第81話 重力を自在に操る高貴なるメイドロボ
「それでは授業を始めたいと思います」
「起立! 礼! 着衣! メル子先生、よろしくお願いします!」
「はい黒乃くん、よろしくお願いします」
「メル子先生! 今日はなんの授業ですか?」
「今日は『重力を操ってみよう』の授業になります」
「重力を操る!? 先生! ほんとにそんなことができるんですか!?」
「もちろんです。人類は21XX年、ついに人工重力を発明するに至りました」
「すごい!」
「まだ技術が開発されてから数年しか経っていませんので、実用化はされていません。しかし、Robozonで百万円の体験キットが販売されています」
「メル子先生、高過ぎます!」
「高くて買えませんでしたので、浅草工場から借りてきました。今日はこの体験キットを使って、重力を学んでいこうと思います」
「はい!」
「それではまず、重力とはなにか? 黒乃くん、わかりますか?」
「こう……なんか、地面に引っ張られる力のことです」
「はいその力、万有引力のことですね。万有引力とは、質量と質量の間に働くお互いを引き寄せる力のことです。その力の大きさは質量の大きさに比例し、距離の二乗に反比例します。宇宙のあらゆる物体は、お互いに引っ張り合っているのです」
「引力と重力の違いがわかりません!」
「本質的には同じものです。惑星とその上にある物体との間に働く引力のことを、特に重力と呼んでいるだけです(実際には、惑星の自転による遠心力と引力の合力)」
「メル子先生、そもそも重力ってなんなんですか? なぜ物体は引っ張り合うのですか?」
「はい、いい質問ですね。まず重力とは空間の歪みのことです」
「空間の歪み!?」
「質量が空間にあると、その空間は歪むのです。歪みは質量の大きさに比例します。この空間の歪みを重力と呼んでいます。これはアインシュタイン博士が、一般相対性理論で提唱しています」
「??? 結局どうして引っ張り合うんですか?」
「わかりません」
「ズコー!」
「それではいよいよ、体験キットを使って重力を操作してみましょう」
「待ってました! 楽しみです!」
「では黒乃くん、このデカい箱を開けてください」
「デカい! Xboxよりずっとデカい!」
「では開封します。よいしょよいしょ。なにやらたくさん出てきました。
ばかうけみたいなどでかい黒い板、
自転車のハンドルみたいなの、
大型のバッテリー、
人差し指サイズの筒状のもの、
長い金属の糸が二種類、
人差し指サイズのプラスチックの部品、
コネクタが多数。
たくさんありますけど、一つも意味がわかりません!」
「ではまず、双弦体の組み立てから行いましょう」
「双弦体!?」
「プラスチックの部品をよく見てみてください」
「この五センチの『コ』の字型の部品ですね。左右の先端に金属の端子がついています」
「はい、その端子に二本の金属の糸を張ります」
「メル子先生! この金属の糸はなんですか?」
「それは、タングステン合金とアルミニウム合金の糸です。金属端子に窪みがあるので、二本の糸を張ってください」
「できました! 弦が二本だけのハープみたいです」
「そう、それが双弦体です。これで重力を発生させます」
「これで!?」
「では双弦体にコネクタを接続します。今はコンセントから電力を供給します」
「接続できました!」
「では黒乃くん、あらかじめデバイスにインストールしておいたアプリを起動してください」
「はい! 『重力計測くん』!? なにこのアプリ!?」
「そのアプリで重力波を検知します。実際に検知をするのは、双弦体の端子ですけれどね」
「ではまず、双弦体の仕組みについて説明をします」
「お願いします!」
「双弦体のキモは、二本の質量の違う弦の振動にあります。それぞれの弦に電気を流すと、振動が発生します。この時重要なのは、片方の振動に対して、もう片方は逆位相になっていることです」
「逆位相?」
「はい。タングステン弦の振動とアルミニウム弦の振動が、お互いを打ち消し合う形になっているのです」
「ほうほう」
「すると、双弦体から電磁波が発生します。では実際にやってみましょう」
「はい、電源ポチッと。あ、先生! アプリに反応がありました! 電磁波を検知しています!」
「はい、おめでとうございます」
「いや、先生! これでは単なる電磁波発生装置じゃないですか!」
「よく気がつきました、黒乃くん。これでは重力は発生していません。では次にキットに入っていた筒を装着してみましょう」
「この筒ですね。装着できました。二本の弦をスッポリと包んでいる状態です」
