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第76話 ゴリラです!

 仕事帰りの夕方、黒乃とメル子は八又(はちまた)産業浅草工場にやってきていた。先日、浅草ロボ屋敷でメル子がぶっ壊したモンゲッタを預けていたのだ。


「ドウゾ、コチラヘ」


 職人ロボのアイザック・アシモ風太郎が、二人を格納庫に案内した。ピカピカに磨かれた廊下の角を何回か曲がると、ゴツい金属製の扉が現れた。扉に付いているバルブを、力を入れて回転させる。プシューという音とともにロックが解除され、重そうな扉がゆっくりと左右に開いた。


「なんか、ずいぶん厳重だな……」黒乃はごくりと喉を鳴らした。

「ご主人様! 早く進んでください!」黒乃の背中にピタリとくっついて、グイグイと押しているのはメル子だ。


 扉の中に入ると、大量の電子機器の真ん中に、大きな透明な筒があるのが目についた。そしてその筒の中には、コードに繋がれたモンゲッタがぶら下がっていた。

 青と白の宇宙服に身を包んだクマのぬいぐるみ。その宇宙服はひび割れ、布地からは電子部品がはみ出している。


「あらら、モンゲッタ、可哀想に。こんなになっちゃって」黒乃は少し同情をした。

「可哀想ではないですよ。貧乳ロボにされそうになったのですよ?」メル子は相変わらず、黒乃の背中にピッタリとひっついていた。

「ソノ点ハ、ゴ心配ナク。メル子サンノボディヲ、バージョンアップ、シマシテ……」


 その時、突然謎の声が響き渡った。


『メル子〜、戻ってきたんだね〜。さあ、貧乳ロボになろう〜』


 モンゲッタがカタカタと震えた。


「ぎゃあああああ!」メル子は黒乃の白ティーを捲り上げて、シャツの中に潜り込んだ。

「出ました! 生きています! モンゲッタが生きています! 早くぶっ壊して!」

「こら! 白ティーが伸びるでしょが!」

「落チ着イテ、クダサイ」


 モンゲッタは筒の中では動けないようだ。


「イロイロ、モンゲッタヲ、解析シテイルノデスガ、ドウニモ情報ガ、得ラレマセン」


 アイザック・アシモ風太郎は、モンゲッタを調べてニコラ・テス乱太郎の情報を得たいようだ。自分が作ったロボット達が危険に晒されていることを、危惧しているのだ。

 しかし、下手に動くとニコラ・テス乱太郎の報復にあうため、ことを急くのは得策ではない。対策は秘密裏に行われることになった。


「(正直、変態貧乳博士と関わり合いになりたくない……ルベールさんのこともあるし……)モンゲッタのことは先生に任せようか」

「そうですね。もうあんな恐ろしい目に遭うのはごめんです」

「よし。気を取り直して、スーパーで夕食の食材を買って帰ろう」

「はい!」


 二人は浅草工場をあとにした。その後、スーパーマーケットで買い物を済ませた。買い物袋を手にぶら下げ、ボロアパートに向かいトボトボと歩き出す。夕暮れの日差しが二人の姿を地面に引き延ばした。


