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第7話 お背中綺麗ですね

 夜も更けてきた。

 黒乃とメル子の二人はひとしきりはしゃぎ倒し、特に黒乃は日頃の仕事の疲れも相まって眠気が急にやってきた。この時代週休三日制六時間勤務が当たり前とはいえ、高価なメイドロボの購入を目的に働く黒乃にとっては、ホワイト労働など夢のまた夢だった。

 これからはメル子のローンの支払いや維持費などが大きな負担となり、黒乃にのしかかってくるはずである。しかし黒乃はなんの心配もしていない。家事はメル子がやってくれるので、黒乃が自由にできる時間は増えるため副業ができるはずであるし、それも手伝ってくれるだろう。それがメイドというものだ。

 なによりも、もう一人ではないという安心感、充足感、期待感が黒乃の心を満たしていた。黒乃は人生の中で初めて、形あるものとして『希望』を手に入れたのだ。


「ご主人様、そろそろお休みのお時間でしょうか?」


 メル子が気を利かせて言ってくれた。


「ああ、うん。そうだね。明日も会社だから寝ないと、フワ〜」


 黒乃は大口を開けながらあくびをしたが、メル子がその口の中をまじまじと覗き込んでいるのに気がつきパクんと閉じた。


「じゃあシャワー浴びて寝ようかな」

「はい! そうしましょう」


 メル子はなにか楽しそうだ。


「ひょっとしてメル子はお風呂好きなのかな?」

「えへへ、もちろんです。女の子ですから」

「へ、へえー、そっか」


 黒乃は視線を左右に泳がせた。


「ロボットってお風呂入って大丈夫なの? バッテリーがショートして感電したりしない?」

「滝に打たれるならまだしも、お風呂くらいの防水は万全ですよ」


 黒乃はバスルームとメル子を交互にチラチラと見ている。ボロアパートだが風呂はそこそこ立派な物件である。二人で充分入れる大きさである。


「じゃあさ、時間も勿体ないし二人で入ろうかなー、なんて」


 すんっとメル子の目から光が消えた。黒乃の方が遥かに背が高いはずなのに、なにか見下されている気がする。


「新ロボット法第XXX条に基づき、黒乃様をセクハラで訴えます!」


 新ロボット法により人権を認められたロボット達には、裁判を受ける権利が保障されている。


「ひえー、それだけは勘弁して」

「いいですかご主人様。普通女の子同士は出会ったその日に一緒にお風呂には入りません」

「いやでも、私達は主人とメイドという普通ではない関係だから……」

「今度は立場を利用したパワハラですか!?」

「違う違う、ごめんよ。もしよかったら入らない?って聞いただけだから〜。メル子は私とお風呂に入るの嫌なの?」

「嫌ではないですが……まだ早いです」


 意外と貞淑なメル子を黒乃は手でヨシヨシするふりをした。


「じゃあ、メイドポイントを使ったら一緒にお風呂に入れる? いくつ必要なの?」

「1000ポイントです」

「今いくつ貯まってるんだっけ?」

「マイナス1ポイントです」


 黒乃は床にグシャっと崩れ落ちてそのまま転がった。


「うわーん! メイドさんとお風呂入れないんだー! もうおしまいだー!」


 床を転げ回る主人を見て、メル子は大きくため息をついた。子供をあやすように優しく言う。


「わかりました。お背中をお流しするくらいはいたします」



 黒乃の黒髪はおさげを解くと腰までさらりと長い。普段整えていないせいでバサついたように見えるが、水分を吸うとそれなりに美しい艶を見せる。それが今はタオルでしっかり巻かれ、その全容は隠されたままだ。

 湯気が充満した浴室の椅子に座りメル子を待つ。ガチャリと扉が開く音がして、メル子がひょいと首だけ覗かせて聞いてきた。


「入ってもよろしいですか?」

「どうぞ」


 腕と足を捲った赤ジャージ姿のメル子が入ってきた。そのまま黒乃の真後ろまできて膝をつく。流石に二人同時に入ると窮屈感がある。


「では、お背中をお流ししますね」


 メル子は無添加無着色無香料の角張った石鹸を、スポンジに擦り合わせて泡を立てていく。天然オイルだけで作られた石鹸の泡立ちはさほどよくないが、肌触りはとてもよい。

 そのままスポンジを黒乃の背中に巡らせていく。


「いかがですか、ご主人様」

「ああー気持ちいいー、最高だよー」


 黒乃はうっとりしながらメル子に身を任せている。同時に強烈な眠気が押し寄せてきた。まどろみの中でメル子の声が微かに聞こえる。


「お背中綺麗ですね」

「んん〜そう〜?」

「痩せすぎなのと、お肌の手入れが不充分なので肩の辺りが赤くなっているのを除けばとても綺麗です」

「なにそれ、じゃあダメじゃん。へへへ」


 メル子はおもむろにスポンジを床に置き、直接手を背中に這わせた。


「ひゃひゃ、くすぐったいよー」

「少しご主人様の体温を感じたくて、つい」

「えーどう? 熱ある?」

「36.5℃、平熱ですね」


 平熱だった。


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