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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第542話 ULキャンプです! その七

 よく晴れた空の下、荒川の土手を二台の電動自転車が疾走していた。二月の風は冷たく、黒乃とメル子の顔面を容赦なく刺した。


「さむっ!」

「寒いです! 今が一番寒い時期ですねえ」


 極寒とはいえ休日。河川敷には大勢の人々が押し寄せてきていた。キャッチボールをする親子、散歩を楽しむ老夫婦、釣りをする小学生、稽古に励むちゃんこ部。寒さを忘れようとするかのように、河川敷は賑わっていた。しかし、黒乃達の目的地はここではない。そのままペダルを漕ぎ、上流へと進む。


 やってきたのはひと気のない川辺だ。ヨシの林は寒さでまばらになり、見通しがいい。枯れたヨシの茎をシャリシャリと踏み締めて、いつもの場所にやってきた。すぐ目の前は荒川の水面。水の冷たさを頬で感じられるくらいに近い。


「ふう、到着!」

「さあ、始めますか! モーニングキャンプとザブトニングを!」


 二人は小さなリュックサック(335g)から、板状のものを取り出した。これはたった73gの座布団だ。地面に置き、その上にケツを落とした。


「ULキャンプ、開始!」


 聡明なる読者諸君からすれば聞き飽きた話だとは承知しているが、改めて説明させてもらおう。

 ULとはUltra Light、超軽量のことで、持っていく荷物を極端に軽くするスタイルをさす。

 モーニングキャンプとは、デイキャンプ(日帰りキャンプ)をさらにライトにしたもので、午前中で帰るスタイルだ。

 ザブトニングとは、椅子だけでキャンプをするチェアリングをさらに推し進めたもので、座布団だけでキャンプを楽しむ。

 これらを組み合わせたキャンプスタイルは黒乃独自のものであり、いわば黒乃キャンプ、いや、『くろキャン』と呼ぶにふさわしいであろう。


 二人は寒さに震えながら準備に取り掛かった。まずは炭起こしからだ。リュックから取り出したのはチタン製の小さな炭火台だ。重さわずか300gで、黒乃の手作りである(491話参照)。手早く組み立て、中に岩手切炭(いわてきりずみ)を並べていく。その中心に火のついたキューブを放り込む。天然成分だけで作られた固形着火剤だ。


「これで二十分間放置すれば炭起こしは完了」

「簡単ですねえ」


 二月の冷たい風が二人の間を走り抜けた。炭を炙る炎が揺らぎ、パチパチと軽快な音を立てて爆ぜた。


「ご主人様はなにを作りますか?」

「ふふふ、ご主人様はね、焼き鳥を作るよ」

「いいですね! 私はとんじるを作ります!」

「おお! 寒い日のぶたじるはたまらんよね」


 炭が起きるまでは調理の準備だ。出掛けにスーパーで買ってきた鶏肉を、折りたたみナイフ(32g)で刻んでいく。


「そのナイフ、なにか黒いですね?」

「これね、肥後守(ひごのかみ)ね。昭和の人達はみんな持っていたらしいね。ご主人様はそれを黒サビ加工したのだ」


 二十二世紀現在では、肥後守を作っている工房は兵庫県の一軒しかない。手頃な価格の高品質ナイフは世界的にも人気があり、海外にもコレクターが多く存在する。

 黒乃はその肥後守に黒サビ加工を施した。濃い紅茶に酢を混ぜ、そこにナイフの刃を一晩浸けるのだ。すると、刀身が真っ黒にコーティングされる。この黒サビは赤サビの進行を抑え、刃が腐食するのを防いでくれるのだ。


「ぐへへ、黒くてかっこいいでしょ?」

「黒いからかっこいいというのは、中学生の発想では……」


 ただし注意が必要だ。黒サビ加工はサビの発生をある程度防いでくれるだけであり、結局は日頃のメンテナンスの方が重要であること。そして正しい知識なしにナイフに加工を施すことは、ナイフ本来の性能を損なう結果になりかねないということだ。


 その漆黒の肥後守で食材を切り終えたなら、次は串打ちだ。肉を竹串に刺していく。


「メル子、知っているかい? 焼き鳥の世界には『串打ち三年、焼き一生』という言葉があってね」

「はあ」

「三年間修行した(嘘)ご主人様の串打ちの妙技を見よ!!!」

「うるさっ」


 串打ちの基本はまず、肉の中心を貫くことだ。重心がずれていると、肉が回転して抜けやすい。そして繊維に対して直角に刺す。加熱による肉の収縮で、隙間ができるのを防げる。最後に、串は蛇のように肉の内部をくねらせて打つ。真っ直ぐ刺すと、簡単にすっぽ抜けてしまうのだ。これには熟練の技が必要である。


