第539話 新たなるメイドロボです!
正月にしては暖かな午後。ゲームスタジオ・クロノス事務所は、いつものように業務に追われていた。
「FORT蘭丸ゥ!」
「ハイィ!?」
「アプリの進捗はどんな具合じゃい!?」
「順調デス!」
見た目メカメカしいロボットのFORT蘭丸は、頭の発光素子を激しく明滅させた。
「まぶしッ!」
「ゴメンナサイ! デモ、シャチョー! ドーしてカードゲームなのに、アプリが必要なんデスか!?」
現在黒乃達は、新カードゲームプロジェクト『MERCO』を立ち上げ、製作中だ。全方位型多機能カードゲームと銘打たれたこれは、もちろん紙のカードを用いてゲームをプレイする。しかし、FORT蘭丸が作っているのは、デバイスで動くカードゲームアプリだ。
「なんでって、アプリがあれば紙のカードをいちいち作らなくても、テストプレイができるじゃろがい」
「ジャアもう、アプリを発売すればイイじゃないデスか!」
黒乃は両手を天に向け、首を振った。
「わかっとらんな、FORT蘭丸よ。紙のカードで遊ぶから、いいんじゃあないか」
そう、カードゲームは紙だからこそ価値があるのだ。電子データでは感じられない手触り、匂い、重さ、味。すべてをデバイス上で済ませてしまうこの時代だからこそ、紙媒体はエキサイティングなのだ。
「……クロ社長」
「どしたん? フォト子ちゃん」
青いロングヘアがかわいらしい子供型ロボットのフォトンは、自慢げに自分のモニタを指さした。
「……えへへ。カードデザインできた」
「ほう、どれどれ? うわっ!?」
黒乃がモニタを覗き込むと、そこには世にも恐ろしいモンスターが描かれたカードが表示されていた。
「きんもっ!」
「……えへへ。傑作」
「リテイク、リテイクゥ! もっとかわいくしてぇ!」
「……かわいいのに」
しょんぼりとするフォトンに代わるように、向かいの席の桃ノ木が声をかけてきた。
「先輩、八又産業からメッセージです」
「ほう、なにかな?」
「ソラリスコート加工の製造ラインの目処が立ったそうです」
「きたか!」
ソラリスコート加工とは、カードに対して施す特殊加工のことだ。圧倒的な耐久性に加えて、自動修復機能をもたらす。その他にも様々な機能を有する。
それらの機能は特殊なナノマシンによって実現される。通常ナノマシンは非常に高価で、紙のカード一枚一枚に対して施すのにはあまりにコストが高い。しかし黒乃は『ソラリスの海』からローションを汲み上げる手法を発案した。ソラリスの海とは、浅草の地下貯水池に埋蔵されているロボローションのことだ。これを利用することにより、圧倒的なコストダウンを実現したのだ。
「よしよし、技術基盤は出揃ってきたな」
「先輩、いよいよ始まりますね」
「うむ!」
ゲームスタジオ・クロノスの処女作『めいどろぼっち』は浅草の壊滅という信じられない結果で幕を閉じた。今度はそのような失敗は許されない。MERCOはなにがなんでも成功させなくてはならないのだ。
黒乃は白ティーを正し、椅子に深く座り直した。その時……。
「たたた、大変です!」
事務所に金髪巨乳メイドロボが駆け込んできた。
「お帰り、メル子。なんかあったの?」
「ごごご、ご主人様! えらいことが起きています!」
「こらこら、メル子。うちの作品ではどもらないのが基本ルールでしょうが」
「ご主人様! 外にメイドロボが倒れています!」
「ななな、なんだってー!」
黒乃とメル子は事務所を飛び出した。浅草寺から数本外れた静かな路地は、人っ子一人見当たらない。事務所の隣はルベールの紅茶店『みどるずぶら』。その隣の建物の前にロボットはいた。
「アレ!?」
「アレです!」
二人はうつ伏せに倒れているメイドロボに駆け寄った。
「コレ!?」
「コレです!」
それは子供型ロボットだった。フォトンと同じくらいの大きさだろうか。
「誰!?」
「初めて見るロボットです!」
目の前の騒ぎに気が付いたのか、小さなメイドロボはむくりと起き上がった。
「ふぁー、よく寝ました」
「寝てたんかい! どうして浅草のロボットは道端で眠るんだ……」
「こんにちは! あなたはどなたですか!?」
メル子は、謎のメイドロボの手を取り立ち上がらせた。彼女はメイドロボらしくしゃんと姿勢を正すと、こまっしゃくれた態度でお辞儀をした。
「こんにちは! 私はチャコシーと言います! チャ子って呼んでください!」
「チャコシー!? かわいい!」
「かわいいです!」
紺色の着物は長半纏と呼ばれる膝下までくるもので、それを真っ赤な前掛けでまとめている。肩にはたすきが巻かれ、袖からは紺色の手甲が伸びていた。純白の髪の毛は、同じく純白の手ぬぐいによって覆われていた。
「これはあれだ!」
「茶摘み衣装ですね! 茶摘み娘風のメイド服です! かわいいです!」
黒乃とメル子は、突然現れたメイドロボにうっとりと見惚れた。子供型ロボットらしいクリクリとした目が、興味深そうに二人を見つめていた。
「チャ子ちゃんはどこのメイドロボさんですか!?」
「はい! ここです!」
メル子の問いかけに、チャコシーは後ろの建物を指さした。みどるずぶらの隣、クロノスの二つ隣の古民家だ。
「おや? ここは空き家だったよね?」
