第522話 DYING ROBOT その二十三
特別合同課外授業二十四日目の朝。
美食丸は陰惨たる雰囲気に包まれていた。豪華客船という華々しい名前とは裏腹に、ゾンボが徘徊する死の船へと変貌を遂げてしまったからだ。船に強襲を仕掛けてきたハイデンにより、第二デッキに封印されていたゾンボが解放され、第五デッキのレストラン街より下を奪われてしまった。
これに困ったのは、掌山より帰還した討伐隊だ。帰宅部部長茶柱江楼率いるハイデン討伐隊は、船の前で立ち尽くした。
「おーい! 帰ってきたよー! タラップ下ろしてよー!」
鏡乃はデッキに向かって叫んだ。その頭の上ではグレーのモコモコが寛いでいた。返事がないのでもう一度叫んだ。せっかく遥々帰ってきたというのに、誰も迎えに出てこない。代わりに返ってきたのは、放送部による船内放送であった。
『第四デッキはゾンボに奪われました。タラップは下ろせません』
「ええ!?」
代わりに下ろされたのは縄梯子だ。満身創痍の学生達は、船の外壁を伝って船内に戻るはめになってしまった。
「藍ノ木さん! 大丈夫!?」
「平気ですわ」
鏡乃が心配しているのは、ゾンボとなったコトリンを背負った藍ノ木藍藍だ。彼女はやつれた体で縄梯子を登った。弱っているとはいえ、伝説の元横綱藍王の妹、力強く登りきった。
「チャーリー、しっかり捕まってね!」
「ニャー」
「怖いッス!」
「ふとし、しっかりしろ!」
体の大きいちゃんこ部は登るのに一苦労だ。途中、弟弟子ロボの重さに耐えきれずに縄梯子が千切れ、海に落下してしまった。
「大変デス! 弟弟子ロボが落ちまシタ!」
パニックになった新弟子ロボはいっしょに飛び降りようとしたが、ちゃんこ部の面々に止められた。釣り部が網で弟弟子ロボを絡め取り、みんなでそれを引き上げるという作戦で上船を果たした。
「弟弟子ロボ! 大丈夫デスか!?」
「ゴシンパイヲ オカケシマシタ ダイジョウブデス」
「よかったデス……ウワッ! スッゴイヌルヌルしマス!」
なぜか、弟弟子ロボのボディはローションで覆われていた。
——第十二デッキ、生徒会本部。
帰還した一行が扉を開けると、中では生徒会長茶柱初火、マリー、小梅、美食ロボの頭部が待ち構えていた。
「江楼!」
初様は妹を見るや駆け出した。そして勢いよく江様に抱きついた。
「無事でしたか!?」
「ああッ!?」
江様はなんとも言えない表情を二度三度繰り返したが、この時ばかりは姉を跳ね除けることはしなかった。代わりに騒いだのは鏡乃だ。
「わぁ! わぁ! 初火先輩と江楼ちゃんが仲直りしてる! よかったね!」
「してねーよ! ぶっコロすぞ!」
続けて入ってきた藍ノ木はマリーを見た。お互いかなりやつれている。かつて溌剌としたエネルギーで溢れていた二人は、今のお互いの姿に対しお互い微笑みを交わした。
「マリーさん……」
「藍ノ木さん……」
マリーと藍ノ木は近寄ると、静かに抱き締め合った。この二人はお嬢様を育成するゲーム『おじょうさまっち』を共同で開発した仲、いわば戦友だ。
「わぁ! わぁ! マリ助と藍ノ木さんも仲直りしてる! よかったね!」
「最初から仲は悪くありませんの」
藍ノ木は、コトリンを背負ったまま丸椅子に座った。コトリンはローションに侵食されており、ゾンボと化している。ときおり唸り声を上げ、背中でもがいていた。美少女アイドルロボの無惨な姿に、誰もが肩を落とした。
チャーリーは鏡乃の頭の上から跳ねると、マリーの膝の上に飛び乗った。
「いだッ!」
「チャーリー、お久しぶりですのー!」
「なんでマリ助は抱っこできるの!?」
上座に座った初様は、会議の参加者を見渡した。
「それでは会議を始めます。まず藍ノ木さん、ご無事でなによりでした」
初様は言ってから余計な一言だったと気が付いた。
「ありがとうございます。大丈夫です。コトリンを元に戻す方法はきっとあります」
逆に藍ノ木の一言は皆を落ち込ませた。藍ノ木なら、ゾンボを直す方法を知っているのではという、淡い期待があったからだ。
「では、お聞きします」初様は改まった。
「藍ノ木さんとハイデンの関係についてです」
「はい……」
藍ノ木は語り始めた。そもそも藍ノ木はハイデンを知らない。関係があるのはコトリンである。ハイデンをタイトバースから現実世界に召喚したのは、コトリンそのロボなのだから(417話参照)。召喚されたハイデンはソラリスの復活を成し遂げるために、めいどろぼっちを、おじょうさまっちを、そしてコトリンを利用した。これが後の世にいう『浅草事変』である。
そしてハイデンは肉球島に降り立った。ソラリスの復活を成し遂げるために。だが、ハイデンはコトリンと通じていたわけではなかった。
「ハイデンと通じていたのは……」
藍ノ木はテーブルの上に視線を向けた。皆の視線がそこに集まった。
「女将、この犯人は本物か」
机の上に置かれた美食ロボの頭部は、宙に跳ね上がった。
