第91話 ダイエットします! その二
緑色の和風メイド服を纏った金髪のメイドロボは、スキップをしながら浅草の町を歩いていた。
「フンフフーン。ご主人様はデブデブでーす。ぶくぶく太ってタプタプぽよん。プニプニデロデロ、ごっちゃんでーす。フンフフーン」
メル子は仲見世通りの出店の営業が終わったあと、浅草寺の裏手にある浅草部屋までやってきた。今月、黒乃はずっと相撲部屋通いである。食べ過ぎによりおデブ状態になってしまったため、相撲部屋で稽古をしてダイエットに取り組んでいるのだ。
「たのもー」メル子は部屋に上がった。稽古場からバシンバシンという音が響いてくる。相撲部屋は今日も活気に満ち溢れているようだ。
稽古場に入ると、弟子達がぶつかり稽古をしている最中であった。肉と肉がぶつかり合い地面に投げ飛ばされる。皆、真剣そのものだ。
「お、メル子ちゃん。黒乃山の出迎えかい?」着物を着た恰幅のよい老人がメル子を出迎えてくれた。
「浅草親方、ご主人様の調子はいかがですか? 黒乃山?」
「見たとおりだよ。完璧に仕上がってるぜ」
土俵を見ると、一人の力士が他の弟子達をちぎっては投げ、ちぎっては投げしている。
「あれ? あの丸メガネは?」
丸メガネの力士はメル子に気がつくと、稽古を中断してこちらにやってきた。
「ぷひゅー、ぷひゅー。メル子〜、ごっちゃんです」
「ご主人様!?」
完全なあんこ型(まるまると太っている体型)の黒乃であった。汗を滝のように流して、爽やかな笑顔をメル子に見せた。
「ぼひゅっ、そろそろちゃんこの時間だかりゃメル子も、もひゅー、食べていきな」
「どうして完全な力士になっているのですか!? ダイエットはどうしました!?」
メル子は黒乃を見て青ざめた顔でプルプルと震えている。どこからどう見ても、相撲部屋の弟子である。
「親方!」メル子は浅草親方にくってかかった。
「誰がご主人様を力士に仕上げてくれと頼みましたか!」
親方は両手を前に出して、すごい剣幕で捲し立てるメル子を制そうとした。
「いや、メル子ちゃん。黒乃山がこうなったのにはわけがあるんだよ」
「その黒乃山と呼ぶのをやめてください!」
浅草親方は、先日起きた出来事を語り始めた。
今日も今日とて稽古稽古である。黒乃はダイエットのために、弟子達に交じり厳しい稽古に精を出していた。
「やあ黒乃ちゃん、だいぶ絞れてきたな」
「ふもっふ、親方! おかげさまで思ったより早く元の体型に戻りそうでしゅ」
「ははは、そりゃなによりだ。そうだ黒乃ちゃん。これから上野部屋から出稽古にくるから、相手をしてやってくれるかい」
「出稽古? 私がでしゅか? ぶぴゅー」
しばらくすると、力士の集団が浅草部屋にやってきた。ゾロゾロと稽古場に入ってくる。黒乃はその中に、女性が二人いるのに気がついた。
一人はすらりと背が高い褐色肌の女性だ。ベリーショートの黒髪がピシッと纏まっている。シャツの上からでもわかるくらい鍛え込まれた筋肉が透けて見える。
しかし、黒乃の目を引いたのはもう一人の方、褐色肌のメイドロボだ。背が高く、ベリーショートの黒髪がツヤツヤと光を反射していた。前髪により左目が隠され、ミステリアスな雰囲気を醸し出している。メイド服はナースの制服をベースとしており、ピンクの生地に黒いエプロンをかけている。袖はなく、肩が丸出しである。裾はこれでもかと短く仕立てられた超ミニだ。そのメイド服から筋肉質の手足がしゅっと伸びていた。頭のナース帽をイメージしたブリムが、メイドらしさを演出していた。
「ブヒュー! ブヒュー! メイドロボだ!」黒乃は興奮した。
すると褐色の女性とメイドロボが、黒乃の前に進み出てきた。
「やあ、あなたが噂の女性力士だね」褐色の女性が、黒乃の全身を鋭く観察しながら話しかけてきた。
