第73話 四姉妹です! その三
よく晴れた日曜の昼前。四姉妹とメイドロボは、浅草ロボ屋敷にきていた。
「いやー、浅草に住んでいながら、ロボ屋敷にくるのは初めてだよ」
「私もです!」
——浅草ロボ屋敷。
浅草寺の東に位置する、日本最古のロボ遊園地。日本最古のロボコースターや、お化けロボ迷宮などの、豊富なアトラクションを備える。
「クロちゃん、早く〜」チケットを片手にゲートに駆け寄るのは、四女鏡乃だ。陰キャ姉妹の中では、最も活発である。
「ふわあああ〜。もっとメル子と寝ていたかった」大欠伸でヨロヨロ歩いているのは、サード紫乃。陰キャ姉妹の中で、最も陰キャだ。
「さあ、メル子さんいきましょう」メル子の手を引いているのは、次女黄乃。陰キャ四姉妹の中では、最も穏健派で人当たりがよい。
本日ロボ屋敷へきたのは、鏡乃の提案だ。浅草へきた思い出を作りたいらしい。
四人はそれぞれチケットを持って入口のゲートを潜り抜けた。メル子はロボット用のゲートを潜った。ロボ屋敷はロボットの入園は無料なのである。
すでに園内は人でごった返していた。それほど広くない敷地の人口密度はかなり高い。
「ああ……日曜日だから人が多い」すでに黒乃は人ゴミでダウン気味だ。さっそくベンチに座り込んでしまった。
「ご主人様は乗り物は乗らないのですか?」
「ただでさえ人ゴミで気持ち悪いのに、そんなん乗ったら吐くわ」
黒乃を置いて、四人でロボコースターに乗ることにした。この日本最古のロボコースターは、狭い園内を潜り抜けるようにコースが設置されている。最大速度時速250キロメートルだ。
車両の最前列にメル子と鏡乃、その後ろに黄乃と紫乃が座った。
「実は私、これ系に乗るのは初めてです!」
「メル子〜、お姉さんが手を握っててあげようか?」鏡乃が気を利かした。
ブザーが鳴り、ガクンという音とともに車両が動き始めた。
「誰がお姉さんですか! 私の方が年上です! ぜんぜんへっちゃらですよ!」
ガタガタと車両が揺れ、上り坂に入った。チェーンリフトによって、レールのてっぺんまで車両が巻き上げられていく。
「ぎゃあ! 揺れます! 大丈夫ですかこれ!」
「おお、高いね〜」
「高いです! なんですかこれは! 怖い! いや、怖くないですけど、手を握ってください!」
「ほい」鏡乃はメル子の手を握った。どんどんと坂を登っていく。
「高いです! これなんですか! 鏡乃ちゃん、大丈夫です! お姉さんが手を握っていてあげますから! 怖い!」
「メル子〜、落ち着いて」
車両は頂上に達した。浅草の景色を一望できるが、メル子にそれを見ている余裕はない。
「おお〜、いい眺めだね、メル子〜」
「ぎゃあ! 高い! 帰ります! やっぱり帰るので、降ろしてください!」メル子は座席でジタバタと暴れ始めた。
いよいよ車両の位置エネルギーが頂点に達し、運動エネルギーに変換され始めた。坂を下り加速する。メル子の金髪とメイド服が、風圧でバサバサと煽られた。
「ぎゃああああああ! 助けて! 降ります!」
「メル子〜、お姉さんがいっしょだから、大丈夫だよ〜」
「速い! あああああ! 私の方がお姉さんです!」
車両は右へ左へとカーブしながら爆走した。Gがメル子のIカップに容赦なく襲いかかる。
「ぎゃあああ! 痛い! お乳がもげます! ご主人様! 助けて!」
ここで車両は、レールに組み込まれた電磁石を利用した加速ゾーンに突入した。瞬時に、最大速度の時速250キロメートルまで加速した。
「うほおぉぉ!」鏡乃が歓声をあげる。
「あああああ! 死ぬー!」
加速した車両は、ロボ屋敷名物四連ループに突入した。電磁加速によりループ内を一気に駆け抜ける。上下左右の方向感覚をすべて奪う恐怖のアトラクションに、メル子は宇宙飛行士の偉大さを思い知った。
「いえーい!」
「……」
車両がトンネルに突入し、スタート地点へと戻った。ガタガタと音をたてて停止した。
「いやー、楽しかったね、メル子」
「……」
両脇を黄乃と紫乃に固められて、ヨロヨロとメル子が黒乃のベンチに戻ってきた。
「どうだった、メル子? ここまでメル子の絶叫が聞こえてきたけど、楽しかった?」
「……人間はなぜこんなにも愚かなのでしょうか。死の恐怖を感じないと、生を実感できないのでしょうか」
「楽しんだみたいだね」
次のアトラクションは『お化けロボ迷宮』だ。ロボ屋敷の地下に作られた巨大迷路を、お化けロボに追われながらゴールを目指す。
完全予約制の人気アトラクションだが、ロボット一味は優先で入ることができる。
「いいですか、皆さん! 迷路をクリアするには、団結が必要です! ぜったいに私から離れないでください! いいですね!? ぜったいですよ!」
