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我が国は中立国です

<フランク・ベルグンド>

 俺はフランク・ベルグンド。日本に滞在する在日米軍だ。

 今は東京に住んでおり、こちらでできた恋人と結婚して子供が生まれ、家族三人で幸せに暮らしている。


 それはともかくここ最近のニュースは、宇宙から直径二十キロもある巨大な隕石が降ってくると、大騒ぎになっている。


 海の向こうのアメリカは大混乱で、治安が悪化して強盗や略奪が頻繁に発生していた。

 さらに世界中が同じ状況であり、地球の終わりだと絶望し、最後の時は愛する者と過ごす人も多くなっている。


 もちろん黙って滅びを待つつもりはなく、隕石を破壊するために核弾頭を何度も撃ち込んでいるが、効いたのは最初の一発だけだ。


 しかもそれすらあまり効果はなく、隕石の軌道すら変えられなかった。

 おまけに数日前から急激に速度を落とし始めたので、何とも不可解である。


 だがニュースで大々的に発表されると、世界中で大喜びだ。

 けれど隕石が地球に到達するまでの時間が伸びたとしても、相変わらず進路は変わらずに落下して俺たちが死ぬのはほぼ確定である。


 その後も活発に議論が行われ、人工物である可能性が濃厚らしい。

 ならば途中で動きが完全に止るのではないかと、楽観論を出す科学者も居る。


 まあ今のところは全くそんな気配はなく動き続けているので、滅亡までの時間は刻一刻と過ぎていくのだった。




 現状のままでは隕石到達まで半月足らずというときに、日本政府が国民に向けて緊急発表を行うとニュースが流れる。


 不要不急でなければできる限り視聴するようにと事前告知されているので、ただ事ではない。


 今はいつ呼び出されてもおかしくないので、俺は少しでも愛する妻や娘と過ごすために、有給を取って東京の家に帰宅していた。

 そして広々とした居間のソファーに家族と座り、薄型テレビを眺めている。


 今の総理はお飾りなのは国民も薄々気づいているので期待はしていないが、わざわざ緊急発表を行うのだ。

 何かあるのではと思いつつ時間になると、記者会見場に総理大臣の肥沼茂則こえぬましげのりが現れて、指定の位置についた彼は大勢の記者を前に咳払いをする。


「えー、内閣総理大臣の肥沼茂則こえぬましげのりです。

 今日は国民の皆さんに重要な情報をお伝えするために、この場を借りて発表させていただくこととなりました」


 肥沼総理は、マイクの前で台本をチラチラ見ながら続きを話していく。


「日本国政府は現在、地球に迫っている巨大隕石の対策を講じるために、専門アドバイザーに協力していただくことを決定しました」


 それを聞いた俺は、誰か有名な科学者か著名人でも招集したのかと推測した。

 記者や報道陣たちも同じ考えだったようで、失望とは言わないが予想通りだったのか、表情もがっかりしたものに変わる。


 何しろ専門家を呼ぶのは、既に世界各国でやっていることだ。

 日本も同じことをしているが、今さら一人か二人増やしたところで状況は何も変わらない。


 しかし総理や政府関係者は一切の動揺を見せずに、話を先に進める。

 失笑されたとしても、あくまで台本通りに進めるつもりのようだ。


「それでは、お願いします」


 肥沼茂則こえぬましげのりが外に繋がる扉に顔を向ける。


 すると外から扉が開いて、一人の少女が記者会見場に入ってきた。

 彼女は実年齢とはかけ離れた気品に溢れた立ち振舞を身に着けており、おまけに幻想的でとても美しく、一歩進むごとに周囲の空気が浄化されていくような雰囲気を感じる。


 そんな緑の髪と三角耳が特徴的な美幼女が登場したのだ。

 まるで予想していなかった展開に報道陣や記者たちが呆然とするのも、無理の無い話である。


 やがてマイクの前に到着して自己紹介を行おうとすると、その前にうちの娘が瞳を輝かせて大きな声で叫んだ。


「ノゾミちゃんだ!

