第84話 出店の日常です!
「いらっしゃいませー!」
浅草仲見世通りに、メイドロボの凛とした声が響き渡った。本日は休日。昼前だというのに、通りは人で埋め尽くされていた。
元々人気のある場所であるが、ここにきて新たなる人気スポットが生まれた。それが、このメル子とアンテロッテの出店だ。
仲見世通りの中程にあり、通りを挟んで向かい合うように店を構えている。美少女メイドロボの手料理が食べられると聞き、遠くから足を伸ばす客もいる。
そんなメル子の南米料理店『メル・コモ・エスタス』は、本日も行列が途切れることがなかった。
「メル子〜、調子はどうだい」黒乃はカウンター越しに声をかけた。
「ご主人様! きてくださったのですね!」忙しそうに調理をしながら、メル子は笑顔を見せて黒乃に皿を手渡した。
本日の料理はアヒ・デ・ガジーナだ。ペルーの料理で、鶏と唐辛子の煮込みをライスとともにいただく。黄色いスープが目に鮮やかである。ペルーのカレーとも言うべき料理だ。
さっそく黒乃はスプーンで一口頬張る。
「うーん! 唐辛子の辛さより、まず舌に伝わるのはミルクの甘みとチーズの深み。そのあとに、イエローペッパーのピリリとした風味がやってくる。これはカレーとはまったく違う方向に洗練された一品だぁ……うまい!」
続いて、向かいにあるアンテロッテのフランス料理店『アン・ココット』にお邪魔した。こちらもメル子の店に負けず劣らずの行列だ。その最後尾に並んだ。
「こっちもすごい行列だなあ。ん?」
黒乃の目の前には、筋骨隆々の中年ロボが並んでいた。鋭い目つきの男で、ヒゲを短く刈り込んでいる。
「登山ロボのビカール三太郎じゃん! 久しぶり!」
以前黒乃達が富士山に登った時に、サポートしてくれたロボットである。
「山にいかないのなら死んだも同じだ」
「いや、じゃあ山にいけよ。相変わらず、山言語はわけがわからないな」
列が進み、ビカール三太郎は料理を受け取った。
「ビカール三太郎さん、またきてくださったんですのねー! ありがとうございますわー!」
「死んだら……ゴミだ!」
「またきてくだしゃんせー!」
ビカール三太郎は料理を手に、ぶつぶつ言いながら去っていった。
店の中を眺めると、メイド服姿のアンテロッテが優雅に調理をしていた。その後ろには、皿洗いをしているマリーの姿が見えた。
「やあ、アン子。がんばってるかい?」
「黒乃様ー! きてくださったのですのねー!」
「お、マリーもお手伝いか。偉いねぇ〜」
「メル子には負けていられませんのよー!」
「「オーホホホホ!」」
列に並んでいる客からも歓声が上がった。どうやら、それぞれの店にファンが付いているようだ。
今日のアンテロッテのメニューは、ベーコンとほうれん草のキッシュだ。パイ生地で作った丸い器の中に卵、生クリーム、各種具材を入れ、チーズをかけてオーブンで焼きあげる。
「いただきます。焼きたてだから生地がサクサク、ホクホクだ! そしてチーズと生クリームによって、とろりとまとめ上げられた具材が、口の中でじゅわりと味を広げていく! うまし!」
黒乃はメル子の店に戻った。「メル子、なにか手伝おうか?」
「はい! チャーリーにご飯をあげてください」
「なぬ!? チャーリーいるの?」
「上にいます」
黒乃は店の屋根を見上げた。黒乃が作ったクソダサ看板の前の軒に、ロボット猫のチャーリーはいた。グレーのふわふわとしたリッチな毛並みが光を複雑に反射し、きれいな縞模様を作っている。
「こら! チャーリー! ご飯だぞ!」
黒乃が声をかけると、チャーリーは欠伸をしてから立ち上がり、ヒョイとジャンプをした。そのまま黒乃の頭に着地を決めた。
「イテッ! チャーリー、貴様ーッ!」
黒乃はチャーリーを頭に乗せたまま、店の脇に設置してあるベンチに皿を乗せた。するとチャーリーはベンチに飛び降り、アヒ・デ・ガジーナをガツガツと食べ始めた。
「この野郎〜、金も払わず食いやがって〜。贅沢なやつめ」
アンテロッテの店の方でざわつきが起きた。どうも、テレビ局の取材がきたようだ。女子アナロボがカメラの前で快活な喋りを披露している。
「わー、皆さん見てください! ここが今話題になっているメイドロボの料理屋です! その名も『ポン・コツット』! かわいいお店ですねー」
濃い化粧にピチピチのスーツを着こなした若い女子アナロボは、カメラに向かって捲し立てた。
「誰がポンコツですの! 『アン・ココット』ですわー!」
「ではでは、お店の方に話を聞いてみましょう。こちら、店長のアンマンコロッケさんです。よろしくお願いしますー」
女子アナロボはアンテロッテにマイクを向けた。
「アンテロッテですわ! アン子と呼んでくださいましー!」
「パン子さん、今日のオススメ料理はなんでしょうか?」
「おフランスの伝統料理のキッシュですわー! ほっぺたが落ちましてよー!」
女子アナロボはキッシュが乗った皿を受け取ると、大胆に口に運んだ。
「もぐもぐ、おいしいです。なんていうか、おいしいです。アレがナニしてるからおいしいのでしょうか。とにかく、おいしいです。以上、おフランスのティッシュの食レポでした」