迷路の入口で、メル子は陣形を作った。先頭に鏡乃、その後ろにくっつくようにメル子が陣取る。黄乃と紫乃は、メル子の左右をガッチリと固める。そして背後には黒乃が添えられた。
「この陣形は、ロボぺリアルクロスといいます! 前後左右の壁によって、大将を完璧に守る布陣です! ぜったいにこの陣形を崩さないようにお願いします!」
「そんなにお化けロボが怖いのか……」
五人は迷路を進み始めた。地下のため内部は薄暗く、おどろおどろしい演出が全面に施されている。
先頭の鏡乃に従い、グングンと進撃した。
「ハァハァ、暗いです。思ったより広い……出口はどこですか、ハァハァ」
「ウボァアアアアアア!!!!」突然、迷路の壁から小汚い手が伸びてきて、メル子を掴もうとした。
「ぎゃああああ! 出ました! ロボ血鬼です! 血を! 血を吸われてしまいます! 助けて!」
メル子は鏡乃の首に手を回して、思い切りしがみついた。
「ぐえぇ、メル子、くるじぃ……」
「助けて! 私から離れないで! もっとくっついて!」
「ウバシャアアアア!!!」全身チェック柄の怪物が地面から現れた。
「ぎゃあああ! 出ました! ロボプルヘイズです! ウイルスに感染したら溶けて死にます! 逃げて!!」
メル子は鏡乃の肩をガクガクと揺さぶった。
『ふふふふふふ』不気味な声が響いた。
「なんですか、この声!?」
『さあメル子〜、貧乳ロボになる時がきたよ〜』
天井から、青と白の宇宙服を着たクマのぬいぐるみが現れた。背中のプロペラを回して宙を飛んでいる。
「ぎゃああああああ! 出ました! モンゲッタです! なぜここにモンゲッタが! 貧乳ロボにされてしまいます! 助けて!」
『メル子〜、貧乳ロボになろう〜』
メル子はぎゃあぎゃあ騒ぎながら迷宮を逃げ惑った。しばらく走ると、誰もいないことに気がついた。
「あれ? 皆さんどこですか? どこにいきました!?」
我を忘れて動いたため、迷路内で皆とはぐれてしまったようだ。
「あれほど離れないように言ったのに! もういいです! 一人でクリアします!」
メル子はガクガク震えながらゴールを目指した。
——三十分後。
メル子はようやく迷路を脱出した。生気の抜けた顔で、フラフラとベンチに横たわった。
間もなく黒乃、黄乃、紫乃がいっしょに現れた。
「いやー、怖かったね」
「もうメル子さん、どこいってたんですか」
「ウヒヒヒ、すごい悲鳴だったね」
「皆さん、遅いですよ……」メル子は完全ダウン状態だ。
「鏡乃はまだ?」
その後しばらく待ったが、鏡乃が出てこない。
「あれー? 鏡乃のやつ、どうしたんだろ」黒乃は流石に心配になったようだ。
「迷路の中で迷ってるのかな」紫乃もオロオロとしている。
「スタッフに聞いてくるね」黄乃が慌ただしく走り回っているロボスタッフに声をかけた。
黄乃が大慌てで戻ってきた。「大変!」
「どしたの?」
「なんか迷路の中で、トラブルがあったみたい。監視カメラが切れてて、非常用の通路がロックされて開かないって」
メル子はベンチから体を起こした。
「え!? じゃあ、助けにいけないじゃん」
「今入っていったら全員迷子だよ」
「みーちゃん〜、大丈夫かなぁ」
姉妹達は右往左往している。
「私が助けにいきます」メル子が立ち上がった。
「きっとモンゲッタの仕業です」
「いや、助けにいくって、あんなビビりまくってたメル子じゃ無理でしょ」
メル子は迷路の入口に向かって歩き始めた。
「私の頭の中にはすでに迷路図がインプットされています! 最後にはぐれた場所から、鏡乃ちゃんがいる候補地を割り出します! そして、私のAIにインプットされている高速探索アルゴリズム『ダイクストラ法』により最短経路を計算! わかりました! 今から十分で探して帰ってこられます!」
※ダイクストラ法とは、1959年にエドガー・ダイクストラによって考案された、そんなに速くない探索アルゴリズムである。
メル子は勢いよく迷路に足を踏み入れた。
「メル子! ほんとに大丈夫?」
「……ご主人様の妹は、私にとっても妹です。お姉ちゃんとして、必ず助けます!」
メル子は迷路の暗闇の中に消えていった。
——十分後。
メル子は鏡乃の手を引いて迷路の出口に現れた。メイド服が薄汚れており、片手にはぶっ壊れったモンゲッタを引きずっていた。
鏡乃は黒乃を見ると、その胸に飛び込んだ。「クロちゃん!」
姉妹達は鏡乃を囲って再会を喜んだ。
「いやーメル子、助かったよ。ありがとう……ってそのモンゲッタどうしたの!?」
「迷路の中で戦いになりました」
「バトル!?」
こうしてメイドロボと四姉妹は、浅草ロボ屋敷を存分に堪能したのであった。




