第524話 DYING ROBOT その二十五
特別合同課外授業二十四日目の夜。
第十二デッキ、生徒会本部。会議に参加していた面々の頭の上に、クエスチョンマークが咲き乱れた。長い静寂のあと、最初に口を開いたのは帰宅部部長茶柱江楼だ。
「なんて言った?」
江様は姉の手の下にあるものを交互に見た。右手の下にあるのは、紅子の写真の束。左手の下にあるのは、茶封筒。
「どっちかを選べ?」
「そうです」
生徒会長茶柱初火は、青い顔で言った。
「意味がわからねえ。ぶっコロすぞ!」
「そのお手紙にそう書いてあるんですの?」
マリー・マリーは封筒に手を伸ばした。初様はおとなしく手紙を渡した。マリーは素早く手紙に目を走らせた。読み終えた時には、初様と同じ顔色になっていた。
「これは……ひどい選択ですの」
「ああ!? よこせ!」
「なんですか!? ちゃんと説明してください!」
「鏡乃にも読ませて!」
江様と小梅と鏡乃が同時に手紙に手を伸ばしたが、先に初様が取り上げてしまった。
「説明します」
気を取り直した初様が皆を見渡した。
「この手紙は……署名はありませんが、アインシュ太郎博士からのメッセージで間違いないでしょう」
「お手紙はこの島に送られてきたにもかかわらず、無傷ですの。こんなことができるのは、量子状態を知り尽くした博士だけですの」
「そんで、なんて書いてあるの!?」
鏡乃は身を乗り出して聞いた。
「救助方法です。美食丸『だけ』を、島の外に排出することが可能だそうです」
その言葉を聞いた三人は顔を見合わせた。
「だったら、もう事件は解決じゃねーか」
「おうちに帰れるんでしょ?」
「やりましたね!」
そう言ったあと、三人は紅子の写真を見た。
「初火先輩! それと紅子は、なんの関係があるんですか!?」
「鏡乃さん、我々が肉球島から出るということは、量子状態になって消えてしまった紅子さんを、この島に置いていくということです」
「ええ!?」
「そんな!」
その言葉を聞いた朱華は、初めて口を開いた。
「ダメや!」
「シューちゃん!?」
「紅子ちゃんを残していくなんて、絶対にダメや! そうやろ、ミラちゃん!」
「もちろんだよ!」
江様は机に手のひらを叩きつけた。
「いまいち話が見えねえ! なんでこの二択になってる!?」
「わたくし達が、ソラリスを追い詰めたからですの」
「ああ!?」
「アインシュ太郎博士のお立場で考えるとわかりやすいですの」
アインシュ太郎博士はハイデンと共謀して、肉球島でソラリスを復活させようとした。ハイデンと美食丸を島に送り込み、量子ミサイルで島を丸ごと量子状態にし、外界から隔絶された誰にも邪魔されない環境を作り出した。量子状態に都合が悪い紅子を真っ先に消し、工場を乗っ取り、ゾンボを使ってソラリスの育成を始めた。外界からの補給物資の投下さえも、ゾンボを作り出すための資材集めだったのだ。
「すべては順調だったはずですの」
しかし、二つの要因が歯車を狂わせた。一つは、黒乃の策略によるチャーリーとハルの投下。もう一つは、茶道部部長茶柱茶鈴によるハイデン強襲。
「これによって、ソラリスの復活が阻止されるという危険性が出てきましたの」
「ハイデンも、アインシュ太郎博士も、我々学生達がここまでやるとは、想像していなかったのでしょう」
初様は大きく息を吐いた。
「そこで苦肉の策として、我々学生に逃げ道を用意したのです。船のみを救助すると。紅子とソラリスを置いて逃げればいいじゃあないかと誘惑しているのです」
苦肉の策というのは、学生達が島からいなくなれば、それ以上の補給物資の投下はなくなるということだ。学生への支援という名目の、ソラリス育成ツールが届けられなくなるということだ。だが、それはもう構わないらしい。
「ダメや!」再び朱華が叫んだ。「ぜったいに紅子ちゃんを置いては帰られへん!」
「朱華さん、落ち着いてください。我々には選択の余地があるのです。いや、残してくれたと言っていいでしょう」
初様は鏡乃の目を見た。
「それを残してくれたのは、あなたの姉上の黒乃さんです」
「クロちゃんが!?」
初様は紅子の写真を手に取った。
「これを送ってくれたのは黒乃さんですね?」
「うん! そうだよ! クロちゃんだよ!」
「なんのために?」
「それは……鏡乃が寂しがってると思って……」
「千枚もいりますか?」
「鏡乃が千倍喜ぶもん!」
「これは黒乃さんからの、二つ目の選択肢ということです」
「クロちゃんからの!?」
鏡乃は写真を手に取り、紙の中の紅子を見つめた。好奇心が人一倍旺盛な割に、人一倍人見知りな少女。人生の長い時間を、幽霊のように過ごしてきた少女。鏡乃は涙を流した。
「うう……紅子……紅子……鏡乃がぜったいに助けてあげるからね」
「そうですの。それですの」
「え? マリ助、どれ?」
「紅子さんを助けることが、わたくし達が助かるための第二の選択肢ということですの」
「紅子を!?」
「そもそも紅子さんが真っ先に量子状態にされたのは、紅子さんがいると不都合だからですの。紅子さんが復活できれば、状況を打破できるかもしれませんの」
