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第85話 ごっちゃんです!

「ご主人様! 大変です!」

「どした!?」

「またロボットが倒れています!」

「とうとう、前置きもなくなったか……」


 黒乃とメル子は一応急いで現場に駆けつけた。ボロアパートにほど近い隅田川沿いの歩道である。


「アレ?」

「アレです!」


 道端に巨大な塊が丸まって転がっていた。


「コレ!?」

「コレです!」


 ほとんど裸だが、腰には太い帯が厳重に巻き付けられていた。頭には(まげ)が結われており、鬢付け(びんつけ)油の甘い香りが漂っている。その横には、大きなビニール袋がいくつか転がっていた。中には大量の食材が詰め込まれている。


「大相撲ロボじゃん!」

「大相撲ロボです!」


 黒乃は大相撲ロボの巨大な腹に手を当て、ユサユサとゆすった。「おい、こら! 大相撲ロボ、起きろ! 昼寝するなら、相撲部屋で寝ろ!」

「起きてください、大相撲ロボ!」


 すると、むくりと起き上がり手を伸ばして欠伸をした。


「ぶわああ、よく寝たッス」

「よく寝たじゃないんだよ。こんなところでなにしてるんだよ」

「あ、黒乃さん、メル子さん。ごっちゃんです」


 大相撲ロボは立ち上がった。二メートルの巨体が作る影の中に、黒乃とメル子はすっぽりと収まった。大相撲ロボとはロボット大運動会で敵として戦ったことがあるため、顔見知りである。


「なんでこんなところで寝てるんだい。親方が心配してるでしょ。早く相撲部屋に帰んな」


 すると突然大相撲ロボは、しゅんとうなだれてしまった。黒乃達に背中を見せ、川に面したフェンスにもたれかかる。重さでフェンスがギシギシと音をたてた。


「自分……浅草部屋から家出してきたッス」

「だろうね!」

「知っていました!」


 目の前を水上バスが通り過ぎていった。水面に映った夕焼けの空が、波でかき消されていく。


「相撲部屋から弟子が逃げ出してくるなんて話はよく聞くけどさ。ロボットまで逃げ出してくるって、そんなに浅草親方の稽古はきついのかい?」

「そんなことないッス。親方の稽古は大変ッスけど的確で、いつも楽しく稽古してるッス」

「ではどうして、家出なんてしたのですか?」

 

 大相撲ロボはふるふると首を振って黙ってしまった。黒乃はその背中をペチンと叩いた。


「黙っててもわからないよ。言ってみな?」

「そうですよ、大相撲ロボ! なにか助けになるかもしれません!」


 大相撲ロボはしばらく川に目を落としていたが、顔を上げて恐る恐る語り出した。


「実は……親方に怒られたッス」

「怒られた? なんで?」

「夜中に抜け出して、うどんを食べていたのですか?」

「違うッス……」


 大相撲ロボは頭を抱えた。髷が上下にプルプルと揺れた。


「ちゃんこが……ちゃんこがまずいって怒られたッス!」

「ちゃんこが!?」

「まずい!?」


 三人の間を、秋の風が吹き抜けた。


「うーん。いや、ちゃんこがまずいくらいで怒られるもんかね?」

「常軌を逸しているほどまずいのですか!?」

「自分ではおいしく作ってるつもりッス。でも親方はまずいって言うッス」


 大相撲ロボはシクシクと泣き出してしまった。黒乃はその背中をペシペシ叩いた。


「よし! じゃあどのくらいまずいのか、試してみようじゃないか」

「試すッスか?」

「うちのボロアパートまできてください。そこで作ってみましょうよ」


 大相撲ロボは地面の買い物袋を軽々と持ち上げた。「お願いするッス!」



 ボロアパートの駐車場。そこに三人はいた。大相撲ロボはデカすぎて黒乃達の部屋には入れないので、急遽駐車場を使うことになった。

 ボロアパートの倉庫からテーブルを引きずり出し、その上にガスコンロを設置した。


「さあ、大相撲ロボ。なにを作るんだい?」

「その材料ですと、ちゃんこ鍋ですか?」

「そうッス!」


 相撲部屋では、ちゃんこ番と呼ばれる力士が料理を作ることになっている。ちゃんことは、相撲部屋の料理全般を指す言葉であり、その中でもちゃんこ鍋は代表的な料理だ。


「大相撲ロボは幕内なのに、ちゃんこ番もやるんだなあ」

「浅草部屋では、すべての力士がちゃんこ番をやるッス。親方の指導ッス」


 通常ちゃんこ番は、幕下の力士が交代で行うが、昨今の大相撲の国際化による抜本的な改革の一環として、役職による待遇の差を是正する目的で取り入れられている取り組みである。