 パパ! ママ! ノゾミちゃんだよ!」

「あっ、ああ、そうだな」

「そっ、そうね」


 彼女は今や、日本だけでなく世界中でも話題沸騰中の大人気ネットアイドルだ。

 娘が大ファンなので家族で何度か動画を見たが、俺もいつの間にか曲を覚えて口ずさむぐらいには気に入っている。


 ちなみに今は海軍大将が身につけるような軍服を着こなし、メガネをかけているようだ。

 しかし、あの特徴的な透き通るような美しい緑の髪と三角耳を見れば、彼女を知る者ならすぐに気がつくだろう。


 なお、ノゾミちゃんは幼い容姿で身長が低い。

 踏み台を用意してもらって、その上に乗る姿は微笑ましいと感じる。


「私は訳あって、名前を明かせません。

 なので皆さんがノゾミと呼ぶので、そちらを仮名にさせてもらいます」


 偽名と本名が同じでは意味がないのではと、ツッコミを入れたい衝動に駆られた。

 それにメガネをかけて誤魔化せると思った時点で、彼女は見た目通りの子供なのだと再確認する。


 けれどその割には気品のある立ち振舞だし、色々と謎の多いノゾミちゃんであった。


「ではこれより巨大隕石に対して、私から見解を述べさせていただきます」


 周囲が困惑して俺があれこれ考えている間に、緊急発表は進んでいく。


 彼女の言葉の後に、記者会見場が暗くなった。

 そしてカメラに映るように、ノゾミちゃんの後ろの壁にプロジェクターによって資料映像が映し出される。


「あれは何だ!?」


 あまりにも常識外れな説明に理解が追いつかないが、俺は何とか状況を分析する。


 簡単にまとめると、直径二十キロの巨大隕石は宇宙人の移動要塞だ。

 核弾頭はバリアを張り巡らせることで完全に無効化し、地表に落下しての人類滅亡は避けられても、地球が侵略される可能性は非常に高いらしい。


 一体何処でそれだけの情報を得たのかは不明だし、何故彼女が説明するのかも謎のままだが、全く気にすることなく続きを話していく。


「しかし、この情報が絶対に正しいとは限りません。

 現時点では、そうである可能性が高いのです」


 宇宙人が地球への移民や和平を望んでいる可能性も、少しだけあるらしい。

 さらに巨大隕石の落下は万が一ぐらいの確率でしか起こらないと伝えられると、記者会見場に集められた報道陣や記者たちは、揃って安堵の息を吐く。


 けれど説明はそれで終わりではなく、ノゾミちゃんは今からグロテスクな映像が流れますので気をつけてくださいと警告し、少し待ってからプロジェクターを切り替える。


「今回の異星人は、他の生物に卵を産みつけます。

 やがて体内で孵化し、赤ん坊は宿主を食べて育つのです」


 資料映像を出して丁寧に説明してくれるのはありがたいが、俺は気分が悪くなって妻と娘は青い顔をしている。


「潜伏期間は個人差はありますが、約一週間から半月ほどです。

 その際に手術などで無理に摘出するのは、避けてください。

 卵が割れると内部の毒液が漏れ出し、宿主の命を奪いますので」


 画面の向こうの会場内でも吐きそうにしている者が何人も出ているが、説明しているノゾミちゃんは平然としている。


「なので、彼らの目的が地球の支配や侵略なのは、ほぼ間違いありません。

 七十億の人類を家畜にすれば、当分は飢えずに済みます。

 それに要塞のバリアも無敵ではなく──」


 確かに隕石が落下すれば地球上の生物が絶滅しかねないし、移動要塞のバリアも限界以上の攻撃を受ければ壊れてしまうらしい。

 わざわざそんな危険を冒すよりも、七十億の餌を確保するほうが遥かに利益がある。


 あとは移民や和平でも、人類を殺す意味はない。

 色々と不明な箇所が多くて情報の信憑性が気になるが、ほんの少しだが希望が見えてきた。


 ニュースを見ている家族だけでなく記者たちも、ここからどんな対策を講じるのかが気になって仕方がないので、ノゾミちゃんの一挙手一投足に注目する。


「……以上で、説明を終わります」

「「「えっ?」」」


 なので報道陣や記者たちが間の抜けた声を出すのも、当然であった。

 巨大隕石の正体は宇宙人の移動要塞で、地球を侵略するために今も接近していることがわかった。


 だがこれからどのように対処するのかというところで、唐突に終わってしまったのだ。

 あまりにも常識外れな展開に、質問はまだ許可されていないのに一人の男性が大声を上げて立ち上がる。


「ちょっと待ってください! 地球が侵略される瀬戸際なんですよ!

