第541話 カードゲームを作ります! その一
浅草寺から数本外れた静かな路地に、三人のメイドロボがいた。一人は、青い和風メイド服が爽やかなメル子。一人は、クラシカルなヴィクトリア朝メイド服が麗しいルベール。もう一人は、茶摘み娘風メイド服が初々しいチャコシー。三人は箒を手に石畳を掃除していた。
「メル子さん! こんな感じですか!?」
「上手ですよ。チャ子ちゃんは飲み込みが早いですね」
「ありがとうございます!」
先輩メイドロボに箒さばきを褒められた小さなメイドロボは、調子に乗って箒を剣のように振り回した。
「いけませんよ。メイドロボはおしとやかにしませんと」
「あ! はい! えへへ」
大先輩メイドロボのルベールに嗜められて、小さなメイドロボはもっと小さく縮こまった。
その時、隣の古民家から怒声が漏れ出てきた。
『貴様らーッ!!!』
「わぁ!? なんですか!? 事件ですか!?」
声の出どころはもちろん、ゲームスタジオ・クロノス事務所だ。チャコシーは大きな目を丸くした。
「ご心配なく。いつものことです。浅草の名物と言ってもいいかもしれません」
クスリと笑うルベールにつられて、チャコシーも安心の笑顔をこぼした。メル子は恥ずかしさで顔を赤くした。
「貴様らーッ!!!」
白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽは、立ち上がって叫んだ。
「シャチョー!? ドウしまシタ!?」
頭の発光素子を激しく明滅させて驚いたのは、見た目メカメカしいプログラミングロボのFORT蘭丸だ。
「……うるさい」
青いロングヘアを赤く変色させた子供型ロボットは、お絵描きロボのフォトンだ。
「先輩、なにかありましたか?」
黒乃の向かいの席から覗き込んできたのは、厚い唇とタイトなスーツが色っぽいディレクター、プランナー、会計、事務、人事をすべて兼ねる才女、桃ノ木桃智だ。
「くくくく」
「……クロ社長がワロてる」
黒乃は巨ケツのポケットから、カードの束を取り出した。
「先輩、それは?」
「完成したんだよ」
「ナニがデスか!?」
「MERCOの試作品が完成したんだよ!」
MERCOとはゲームスタジオ・クロノスが開発中のカードゲームだ。全方位型多機能カードゲームと銘打たれており、今までにない拡張性を備えていることが大きな特徴だ。
「モウできたんデスか!?」
「……早い」
「八又産業のアイザック・アシモ風太郎先生の研究室に突撃をしかけたら、快く優先して作ってもらえたよ。ガハハ!」
その時の様子がありありと目に浮かんだ社員達は、顔を青くした。
一同は作業部屋の隅に設置されているテーブルに集まった。黒乃はその上に二つのカードの束を置いた。
「ところで皆の衆、トレーディングカードゲーム(TCG)の経験はあるかね?」
「あんまりアリまセン!」
「……カードがきれいだから集めてたことはある」
「私は学生時代に少しやった程度です」
「ふむふむ、では全員素人として話を進める!」
黒乃はフォトンにカード束の一つを手渡した。もう一つは桃ノ木へ。
「せっかくだから、プレイをしつつ説明しよう。私と桃ノ木さんの人間チーム。フォト子ちゃんとFORT蘭丸のロボットチームに別れて戦おう。フォト子ちゃん、桃ノ木さん、カードの枚数を数えてもらえるかな?」
「六十枚です」
「……六十枚」
「オーケー!」
この六十枚のカードは『デッキ』と呼ばれるもので、これを使用してプレイを行う。一般的に、六十枚前後でデッキを組むTCGが多い。自分で好きなカードを自由に選択できるが、同じカードは特定枚数まで、特定のグループからは一枚しか選べないなど、制限が存在する場合もある。
「先輩、カード以外に道具はいらないんですか?」
「いい質問だ!」
TCGはカードで遊ぶものではあるが、プレイを補佐するための道具をいくつか使用する場合もある。まず、ライフポイントやダメージを表すカウンター。プレイの状態を表すために置くマーカー。ランダム要素を演出するサイコロなどがある。
「MERCOでは、カード以外の道具はいっさい使用しない! これはMERCOがとてつもない拡張性を備えているからだ。拡張のたびに道具が増えていくと、管理しきれなくなる。だからMERCOは、カードだけでプレイできることを必須要件とする! では二人とも、デッキの一番上のカードをめくってくれ」