「すごい! 紅子すごい!」
朱華は進み出た。
「生徒会長! 紅子ちゃんを救いましょう!」
「シューちゃんの言うとおりだよ! 紅子を助けよう!」
「私もそれがいいと思います!」
小梅が応援に加わった。だが、この三人以外の表情は凍りついたかのように動かなかった。
「そう簡単には決められません」
「ええ!? 初火先輩、どうしてですか!?」鏡乃は吠えた。
「皆さん、消耗しています。怪我人もいます。弱っています。紅子さんを復活できたとして、ソラリスを倒せるのかもわかりません。ソラリスがどこにいるのかもわかりません。紅子さんに賭けるのは、分が悪いギャンブルなんです」
「そんな!」
鏡乃はマリーと江様を見た。
「マリ助! 江楼ちゃん! 二人なら、紅子を助けてくれるよね!?」
問い詰めるも、答えはなかった。マリーは中学生を、江様は帰宅部連合を取り仕切る立場だ。個人的な感情では動けない。
「そんな……マリ助のちんちくりん! 江楼ちゃんのうんこちんちん!」
「誰がちんちくりんですの」
「俺だって助けてーよ!」
『今、ギャンブルって言ったか!?』
生徒会本部の外が騒がしくなった。見張りをしていた生徒会執行部を押し除けて、数名の生徒達が転がり込んできた。
「何事です!? 今は会議中ですよ!」
「俺達はギャンブル部だぜ!」
「なんの用ですか!?」
「紅子ちゃんを助けてくれ!」
「そうだそうだ!」
「俺達は紅子ちゃんに助けられたんだ!」
「今度は俺達が、紅子ちゃんを助ける方に賭ける番だ!」
ギャンブル部はオープンデッキのジェットコースターの事故に遭った際、紅子に助けられた経緯がある(503話参照)。
さらに加勢があった。
「俺も紅子ちゃんを助けるのに賛成だZE!」
「怪盗ロボ!?」
「俺だって紅子ちゃんに助けられたからNA! ローションがまとわりついて具合が悪かったのに、紅子ちゃんに触れたら、嘘みたいに気分がよくなったんだZE!(508話参照)」
「え?」
「え?」
「え?」
部屋が静まり返った。
「連行しなさい」初様の一言で、怪盗ロボは無惨にもどこかへ連れ去られていった。
「ねえ! みんな言ってるよ! 紅子を助けようよ!」改めて鏡乃は訴えた。
「しかし……」
初様は渋った。もちろん助けたい。紅子は大事な生徒の一人だ。誰一人欠けずに家に帰ってこその、特別合同課外授業なのではないか。だが大きい、あまりにも大き過ぎる決断だ。初様は答えを出せずにいた。
「投票で決めまひょか」
沈黙を貫いていた茶々様がしれっと言い放った。全員茶々様に注目した。
「全生徒で投票どす。九割以上紅子はんに票入ったら、紅子はんを助けまひょ」
「茶々姉様、投票は構わないのですが、なぜ九割なのでしょうか? 過半数でいいのでは?」
「あての勘どすえ。大勢の想いが一つになったら、なんでもできるさかい。数は多かったら多ええほどええどす」
その言葉にマリーは、震えた。黒乃の作戦が、みるみるうちに縦ロールに染み渡ってきた。
「投票に賛成ですの」
「俺も賛成だぜ。ぶっコロすぞ!」
「わぁ! 賛成! 賛成!」
こうして、船の命運は投票によって決められることになった。
ただちに紅子の写真が全生徒に配布された。ロボヶ丘中学校五百名、ロボヶ丘高校五百名、美食ロボ一名。全員が投票できるわけではない。ゾンボになったものもいる。怪我で動けないものもいる。冷蔵庫の中で冷えているクズもいる。
この写真が投票用紙となる。紅子を救うか、船で脱出するかの二択だ。開票は明日の夜。長い一日が始まった。
特別合同課外授業二十五日目の朝。
鏡乃と朱華はオープンデッキにいた。二人は風に吹かれながら霧に覆われた肉球島を眺めた。
「この霧のどこかに、紅子ちゃんがおるんやろか?」
「そうかも……あ! あそこ見て! 紅子の顔に見える!」
鏡乃は風で形を変える霧を指さした。
「ミラちゃん、それは怖いて」
「ええ!? そうかな!?」
朱華は紅子の写真を取り出した。裏面には候補が記されており、すでに紅子の欄に丸が書き込まれていた。
「みんな、紅子ちゃんに票を入れてくれるやろか?」
「大丈夫だよ! 紅子は人気者だもん!」
二人は美食丸を散策した。大勢の生徒達が紅子の写真を眺めていた。全員が紅子を知っている。出発前から、紅子が参加することは繰り返し周知されていた。紅子はよく船内を走り回っていた。小さな赤いサロペットスカートの少女。誰もが一度は目にしたはずだ。
写真を見て泣いている生徒がいた。写真を見ながら、紅子と遊んだことを自慢している生徒もいた。紅子に票を入れるように、呼びかけている生徒もいた。
紅子はこの特別合同課外授業に参加しているみんなの妹なのだ。兄として、姉として、小さな妹を守るのは当たり前なのだ。
夜。いよいよ開票の時刻がやってきた。第十二デッキのシアターに、全生徒が集まっていた。開票は順調に進んだ。
「シューちゃん!」
「ミラちゃん!」
ステージに立った初様は高らかに宣言した。
『満票で、紅子さんの救出に決定しました!』
大歓声の中、二人はしっかりと抱き合った。




