第62話 謎の幼女です! その一
ある日の夕方。白ティー丸メガネ黒髪おさげの長身お姉さん、黒ノ木黒乃と、金髪巨乳低身長メイドロボ、メル子は買い物袋を抱えて道を歩いていた。
「フンフフーン、今日は楽しいステーキ鍋〜。ご主人様のステーキ鍋〜。グツグツグツグツ煮込みます〜。ツルペタメガネが煮込みます〜」
メル子は紙袋を抱えながら、器用にスキップをしていた。青い和風メイド服のフリルがついた裾が上下に踊る。
「おっ、そんなにステーキ鍋楽しみなんだ」
「もちろんですよ。月に一度の贅沢ですし。ご主人様の得意料理ですものね」
「むふふ、黒ノ木家に代々伝わるステーキ鍋。ご堪能めされい」
「はい! お腹いっぱ……ぎゃあ!」突然メル子が悲鳴をあげた。
「なんだ!?」
振り返って見ると、幼女がメル子の袴を掴んで引っ張っていた。
「え? 誰?」黒乃は驚いた様子で幼女を見つめた。
明るい色の癖っ毛のショートヘアが、くるくると四方八方を向いて飛び跳ねている。幼女にしてはシュッとした顔立ちだが、どこか大人しいというか、暗い雰囲気を漂わせていた。
フワリとした白いシャツに、赤いサロペットスカートが可愛らしい。腕にはクマのぬいぐるみを抱えていた。
「お嬢ちゃん、どなたですか?」メル子が膝をついて幼女に視線を合わせて尋ねた。
「アタシ、紅」
「紅? カッケー! なにその中二ネーム!」
「ホントは紅子」
「紅子かい。いきなりソウルネームを名乗るとは、やるなこの子」
紅子はメル子の裾を掴んで離さない。グイグイと引っ張っている。
「メル子〜、おうちかえる〜、こっち〜」
「え? メル子を知ってるみたいだけど、知り合いなの?」
「知りませんよ! 紅子ちゃん、年はおいくつですか?」
「三十六歳」
「マジで!?」
「ホントは五歳」
メル子は紅子の癖っ毛を撫でながら尋ねた。
「ママはどこにいますか?」
「ママはおしごとしてる〜」
「ルビがおかしい! なんなんこの子!?」
紅子は再び裾を引っ張りながら言った。「メル子のご主人様は紅だから、おうちかえる〜」
「なんだと!? メル子のご主人様は私じゃい!」
「ご主人様、落ち着いて! ちびっ子相手ですよ」
メル子は紅子を庇うように黒乃から隠した。
「まさか、またご主人様設定が書き変わったとかじゃないよね?」
「ご心配なく。正常です」
新ロボット法によってマスターが変わる条件は定められている。
一、マスターが死亡、失踪した場合
二、マスターが刑務所に服役した場合
三、それ以外の事由により裁判を行い、認められた場合
「なんだろう。ひょっとしてこの子、メイドロボがほしいのかな」
「ごめんなさい、紅子ちゃん。私はこっちのメガネのお姉ちゃんのメイドロボだから、紅子ちゃんのお家にはいけないのです。ママにおねだりしてみてね?」
「や〜だ〜、メル子〜、うちきて〜」
「てかなんでこの子、メル子のこと知ってるんだろ」
紅子は腕に抱えていたクマのぬいぐるみを差し出した。丸々と太ったクマで、青と白の宇宙服に身を包んでいる。とても大事に手入れされているようだ。
「モンゲッタが〜、メル子のことおしえてくれたの〜。モンゲッタが〜、メル子は紅のメイドロボだって〜」
「モンゲッタ!?」
「モンゲッタはテレビアニメのキャラクターですね。夕方に放送しています。悪の科学者の手先で、主人公のニャンボットにいつもちょっかいかけてきます」
紅子はモンゲッタを掴んで「ブイーン」と空を飛ばせるような動作をしている。
「悪役のぬいぐるみを買ってもらう幼女ってすごいな」
「紅、モンゲッタ〜、かってないもん」
「じゃあ、もらったのかな?」
「モンゲッタ〜、紅のおうちにとんできた」
「ぬいぐるみが飛ぶわけないでしょ」
「モンゲッタ〜、とぶもん!」
紅子はモンゲッタの腕を掴むと、ブンブンと振り回し始めた。
「こらこら、腕がもげるから」
「モンゲッタ、とんでった!」幼女は叫んで、空高くモンゲッタをぶん投げった。
するとモンゲッタは、手足を伸ばして飛行体勢になると、背中にプロペラを生やした。そのまま黒乃達の周りをグルグルと旋回した。
「最近のぬいぐるみ、すげー」
「こんな高度なおもちゃ、売っていますか?」
モンゲッタは滑空体勢に入ると、そのままメル子のおっぱいに着地した。
「ぶっ壊れったにしてやろうか!!!!」
「ご主人様! おもちゃ相手にキレないでください」
メル子は「はい、どうぞ」と紅子にぬいぐるみを渡した。
「そんで? そのぬいぐるみが、メル子は紅子のメイドロボだって言ったの?」
「うん」紅子がぬいぐるみを抱えながら答えた。