「この筒は、双弦体から発生する電磁波を打ち消すキャンセラーの役割があります」
「せっかく発生した電磁波をわざわざ打ち消すんですか!? 意味がわかりません!」
「落ち着いてください、黒乃くん。この状態で電源を入れてください」
「はい、ポチッと。電磁波が検知されなくなりました……あれ? アプリが重力波を検知しています! すごい!」
「そうです! 今見事に重力を生み出すことに成功したのです!」
「なんでですか!?」
「では双弦体によって、重力が発生するメカニズムを解説します」
「お願いします!」
「この宇宙では、物体が動くことによって重力波が発生します。重力波は2016年に初めて検出に成功しました。ここでは、タングステン弦の振動によって生まれる重力波をプラスの重力波、アルミニウム弦の重力波をマイナスの重力波とします。質量が極端に違う弦を使うことが大事です。これにより、重力に指向性が生まれます。そして、発生したプラスとマイナスの重力波が合わさり、消えます」
「またキャンセルされてる( ; ; )」
「このキャンセルが大事です。重力波がお互いを打ち消しあった時に、電磁波が発生します」
「先生! 電磁波ではなく、重力を発生させたいのです!」
「慌てないでください。実はこの電磁波に重力が隠されているのです。重力は電磁波に巻きついてコンパクト化されていたのです」
「コンパクト化とはなんですか!?」
「コンパクト化とは、超弦理論で提唱されている、次元が折りたたまれている状態のことを指します」
「ちょっとなにを言っているのかわかりません!」
「そして発生した電磁波を筒で打ち消してやることで、隠れていた重力が三次元に展開されるのです。これでようやく重力が発生します」
「説明が長い!」
「さあ、これで仕組みがわかったところで、あとは組み立てです」
「組み立て?」
「双弦体を三百個組み立てて、ボードに接続してください」
「三百!?」
「さあ、黒乃くん、組み立ては終わりましたか?」
「ハァハァ、丸一日かかりました……」
「お疲れ様です。ではボードにバッテリーを接続して、ハンドルを刺してください」
「よいしょよいしょ、できました! あれ? これって……キックボード!?」
「正解です! 反重力キックボードの完成です!」
「やった! すごい!」
「さあ、さっそく乗って遊んでみましょう!」
「うわーい!」
「先生! 隅田公園まできました!」
「はい、ここで注意事項があります。公園内で反重力キックボードに乗ることは禁止されています。絶対に真似をしないでください」
「わかりました!」
「さあ、黒乃くん、電源を入れてみましょう」
「はい! ポチッと。うわわわ! 浮いた! 浮きました! ボードが浮いています!」
「お見事です! さあ、乗ってみてください」
「よいしょよいしょ。乗れた! フワフワして変な感じです! すごい! メル子先生! ボクちゃん浮いてます!」
「ひっくり返らないように、しっかりとハンドルを握ってくださいよ。操作は普通のキックボードとほぼ同じです。右の親指が加速スロットル、左の親指が反重力スロットルです」
「前進と……すごい! ヌルッと動きます! なんの振動も感じない。無音です! 気持ち悪い! あと、足の裏がムズムズします! なにこれ!」
「それは、ボードから漏れた反重力が、足にだけ作用したりしなかったりするために起きる現象です。ボードの設計ミスですね」
「大丈夫なんですかこれ!?」
「次は反重力スロットルを……えい! うわわわわ! 浮いてる! 高い! 怖い! メル子先生! 浮いてます!」
「黒乃くん、操作が上手くなっていますよ。でも、ちょっと高すぎますよ」
「やったー! 飛んでます! 空中を自由自在に飛んでます! 科学万歳! 人類は重力から解放された! フハハハハ! 人が汚物のようだ!」
「黒乃くん! 高いです! 降りてきてください!」
「ピーピピピー! こらー! そこのキックボード! 公園内は走行禁止です! 降りてきなさい!」
「やべ、ロボマッポだ!」
「ピピピー! 降りてきなさい!」
「あれ? 反重力スロットルがオンになったまま戻らない。なんで!? ちょっと! メル子先生!」
「早く降りなさい! ピピピー!」
「うわわ! どんどん上っていく! 止まらない! 誰か! 助けて!」
「はい、では今日の授業はここまでとなります。重力の大切さを知ってもらえたでしょうか? 科学が進歩して人類が宇宙に進出した時、あなたはそれでも重力の元で生きますか? それとも重力からの解放を望みますか? 今のうちに考えておいてください」