「てめえかー!」江様が頭を蹴り上げたのだ。
天井に激突した頭は、そのまま机の上に落下した。
「ゴゲエエエエエ!」
「落ち着いてください。美食ロボ殿も利用されていただけです。島流しにされた私とコトリンは、この島に王国を作ることにしました。その手助けを美食ロボ殿に求めたのです。その背後にハイデンが隠れていたなどとは、思いもしませんでしたが……」
美食ロボとハイデン、そしてタイトバースには深い関わりがある。美食ロボはタイトバースに存在する国の一つ、アキハバランド機国の元首を務めており、美王と名乗っていた。それを陰で操っていたのがハイデンだ。ハイデンは美食ロボを通じて、ソラリスの復活に相応しい新たな場所として、肉球島を見出した。
「私達も、美食ロボ殿も、ハイデンに利用されたのです。二度も……!」
藍ノ木は怒りと不甲斐なさで震えた。その振動が背中に伝わり、コトリンが唸り出した。
ハイデンは遠大な計画の第一歩として、ロボヶ丘高校に潜り込んだ。ローション部を作り、肉球島での戦いに備えた。船ではためらいもなく計画を実行した。プールにローションをばら撒き、船中に拡散させた。乗員ロボをゾンボに変え、船が動かせないように仕組んだ。
準備が整えば、もう船には用はない。船を捨て、掌山の工場に乗り込んだ。真っ先にコトリンをゾンボに変えた。これで藍ノ木の動きは封じられたも同然だった。藍ノ木は藍王の妹。高い戦闘力を誇る。それすらも、ハイデンの策略の前には無意味だった。
ハイデンは工場で稼働していた作業ロボを、片っ端からゾンボに変えた。島中の動物ロボがゾンボになった。補給物資を集めさせ、さらなるゾンボを生産した。すべてはソラリスの育成のために。
そして今、ハイデンは捕えられた。これで終わったわけではない。彼女の最終目的はソラリスの復活。これを止めなければ、ハイデンの野望を阻止できたとは言えない。そのソラリスはどこにいるのだろうか?
「残念ながら、私にはわかりません」
藍ノ木はうなだれた。皆も同じだ。その時、扉が慌ただしく叩かれた。と同時に野鳥観察部が乱入してきた。
「初様!」
「なにかありましたか?」
「補給物資の投下です!」
どうするべきか? 当然、補給物資は手に入れなければならない。ゾンボに下層を奪われ、多くの物資を失った。だが今は、討伐隊が掌山から帰ってきたばかりで、消耗しきっている。ここで再出動は無茶だ。初様は考えた。やるべきことは……。
一、補給物資を取りにいく。
二、船内のゾンボの掃討。
三、ソラリスの捜索、討伐。
「三だぜ」江様は吠えた。「生徒達の忍耐も限界だぜ。一気に総大将を討つしかねえ。チンタラしてたらジリ貧だ!」
「二ですの」マリーは落ち着いて言った。「おクライマックスが近いからこそ、遠回りするべきですの。船を取り戻し、力を蓄えるおターンですの」
「ハイハイハイ! 鏡乃はね! 一がいいと思う!」鏡乃は鼻息を荒くした。「今回の補給物資はなんかありそうだもん! きっとクロちゃんがなんか送ってくれるよ!」
初様は考えた。なにが正しいのか、もはやわからない。こんな状況で正しい判断をできる者などいるのだろうか? 茶々姉様ならどうするだろうか? 決まっている。
「ふふっ」初様から思わず笑みが漏れた。
「ああ!?」
「すべて、同時に行います」
「ええ!?」
姉は欲張りだ。すべてのものをほしがる。なんたる図々しさ。まるで世界のすべてが、自分のものだと言わんばかりだ。妹である自分も、その図々しさを受け継いでいるはずだ。初様は立ち上がり、指示棒を伸ばした。
「鏡乃さん!」
「初火先輩、なんですか!」
「ちゃんこ部にはソラリスの捜索を命じます!」
「六人だけでですか!?」
「ロボキャットに手伝ってもらってください。島に大勢いるという話です」
「わかりました! チャーリーといっしょに探します!」
「ニャー」
「江楼!」
「んだあ!?」
「あなたには補給物資の回収を命じます!」
「戦力が足りねえ!」
「討伐隊を叩き起こしなさい」
「正気かよ!? 今帰ってきたばかりだぞ!」
「やりなさい!」
「船内のゾンボ掃除は、マリーさんにお願いします!」
「やはり戦力が足りませんわよ」
「中学生を使ってください。掃除は中学生の役目でしょう」
「とことんやるおつもりですのね?」
「もちろんです!」
皆、いっせいに動き出した。あっという間に、生徒会本部は初様と藍ノ木を残して空になった。
「いいチームワークですわね」
「おかげさまで、鍛えられました」
そう、鍛えられた。この二十四日間に渡る生活、船旅、ロボット作り、遭難、戦い。すべてが生徒達を鍛え上げた。
藍ノ木の背中のコトリンが唸り声を出した。どういう加減か、二人には笑っているように聞こえた。
「フハハハハ、フハハハハハ! 初郎よ、ようやく大事なことに気が付いたようだな。フハハハハハハ!」
初様は美食ロボの頭部を冷蔵庫の中にしまった。