 大相撲ロボは鍋に水を張り、鶏ガラで出汁を取っていく。その後、酒、みりん、塩、生姜、ニンニクで味を整えた。


「おお! いい香りだ」

「よい手際ではないですか!」

「すッス」

「どれ、出汁の味見をしてみようか」


 黒乃はお玉から出汁を小皿に移し、ズズッとすすった。


「うん! うまい! 鶏ガラから出た旨みが、各種調味料と合わさり、複雑ながらスッキリとした塩味でまとめられている!」

「大相撲ロボ! 完璧ですよ!」

「ごっちゃんです」


 次は具材だ。つみれをメインとし、鶏もも肉、キャベツ、ニラ、キノコ類を鍋にぶちこんでいく。


「おお〜、うまそうだ〜」


 鍋に蓋をして、少し煮込めばもう完成だ。

 しかしその時、地獄の門が開いたかの如き恐ろしい声が響き渡った。

 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「ぎゃあ! なんですか、この声は!?」

「オーホホホホ! なにやらいい匂いがしますわー!」

「オーホホホホ! 駐車場でなにをやっていますのー!」


 ボロアパートの一階の部屋の扉を開けて、お嬢様たちが駐車場に出てきた。


「お。お嬢様たちだ」

「今からちゃんこ鍋の試食を行います。お二人もどうぞ」

「ちゃんこ鍋ってなんですのー!?」

「どうして、全裸で料理しているんですのー!?」

「「オーホホホホ!」」


 大相撲ロボはアンテロッテを見ると、急にモジモジし始めて乳首を隠した。


「ん? こいつぅ! アン子を見て照れてやがるな? まあ、ロボット大運動会でいっしょに戦った仲だもんな」

「ご主人様! あまり茶化したらかわいそうですよ!」


 いよいよちゃんこ鍋が完成した。蓋を取ると、盛大な湯気とともにおいしそうな香りが駐車場に漂った。大相撲ロボはお玉で皿に取り分けた。


「うひょー、うまそう!」黒乃はさっそくがっついた。まずは出汁からだ。

「うん! 出汁は完璧。野菜からの旨みが加わって、より複雑さが増したな。鶏肉の脂が、コクの深さを演出している!」

「野菜の煮込み加減もベストですよ! シャキシャキフワフワです!」


 マリーとアンテロッテもちゃんこ鍋を口に運んだ。


「アツアツ! 熱いけどめちゃうまですわー!」

「これがSUMOキャセロールですのねー!」


 お嬢様たちも大喜びだ。全員でガツガツと食べ、取り皿の中は一瞬で空になってしまった。


「なんだよ、ぜんぜんまずくないじゃんよ」

「おいしかったですよ、大相撲ロボ!」

「ごっちゃんです。では、創作つみれも食べてほしいッス」

 

 大相撲ロボは四人の取り皿に次々とつみれをよそった。見た目は普通の鶏のつみれである。


「創作つみれ? どれどれ」


 黒乃は箸でつみれを挟み、口に含んだ。モグモグと噛み締める。


「ブー!」

「ぎゃあですのー!」


 黒乃が吹き出したつみれが、マリーの顔面にヒットした。


「ぐえー! なんだコレ……まずっ! ぐえー!」

「熱いですわー!」

「お嬢様ー!」

「大相撲ロボ! これはなんのつみれですか!?」


 大相撲ロボは狼狽えながら答えた。「イチゴのつみれッス」


「イチゴ!? フルーツじゃん! でもまずっ! 酸味が熱されることで倍増して、野菜の出汁とまるで合わない! ぶええ!」


「では私もいただきます!」メル子もつみれを頬張った。

「ブー!」

「ぎゃあですのー!」


 メル子が吹き出したつみれが、マリーの顔面にヒットした。


「うええ! まずいです! なんですかコレは!? 塩っ辛い!」


 大相撲ロボは汗をダラダラと流しながら答えた。「アンチョビのつみれっす」


「アンチョビ!? 火の入りが中途半端で生臭いです! あと単純に量が多すぎです! つみれの中に丸々何本も入っています! 塩分過多!」


「ではわたくしもいただきますわよー!」アンテロッテもつみれに齧り付いた。

「ブー!」

「ぎゃあですわー!」


 アンテロッテが吹き出したつみれがマリーの顔面にヒットした。


「なんですのこれは!?」


 大相撲ロボはアワアワしながら答えた。「それは普通の鶏のつみれッス」


「なにか……勢いにつられて吹き出してしまいましたわー! ごめんあそばせー!」


 黒乃は咳き込みながら、大相撲ロボの腹に手をかけた。


「コラ、大相撲ロボ。なにしてくれとんじゃ」

「ッス!?」

「この作品は、基本的にメシマズキャラは出てこないってことになっているんだよ」

「ご主人様!? メタ発言が過ぎますよ!?」

「コラ、大相撲ロボ。なんでかわかるか?」

「わからないッス」

「メシマズキャラなんて、擦り倒されているからだよ!! その不文律がわからないなら、消えてもらうしかあるめーよ!?」

「ご主人様! 本当にその辺にしてください!」


 その時、ボロアパートの駐車場に着物を着た図体のでかい男が現れた。


「探したぞ! 大相撲ロボ!」

「……!? 親方!」


 親方は西日を背にして、鋭い眼光を大相撲ロボに向けている。ジリジリと歩み寄り、親方と大相撲ロボが向かい合った。


「大相撲ロボ、どうして逃げた?」

「それは……どうしてもうまいちゃんこが作れなくて。親方やみんなに申し訳なくて、いられなくなったッス!」


 親方は黙って鍋の方を見やると、お玉を使い取り皿に取り分けた。そしてそれをズズズとすすった。


「うまく作れるようになってるじゃねえか」

「いや親方、まずいのはつみれ……」黒乃は口を挟もうとした。

「初めはうまくできないのはしょうがないことだ。だから稽古をするんだろうが!」

「うう……親方! 自分もっと稽古をがんばるッス! 相撲も創作つみれも!」


 親方と大相撲ロボは並んで歩き出し、夕日の中へ消えていった。黒乃達はそれを真顔で見送るしかなかった。


「ああ、メル子」

「はい」

「今回の教訓はすごくシンプルだね」

「ですね」

 

『食べ物で遊ぶな』


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