「あれ? あそこになにかありますけど……」

「え?」


 ボロアパートに程近い場所の路地。真っ黒い巨大な物体が、道の真ん中を塞いでいた。


「なんだこれは……?」

「ご主人様! 近づいたら危ないですよ!」


 その巨大な物体には、フサフサとした毛が生えていた。よく見ると、ゆっくりと膨らんだり萎んだりしている。

 黒乃は手を伸ばして触れてみた。温かく柔らかい。


「これ、ゴリラロボだ!」


 その声にビックリしたのか、ゴリラロボがビクッと震え、ムクリと起き上がった。地面に座り、腕を思い切り伸ばして欠伸をする。指でポリポリと顔をかいた。


「なぜゴリラロボがこんなところで寝ているのですか!?」

「ウホ」

「ウホじゃないよ」


 ゴリラロボとは、ロボット大運動会で顔見知りになっていた。同じチームで戦い、友情を深め合った仲だ。


「久しぶりゴリラロボ〜、元気だったかい?」

「お久しぶりです!」二人はゴリラロボの毛皮を撫でた。

「ウホウホ」ゴリラロボは再会を喜んでいるようだ。


「ねえ、ゴリラロボ。お前のマスターはどうしたんだよ? 飼育員さんだよ」


 ゴリラロボのマスターは、浅草動物園の飼育員のお姉さんだ。


「ウホ……」ゴリラロボはしゅんとうなだれてしまった。

「ゴリラロボ? どうかしたのですか?」

「なんか事情があるのかな?」


 ゴリラロボはメル子が持っている買い物袋を指さした。


「なんでしょう? お腹が空いているのでしょうか」


 するとゴリラロボは、メル子の袋からバナナの束を引っ張り出し、一本もぎった。そしてそれを頭上に掲げた。


「なになに? バナナが頭の上に?」


 バナナを持ってなにやらジェスチャーを始めた。


「ふむふむ、なるほど」

「ご主人様、わかりましたか?」

「だいたいわかった。ゴリラロボは浅草動物園でバナナを取って食べる芸をやってるんだけど、それがうまくできないらしい。それで飼育員さんと喧嘩して、動物園を家出してきたみたい」

「ウホ」

「わかりすぎです!」


 ゴリラロボはゴロンと横になって、泣き出してしまった。


「ゴリラロボ! 泣かないでください。バナナをうまく取れないのは仕方がないですよ。動物園に戻って飼育員さんに謝りましょう?」

「ウホ」ゴリラロボは首を横に振っている。動物園に戻る気はないようだ。


「参ったねこりゃ。このまま野生のゴリラロボにでもなったら、浅草中大騒ぎだよ」

「ご主人様、どうしましょう?」

「うーん、よしわかった」


 黒乃はゴリラロボの腕を掴むと、力一杯引っ張った。


「ほら立て、ゴリラロボ! バナナ取る練習をするぞ!」

「ウホ」ゴリラロボはイヤイヤした。

「立て! 甘ったれるんじゃあない!」腕をグイグイ引っ張る。「私がメル子のご主人様になるまでに、どれほどの努力をしたと思ってるんだ。寝る間を惜しんで働いたんだぞ!」

