第89話 ゲーム作ります! その二
世界一の美少女メイドロボの目にクマができていた。連日のテストプレイの影響で、目に疲れが溜まっているようだ。
「ロボットってクマできるんだね」
「できます……」
眼球の制御はロボットの動作の中でも特に繊細さを必要とする。動作に必要な精密さに比例して動作が激しい部分でもある。眼球を短期間に激しく使用することにより、摩耗や発熱によってできた老廃物を、ナノマシンが処理しきれなくなった時にクマが現れる。
メル子と黒乃は会議室にいた。ロボハザードの新イベントの進捗報告を行う会議だ。メル子の他にテストプレイヤーが数名、プランナーが数名、プログラマーとデザイナーが一名ずついる。
「さて」黒乃が切り出した。「新イベントの開発も佳境に入ってきました。皆さんお疲れ様です」
各々軽く頭を傾けて応じた。全体的に生気が足りていない。
「おかげさまで、グラフィックの進捗はほぼ完了。ゲームの動作も概ね安定。皆さんの努力のおかげです」黒乃はパチパチと手を叩いた。全員無反応だ。
「しかしここにきて、大問題が発生しています」黒乃は核心に触れた。メンバーの視線が黒乃に集中した。
「クソゲー疑惑が浮上しています!」
どどーん。
全員がいっせいに黒乃から目を逸らした。
「ではまず、テストプレイの報告からいきましょう。お願いね」
黒乃の合図でテストプレイヤーの一人が報告を始めた。要約すると、主人公の相棒のAIに問題があるようだ。続けて次のテストプレイヤーの報告に移ったが、内容は似たり寄ったりだ。
「じゃあ最後、メル子の報告お願い」黒乃が促すと、メル子は元気よく立ち上がった。
「お任せください!」
メル子は手元の資料をめくりながら話し始めた。
「まず第一に、タイトルコールが怖すぎます! 初手びっくりさせるのはいかがなものでしょうか。もっとかわいいタイトルコールに変更できませんか?」
古参プランナーが口を挟んだ。「あのタイトルコールは、初代のロボハザードから使っているからね〜。いまさら変えられないでしょ」
「しかし、怖すぎてタイトル画面でチビってしまう人もいるのでは? タイトル画面でチビらすのはよくないですよ」メル子が食い下がる。
「少しくらいチビらせた方がいいんだよ。ホラーゲームなんだからさ」
「チビったらゲームどころではないですよ! パンツがいくらあっても足りませんよ!」
「メル子、次いって」
「ハァハァ、わかりました。主人公の相棒の面子に偏りがあります」
「偏り?」
「金髪が多すぎます。ほとんど金髪キャラです。十キャラ中九キャラが金髪です!」
「金髪キャラかわいいからありでしょ」
デザイナーの女性が心外といった表情で言った。
「かわいいかわいくない以前の問題です。バランスを考えてください。今時、金髪キャラなんて流行らないですよ!」
「メル子、自分の存在を否定しないで」
「わかりました。髪の毛の色を変えるだけなら、マテリアルの操作チョチョイで済むのでやっておきます」
「お願いします!」
メル子は報告書のページをめくった。一同を見回し注目を集める。
「次が一番大事な報告です。刺股です!」
「刺股?」
「刺股ってなんだっけ?」
会議室がざわざわとし始めた。メル子はツカツカとホワイトボードまで歩きペンをとった。板に刺股の絵を描きバンバンと叩く。
「刺股ですよ! 初期武器に刺股がないのはおかしいです!」
「いや、むしろ刺股がある方がおかしくない?」プランナーの一人が言った。
「なぜでしょうか」
「だってあれ捕物用の武器でしょ? ゾンボ相手に使う必要なくない? 銃持った方が強いし」
メル子はハンとせせら笑った。
「銃なんて接近戦では使えないのですよ! 覚えておいてください。接近戦では刺股の方が速いのです!」
「うそこけ!」
プランナーの一人が手を挙げて答えた。「刺股がないのは、シナリオ上の都合ですよ」
「ほほう? 聞かせてもらいましょうか」
「メル子が上から目線になってる……」
黒乃は呆気にとられて、その様子を眺めた。
「ロボハザード9のリリース当初は、刺股は独立した武器だったんですけど、マッチョメイドとセットで使われることが多かったんです」
「ふんふん、それから?」
「その後の追加イベントでマッチョメイド=刺股のイメージが確立したので、新イベントではもう融合させてしまえってことでああなりました」
「だからマッチョメイドが刺股に変形するのですか?」
「はい」
メル子は机を手のひらでバンと叩いた。
「冷静に考えて、マッチョメイドが刺股に変形するのはおかしいでしょう!」
「いや、でもその時はありかなって思ったんですよ」
「その案にOKを出したのは誰ですか?」
黒乃が恐る恐る手を挙げた。
「なにをやっているのですか!?」
「いやあの、おもしろいかなって……」
「悪ふざけにも限度があるでしょう!」
「いや、ほんとごめん」
メル子は後ろを向き、皆に背中を見せた。
「でも」
「え?」
「でもその心意気は……嫌いじゃあないですよ」
メル子は横顔で笑みを見せた。
「どしたどした(笑)」
「しかし現実の問題として、マッチョメイドが刺股に変形してもらっては困るのですよ。マッチョメイドが死んでしまうのですから」