「ふうふう、打てた……」

「お疲れ様です」


 必死の黒乃の横で、メル子は手慣れた手付きで豚汁の作業を進めていた。肥後守でダイコン、ニンジン、ネギ、コンニャク、豚バラを刻む。


「あれ? ゴボウは?」

「……」

「ねえ、ゴボウは? ぶたじるにはゴボウが必須でしょ?」

「……忘れました(嘘)」

「ええ!? 残念だなあ」


 実はメル子はゴボウが大の苦手であり、まったく食べられないのだ(287話参照)。

 そうこうしているうちに、炭起こしが完了した。炭が白い灰に覆われ、真っ赤に輝いている。遠赤外線が飛び出してくるのを肌で感じた。目の前の荒川の水面から漂ってくる冷気は、炭の熱気によって遮られた。


「ひょー! あったかい!」

「温かいです!」


 二人はチタン製クッカー(188g)を炭火台に乗せた。メル子は豚汁の具材炒め、黒乃は焼き鳥のタレ作りだ。300gの炭火台にもかかわらず、幅が30センチメートルもあるので同時調理が可能だ。


「ごま油でしっかりと具材を炒めます。とんじるの肝はこの炒めにあります! 野菜を油でコーティングすると、旨みが閉じ込められ、香ばしさが加わり、煮崩れしにくくなるのです!」

「あれ? 豚バラは炒めないの?」

「豚を炒めるやり方もありますが、今日は柔らかさを重視して、肉だけは煮る方式にします!」

「ほえー」


 黒乃は熱したクッカーにみりんと砂糖を加えた。あっという間に泡立ち、あたり一面に甘い香りを撒き散らした。


「これこれぇ!」

「いい香りです!」

「ここでしっかり砂糖をカラメル状態にする!」


 砂糖を熱するとカラメル化するが、ここにみりんのアミノ酸が加わるとメイラード反応が起きる。これにより、圧倒的な香ばしさと美しい焼き色が生まれるのだ。


「あとは醤油と酒を入れて軽く煮詰めれば、タレの完成だ!」

「ちょっと、ご主人様! 狭いですよ! クッカーをもう少しそっちに寄せてください!」

「いや、これ以上いったら落ちるって」


 いくら広めの焼き面とはいえ、二人が同時に使うとなると狭い。メル子は黒乃を押し退けながら、クッカーを振った。


「野菜が炒まりましたので、ここで水を注ぎます」

「よし! タレは完成!」


 一足早くタレは作り終えた。豚汁は煮込みの工程に入る。しばらくのんびりとした時間が流れた。豚汁が煮える音、川のせせらぎ、鴨が羽ばたく音。動くものは少ない。風で揺らぐヨシの林、遠くを走る自動車、はるか彼方を飛び去る飛行機。大都会の中で、ここだけ時が止まっているかのような錯覚を覚えた。


「いや〜、いいね」

「真冬のキャンプも乙なものですね」


 いよいよ豚汁は最後の仕上げだ。さっと調味料を入れ、もう少し煮込めば完成だ。


「よし! じゃあご主人様は焼きに入るかな!」

「お願いします!」


 黒乃は串を焼き面に置いた。途端に激しい音が鳴った。


「鳴いてる、鳴いてる!」

「鶏が鳴いています! コケー!」


 炭火に炙られた鶏が脂を垂らした。脂は炭の熱で爆発するように煙と化し、その煙は串を包んで肉を燻した。


「香ばしい!」

「ご主人様! タレをお願いします!」

「ほいきた!」


 黒乃は串をタレの中に突っ込んだ。官能的なとろみを纏った串を、再び炭の上に戻す。これまでとは桁違いの煙と香りが炸裂した。


「うおっ! もう煙がおいしい!」

「ここは焼き鳥屋さんですか!?」


 網の上で串を回した。その度に新しい音色が奏でられた。タレをつけ、串を返す。タレをつけ、串を返す。


「なんだこれは!? 楽器の演奏か!?」

「ピアノです! これはピアノの演奏です! 焼き鳥とは、大自然のリサイタルだったのです!」


(焼き鳥を焼いている様子は作者のXに投稿されているから、見てみてね)