 何か対策はないんですか!」


 他の者たちも同じ気持ちのようで、無言でウンウンと頷いていた。

 その辺りは俺も気になるし、妻と娘も真剣な表情を浮かべている。


 そしてテレビの向こうで佇んでいるノゾミちゃんの、次の言葉を待った。


「まだ侵略されると、決まったわけではありません」

「これまでの説明から! 侵略はほぼ確定じゃないですか!」


 移動要塞の武装や急な減速、宇宙人の生態から見ても侵略は確定していると見て間違いはない。

 情報の信憑性は日本政府が保証していると考えれば、多分事実なのだろう。


 しかし、彼女は独自の思惑で動いているようだ。

 静かに溜息を吐いて、首を横に振る。


「地球の皆さんには、大変申し訳ありません。

 我が国には未開惑星保護条約と言うものがありまして、本来は姿を見せて事前に警告するのも、違反行為スレスレなのです」


 そう言ってプロジェクターを操作して、新しい画像を表示する。


 そこには彼女が口にした未開惑星保護条約が記載されており、内容自体は難しいものではない。

 文明レベルの低い星々への干渉は止めましょうで、放置したら絶滅する場合は例外的に許可するであった。


 さらにノゾミちゃんは衝撃的な事実を、何とも申し訳なさそうな顔ではっきりと口にする。


「実は私は宇宙人で、遠い星から地球にやって来たんです」


 そう言えば、千年以上生きている女王だとか言っていた。

 しかし彼女の容姿はとても幼く、重要な立場の人物が護衛も連れずに出歩くはずがない。


 けれど王族の末席だとしたら話は別で、特権などは殆ど持たない一般人に近いのだろう。


「それに、あちらの都合もありますしね」


 俺がそんなことを考えている間に、彼女が話題を変えた。

 するとマスコミが反応して声を出す。


「あっ、あちらの都合とは?」


 ノゾミちゃんは勿体ぶることなく、はっきりと告げる。


「移動要塞に乗って、地球に急接近中の宇宙人ですよ」


 地球人の都合で考えれば、侵略がほぼ確定の宇宙人の都合を考える必要などない。

 各国や企業や個人がメッセージを送っているが、全く反応がないのだ。

 だったら、さっさと破壊してしまえと考えるのが大半だ。


 しかし、地球人と彼女ではモノの考え方が違うようだ。

 俺たちはようやく宇宙に出られたばかりだが、テレビの向こうの幼い少女は数多の惑星や銀河を基準にして話をしている。


 なので侵略者たちも、一つの民族や国家として見ていた。

 地球はもちろん大切だが、彼らの意思も尊重しないといけないらしい。


 ノゾミちゃんは地球の肩を持ってくれるけれど、完全な味方ではないということだ。

 この事実に気づいた記者の一人が取り乱したのか、突然立ち上がって大きな声を出す。


「だっ、だったら! 君が奴らを追い払ってくれよ!」

「嫌です!」


 はっきりと断られたことで、たった今発言した記者は驚いて硬直する。


「話し合いが通じない戦闘民族とは、関わりたくはありません!」


 完全に拒否されて、取り付く島もない。

 しかも、さらに追い打ちをかけてくる。


「それに地球人類には悪いですが、我が国は未開惑星を命がけで助ける義務はありません!」


 確かに地球人類のために犠牲になってくれる異星人など、稀だろう。

 物語ではたびたびあるが、現実では旗色が悪くなったら母星に逃げ帰るのが当たり前だ。


 記者や報道陣たちも、そのことに気づいたらしい。

 一斉に押し黙り、会場の空気が重くなって誰も口を開かない。


 一緒にテレビを見ている娘も、泣きそうな顔になる。

 大ファンだったがノゾミちゃんは地球人ではなく、俺たちに味方をするつもりはないと告げられたことで絶望してしまったのだろう。


「……パパ」


 なので、不安そうにこちらの服の袖をギュッと握りしめてきて、俺は娘の手を握る。


