第72話 四姉妹です! その二
夕暮れのボロアパートに、可愛い歌声が響いた。
「フンフフーン。今日はパーティ〜お料理を〜、たくさんたくさん作ります〜。可愛いメイドさんが作ります〜。平らな姉妹に食べさせて〜、お腹をぽっこりポコポコリーン。フンフフーン」
メル子は大量に買い込んだ食材で、南米料理を作っていた。五人分の料理なので一仕事だが、普段から仲見世通りの出店をやっている彼女にとっては、朝飯前である。
そのメル子を、床に座って眺めているのが黒ノ木四姉妹だ。
長女、黒乃。社会人。白ティー丸メガネ黒髪おさげ。
次女、黄乃。高校生。白ティー丸メガネ黒髪おさげ。
サード、紫乃。高校生。白ティー丸メガネ黒髪おさげ。
四女、鏡乃。中学生。白ティー丸メガネ黒髪おさげ。
「クロちゃん、お腹減ったよ」四女鏡乃が甘えた声を出す。
「鏡乃は食いしん坊なのに、なんでそんなにちびっ子なんだろうなあ?」
「ちびっ子じゃないよ。クラスで一番背が高いよ」
「そうかい」黒乃は鏡乃の頭を撫でた。
ゴロリと床に寝転がり、仰向けでメル子を見ているのはサード紫乃だ。
「黒ネエ。メル子をうちに持って帰っていい〜?」
「いいわけないでしょ」
「なんで。三日だけでいいから」紫乃は足をパタパタさせた。
その足を次女の黄乃がしっかりと掴む。「しーちゃん、無理は言わないの」
「きーネエは、メイドロボほしくないの〜?」
「ほしいけど、ちゃんと自分で買うから。しーちゃんもお金貯めて」
「バイト怖い……」紫乃はうつ伏せになり、頭を抱えてしまった。
「さあ、皆さん! お料理ができましたよ!」
メル子は自慢の料理をテーブルにずらりと並べた。色取り取りのメニューが皆を沸かせた。
「すごかー!」
「見たことねぇ料理だわさ」
「がばうまそうばい」
皆一斉にテーブルに押し寄せた。テーブルに対して椅子が四つしかないため、紫乃と鏡乃は一つの椅子に半分ずつ座るハメになった。
「この餃子なんねー?」
「それはコロンビアのエンパナーダです」
「こっちの真っ黒のは?」
「ブラジルのフェイジョアーダです。濃厚で美味しいですよ」
メル子の南米料理の集大成だ。皆勢いよく手を伸ばし、次々に口に放り込んでいく。
「うまかっ」
「うみゃーでよ」
「まげにまいずねぇ」
「なぜ皆さん、方言がバラバラなのですか……」
一通り食べ終えて落ち着いてくると、会話が弾んできた。メル子に質問をぶつけにいく。
「メル子さん、黒ネエはご主人様としてどうですか?」黄乃が大胆不敵に聞く。
「え!? えー、まあ変態なところを除けば概ね良好ですよ」
「チューはした? ベロチュ〜」紫乃が口を尖らせて聞いた。
「まあ、しましたね。ベロチューはまだですが」
「ウヒョー! 添い寝は!?」
「したといえば、しました」
「ウヒョー!!」
「なんでそんなにメル子のおっぱいデカいの?」鏡乃が興味津々で聞いた。
「ご主人様がおっぱいスライダーを最大にしたからですね」
「おっぱいスライダーってなに?」
「鏡乃は知らなくていいから」黒乃が慌てて制する。
料理を食べ終えると、四姉妹は床に転がった。満腹で動けないようだ。鏡乃は、黄乃の膝に頭を乗せて眠そうにしている。紫乃は、足を黒乃の腹の上に乗せてくつろいでいる。黒乃は呻いている。
「皆さん、仲がよろしいのですね」そんな光景をメル子は眩しそうに見つめた。
「メル子も甘えたいの?」鏡乃は聞いた。
「甘える? 私がですか?」
「膝枕してあげるよ」鏡乃は起き上がり、自分の膝をパンパンと叩いた。
「いえ、私はいいですよ」メル子は首をブンブンと振った。