「先輩のカードです!」
「……あ、マリーちゃんのカードだ。ボクがデザインしたやつ」
それぞれのカードには、黒乃とマリーのイラストが描かれていた。
「イヤァー! マリーちゃんのカード! ほしいデス!」
「ハァハァ。先輩、これもらって帰っていいですか?」
「こらこらー! 今から説明するから! これはメインマスターカードね」
MERCOではカードは三種類に大別される。マスターカード、ロボットカード、サポートカードだ。サポートカードはさらに、グルメカード、土地カード、ハイテクカード、スキルカードなどに分けられる。
「メインマスターカードがこのゲームの命ね。このカードがやられたら負けだから」
「先輩、カードの四辺に数字が書いてありますね?」
黒乃のカードの上辺には『5/4』、左辺には『5/5』、下辺には『6/5』、右辺には『7/6』という表記があった。
「これは攻撃力と防御力を表している。スラッシュの左側が攻撃力で、右側が防御力だ」
「シャチョー! ドウして、四つあるんデスか!?」
「それはカードの向きによって数値が変わるからだ。対戦相手側に向いている辺の数値が採用されるのだ」
「……ゲーム中にカードの向きが変わるの?」
「そのとおり! ダメージを受けたカードは、時計回りに九十度回転させる。そして一回転したカードは死亡扱いとなる」
「なるほど。カードの向きがそのままライフを表しているんですね?」
「そう! つまり、基本的に各キャラのライフは四で統一されることになる。だから、ダメージカウンターが必要ないんだ」
一般的なTCGでは、カードやプレイヤーのダメージを表現するのに、ダメージカウンターなどの道具を必要とする。そしてこれらの管理は、けっこう面倒なのだ。
「シャチョー! ダメージ表現はナノマシンに任せればイイじゃないデスか!?」
「それも考えたけどね」
MERCOで使用されるカードは、ソラリスコート加工という特殊なコーティングが施されている。ロボローションに含まれるナノマシンが、カードを保護している。そして、このナノマシンをデバイス経由で制御すれば、カードに数値を表示することも可能なのである。
「だが、それはしない」
「ナゼデスか!?」
「カードゲームはアナログだからいいんだよ。あまりデジタル的な要素を前面に出してしまうと、『萎える』んだよな」
物理的なカードだからこそ味わえる体験。カードゲーマーやボードゲーマーは、そういった部分を重視する。デジタルな要素が多いと、だったら全部デジタルでいいと言われかねない。
「……ちょっとわかる」
「ふふふ、さすがフォト子ちゃん。さて、まずはメインマスターカードが『場』に出たね。このカードを守りつつ、相手のメインマスターカードを倒さなくてはならない。では次に、デッキから手札を五枚ドローしようか」
TCGでは、ゲームのフィールドは四つに分かれる。山札、捨て札、手札、場だ。山札は構築したデッキのことだ。捨て札は使用したカードを捨てる場所だ。手札は山札から引いたカード群で、手に持つ。場はいわば戦場。手札という自陣から、兵士を戦場に送り出すのだ。
「じゃあ、桃ノ木さん。手札にロボットカードはあるかな?」
「メル子ちゃんのカードがありますね」
「それを場に出そうか。黒乃カードの上に並べてね」
ここがMERCOの肝である。基本的に戦闘を行うのはロボットの役目だ。そしてロボットはマスターがいないと場に出せない。つまり、マスターカードとロボットカードはセットで使用しなければならない。
「先輩、この『刺股』は出せそうですね」
「いいね! それはロボットの攻撃力を高めるカードね。じゃあメル子の横に配置しようか」
刺股カードはサポートカードの一種だ。サポートカードはマスターかロボットに対して、接続するように設置する。
「他に出せるカードはあるかな?」
「なさそうです」
「なら次はアクションだね」
手番では以下の順で行動する。
・山札からカードを一枚引く
・カードを場に出す
・アクションを行う
場に出せるカードは、一ターンにつきマスターカードとロボットカード一枚ずつだけだ。サポートカードは条件が揃っているなら何枚でも出せる。
カードを出し終えたなら、次はいよいよアクションだ。相手への攻撃、アイテムの使用、スキルの使用が行える。相手へ攻撃できるのは、マスターとロボットがセットになっている場合だけだ。