「大丈夫。大丈夫だ」


 愛しい娘を安心させるためだけに大丈夫を繰り返していると、肥沼茂則こえぬましげのり総理がわざとらしく咳払いをする。


「そうですね。時間は有限ですし、本題に入りましょうか」


 そして彼女は真面目な表情に変わった。

 続いて記者会見場に集まった者たちを見据えて、堂々と発言する。


「私は地球を守るために、命がけで戦う覚悟はありません。

 しかし、人類の味方をしないわけでもありません」


 前半と後半の何処が違うのかと疑問を抱く。

 すると彼女は、さらに言葉を続ける。


「まずミズガルズ星人にとっては、地球とそちらに向かっている両陣営は、どちらも異星人であることに変わりありません」


 彼女はエイリアンとも地球人とも違う別の星からやって来たので、立場的にはそうなるだろう。


「侵略戦争で人類に犠牲が出れば、我が国は武力介入に踏み切る口実を得ます。

 ですが結局は地球の問題ですし、現地の知的生命体が解決するのがもっとも良いことなのです」


 つまりは第三勢力として参戦しても良いが、人類のために犠牲になる気はない。

 戦況が不利になったら撤退し、あとは母星の援軍を待つということだろう。


 次に彼女は真面目な表情で肥沼茂則こえぬましげのりに顔を向けて、大きく息を吐く。


「……あとは任せます。

 では、地球人類の皆さん。これで失礼します」


 すると彼女は光に包まれて、その場から忽然と消えてしまう。瞬きするほどの間の出来事だった。


 未知の技術をまざまざと見せられ、記者会見場が大いにざわついている。


「ノゾミちゃん、消えちゃった?」

「……そうだな」


 もしあの移動要塞も、これと同レベルの技術力を持っているとしたら、たとえ人類が結束して戦っても勝てるかどうか怪しい。


 今後のことを考えると気が重くなるし、妻と娘も不安がっている。

 俺は安心させるために静かに抱き寄せると、再び記者会見場に光の繭が現れた。


「そう言えば、伝え忘れていたことがありました」

「うわあっ!?」


 肥沼茂則こえぬましげのり総理がマイクの前に立とうとしたところだったので、彼女が急に目の前に現れて腰を抜かしたようだ。


 ノゾミちゃんは一瞬気にしたが、驚いただけで怪我はなかったことを確認して気にせずに口を開く。


「ただ今から、第十四世代航宙駆逐艦島風の乗務員を、百名ほど募集します」


 そう言って、プロジェクターの映像を切り替える。

 すると島風と刻まれた宇宙船が映し出された。


「これは我が国が開発した最新鋭艦です。

 直径二十キロの移動要塞と比べれば小型ではありますが、性能的には勝るとも劣らないでしょう」


 しかし現時点では情報不足で評価のしようがなく、「おっおう」としか言いようがなかった。

 そのことに彼女も気づいたのか、少しだけ考えて言葉を続ける。


「先程の説明内容と島風の詳細情報は、日本政府の公式ホームページに記載しておきます」


 その瞬間、日本政府の公式ホームページに全世界からアクセスが殺到して多大な負荷がかかった。

 俺も慌てて端末を操作したが、正直まともに閲覧できずにエラー画面で止まってしまう。


「とにかく地球側の承認を得た証として、乗務員を百名雇用します。

 募集期間は明日の早朝までですので、どうぞよろしくお願いします」


 するとまた、光の繭に包まれて消え去り、静寂だけが残る。

 ちなみに肥沼茂則こえぬましげのり総理は、また戻ってくるのではないかと若干ビクビクしていた。


 しかし、その後は少し待っても彼女は現れない。

 なので先程の乗務員募集の補足説明を行うために、名ばかり総理はマイクの前で堂々と喋るのだった。

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