第90話 ダイエットします! その一
夕食を終えた黒乃は、床に寝転がり秋の夜空を眺めていた。冬も近づき、冷たさが窓から染み込んでくる。
「うぃー、こう寒いとしゃ、外に出るのも億劫になってくりゅよね。ぷふー」
「そろそろ冬ですからね。私もインナーを厚めのものに変えました」
黒乃は押し入れの中から包みを取り出すと、寝転がりながらなにかを食べ始めた。
「ほんむほんむ。こういう季節の変わり目はしゃ、体調を崩しやすいかりゃね、メル子も気をつけなよ。むほっぷ」
「ご主人様? なにを食べていますか?」
「焼き芋っぷ」
「今、夕食を食べ終えたばかりですよ!?」
黒乃はお構いなしに焼き芋を貪り食っている。白ティーの裾から、お腹が飛び出ているのが見えた。
メル子は黒乃の前に正座をすると、腕を引っ張って起き上がらせた。
「少しじっとしていてください」
「ぽっふ、メル子どしたの」
まじまじと黒乃の顔を見つめる。つやつやのほっぺがぷくりと膨れ上がっているのがわかった。
「丸い! 顔が丸くなっています! お腹も!」白ティーを捲り上げてお腹をペチンと叩いた。
「おデブ! おデブになっています!」
「大袈裟だなあ。まあ、秋だからね。そりゃ、食欲もマシマシってなもんにょ。ぷふー」
メル子は突然床に四つん這いになり、青い顔で黒乃を見た。
「さあ! 背中に座ってください!」
「ええ? なんで? ぷゅふぷゅふ」
「体重を量ります!」
黒乃は仕方がなく、メル子の背中にまたがるように腰掛けた。ズシリとした重さが腰にのしかかる。
「ぐええ、重いです!」
「あ〜、なんかこれりぇ楽しい〜。それそれ」
黒乃は腰を前後に揺らした。
「じっとしてください!!!」
その重さに耐えきれず、メル子は床に崩れ落ちてぺしゃんこになった。
「あ、ごめん」
「なにをしているのですか! しかし測定は完了しました。ご主人様の年齢と体格から算出したベストの体重は6Xキログラム! しかし現在の体重は8Xキログラム! どデブです! 豊満、ぽっちゃりを通り越したどデブです!」
「ぷふっふっふっふ」黒乃は手を叩いて喜んだ。
「ワロてる場合ですか!」
黒乃は潰れたメル子の上から起き上がると再びゴロンと床に寝転び、焼き芋を齧り始めた。メル子はその焼き芋を奪い取り、モグモグと食べた。
「これは没収します。モグモグ」
「ぶふー、ひどい」
「いったい、なぜそんなに太ってしまったのですか。我が家の栄養管理は、私が完璧に行っているはずですよ」
黒乃は人差し指を額に当てて考え込んだ。
「特に思い浮かばないにゃり。浅草部屋で、ちゃんこをご馳走になる以外はなにもしてないっぷ」
「だったらそれが答えではないですか!」
黒乃の話では、以前大相撲ロボが倒れていたのを助けたことが縁になり、会社のお昼休みに浅草部屋までちゃんこを食べにいっているのだそうだ。
「相撲部屋に通っていれば、そりゃそうなりますよ」
「お相撲さん達が食べろ食べろっていうかりゃ」
メル子は腕を組み、目を瞑って考え込んだ。そして目を開くと、黒乃を見据えて言った。
「明日から相撲部屋に通いましょう」
「ぷひゅ? もう通ってるけどゅお?」
「タダ飯食っているだけでしょう。入門するのですよ! 大相撲ダイエットです!」
翌日の夕方、黒乃達は浅草部屋にいた。黒乃は仕事終わりなのに加えて、おデブちゃんによる体への負荷が相当大きいため、すでに疲労困憊だ。
「事前に浅草親方に話を通してあります。ここでダイエットをします」
「ねえ、メル子。大相撲ダイエットって、なんか矛盾してないッピ? 相撲部屋にきたら太るでしょ」
「やればわかります。たのもー!」
黒乃とメル子は部屋に侵入した。すでに夕方の稽古が始まっており、バシンバシンというぶつかり合う音が響いてくる。稽古は朝だけ行う部屋が多いが、浅草部屋では朝夕に分散して行う方式を取り入れている。
「黒乃さん、メル子さん。ごっちゃんです」
稽古をしていた巨漢の力士が、こちらに気がついてやってきた。以前道に倒れていたところを、黒乃達が助けた大相撲ロボである。
「あ、大相撲ロボ!」
「大相撲ロボ、今日は稽古よろしくっぷ」
「黒乃さん、自分が無理にちゃんこ食べさせたからこんなことになってしまって、申し訳ないッス」
実は大相撲ロボはちゃんこの開発に、黒乃を付き合わせていたのだった。
「ぷふぷふぷふ、いいんだよ。でも相撲とダイエットって絶対合わないと思うんだけど。大丈夫なにょ?」
「ご主人様、相撲部屋はダイエットに最適なのです」
メル子は大相撲ダイエットについて語り始めた。
「まず、ダイエットにおいて最も大事なことは体の安全です。肥満体型の人が無理に運動をしようとして、体を痛めてしまうのはよくある話です」
「確かにぽよ」
「しかし、相撲部屋の力士は体重百キロオーバーが当たり前。つまり、彼らは体を痛めずに運動を行うスペシャリスト! 相撲の稽古は、おデブに最適な運動なのです!」
ドーン! メル子は左手を腰に当て、右手で黒乃を指さして言い放った。