「はい! チャ子はここで働くことになりました!」
「ほえー、ご主人様は誰なんだろう?」
「チャ子のご主人様は宗匠です!」
「宗匠? 宗匠ってなに?」
「ご主人様。宗匠というのは、茶道の偉い人のことですよ」
茶道、華道、香道などの文芸に秀でた指導者を宗匠と呼称する。茶道で言えば家元、歴史的に有名な人物で言えば千利休がそう呼ばれる。
「そんな偉い人がここに住むのか」
「どなたでしょうね?」
その時、当の古民家の戸が開き、中から一人の女性が姿を見せた。
「あてどすえ」
「ん?」
「ええ?」
中から現れた女性は、しゃなりしゃなりと歩いた。白髪を頭の上で結い上げ、桜吹雪の扇子で口元を隠している。黒いセーラー服はよく見慣れたものだ。
「茶柱さんじゃん!」
「茶鈴ちゃん、こんにちは!」
「黒乃はん、メル子はん、おいでやす」
茶柱茶鈴。ロボヶ丘高校三年生。通称茶々様。茶道部の部長だ。
「宗匠!」
チャコシーは茶々様の腰にしがみついた。嬉しそうにセーラー服に頬を擦り付けた。
「もしかして、チャ子のご主人様って茶柱さんなの!?」
「そうどすえ」
「いつの間にロボットを購入したのですか!? というか、未成年はロボットのマスターになるのは難しいのでは!?」
新ロボット法により、ロボットのマスターには条件が定められている。まず、ロボットのマスターに相応しい人物であること。人格、経済力、職業、犯罪歴、様々な要素で審査される。一般的には未成年がマスターになることは難しい。
「あてはもうすぐ高校を卒業するさかい、成人どすえ」
「ああ、そりゃそうか」
「いやでも、高校生がマスターになるパターンはあんまり……」
なにかを感じ取ったメル子は口をつぐんだ。疑惑はまだある。そもそも子供型ロボットもかなりのレアケースだ。特殊な理由がない限り、製造はされないはずだ。
「チャ子ちゃんはどこで製造されたのですか?」
日本はロボット製造大国であり、世界のシェア五割を占める。八又産業、クサカリ・インダストリアル、イズモ研究所などの大企業が軒を連ねている。
「わかりまへん」茶々様はしれっと答えた。
「え?」
「この前拾うたばっかりやさかい、知らへんどす」
「拾った!?」
「隅田川をどんぶらこ〜流れてきたさかい、拾うたりました」
「桃じゃないのですから!」
黒乃とメル子の顔が青くなった。妹の鏡乃から、ただならぬ人物であるということは聞いていたが、そのとおりのようだ。
「ひょっとして、この前チャーリーが助けたっていうロボットなのかな?(537話参照)」
「正解どす」
「……」
「……そうだ。チャ子の髪の毛きれいだねえ。ご主人様と同じ白髪だあ」
黒乃は慌てて話題を変えた。そう言われたチャコシーは、嬉しそうに自分の髪を触った。
「植え替えましたえ」
「え?」
「元々黒髪やったんやけど、白髪に植え替えましたえ」
「……なぜにそのようなことを?」
「あてに寄せた方が、らしおすやろ?」
「……」
「……チャ子ちゃん! どうして川をどんぶらこしていたのですか? どこからきたのでしょうか?」
メル子の無邪気な問いは、チャコシーを傷つける結果になった。チャコシーの青々とした茶葉のような笑顔は消え失せ、発酵した茶葉のように硬直した。
「……思い出せないんです」チャコシーはプルプルと震えながら言った。
「なぜ私が流されていたのか……宗匠に出会う前のことは思い出せないんです……」
黒乃とメル子は顔を見合わせた。どうやら、聞いてはならないことを聞いてしまったようだ。ロボットにはロボットの人生がある。うかつに他人が踏み込むべきではない領域というものが存在する。
「あてが消しましたえ」
「え?」
「え?」
「あてがチャ子の記憶を消しましたえ」
黒乃とメル子は鯉のように口を開閉させたが、言葉はなにも出てこなかった。
「あてと出会う前の記憶なんて邪魔どすから、消しました」
「……」
「……ああ、そう言えば! 茶柱さんはこの古民家に引っ越してきたの? 高校を卒業したら、ここから大学にでも通うのかな?」
「あては進学しまへん。ここでお店を始めるつもりどすえ」
「お店!?」
「なんのお店ですか!?」
茶々様は怪しい笑顔を見せた。チャコシーに命じると、小さなメイドロボは湯の中を泳ぐ茶葉のように踊り、古民家の戸を開けた。黒乃とメル子は恐る恐るその中を覗き込んだ。
「ああ!」
「これは!」
玄関の土間の先には、古風な作りの和室が広がっていた。畳が敷き詰められ、部屋の真ん中には炉が埋め込まれていた。棚には茶筒が数え切れないほど並べられていた。
「茶室だ!」
「茶室です! いい香りがします!」
「あてはここで、お茶屋さんを始めるつもりどす」
黒乃とメル子は衝撃を受けた。話に聞くところによると、彼女の実家は老舗の製茶会社なのだそうだ(450話参照)。となれば、これは理にかなった話だ。
「しかし、ルベールさんの紅茶店の隣に日本茶屋さんとはなあ」
「命知らずですね……」
「四月から本格的に営業を開始するさかい、よろしゅうおたのもうします」
茶々様は、黒乃に緑茶の入った筒を手渡した。
「ええ? ああ、うん」
「よろしくお願いします……」
二人は、搾り尽くされた茶葉の出涸らしのような気分で事務所に戻った。