「みーちゃん、お姉さんぶりたいのかな」黄乃はクスクスと笑った。
メル子は黒乃に助けを求めた。
「ぐえっぷ……苦しい。メル子……膝枕してもらっておき。タダだから」
「はあ……」
メル子は仕方なく床に尻をつけた。すると、鏡乃がメル子の後ろから肩を掴んで体を倒した。メル子の頭が鏡乃の膝に乗る。
メル子は一瞬眩暈を感じた。
「どう〜?」
「なにか……ご主人様と感じが似ていますね」
「今日は鏡乃のことを、お姉ちゃんだと思っていいからね」
どうやら、鏡乃はメル子を一番下の妹にしたいようだ。
「あの、私はこれでも十八歳でして……」
「うそだー。一番小さいから一番下だよ」
鏡乃は上からメル子の顔を覗き込んだ。丸メガネのレンズ越しに、キラキラとした瞳が見えた。黒乃と似ていると思った。
次は寝る前のお風呂タイムだ。時間が勿体ないので、二組に分けて入ることにした。
「鏡乃がメル子と一緒に入る〜」鏡乃が駄々をこねる。
「私も入る〜」黒乃も駄々をこねる。
「ぐへへへ、私も」紫乃はエロい目でメル子を見ている。
そんな三人を、次女黄乃が制した。
「みーちゃんは膝枕したんだから、もうお預け。黒ネエとしーちゃんは、目がエロいからダメ」
三人はブーブー文句を垂れる。
「私はメル子さんと同い年だから、同級生って感じでいいでしょ?」メル子をチラリと見る。
「は、はあ。では、それで」
再びブーブー文句を垂れる。三人は黄乃とメル子が風呂に入っている間、ずっと風呂の前で聞き耳を立てていた。二人の会話は弾んでいるようだ。
「いやー、いいお湯でした」ホカホカ湯気をたてながら、黄乃が風呂から出てきた。
「はい! 温まりました」メル子は赤ジャージに着替えている。
「どうだった、きーネエ? デカかった?」紫乃が興奮して尋ねた。
「重かった」
三人は言葉を失った。
夜も更けてきた。尼崎から旅をしてきた三人は、疲労でもう眠たそうである。鏡乃は黄乃の膝の上でうつらうつらしている。
メル子は押し入れから布団を取り出した。
「しかし、困ったな。布団が二組しかない」
「どうしましょう」
「また二組に別れて寝るしかない」
四姉妹は頭を悩ませた。どのように組を分けるべきだろうか。会議が始まった。
「常識的に考えて、ご主人様とメイドロボ、それ以外で分けるべきでしょ」長女黒乃が当然の要求をした。
「いや、年齢の近い順です。私とメル子さん、しーちゃんとみーちゃん、黒ネエ」次女黄乃の提案。
「私だけ布団の外じゃん」
「まだメル子にご褒美もらってないのは私だけだから。私とメル子、きーネエと鏡乃、黒ネエ」サード紫乃の提案。
「また私だけ布団の外なんだけど」
「眠い……もうメル子と寝る。鏡乃とメル子、きーちゃんとしーちゃん、クロちゃん」目を擦りながら四女鏡乃の提案。
「こらこらこら? こらこら」
全員メル子を見た。
「……ジャンケンで」メル子は呆れて言った。
「では、電気を消しますね」
メル子は電灯のスイッチを切ると、紫乃が待っている布団に潜り込んだ。隣では黒乃、黄乃、鏡乃がギュウギュウ詰めで布団に押し込まれている。
「メル子〜、よろしくね」紫乃はヒソヒソと言った。
「よろしくお願いします」
しばらく沈黙が流れた。隣の布団からはもう寝息が聞こえた。
「素敵な姉妹ですね」
「そう? どこが?」
「変わったところとか、面白いところとか、不思議なところとか」
「べつに普通だよ」
「普通ですか」
「普通だよ」
「……普通ですね。普通で素敵な姉妹です」
「うん」
紫乃は目を閉じた。メル子も目を閉じると、今日一日のことを思い出しながら、夢の世界に飛び込んでいった。