「では、黒乃・メル子ペアでマリーちゃんを攻撃します」
「残念。カードを出したターンでは攻撃はできないんだ。速攻スキルなんかをつければ別だけどね」
「なるほど」
続いてフォトンのターンだ。
「……うふふ、アン子ちゃんのカードを出す。これでマリー・アン子ペアができた」
「フォト子ちゃん! マッチョマスターも出せマスよ!」
その後、いくつかのサポートカードを設置した。
桃ノ木のターン。
「ではいよいよ、黒乃・メル子ペアでアン子ちゃんを攻撃します」
攻撃の判定方法は実に単純。攻撃側の攻撃力が、相手の防御力を超えていればダメージが入る。
「えーと、メル子ちゃんの攻撃力が3で刺股の攻撃力が2だから、合計5ね」
「……うふふ、アン子ちゃんは『鋼鉄の縦ロール』で防御力がアップしているから、防御力は合計6」
「やりまシタ! ダメージなしデスね!」
「桃ノ木さん。ロボットはマスターのライフを犠牲にすることで、マスターの攻撃力を上乗せできるよ」
「先輩を犠牲にするなんてできません!」
「いや、ゲームだから」
「わかりました」
桃ノ木は躊躇なく黒乃のカードを九十度回転させた。これで黒乃の攻撃力5が加わり合計10。見事ダメージを与え、アンテロッテのカードを回転させた。同時に刺股カードも回転させる。サポートカードの使用回数は決まっているのだ。
「先輩。ロボットを倒すには、必ず四回攻撃を成功させないといけないんですか?」
「そうとも限らない。スキルによっては二回攻撃できたり、一度に二つの防御力にダメージを与える貫通攻撃なんてのもある」
フォトンのターン。
「……うふふ、蘭丸のカードを出そ」
「イヤァー! マッチョマスターとペアになりまシタ! ルビーはイナイの!?」
「……さらに、グルメカードの『うどん』を蘭丸にセット。これで蘭丸がすぐに攻撃できる」
FORT蘭丸の攻撃力はたったの1。メル子の防御力は3だ。
「……蘭丸クソ弱い。マッチョマスターのライフを犠牲にして攻撃力を上乗せする。これで攻撃力51。しかも、マッチョマスターはデフォルトで三段貫通攻撃スキル持ちだから、メル子ちゃんのライフは残り1」
「さすがボクデス!」
「さすがマッチョマスターね。痛いわ」
メル子のカードが三段階回転した。瀕死だ。
「ああ、フォト子ちゃん」
「……なに?」
「マッチョマスターの攻撃力上乗せは、防御力10以下のロボットに使うと、ワンパンでご臨終なんだよね」
FORT蘭丸のカードは、あえなくスクラップ工場送りとなった。
「イヤァー! ひどいデス!」
こうして戦いは進み、結局マッチョマスターがロボットを犠牲にする戦法で、黒乃はご臨終となった。メインマスターカードが沈んだので、桃ノ木チームの負けだ。
「先輩! ごめんなさい!」
「あらら、マッチョマスターは強過ぎたか。調整しないと。さて、遊んでみてどうだった?」
「楽しかったデス!」
「……ルールがシンプルで覚えやすい」
「先輩。充分面白いんですが……」
桃ノ木は視線を下げながら言った。
「うん、なになに? 遠慮せずに言ってよ」
「はい。あまりにシンプル過ぎて、特徴に欠けていると感じました。色々なTCGのいいところを、寄せ集めたような印象です」
「ふむふむ」
黒乃はニヤリと笑った。
「さすが桃ノ木さん。それは意図したことだよ」
「ドウいうことデス!?」
「言ったでしょ? MERCOの最大の特徴は拡張性なんだよ。今プレイしたのはあくまで基本ルール。基本システムは、極力シンプルでないといけないんだ」
「……どういう拡張があるの?」
「例えば、ダンジョン探索要素をここに付け加えることもできるんだよ。ダンジョンカードを並べて、その中をロボットに探索させる。相手を罠にはめてもいいし、挟み撃ちにしてもいい。攻城戦の拡張なんかもいいね」
「面白そうデス! MERCOには、他にどんな拡張がありマスか!?」
「それをお前らが考えるんじゃろがい!」
「イヤァー!」
その時、作業部屋にメル子が飛び込んできた。
「みなさん、なんですかさっきから! メル子を拡張、メル子を拡張! なにをしようとしていますか!?」
「女将サン、誤解デス!」
「……お腹ロボペコ。お昼まだ?」
「ちょうどできましたよ!」
MERCOの開発は始まったばかり。しっかり食べて、これから吹き荒れるであろう大嵐に備えよう。