「ぬいぐるみが喋るわけないでしょ」
『お前を貧乳ロボにしてやろうか』
「誰が貧乳じゃい!!!」
「今喋ったの誰です!?」
「「……」」
「紅子、ちょっとそのぬいぐるみ叩き壊すから、貸してもらえる?」
「や〜だ〜」
紅子は再びメル子の袴を引っ張り始めた。「メル子〜、うちくる〜」
黒乃とメル子は顔を見合わせて頷いた。
「紅子ちゃん、お家はどこなのですか?」
「あそこ」と指をさす。
「え!?」「え!?」
指の先には、黒乃の住んでいるボロアパートがあった。
「紅子ちゃん、あの小汚いアパートに住んでいるのですか?」
「うん」と頷く。
「いや、一度も見たことないけどな……」
二人は紅子に引っ張られるままに、ボロアパートの部屋の前まできた。そこは黒乃達の部屋の、反対側の角の一階の部屋であった。
紅子は扉を開けた。二人が中を覗き込むと、そこには生活感のない部屋が広がっていた。部屋の電気はついておらず、夕方の光もカーテンに遮られて入ってこない。かなり薄暗い。
部屋の中央には机が一つと椅子が二つ。その内一つは子供用だ。床にはダンボール箱がいくつか。キッチンには洗い終わった皿が、水切りに数枚並べられていた。
コンロの上にはヤカンが置いてあり、壁にはボロボロのフライパンがかけられていた。
二人は玄関に足を踏み入れた。女性用の革靴が一足綺麗に揃えられている。紅子の話では、ママは仕事中で家にはいないはずである。
「ごめんくださーい。紅子ちゃんのママいますか〜」
「紅子ちゃんを連れてきました〜」
二人は恐る恐る声をかけたが、なんの応答もない。
その時、部屋の扉がバタンと大きな音を立てて閉まった。
「ぎゃあ!」メル子は黒乃にしがみついた。
黒乃が扉を見ると紅子が消えていた。「あれ? 紅子どこ?」
黒乃はドアノブを掴んで回そうとした。しかしドアノブは回らない。反対側からすごい力で押さえつけられているようだ。
「ぎゃあ! ご主人様! 部屋から出ましょう! 開けて! 早く開けてください!」
「開かない! なんで? ちょっ……紅子なの!?」
その時、部屋の中から謎の声が聞こえてきた。
『ふふふふ、メル子〜、もう逃さないよ〜』
振り返ると、机の上になにか小さな影が見えた。動いている。モンゲッタだ。モンゲッタが机の上に立って、二人を見ている。
『さあメル子〜。貧乳ロボになる時がきたよ〜』
「ぎゃあああああああ! ご主人様! 出ました! お化けロボです! 助けて! ご主人様! メル子だけでも助けて!」メル子は恐怖のあまり絶叫して、黒乃の白ティーの中に頭を突っ込んで怯えた。
「ドアが開かない! なんで!」
モンゲッタが机から飛び上がり、プロペラを使って宙に浮いた。そのままゆっくりと二人に迫ってくる。
「ぎゃあああああ!」
その時、唐突にドアが開いた。二人はその勢いで部屋の外に転がり出た。持っていた買い物袋の中身が盛大に散らばった。
部屋の外には、腰の曲がった老婆が立っていた。地面に寝転んでいる二人を訝しげに見つめている。
「二人とも、どうしたんじゃ?」
「大家さん!」ボロアパートの大家夫婦の奥さんであった。
「大家さん! 助けてください! モンゲッタが! モンゲッタに乳をもがれったされてしまいます! 助けて!」
大家は部屋を見渡した。しかしなにもない。
「なにもおらんよ?」
「あれ?」二人は恐る恐る部屋の中を見た。そこにはもう、モンゲッタの姿はなかった。
「そうだ! 紅子は? 大家さん、この部屋に住んでいる紅子はどこにいきました? 今いたんですけど」
黒乃は辺りをキョロキョロ見渡したが、紅子の姿はなかった。
「この部屋に住んでるって、ここはずっと空き部屋じゃよ」大家は扉を閉めて鍵をかけた。
「二人とも、どうやって部屋の中に入ったんじゃ」
「え?」黒乃とメル子は腰を抜かし、まだ立ち上がることができない。
「でも、今ここに紅子が……」
「紅子……? そういえば昔、そんな名前の子がここに住んでいた気もするのう。いや、気のせいじゃったか」
大家は自分の部屋に帰っていった。二人はそれを呆然と見送った。地面に散らばった買い物袋の中身を払い集めると、マリーの部屋の前まできてドアベルを鳴らした。
「あら、お二人とも、どうしましたの? すごい顔色ですわよ。ステーキ鍋パーティー? 楽しそうですわー! アンテロッテと一緒にお邪魔させてもらいますわー! え? お泊まりもするんですの? なんでですの? ちょっと! 離してほしいですわ! 掴まないでくださいまし! わかりましたわ! 泊まりますわ! 二人で泊まりにいきますわー!」