命令を理解して全員が慌ただしく動き出すので、ここで追加の指示も出しておく
「それとワシントンのナショナルモールに、救出作戦の志願者を集めるように伝えなさい!」
レーダー手に声をかけるが、流石に何のことかわからないようで困惑している。
「要塞内部に突入後に、頃合いを見て一斉転送します!」
要塞内部に空気があって人類が生存可能なのは、事前に調べてある。
そうでなければ卵を産みつけて、生きたまま食べられない。
きっと彼らの母星に環境が近い地球を狙ったのも、そういった理由があるのだろう。
とにかくレーダー手がアメリカ軍の通信に強制割り込みをかけている間に、島風は命令通りに進路を反転した。
今度は、トラクタービームから逃げるつもりはない。
「突貫!」
バリアを展開した状態で、全速で移動要塞に突っ込んでいった。
敵のトラクタービームを逆に利用して、さらに加速する。
近くまで引き寄せた上で、重力場で動きを封じて鹵獲するつもりだったのだろう。
まさか突貫してくるとは考えていなかったらしく、移動要塞も慌ててバリアを展開して受け止める。
「島風! 敵バリアに接触!」
大きな壁にぶち当たったような音が周囲に響く。
島風はそれ以上は先に進めなくなってしまうが、好都合である。
「バリア展開中は、トラクタービームは使えません! このまま押し切ります!」
高度な技術を持つ私やノゾミ女王国は別だが、大抵の種族はバリアを展開中は攻撃手段を失うのだ。
敵の文明レベルは事前に調べてあるので、これでトラクタービームは完全に封じ込めることができた。
あとは、どっちのバリアが頑丈かの勝負になる。
「周囲の原子がプラズマ化し、外壁温度が急上昇しています!」
凄まじい運動エネルギーが、周りの大気を圧迫した。いわゆる隕石やスペースシャトルが地球に降下するような状態だ。
幸い島風はこの程度なら何ともないし、対消滅バリアは攻防一体の武装である。
おかげで敵の電磁バリアだけが一方的に削られて、こちらの被害は殆どない。
「対消滅バリアを艦首に集中! 一点突破です!」
「了解! 艦首にピンポイントバリアを展開します!」
艦首に集中したことで、さらに削れる速度が早まる。
やがて敵の障壁がヒビ割れて、大きな穴が空いた。
そこに、間髪入れずに島風が突っ込んだ。
「全員衝撃に備えなさい! 要塞内部に突入します!」
移動要塞の外壁よりも、遥かに頑丈な電磁バリアを破ったのだ。
島風が障壁を展開している以上、まさに青く輝く一本の鋭い矢と言える。
それは勢い良く敵母艦の装甲を貫通して、隔壁を破壊しながら奥へ奥へと進んでいく。
激しい衝撃を受けて船体が大きく揺れたが、侵入には成功したし、とにかく良しなのだった。