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第98話 停電です!

「フンフフーン。今日のご飯はマタンブレ~。マタマタブレブレマタンブレ~。お肉で巻き巻きマタンブレ~。ご主人様もブレブレでーす。フンフフーン」


 冬の夜空に可愛いメイドさんの楽しげな歌声が響いた。今日の晩御飯はアルゼンチンの料理『マタンブレ』である。薄い牛肉で野菜とゆで卵を巻いて茹でる言わば肉ロールである。それを太巻きのようにスライスして食べる。


「今日も絶好調だね」


 黒乃はその様子を床に寝そべりながら見ていた。


「もちろんですよ。今日のお料理も力作です。さあ出来上がりましたよ!」


 メル子は出来上がった料理を机の上に置いた。その時突然部屋の電気が消えて真っ暗になった。


「ぎゃあああああああああ!」メル子が絶叫をあげた。

「なんですか! 暗いです! 何も見えません! ご主人様!」

「なんだなんだ? 停電かな? ライトはどこだっけ」

「ご主人様! 助けて! 暗いです! ライトは……ありました!」


 するとメル子の目がビカビカと光り出した。その閃光をくらい黒乃は悶絶した。


「ぐわああああ! 眩しい! メル子、光らせすぎ! 目があああああ!」

「ぎゃあああ! 暗いです!」


 メル子はしこたま目からフラッシュライトを炸裂させると「ビー! ビー!」と言い出した。


「どうしたのメル子? 何その音」

「警報音です! 何かの警報が鳴っています!」


 黒乃はフラッシュの光に耐えながらよたよたとメル子の元へ行くとギュッと抱きしめた。


「ぎゃあ! 誰ですか!」メル子はジタバタともがいた。

「いやご主人様以外いないでしょ。落ち着いて」


 抱きしめられたメル子は大人しくなった。フラッシュライトも止まったようだ。


「大丈夫、メル子?」

「ハァハァ、大丈夫です。急に真っ暗になったのでびっくりしました」


 真っ暗闇の中、二人はしばらく抱き合ったまま呆然としていた。


「ああ、ようやくフラッシュのダメージが回復してきた」

「申し訳ありません、ご主人様。慌ててしまいまして。あとご報告があります」

「なんだろ」

「先程の警報音はフラッシュライトの使いすぎによるオーバーヒートを知らせるものでした。現在発光素子を修復するためナノマシンが頑張っておりますが、今日中には回復はできません」