「ふーん、ソップ型(痩せ型の力士)なんだね。でも背はすごく高い」
黒乃ほどではないが、二人とも背が高く近づくとその筋肉の陰影がはっきりとわかる。
「アタシはハワイからきたマヒナ。こっちは、アタシのメイドロボのノエノエだよ」
紹介されたメイドロボは前に出ると、黒乃にお辞儀をした。
「初めまして、マヒナ様のメイドロボのノエノエです。ノエ子と呼んでください」
黒乃はデレデレしながら自己紹介をした。
「あ、ども。黒乃でしゅ。えへえへ。お二人はどうしゅて相撲部屋で稽古を? ぽきゅ」
「アタシ達は格闘家でね。最強を目指して世界を旅しているのさ」
「もきゅ!? 急に世界観変わったな……」
上野部屋の力士達との合同稽古が始まった。マヒナとノエノエも、それに混じってぶつかり合っている。二人とも格闘家を名乗るだけあり、巨大な力士にも臆さず立ち向かっている。素早い身のこなしで巨漢をいなし、地面に転がした。
「さあ、誰か私の相手はいませんか!?」ノエノエが叫んだ。他の力士達はヘトヘトになり、地面に座り込んでいた。
「もふー! 私が相手だ! もひょー!」黒乃が土俵に進み出た。
「フッ、かかってきなさい」ノエノエは土俵の真ん中で黒乃を誘った。
黒乃は腰を落としてぶちかました。ここしばらく相撲部屋で稽古を重ねてきた甲斐あり、その突進は鋭く重い。
「うんばぼー!」
「ハッ!」
しかし、ノエノエはその突進を牛をいなす闘牛士のように華麗に捌いた。勢い余って黒乃は地面に転がった。
「まだまだ〜! もきゅー!」黒乃は立ち上がり再び突進した。しかし何度やってもノエノエに組み付くことすらできない。黒乃はとうとう、地面に仰向けになったまま動けなくなってしまった。
「ぼひゅー! ぼひゅー! どうして〜」
マヒナが土俵の外から黒乃に声をかけた。「中途半端なんだよ」
「まきゅ? 中途半端?」
「体を絞りたいのか太りたいのか。それすら定まっていない。そんなんじゃ、ノエノエの体に触れることすらできないね」
黒乃は図星を突かれた。確かにマヒナの言うとおりなのだ。自分が中途半端だから、相撲部屋に通うハメになっているのだ。黒乃は地面に突っ伏して涙を流した。
「ぶびゅー、うびゅびゅびゅ。ぐやじいでじゅ〜」
「悔しかったら、来月に行われる浅草場所に出場しな。ノエノエはもうエントリーしているからね」
「浅草場所!?」
「そこで勝負だよ!」
浅草場所とは、毎年この時期に行われる相撲大会である。浅草寺の境内で開催され、相撲部屋の力士とは別に自由エントリー枠もある。
そう言い残すと、上野部屋の面々は稽古場から去っていった。土俵の上には、ポツンと黒乃が取り残された。
「黒乃さん! 大丈夫ッスか?」大相撲ロボが心配して駆け寄ってきた。倒れた黒乃を抱き起こそうとする。
「私は黒乃じゃないっしゅ……」
「どういうことッスか?」
「私は黒乃山でふ!!!」
「というわけなんだよ」
浅草親方が回想から戻ってきた。話を聞いたメル子は、黒乃山を見ながらプルプルと震えている。
「そんな漫画みたいな話があるわけがないでしょう……」
「ぶひっ! ぶひっ! 確かに」黒乃山は手を叩いて喜んだ。
「なにワロていますか!」
しかし、黒乃山はすでに浅草場所にエントリーを済ませているらしい。ノエノエと決着をつける気満々である。メル子は急に腹が立ったので、黒乃山のまるまるとした腹を手でバチンと引っ叩いた。
「もっしゅ! 痛い!」
「ご主人様、本気でやる気なのですか?」
「本気っしゅ。ノエ子と決着をつけるぶひょー!」
黒乃山は両手を上下に動かしてハッスルした。
「わかりました……そこまで言うのなら、私も覚悟を決めて応援します。その代わり」
「ぽきゅ?」
「絶対に優勝してくださいよ!」
「ごっちゃんです!」
大会に向けて地獄の特訓が始まった。




