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第80話 爆乳です!

「ぎゃあああああああああ!!!!」


 早朝の浅草に、メイドロボの絶叫が炸裂した。


「ぶわわわわわわ! なんだなんだ!? メル子のおっぱいが大きくなったのか?」


 その声に驚き、黒乃は布団から飛び起きた。慌てて丸メガネを探り装着した。

 声のした方を見ると、メル子が布団の上で腕を抱えてプルプルと震えていた。


「どしたメル子? 大丈夫? おっぱいが大きくなったの?」

「ご主人様……」メル子は目に涙を溜めて黒乃を見た。

「おっぱいが大きくなりました……」

「やったぜ!」



 二人は布団を押し入れに片付け、床に向かい合って座った。寝た時のままの姿なので、メル子は赤ジャージ、黒乃は白ティーにパンツいっちょだ。

 その赤ジャージの胸が、異様な盛り上がりを見せていた。


「朝、目が覚めたらこうなっていました」

「いやはや……なんとまあ」


 メル子の赤ジャージのファスナーが、はち切れんばかりにパンパンに張っている。


「まさか、急に成長期がくるとは驚いたよ」

「ロボットは成長しませんよ!」


 ロボットは基本的には成長しない。しかし一部の子供ボディのロボットは、年々の成長に合わせてボディを換装することが義務付けられている。もちろん膨大な費用がかかるため、一般にはほとんど行われてはいない。


「じゃあ、なんで急に大きくなったのさ」

「わかりません。ナノマシンの不調とか、熱で膨張したとかかもしれません」


 黒乃はまじまじとメル子の胸をガン見した。


「恥ずかしいので、あまり見ないでください」

「そう言われると、余計に見たくなっちゃうねぇ〜」


 黒乃はゴロンと床に寝転び、下から乳を見上げた。「うほほ」

「ご主人様!」


 黒乃は壁際に設置されているダンボール製の収納ボックスを、ゴソゴソと漁った。


「なにを探しているのですか?」

「いや、ちょっと。メジャーをね」


 ビニール製のメジャーを手に持ち、メル子の背後に回り込んだ。「ほい、両手をあげて」

「なにをするのですか?」

「おっぱいのサイズを測るんだよ」

「なぜ今そんなことをしないといけないのですか!」


 メル子は怒りのあまり、顔が真っ赤になっている。


「いやいや、落ち着いてよ。まず、現状を正しく認識しないとさ。メル子のボディがどうなってるのかを知らないと。そんでアイザック・アシモ風太郎先生に連絡しようよ」

「ハァハァ、そういうことですか。わかりました。やってください」メル子は万歳をした。


 黒乃はメル子の背後にピタリとくっつき、脇の下からメジャーを一周させた。胸にメジャーを巻き付ける。


「今、どさくさに紛れておっぱいを触りましたよね?」

「触っていませんよ」

「なぜ嘘をつくのですか!!!」

「シーシー、朝から声が大きいから」


 黒乃はメジャーで一通りの計測を終えた。ボタンを押して、シュルシュルとメジャーを巻き戻す。


「えーと、トップとアンダーの差が三十五センチメートルだから……(ケイ)カップか」


 それを聞いたメル子は、床にバタンと倒れた。


「もうダメです……生きていけません」床に伏せてヨヨヨと泣いている。

「なんでよ。大きいことはいいことじゃん」

「物事には限度というものがあるのですよ!」

「こらこら。世の中のKカップの人に失礼でしょが」


 メル子は床にうずくまってプルプルと震えている。そうとうショックが大きいようだ。


「まあとにかく、先生に連絡取ってみるから」


 黒乃はデバイスを使い、浅草工場にいるアイザック・アシモ風太郎に電話をかけた。しばらく話し込んでいる。メル子はそれを正座して待った。


「よし、だいたいわかった」黒乃はデバイスの通話をオフにし、メル子の前に座った。

「わかりましたか!?」


 黒乃は神妙な面持ちで目を閉じている。メル子は黒乃が口を開くのを黙って待った。


「バージョンアップで、爆乳機能が搭載されてた」

「なにをやっているのですか!!!」

「ほら、説明書も送られてきてる」黒乃はデバイスの画面を見せた。


 アイザック・アシモ風太郎の話によると、以前にメル子のボディをメンテナンスに出した時に、新機能として搭載されたようだ。メル子が貧乳大好き変態博士のニコラ・テス乱太郎によって、貧乳ロボにされた時の対抗策としての機能だ。


「なんということをしてくれたのですか!!」

「メル子、大丈夫だから。ちゃんと説明書に元に戻す方法も書いてあるから」

「ハァハァ、本当ですか、ハァハァ」


 黒乃は説明書を読んだ。


「ふんふん、なるほど。うーん、ほむほむ」

「どうですか、ご主人様。わかりましたか?」

「よし! 完璧!」


 メル子は疑わしそうな目で黒乃を見つめた。黒乃の目が爛々と輝いているのが気になる。


「直す方法は簡単で、耳の中に大きさを変えるボタンがあるらしい」

「なるほど」

「マスター権限がないと操作できないから、私がやるしかないね」

「お願いします!」


 黒乃は正座をしているメル子の後ろに膝立ちになった。


「耳の穴が痛くならないように、ロボローションを指に塗っておこう」

「お心遣い感謝します」


 黒乃はさっそくメル子の右耳の穴に指を差し込んだ。ロボローションのおかげでニュルリと挿入(はい)った。


「あふん」

「動かないで!」


 黒乃はメル子の耳の穴をグリグリと探った。


「ボタンはどこかな? ここかな? こっちかな?」

「ヌッチョヌッチョさせないでください!」

「あ、ここっぽいぞ!」

「深いです! そこは違います!」


 ブイーンという音をたてて、メル子が床に転がった。ピクリとも動かない。


「あれ? メル子? やべ、このボタンは緊急停止ボタンだったか。『Get Wild』歌わないと」

 