「うーむ……説得力あるのかないのか、よくわからんにょき」
「例えば力士が行う股割、腰割、四股踏は股関節を柔らかくして開くことで、骨や内臓が正しい位置に収まり、姿勢がよくなります。正しい姿勢により血流がよくなり、インナーマッスルが鍛えられます」
黒乃は上着を脱いで、白ティーいっちょになりマワシを締めた。最初は、四股踏やすり足などの基礎的なトレーニングから行う。他の弟子達に混じって汗を流した。のっぽの黒乃だが、力士の中に混じると小さく見える。
「ぶふー! ぶふー! キツいにょろ!」
「ご主人様! がんばってください!」
稽古は進み、最後はいよいよぶつかり稽古が始まった。稽古の締めとして行う最も過酷なもので、攻め受けに分かれてぶつかり合う。黒乃は土俵の中に進み出た。
「もふー! かかってこいぞな!」黒乃は気合を入れて土俵の真ん中で腰を落とした。しかし力士達はモジモジし始めて誰も出ていかない。
「どしたっぷ?」
「ご主人様は一応女子なので、皆さん照れてやりづらいみたいですね」
その時、大相撲ロボが進み出た。「自分がやるッス!」
大相撲ロボは腰を落として構えた。
「ぷふふ、大相撲ロボとはロボット大運動会以来の戦いだぴょ。あの時は引き分けだったけど、今度は負けないっぷ」
「望むところッス!」
黒乃は地面に拳をつけると、勢いよく大相撲ロボに突っかかっていった。大相撲ロボは、その突進をしっかりと受け止めた。
「ああ! やっぱり! びくともしません。いくらご主人様が体重80キログラム超えといえど、相手はその倍以上。しかも幕内力士。簡単に倒されて終わりです!」
しかし黒乃は、大相撲ロボのマワシに手をかけ必死に押そうとしている。ジリジリと土俵際に進んでいる。
「大相撲ロボ優しい! 手加減をしてくれています! ん? あれ? なにか違う! なにか恍惚の表情をしています! これは女子と相撲を取れて喜んでいるだけです! 稽古中になにをやっていますか!」
メル子は土俵に割って入り、大相撲ロボのケツに蹴りを入れた。
稽古が終わり、ちゃんこの時間が始まった。大量の料理が並び、その前に力士達がずらりと壁を作った。
「ぷふふふふ、待ってましてぃあ。ちゃんこだ、ちゃんこだ! ぷふー!」
黒乃はヘトヘトになりつつも、しっかりと箸を握りしめた。鍋に手を伸ばそうとしたが、その手をバシッとメル子にはたかれてしまった。
「ミァー! 痛い!」
「ご主人様。ダイエット中なのですから、当然ちゃんこにも制限があります」
「そんなぁ」黒乃は涙をポロリと流しながら手をさすった。
メル子は鍋からつみれを大量に取り、皿によそった。
「すごいっぷ。つみれをこんなに食べていいポキか?」
「このつみれは、大相撲ロボに頼んで作ってもらったダイエットつみれです」
「ダイエットつみれ!?」
黒乃はつみれを箸でつまむと、口の中に放り込んだ。モグモグと噛み締める。
「これは? 海藻のつみれっぷ! 鶏の胸肉にワカメ、昆布が練り込んであるしん。テュルテュルでおいしい!」
「海藻には水溶性食物繊維が豊富に含まれています。さらにフコキサンチンという物質には、内臓脂肪を減らす作用があると言われています」
さらに別のつみれに齧り付いた。
「今度は野菜のつみれどん! ほうれん草の苦味、アスパラガス、ブロッコリーのコリコリとした食感が、舌という土俵の上でがっぷり四つでござる!」
「アスパラガスにはアスパラギン酸が含まれており、代謝をよくしてむくみを改善します。ブロッコリーに含まれるミネラルは、中性脂肪の蓄積を抑えます」
黒乃はバクバクとつみれを食べた。すると、大相撲ロボが取り皿を持って黒乃のところまでやってきた。
「おう、大相撲ロボ。創作つみれおいしいじゃんよ。ぷふー」
「本当ッスか、嬉しいッス!」
大相撲ロボも大喜びのようだ。すると、手に持った取り皿を黒乃に差し出した。
「大相撲ロボ、それはなんですか?」
「新作のつみれッス」
「ありがとう。いただくもちょ」
黒乃は、大相撲ロボが持ってきたつみれを口に放り込んだ。
「ブー!」
「ぎゃあ!」
黒乃が吹き出したつみれが、メル子の顔面にヒットした。
「ぐええ! 辛い! ぼええええ!」
「大相撲ロボ!? これはなんのつみれですか!?」
大相撲ロボはオロオロしながら答えた。「ハバネロのつみれッス」
ハバネロを食べることにより、脂肪分解酵素であるリパーゼが活発になり、脂肪が燃えやすくなる。またカプサイシンにより、アドレナリンが分泌され代謝をアップさせてくれる。その他にも、コレステロールを抑えるなど、ダイエットにハバネロは最適なのだ。
「があああああ! 辛い! 過去最高に辛い! つみれの中に、ドロっとしたハバネロソースがパンパンに詰まっているっぺよ! 限度を考えろ! もろだしにするぞ!」
そう言い残すと、黒乃は後ろにばたりと倒れて動かなくなった。
「大相撲ロボ」
「はいッス、メル子さん」
「次勝手なことをしたら、髷を切り落として強制的に引退させますからね」
「二度としないッス!」
大相撲ロボは震え上がった。