 つまりライトが無い。部屋の中にあっただろうか? 使った記憶が存在しない。


「ご主人様、もう一つご報告があります」

「なになに」

「暗視機能も同じように麻痺状態になりました」

「そんな機能あったんかい」


 取り敢えず真っ暗は危険だ。何か明かりを探さなくてはならない。

 黒乃は窓まで慎重に歩くとカーテンを開けた。すると目に飛び込んできたのは真っ暗闇の浅草の町であった。


「なんてこった。大規模な停電なんじゃないのこれ」


 更にあいにくの空模様である。雲がかかり月明かりもほとんど届いてこない。車の明かりだけが遠くで動いているのが見える。


「そういえば聞いたことがあります。最近この付近で謎の電力大量消失があったそうです」

「なんだろうね。誰かこの辺で怪しい実験でもしてるんじゃないの」

「やめてください」


 目が暗闇に慣れてきたので微かな月明かりでも多少見えるようになってきた。机の上に料理が並んでいるのが見える。


「まあ取り敢えずご飯食べようか。せっかく作ったんだし」

「この状況で優先する事がそれですか……」


 二人はテーブルについた。美味しそうな香りが漂っている。


「ではいただきます」黒乃は手を合わせた。

「お召し上がりください」メル子も手を合わせた。


 黒乃はお椀を手に持つと味噌汁をズズズと啜った。


「あじぃー!」お椀を傾けすぎたので一気に口の中に入ってしまった。

「暗闇でご飯食べるの結構難しいな」

「気をつけてください」


 次にメインのマタンブレに箸を伸ばそうとしたが暗くて掴めない。


「あれ……掴めない」

「しょうがないですね」メル子が器用に箸でつまむと黒乃の方へ手を伸ばした。「はい、あーん」

「あーん」


 黒乃は口を開けて顔を前に寄せた。するとおでこに温かい感触が伝わった。


「どうでしょう。美味しいですか?」

「いや口に入ってないんだよなあ」

「どこにいきましたか?」

「おでこに張り付いてるんだよ」


 おでこのマタンブレを指でペリリと剥がして口の中に放り込んだ。


「うまい……オレガノ、クミンで爽やかさに味付けされた野菜類の甘みと牛肉の旨みがロールされて胃の中に転がり込んでくる。その中でゆで卵がアクセントになっていて齧り付く楽しさを味わえる一品だ」

「どうしてそんなにテンションが低いのですか」

「メル子もなんでひそひそ声なの」


 暗いと視覚に頼れないため必然的に聴覚に頼ることになる。その為大きな声を出すと周囲の音が聞こえなくなってしまい不安を感じるのだ。

 二人は黙々と食べ食事を終えた。


「ご主人様、そろそろ明かりを手に入れる事に全力を尽くすべきでは」

「確かに。てかデバイスがあったわ」

「なぜそれに先に気が付かないのですか」


 黒乃は床に転がった自分のデバイスを探した。「あったあった」

 薄いカード型のデバイスを持ち上げるとシステムが自動で起動した。ディスプレイは存在せずレーザーにより直接網膜に映像を投射する方式だ。


「ええとライト、ライト」黒乃はデバイスの表面を指でなぞり操作をした。デバイスから光が照射された。

「やった! 明かりだ!」

「やりました、ご主人様!」


 しかし間もなくライトは消えてしまった。


「ぎゃあ! なんで消すのですか!」

「ああ、バッテリーがもう無かった。充電しないと」


 黒乃はコンセントの脇に設置してある小さなスタンドにデバイスを立てかけた。こうするだけで充電が始まる。


「あれ……充電が始まらないな。どうしてだろ」

「停電をしているからですね」

「ああ、そうか」


 黒乃はポリポリと頬をかいた。


「どうしてちゃんと充電をしておかないのですか」

「いや、一週間前にしたんだけどな」


 部屋に沈黙が訪れた。暗闇での沈黙は更なる不安を煽る。


「提案があります」

「聞こうか」

「メンテナンスキットのモニターで照らしましょう」

「名案だ」


 先日使用した全ロネ連の猫用のメンテナンスキットはレンタルしたものである為既に返却済みだ。メル子用のメンテナンスキットを押し入れから引き摺り出した。大きなクーラーボックスのような箱である。