「ご主人様……」


 ゴリラロボは立ち上がった。二メートルある身長が二人の視界を覆った。

 黒乃はボロアパートから物干し竿を引っ張り出してきた。その先端に紐でバナナをくくりつける。


「さあ! これで練習しよう」

「ゴリラロボ! バナナを取ってみてください!」


 黒乃は物干し竿を掲げた。バナナはゴリラロボが直立しても届かない高さにある。


「さあ! どうやって取るんだ?」

「知恵を働かせてください!」


 するとゴリラロボは黒乃の前までくると、黒乃の胸に向けて張り手をかました。張り手を受けて吹っ飛んだ黒乃は、ゴミ捨て場に頭から突っ込んだ。

 地面に転がった物干し竿からバナナをもぎ取ると、器用に皮を剥きムシャムシャと食べた。


「やりました、ゴリラロボ! 賢いです! やればできるではないですか!」メル子はゴリラロボの頭を撫でた。

「ウホ」ゴリラロボは照れ臭そうにしている。


 黒乃がゴミ捨て場から這い出してきた。


「コラコラコラ! コラー!」ゴリラロボに詰め寄る。

「どうしました? ご主人様」

「ウホ?」

「ウホじゃないわ! これのどこが知恵を使ったんだよ!」

「いやでも、ちゃんとバナナを取れたではないですか」

「ウホ」


 黒乃は頭を掻きむしった。


「今のは単に野生のパワーを使っただけでしょが! どこの誰が動物園で弱肉強食芸を見たいっていうんだよ!」

「はあ」

「ウホ」


 メル子とゴリラロボは顔を見合わせた。二人とも納得がいっていないようだ。


「もう一回だ! 次はちゃんとやれよ、ゴリラロボ!」

「もう一回ですよ、ゴリラロボ! がんばって!」

「ウホ!」


 再び黒乃は物干し竿を掲げた。「さあこい!」


 ゴリラロボは黒乃の前までくると、黒乃の胸に向けて張り手をかました。黒乃は吹っ飛び、頭からゴミ捨て場に突っ込んだ。

 落ちた物干し竿からバナナをもぎ取り食べる。


「えらいです、ゴリラロボ!」

「ウホホ」

「コラコラコラ! コラコラー!」

「どうしました? ご主人様」

「ウホ?」

「ウホじゃないから! さっきとまったくいっしょでしょうが!」

「いやしかし、これが最も効率がいいわけですから、別の方法にする必要はないのでは?」

「ウホ」


 黒乃は頭を抱えてもんどり打った。


「効率の問題じゃない! どこの世界に、飼育員をはっ倒してバナナ食うゴリラがいるんだよ! 観客ドン引きだよ!」

「はあ」

「ウホ」


 黒乃はボロアパートから木箱を持ってきた。


「わかった、ヒントをやる。いいかゴリラロボ。この木箱を使うんだぞ! いいな? この木箱を使って、バナナを取れよ!?」


 黒乃は物干し竿を掲げた。


「ゴリラロボ、がんばって! 木箱をうまく使うのですよ!」

「ウホ!」


 ゴリラロボは木箱を持ち上げた。


「そうだ! それでいい!」

「ゴリラロボ! いい感じですよ!」

 

 黒乃の前までくると、木箱を黒乃に向けてぶん投げた。木箱の直撃を食らった黒乃は、頭からゴミ捨て場に突っ込んだ。

 落ちた物干し竿からバナナを引きちぎり、モリモリと食べた。


「やりました、ゴリラロボ! 道具をうまく使えるなんてすごいです!」

「ウッホ」

「コラコラコラ! コラコラコラー!」

「どうしました?」

「ウホ?」

「やってることが! 変わらない! 全部私をはっ倒して! 食ってるだけ! 知能ゼロ! ばかもーん!!!」


 その時、一人の女性が三人の前に現れた。


「探したよ! ゴリラロボ!」


 若い女性だ。着古した青い作業着に膝まであるゴム長。右手にはデッキブラシ、左手には大量のバナナが詰まったバケツを持っている。髪は短くまとめられており、動きやすさを重視している。


「ウホ!?」

「あれ? ひょっとして、飼育員さん?」


 ゴリラロボは飼育員に背中を見せてうずくまってしまった。会いたくないようだ。


「ゴリラロボ、どうして家出なんてしたの?」

「ウホ……」

「バナナがうまく取れないことを気にしているの?」

「ウホ……」

「そんなのゴリラロボらしくない」


 飼育員は一歩ゴリラロボに近づいた。ゴリラロボはビクッと震え、首をブンブンと振った。


「なんだなんだ? どういうこと?」

「ゴリラロボは私に遠慮してる」

「ウホ」

「私達はパートナーなのに、私に遠慮してるんだよ!」

「ウホ」

「なんの話なのこれ(笑)」


 飼育員はゴリラロボの肩に手をかけた。


「私をはっ倒すことに、手加減してるんだよ!」

「ウホ!」

「なぬ!?」


 飼育員はゴリラロボの背中を抱きしめた。ゴリラロボも振り返り、飼育員を抱きしめる。


「結局、はっ倒してバナナ取るのが正解なんかい」

「さあ帰ろう。私達の浅草動物園へ」

「ウホホ!」


 飼育員とゴリラロボは並んで動物園の方角へと歩き出した。途中黒乃達を振り返り、ペコリとお辞儀をして夕日の中へ消えていった。


「ご主人様、よかったですね! 私感動してしまいました!」

「ええ? ああ、そう。それはよかった」


 二人は買い物袋を持って、ボロアパートの階段に向かった。


「ああ、メル子……その」

「どうしました、ご主人様?」

「えっと、今回の話はさ」

「はい」

「特に教訓とかそういうのないわ!」

「ですね!」


 二人は元気よく階段を駆け上り、小汚い部屋に飛び込んでいった。


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