馬鹿めと言ってあげましょう
ワシントン上空に到着した航宙艦の島風だが、すぐには加勢しない。
何故なら地球を侵略しに来た異星人も、高度な文明を持つ知的生命体だからだ。
なお、未来予測を信じるならろくな結果にはならない。
けれど形式上、戦闘を開始する前に必ずやらなければいけないことでもあった。
なので私は第一種戦闘配置を維持したまま、レーダー手に指示を出す。
「異星人の移動要塞に、通信を繋いでください」
彼らの言語情報は、事前に解析済みだ。
おかげで通信設備や自動翻訳機も、問題なく使うことができる。
しばらくすると、正面モニターにエイリアンとゴブリンを足して二で割ったような外見をした、凶暴そうな大男が映し出された。
そして強面の顔をした彼は、突然大声で笑い始める。
「この星の下等生物が、我々の技術を解析できるとは驚きだ!」
モニターの向こうの彼は、ガッハッハと笑っていた。
しかも興味深そうに、こちらの乗務員や艦内の様子を観察している。
「しかも、言語翻訳まで可能とはな!
地球人もなかなかやるではないか!」
良く見ると彼の周りに、凶暴な異星人の取り巻きが居るようだ。
そのままこちらの乗務員たちを一人ずつ品定めするように観察し、やがて艦長席に座っている私と目が合った。
始終向こうのペースで進める気はないので、今度はこっちから話す。
「通信に応じていただき、感謝します。
私は航宙艦島風の艦長、ノゾミと申します」
地球人は異星人を直接見るのは初めてだから、なるべく平静を装っているが驚きや緊張は避けられない。
しかし私は慣れているので、全く動じることはなかった。
堂々と喋りかけると向こうの代表らしき者が、感心したような表情に変わって大声を出す。
「ならば、こちらも名乗ろう!
俺様の名はバルガス! 母星の言葉で強き者よ!」
その名前も意味も調べてあったので、特に驚きはなかった。
「そして! 誇り高きオーガ船団の指揮官だ!」
私は適当に聞き流しながら、一番偉い人が出てきてくれたのは話が早くて助かると思った。
何しろ今この瞬間にも、地球は異星人によって攻撃されているのだ。
さっさと形式通りのやり取りを終わらせようと考えていると、バルガスがフンと鼻を鳴らした。
「しかし、まさか地球人が航宙艦を建造できるとはな! これは嬉しい誤算だ!」
「……嬉しい誤算とは?」
条件反射的に質問すると、向こうの司令官がすぐに答えてくれた。
「喜べ! お前たちは餌として食われるのではなく、奴隷として死ぬまで奉仕できるのだ!」
それは殺されるのと、どっちがマシなんだろうと考えてしまう。
「もっとも! 地球人が建造した航宙艦など、浮いているだけで精一杯だろうがな!」
余程おかしかったのか、バルガスだけでなく取り巻き連中も大笑いしている。
完全に舐めてかかっているのが、よくわかった。
「それでも利用価値はある! 我々が技術を教えれば、少しはマシになるだろう!」
島風は地球ではなくノゾミ女王国で建造されたのに、彼らは私のことを地球人だと勘違いしているようだ。
(犬や猫の微妙な毛色の違いって飼い主ぐらいしかわからないし、多分それでしょ)
私と地球人の身体的な大きな違いは、緑の髪と三角耳だ。
殆ど人間なので、同じ種族だと誤解されてもおかしくない。
そして、いちいち訂正するのも面倒なので、このまま話を進めることにした。
「では、こちらも貴方たちに要求しましょう!
ただちに戦闘行為を止めて、降伏しなさい!」
私の声は、ちゃんと届いているはずだ。
しかし異星人たちは何を言っているのかわからないのか、明らかに困惑していた。
なので少しだけ考えて、噛み砕いてわかりやすく伝えることにする。
「貴方たちは、地球人が時間をかけて築いてきた文明を破壊しています!
ゆえに我が国は、これ以上の侵略行為は看過できません!」
私はノゾミ女王国の最高統治者として、堂々と発言した。
「それでも続けると言うなら、不本意ながら武力介入を行います!」
理由もはっきりと伝えたし、今度は理解できたはずだ。
しかしモニターの向こうでは、またもや笑いの渦が巻き起こる。
「ぐははっ! 地球人にはユーモアの才能があるようだな!
まさかそんなちっぽけな宇宙船で、我々と戦う気か!」
「はい、その通りですが?」
今の私の発言を聞いて、オーガ族はさらなる大爆笑であった。
彼らの態度はともかく、これで事前通告は出したのだ。
けれど、最後に念のために聞いておく。
「今ならまだ間に合います! 降伏しなさい!」
「ガハハ! できるものなら、やってみるがいい!」
やはり話を聞いてもらえなかった。
だが想定の範囲内だし、ああいう戦闘民族はガツンとやらなければ何を言っても耳を貸さない。
おまけに喉元過ぎれば熱さを忘れるのか、時間が経てばまた反逆を起こすのだ。
なので併合して生き残った異星人は、反省せずに飼い主に噛みつく前兆があれば、情け容赦なく宇宙の彼方に追放していた。
しかしここで私は、ふとあることを思い出した。
(そう言えば、大昔に追放した異星人の面影があるかも?)
事前情報では気づかなかったが、直接話して何かに似てるなと思った。
もしかしたらノゾミ女王国から追放された者たちが寄り集まり、新しい国を作って周囲の星々を侵略している可能性もある。
(けど、もしそうだとしても彼らはペットじゃないしなぁ)
外来生物が生態系を乱すことは良くあるが、彼らは動物ではなく知的生命体だ。
地球を侵略するのは悪いけれど、そうしようと決めたのはバルガスたちオーガ族である。
しかし宇宙の彼方に追放した私も、ほんの少しだけ申し訳なく思った。
だがうちの国外追放とは、死刑直前の最終宣告だ。
次に相対したときには手加減なしでぶっ飛ばし、命を奪われても致し方なしである。
なので通達を受けた者たちは私やノゾミ女王国を恐れて、自らの意思で外宇宙に向かって終わりなき旅に出るのだ。
そんなことを思考加速して振り返っていた。
そして現実の私は表情は変えずに物思いに耽っていたが、もう十分なのでそろそろ終わりにしようと堂々と発言する。
「ならば、馬鹿めと言ってあげましょう!」
「何だと!?」
その瞬間、ブチ切れたバルガスがモニターを破壊したのか映像が途切れた。
「通信が切れました!」
まさかこんな形で、彼らの子孫に再会するとは思わなかった。
きっと様々な種族と混ざって世代を重ね、私の顔も忘れたのだろう。
それとも容姿が近い地球人も一緒なので、気づかなかったのかも知れない。
あとは戦闘民族で脳筋なのもあるだろうが、何にせよ因果なものだ。
取りあえず過去は一旦置いておき、気を引き締めて異星人との戦いに望むのだった。