「まあ、確かに」
「お陰で、飛行機を操縦する人がいなくなってゲームオーバーです」
メル子はお手上げのポーズをした。
「この状況を改善するのに、いい案はありますか?」
皆、下を向き考え込んでしまった。会議室に重苦しい空気が流れる。テストプレイヤーの一人が案を出した。
「主人公のマッチョポリスが、飛行機を操縦するのではダメなんですか?」
「マッチョポリスは原付免許すら持っていないローテク人間です。乗れる乗り物は馬しかありません」メル子は首を振って答えた。
「よくそれでポリスになれたな……」
デザイナーの女性も案を出した。
「マッチョポリスが刺股になればいいじゃないですか」
「主人公が死んだら、このあとのシリーズはどうするのですか!?」
「マッチョメイドに主人公交代したらいいですよ」
メル子はピクリと体を震わせた。「なかなかいい案ですね」
「ダメダメ!」黒乃が慌てて否定した。
次々と案が上がってきた。
「マッチョメイドが飛行機に変形するとか!」
「追跡ロボが飛行機に変形するとか!」
「バスが飛行機に変形するとか!」
「変形しすぎです!」
しかし、決定的なアイディアは出てこない。場が煮詰まってきてしまっている。
「メル子、ここはいったん置いておいて、次いこう」
「ハァハァ、では最後の報告です。そもそもこれが根本的な原因になっているのではないでしょうか」
メル子は報告書をめくった。
「マッチョメイドがアホすぎます!」
会議室に衝撃が走った。皆、口をあんぐりと開けてメル子を見た。
「メル子、それを言ったらおしまいみたいなところあるでしょ」
「いえ、言わなくてはいけません。なぜマッチョメイドのAIは、あんなにアホなのですか?」
プログラマーが答えた。
「そもそも、ゲームのAIはロボットのAIに比べて低性能だからね。新ロボット法で、AIの容量に制限がかけられているんだよ」
ゲームに搭載されるAIは、ゲームの都合により自由に作ったり消したり改変したりができる。しかし、新ロボット法ではそのようなAIの扱いは禁止されている。そのためゲームでは人権、人格を持たないレベルの低性能AIしか搭載できないのだ。
「だからマッチョメイドがアホなのは、仕方がないということですか?」
「まあ、そうなるね」
「にしてもアホすぎます!」
「いや、アホだから人気があるとも言えるけど……」
「だいたい、マッチョメイドのパラメータがおかしいのですよ。知力が最低値になっています。これではアホなのは当たり前です。誰ですか、こんなパラメータにしたのは!?」
黒乃が丸メガネをくいくいしながら、言いづらそうに告げた。
「メル子が力をマックスに設定した分、知力が減ったんだよ(41話参照)」
メル子は顔を真っ赤にしてプルプルと震え出した。
「今は誰がパラメータを設定したとか、どうでもいいのですよ! 話をはぐらかさないでください!」
「ええ……」
「今日の会議はこれまでとします。来週までに、改善案をまとめて私に提出すること。いいですね! 解散!」
——数日後。
メル子はオフィスの窓際に立ち、スカイツリーを眺めていた。
「あの、メル子ディレクター」
黒乃が書類を持ってメル子のデスクにあらわれた。
「黒乃テストプレイヤー君、どうしたのかね」
「あの、マッチョメイド改善案を持ってきました」
「報告したまえ」
メル子ディレクターは、高級革張り椅子にどかっと腰を下ろした。
「はい、まずマッチョメイドの設定を変更しました。元々賢者の家系にも関わらず魔力ゼロと診断されたため、辺境伯から婚約破棄をされて王都から追放。田舎で聖女としてスローライフをしていたところ、第三王子がやってきて求婚して婚約。実は秘めていたチートスキルが発動しフェンリルをペットにします。その後、第三王子とともに王都に戻ったマッチョメイドは、辺境伯にざまあして悪役令嬢に転生します。前世の知識を駆使して破滅フラグを回避した悪役マッチョメイドは、ロボーンシティに送り込まれました」
「だからなんなのかね」
「はい、だから知力をマックスの99にしました」
メル子ディレクターは椅子をクルクルと回転させて思案した。
「よろしい。それでアホ問題は解決したということだね」
「そうです」
「では、刺股問題はどうするね」
メル子は椅子の回転をピタリと止め、黒乃テストプレイヤーを指さした。
「はい、マッチョメイドを双子にすることで問題を回避しました」
「双子?」
「実は生き別れていた双子の妹マッチョメイドが、一般市民の中に紛れておりました。最終決戦でマッチョメイドと妹マッチョメイドがフュージョンすることで、スーパーマッチョメイドとして覚醒。これにより、刺股がなくても追跡ロボを倒せるようになりました。そのまま飛行機を操縦して、ミッションコンプリートです」
メル子は両肘をデスクにつき、両手を重ねてしばらくの間沈黙した。
「黒乃テストプレイヤー君……」
「はい?」
「君、出世するよ。その案でいこう。直ちに作業に取り掛かりたまえ!」
「はい!」
その後リリースされたロボハザードの新イベントは、それなりの売り上げを記録したものの、内容については賛否が入り乱れ、ディレクターの降板署名運動が発生するまでの事態となった。