「よし、スイッチオン。あれつかない」

「ご主人様、コンセントに刺すのを忘れています」

「おっとうっかり」黒乃はプラグをコンセントに刺した。

「あれつかない」

「停電をしているからですね」

「じゃあダメじゃん」

「はい」


 ちなみにメンテナンスキットはバッテリーを内蔵している為緊急時にも使用できるようになっている。


「なんでちゃんと充電をしておかないのよ」

「忘れていました」


 その時暗闇の底から恐ろしい声が響いてきた。その声は地獄の釜から湧き上がってくるかのようなおぞましさを孕んでいた。


 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「ぎゃあ! なんですかこの声は!」

「そういえばお嬢様たちは停電平気かな。そうだ、アン子にこの部屋に来てもらって照らしてもらおうよ。アン子もライト搭載してるんでしょ?」

「していますがモラル的な問題が……」

「どういうこと?」

「メイドロボをライト扱いしないでください。というか我々はアン子さんに頼りすぎです」


 黒乃は立ち上がった。「よいしょっと」

「どちらへ?」

「ライトを借りてくるよ。普通のライトね」

「階段に気をつけてください」


 黒乃は手探りで扉を開けて部屋を出て行った。メル子は暗闇に一人取り残されてソワソワした。しばらくすると黒乃が戻ってきた。


「ライト無いって」

「あらら。マリーさん達はどうでしたか」

「プラネタリウムやってた」

「プラネタリウムとは」

「クサカリ・インダストリアル製のロボットにはプラネタリウム機能が搭載されてるんだって。目から宇宙を投射してた」

「楽しそうでなによりです」


 結局明かりは手に入らなかった。そして次に起きる問題は寒さだ。空調が停止している為じわじわと冬の冷気が部屋に浸透してきた。


「寒い」

「寒いですね」

「お風呂入れる?」

「食事前に沸かしておいたので入れますが、シャワーはタンクに残っている分しか使えません。もちろん真っ暗な中での入浴になります」


 黒乃は何やらモゾモゾと動いている。服を脱いでいるようだ。


「もう入ろう。メル子も服を脱いで」

「何故私も脱ぐのですか」

「一緒にさっさと入らないとお湯が冷めちゃうよ」

「セクハラですか」

「緊急時だからしょうがないでしょ」


 そう言われると断りづらい。メル子はしぶしぶ服を脱ぎ始めた。黒乃は真っ暗闇の中でそろそろとバスタブに進み、ドプンと湯に浸かった。


「うぃー、あったけー」ジャボジャボと湯を掻き分け冷えた体に熱が染み込んでくるのを堪能した。

「ささ、メル子も早く」

「はあ……」


 メル子もそろそろとバスタブに近づきお湯に浸かった。二人が同時に入ったのでお湯がバスタブから溢れ出した。


「温かいです」メル子はふぅと吐息を洩らした。


 二人は膝を抱えて向き合う姿勢になった。流石に二人入るとギチギチの狭さである。お互いの脛がぶつかりあった。


「足伸ばせないね」

「そうですね」

「こっちおいで」

「どういう事ですか」

「ご主人様の股の間においで」

「変な言い方をしないでください」


 メル子は後ろを向いて背中を黒乃の胸に預けた。こうすればお互い少しは足を伸ばせる。


「ふわー、メル子のお肌柔らかーい」

「ご主人様もまだだいぶプニプニしていますね」

「ごっちゃんです」


 真っ暗な風呂場にちゃぷちゃぷと湯が波打つ音だけが響く。メル子は黒乃の首元に頭を預け顔の方を見たが輪郭だけで表情までは見えなかった。


「まさかメル子との初めてのお風呂がこんな停電の夜だとはなあ」

「初めてではないですよ。スーパーロボ銭湯に行きましたし」

「あの時は酷い目にあったなあ」

「今もだいぶ酷いですけどね」


 黒乃が笑うとその振動が背中を通して伝わってきた。


 風呂から上がり着替えをしてもまだ電気は戻っていなかった。窓から町の様子を眺めたが変化はなく真っ暗だ。しかし雲が切れて星空が見えた。


「うう、寒い」

「空調が無いとやっぱり寒いですね」


 二人は月明かりを頼りに布団を敷いた。黒乃は体が冷めぬうちに布団に潜り込んだ。


「今日はもうこのまま寝よう」

「そうですね。洗いものは明日にしましょう」


 メル子も布団に潜り込んだ。すると黒乃も隣の布団からメル子の布団に潜り込んできた。


「ぎゃあ! なんでこっちに来るのですか!」

「寒いんだもん」

「お帰りください」

「いいじゃんいいじゃん、今日はくっついて過ごす日だよ」

「どんな日ですか」

「いいじゃんいいじゃん」

「嫌ですよ」

「……」

「……」


 二人のヒソヒソ声は静寂に包まれた浅草の町を飛び越えて空高く、お月様まで飛んでいった。


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