 いよいよ串も豚汁も仕上がった。チタン製のシェラカップ(46g)に豚汁をよそった。


「では、いたーだきーま……んん!?」


 黒乃はシェラカップの中を見て仰天した。


「ええ!? メル子、なにやってるの!?」

「どうかしましたか?」

「ハハハハ」

「ワロてますが」

「味噌、味噌ぉ! お味噌を入れ忘れてるよ! これじゃぶたじるにはならないよ! もうメル子ってば、メイドロボのくせにおっちょこちょいだなあ」

「これは醤油味のとんじるですが」

「なんだと!?」


 黒乃はシェラカップを持ったままプルプルと震えた。


「醤油味!? ぶたじるが醤油味!? ぶたじるは味噌に決まっているでしょ!?」

「ご主人様の出身の関西ではそうなのかもしれませんが、私はチャキチャキの江戸っ子ですので。醤油味もあるのですよ」

「そんなばかな!」

「いいからお食べになってください」

「ハァハァ、そういうものか」


 黒乃は恐る恐る未知への扉を開けた。


「うおっ!? なんだこれは!? キレ! ぶたじるにキレがある! 味噌のまろやかな味わいとは違う、すっきりとしたキレがある!」


 黒乃は豚バラを頬張った。


「柔らかい! とろけるようだ! 炒めていないからこその柔らかさ! そして、この野菜の旨み……そうか! この野菜の旨みを活かすための醤油なのか!」

「ふふふ、お気付きになられましたか。これが醤油の力です。味噌は全体をまとめますが、醤油は個を際立たせるのです」


 続いては焼き鳥だ。網の上の串を摘み、天に掲げた。


「光り輝いています! ではいただきます!」


 メル子は前歯で串を挟み込んだ。そして引き抜く。口の中に残された肉は、メル子の舌の上でとろけるように広がった。


「んん!? 甘い! まずくるのはタレの甘さ、そして香ばしさ! これはモモですね! このジューシーさと歯応え! おいしい!」


 メル子は今度は横から串に齧り付いた。そして引き抜く。


「楽しいです! 串から肉を引き抜くたびに、喜びと楽しさを感じます!」


 メル子は次の串に手を伸ばした。そして齧り付く。


「これはレバーですね! やわらかくて濃厚な味わいです! こっちは皮ですか! 脂の旨みと食感がたまりません! 次々と口の中に違うおいしさが飛び込んできます! これはまさに鶏のオーケストラ! コケーコココ!」


 黒乃とメル子は焼き鳥と豚汁を貪った。串は剣、カップは盾だ。二人は荒川を根城にする蛮族だ。これは勝利の宴だ。もう少しも寒くない。


 その時、宴の篝火を凍てつかせるような、絶対零度の声が河原を這い回った。


 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「ぎゃあ! なんですか、この声は!?」

「オーホホホホ、ホッホホホッホ! ずずずずずいぶんお賑やかかかかかですのねーねねっね!」

「オーホホホホ、ホホッホッホ! カルガモももも飛んで逃げますすすすわいななななー!」

「こっちだ!」


 黒乃はヨシの林をかき分けた。するとすぐ隣に、金髪縦ロールのお嬢様たちが寝そべっていたのだった。


「なにしてるの!?」

「なにっててて、ジベタニングに決まっていますわわわよー!」

「黒乃様達はそんなにににお道具をたくさん持ち込んで、ULおキャンプが泣きますわわわわえー!」


 ジベタニングとは、黒乃のザブトニングのさらに上をいく概念で、地べたに直接寝転ぶスタイルをいう。マリーが考案した究極のULキャンプ、いや、Zero() Weight()キャンプと呼ぶべきものだ。


「「オーホホホホ、ホホホッホホ!」」

「お二人とも、凍えているではありませんか!」

「そりゃ、真冬に川辺で寝転がってたらこうなるわな」


 黒乃は、凍結寸前のマリーに豚汁のカップを手渡した。メル子はアンテロッテに串を握らせた。


「ほら、食べて温まりな」

「アン子さんも食べてください!」

「よよよよろしいのですの?」

「もちろんです!」

「ありがたいですわー!」

「おいしいですわー!」

「「オーホホホホ!」」

 

 温かい料理を分け合えば、喜びも分け合える。それがキャンプの醍醐味。それがキャンプの真髄。それがキャンプのトッカータ。


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