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第60話 メイドロボ戦争です! その一

 天気のよい朝。黒乃はのんびりとしたモーニングを楽しんでいた。メル子が置いていってくれたチョリパンを時々かじりながら、窓から外を眺める。

 チョリパンとはアルゼンチンの料理で、極太チョリソーをパンで挟んだシンプルな料理だ。チミチュリという酸味があるソースが味の決め手だ。

 本日メル子は仲見世通りの南米料理店『メル・コモ・エスタス』にいっている。営業日などの打ち合わせだそうだ。


「んめーんめー、これ。パリパリとこんがり焼いたパンと、チョリソーのバリバリの食感が朝の眠気を吹き飛ばすな。ん?」


 ふと窓の外を見ると、青い和風メイド服をブンブンとなびかせ、メル子が走って帰ってくるところであった。ボロアパートの部屋の扉をバタンと開けた。


「ええ? どした?」

「ご主人様……戦争です!」

「なんだと!?」



 仲見世通り(なかみせどおり)浅草寺(せんそうじ)と雷門を結ぶ大人気観光スポットであり、食べ物屋や土産物屋が軒を連ねている。メル子の店はその仲見世通りの中程にある。


「うう……人が多い」

「しっかりしてください!」


 まだ朝にも関わらず、すでに通りは観光客でいっぱいだ。人ごみが苦手な黒乃は、メル子に手を引かれて歩いている。ほどなくすると、メル子の店に到着した。


「見てください、あれを!」


 メル子は自分の店の通りを挟んで反対側を指さした。


「お? なになに? へー、向かいに新しい店ができたのか」


 向かいの店は現在改装中で、正面上にはピンクの下地に黒縁、エンボス加工された白い文字で『アン・ココット』と書かれた看板が設置されていた。全体的に雰囲気はシックで、大人びた外装の店である。


「ほほー、なんの店なんだろう」

「ご主人様……よく見てください」

「なにを?」


 その時、突然この世のものとは思えぬ恐ろしい声が響き渡った。

 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「うわ!? なにこの声!?」

「きます! 用心してください!」

「オーホホホホ! アンテロッテのお店へようこそですわー!」

「オーホホホホ! オープンは明日ですわよー!」


 店からマリー・マリーとアンテロッテが姿を現した。通りのど真ん中にきて、口元に手を当てて高笑いをしている。二人の金髪縦ロールが、通り過ぎる通行人の風圧でふわふわと揺れた。


「まさかここって、アン子の店なの!?」

「もちろんでございますわー!」

「はー、まさか店まで被せてくるとは。さすがに驚いたよ」


 黒乃は改装中の店をまじまじと見つめた。業者の人が忙しなく動いている。なんのお店なのだろうか。店からは香ばしい香りが漂ってきている。


「仲見世通りならまだしも、人の店の前に出店したら、それはもう戦争でしょうが!」メル子は黒乃の白ティーを掴みながら抗議をした。

「こらこら、メル子、落ち着きなさい。相変わらず縄張り意識が強いな」

「フシャー!」


 黒乃はメル子の顎の下を撫でながら看板を見上げて言った。


「『アン・ココット』ってどういう意味なの?」

「おフランス語をもじった言葉で『可愛いアン子さん』って意味ですわ。お嬢様につけていただきましたのよー!」

「徹夜で考えましたわー!」

「「オーホホホホ!」」

「うーん、それもうちと微妙に被ってる気も」


 メル子の店『メル・コモ・エスタス』は『メル子さんお元気?』という意味である。


「実は、アンテロッテが作ったお料理を試食していただこうかと思っておりますわ」

「おお! いいね」

「ご主人様!?」メル子が白ティーをぐいぐい引っ張る。

「なになに、どうしたのよメル子」

「むー!」膨れっ面になるメル子。

「拗ねてないで、二人で仲良く店やればいいじゃないのよ」


 アンテロッテが料理を二皿運んできた。皿の上には四角い料理が乗っている。


「アン子特製のエスカルゴガレットですのよー!」

「ラスカルとゼットン!? なにそれ!?」


 ガレットとは、フランスはブルゴーニュ発祥の料理で、そば粉のクレープのようなものだ。そば粉の生地を円形に広げて焼き、その上に卵、ハム、チーズ、エスカルゴを乗せ、四角く折り畳んだら完成だ。仕上げに、ブール・ブランという酢と、バターをベースにしたソースを上からたっぷりかけていただく。


「さあさ、召し上がりゃんせー!」

「変なお嬢様言葉出た! おおお、なにこれ。クレープみたいだ。いただきます!」


 黒乃はガレットを手に取り、生地に齧り付いた。サクサクという音が食欲を駆り立てる。


「うまーい! サクサクした生地の奥から卵とチーズのトロトロが溢れてくる! さらに、厚切りハムのじゅわじゅわした肉汁がそれらと混ざり合って、一つのワールドを形成しているッ! 極め付けはこのソース。酸味が効いた香り高いソースが、ジャンク感のある食材達を一気に高級感あるものへと押し上げているわ! エスカルゴは食ったことないからよくわかんね」

「ぐぬぬぬ、美味しいです」


 二人はガレットを完食した。その美味しそうな食べっぷりに、野次馬が集まってきた。


「メル子にこんなに美味しいお料理作れましてー!?」

「お嬢様、それは無理というものですわー!」

「「オーホホホホ!」」


 メル子は黒乃の後ろでプルプルと震えている。しかし一歩前に出ると大きな胸を張って言った。


「そこまで言うのなら、勝負です!」

「メル子!?」

「オーホホホホ! 受けて立ちますわー!」


 アンテロッテも一歩前に出た。アンテロッテの方が背が高いため、メル子を見下ろす形になる。


「勝負は明日! 料金は一食千円での勝負です!」


 メル子はさらに一歩前に出た。


「百食売って、どちらが美味しいかの投票で決着つけますわー!」


 アンテロッテも一歩前に出た。


「「おおお〜」」野次馬達が囃し立て始めた。


 二人はさらに前へと進み、二人の胸と胸がくっついた。


「うおおお!」大興奮する黒乃。


 二人は負けじとぐいぐいと胸を押し付けあっている。背の高いアンテロッテの胸がメル子の大きな胸の上に乗る。メル子は下からアンテロッテの胸を押し上げた。

 黒乃は二人のすぐ横に駆け寄り、じっくりとそれを観察した。


「メル子の(アイ)カップのおっぱいがアン子の推定Gカップのおっぱいと戦っているッ! 一見すると大きさで勝るメル子のおっぱいの圧勝のように見えるが、重力を利用したアン子の攻撃により二人の力は拮抗しているッ! 待てよ? 重力……Gravity……重力加速度のG……」


 黒乃は真理を得た。


「そうか! そうだったのか! アン子のGカップのGは、重力加速度のGだったんだ! おっぱいの魅力は母なる地球のGによって引き出されていたんだ! Gがあるからこそおっぱいは完璧な形へと成るのだ!」

「「9.8m/s^2! 9.8m/s^2! 9.8m/s^2!」」


 こうしてメル子とアンテロッテのメイドロボ戦争が始まったのだ!


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