「キッシュですわー!」
黒乃は大騒ぎしているアンテロッテ達をあんぐりと眺めた。
その時、メル子の店からざわめきが起きた。
「ん? どした?」黒乃が列を見ると、着物を着た恰幅のよい初老のロボットが店の前に立っていた。「誰?」
「店主、ここは南米料理専門の店だな?」
「はい、そうです!」
着物のロボットは、鋭い目つきでメル子の様子を窺っている。
「ではここで、一番うまいと思う料理を出してみろ」
「はい! アヒ・デ・ガジーナです! どうぞ!」メル子は料理を手渡した。
野次馬達が騒いでいる。「あれ、有名な美食ロボじゃないか?」
「美食ロボ?」黒乃は野次馬に紛れて様子を見ることにした。
「店主、この南米料理は本物か?」
「もちろんです! AI高校で、南米料理専門の先生に教えていただきましたので!」
「ほほう、では教えてくれ。本物の南米料理とはなんなのだ」
「え? それは南米で開発されて、南米で食べられている料理です。南米はスペイン系の移民が多いので、スペイン料理をベースにしていることが多いです」
美食ロボは腕を組み、メル子を威圧的に睨みつけた。
「ふうむ、南米か……そもそも南米とはなんなのだ? 南米で作られているから南米料理なのか? 北米にも南米料理はあるのか? この店の南米料理が本物と言ったからには答えてもらおう。まず第一に南米とはなにか?」
「え、ええ!?」
「南米の定義だ。南米と呼ばれるためにはなにが必要なのだ? 南米大陸にあれば南米なのか? この国を欠いたら南米ではなくなるという国はどこだ?」
「そ、そんなこと」
「南米の定義もできないくせに、南米料理というのはおかしいじゃないか」
黒乃は狼狽えた。「やばいやばい。あんな偉そうなロボットに目をつけられたら、メル子の店潰されちゃうよ。どうしよう」
野次馬達もざわざわと騒ぎ出している。その時、メル子が動いた!
「いいから食べてください」
「いただこう」
美食ロボは皿を手に取り、アヒ・デ・ガジーナを口に含んだ。目を閉じ味を堪能する。
「いったいどんな食レポをするんだ……」黒乃達は固唾を飲んで見守った。
「うまい! なんかこう、うまい。アレがコレしてうまさがこう……ほら、うまい! このなんかわからない食材が柔らかくて、味がついててうまい! フハハハハハハ! 女将! 腕を上げたな!」
「ありがとうございます」メル子はペコリと頭を下げた。
美食ロボは店に背を向け、歩き出した。
「ふー、よかった〜、何事もなくて。安心した……ん?」
突然、メル子が店から出てきて美食ロボを追いかけ始めた。美食ロボに追いつくと、着物をガシッと掴んで背負い投げを決めた。仰向けに地面に打ち付けられた美食ロボに、すかさず腕ひしぎ十字固めを仕掛ける。
「お客様、お代がまだです」
極められた腕からポロリと小銭がこぼれ落ちた。メル子はそれを拾うと店に戻っていった。黒乃は呆然とそれを見送るしかなかった。
その後も行列は途切れることがなく、昼すぎにはすべての寸胴が空になった。店を閉め片付けをはじめた。黒乃もそれを手伝いながらふぅと息を漏らした。
「いやー、今日も忙しかったね」
「はい! ありがたいことです」
メル子は寸胴をタワシでガシガシと洗っている。メイド服の腰のリボンが、上下にふわふわと揺れた。
「しかし、いろんな人がきてたな」
「きますよ。観光スポットですもの」
「あの美食ロボすごかったね。なんなのアレは」
「毎回食い逃げをしようとするので、毎回投げ飛ばしています」
「さすが柔道一級! てか常連かい」
あらかた片付いたので、黒乃は店の横のベンチに腰を下ろした。メル子は水で濡れた手を拭きながらその横に座った。
「あの美食ロボじゃないけどさ」
「はい」
「メル子はなんで南米料理得意なの?」
「うーん」とメル子は人差し指を顎に当てて思案している。
「まあ、AI高校で南米料理を選択したからですね」
「なんで南米料理なのよ? AI高校で人気があったから?」
「いえ、まったく人気がなかったです。選択したのは私一人だけでしたので」
黒乃はずっこけた。「メル子一人だけ!?」
「はい。やはり、九割のAIがフレンチ、イタリアン、中華、和食のどれかを選択しますね」
「その中でなぜ南米料理を……」
「なぜでしょうね?」
メル子は黒乃に笑顔を向けた。
「でもそのおかげで、南米料理をマンツーマンで教えてもらえましたので、よかったですよ」
「なるほどなあ」
向かいのアンテロッテの店も営業を終え、二人が出てきた。
「今日も楽しかったですわー!」
「お先に帰りますわよー!」
「「オーホホホホ!」」
黒乃は二人に手を振って見送った。
「でもメル子って、そういうとこあるよね」
メル子は小首を傾げた。「そういうとこ?」
「私のところにくるオーディションも、参加者一人だけだったでしょ」
「確かにそうですね」
「なんでなんだろうね」
「なんででしょうね」
二人は顔を見合わせて笑った。二人には、その答えはさほど重要ではないのだ。