 黒乃はTM NETWORKの『Get Wild』を熱唱してから、左耳の中にある再起動ボタンを押した。キュイーンという音とともに、メル子がシャットダウンから復帰した。


「なにをしてくれたのですか!」

「悪い悪い」


 気を取り直して右耳のボタンを探る。入口付近を指を曲げてクイクイ探るとボタンらしきものが見つかった。


「これだな」黒乃はボタンを連打した。

「あ、胸に変化があります!」


 すると、みるみるうちにメル子の胸が膨らんできた。


「ぎゃああああああ!!」

「うわわわわ、やべ」


 膨らんだ胸は、正座しているメル子の膝の上にどっぷりとのしかかった。バランスが崩れて、前のめりの姿勢から動けないようだ。


「なんですか、これは!?」

「おかしいな」黒乃は説明書を確認した。「右耳のボタンは大きくするボタンだった」


 黒乃は巨大化したメル子の胸をマジマジと見つめた。


「見ていないで、早く助けてください!」

「いやー、メル子。これおかしくない?」

「この大きさはおかしいに決まっています! 早く直してください!」


 黒乃は腕を組んで顎に手を添えた。ふむむと考え込んでいる。


「いや、だってさ。これ、質量保存の法則を無視してない? どこからおっぱいがやってきたのさ」

「ご主人様……お言葉ですが、質量保存の法則などというものは、この世には存在しません」

「存在しない? またまた〜、学校で習ったもん」


 黒乃は手をパタパタと動かして笑った。


「質量保存の法則は、アインシュタイン博士によって否定されたのです」

「マジで!?」


 質量保存の法則とは、十八世紀に提唱されたもので、化学反応の前後で質量は変化しないことを示したものである。

 しかしこれは、アインシュタインが提唱した質量とエネルギーの等価性を表す『E=mc^2』の方程式によって否定された。

 これによると、質量とエネルギーは相互変換可能なのである。つまり、エネルギーから物質を作り出せるのだ!


「マジで!? メル子のおっぱいはエネルギーから生まれたってこと!?」

「いえ、実際はエネルギーから物質を作る領域には、人類は到達しておりません。説明書によると、別の機構で膨らんでいるようです」

 

 メル子の胸の中には液胞が複数あり、その液胞の中に水分を注入することで、大きさを変えているようだ。


(そそ)るぜ、これは」

「いいから、早く直してください!」


 その後、ポチポチとボタンを押して元通りの大きさに落ち着いた。メル子はほっと息をついた。


「ようやく、いつもの大きさになりました」

「ちぇー、大きい方がよかったのに……」

「よくないです。何事もほどほどが一番です」

「そんなことないよ。ぜったい大きい方がいいって。だって大きい方が……」

「もう!!!」


 メル子は大声で黒乃の言葉を遮った。


「うわ、なになに」

「もう、大きいのは嫌です! 普通にしてください!」

「え? 普通に戻したけど」

「一般の人の大きさです! 具体的にはDカップです! Dカップ!」

「Dは小さいよ」

「それでいいのです! やってください!」


 メル子が猛烈な勢いで迫るので、黒乃は慌ててDカップに調整をした。


「ほら、見てください。ちょうどいいでしょう」

「え、小さい……」

「これでいいのです!」


 メル子はそう言うと、朝食の支度を始めた。黒乃は呆然とした様子でそれを眺めた。



 ——その日の晩。

 メル子はいつものように鼻歌を歌いながら晩御飯を作っていた。


「フンフフーン。さあご主人様、ご飯ができましたよ!」


 メル子はテーブルにずらりと料理を並べた。黒乃がフラフラと席に着く。


「いやー、ご主人様。胸が小さいと動きやすくて助かりますよ」

「ええ? ああ、うん。それはよかった……」

「これで町を歩いていても、ジロジロと見られなくて済みますね」

「うん、そうだね……」


 黒乃は食事を終えると、床にゴロンと転がって動かなくなってしまった。


「ご主人様……」


 夕食の片付けを終えて、風呂の時間になっても黒乃はそのままだった。メル子は黒乃の背後に正座をすると、手でその頭を撫でた。


「ご主人様、実は……その、やはり元の大きさがいいかな、なんて思っていまして」

「……え?」

「いや、なんといいますか。やはり、最初にご主人様がカスタマイズしたメル子が一番かなと、今ではそう思っているのですよ」

「……ほんとに?」


 黒乃はメル子の方を振り向いた。メル子は笑顔で黒乃の頬をさすった。


「もちろんです」


 黒乃は耳穴のボタンを調節して、元の大きさに戻した。


「ほら、(アイ)カップだよ」

「はい! この大きさが一番しっくりきます!」

「うん」黒乃の顔に笑顔が戻った。


 

 その晩、メル子は念のため、メジャーでバストサイズを測った。


「ご主人様! Jカップにしましたね!?」


 爆乳メイドロボの絶叫が、浅草の夜に炸裂した。


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