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第52話 まったりします!

 秋のロボット大運動会を終えた翌日の夜。メル子はキッチンで楽しそうに料理をしていた。


「ニャンニャンニャーン。今日のご飯はパモーニャ〜。パモパモパモパモーニャ〜。とうもろこしと牛乳を〜、コネコネコネて包みます〜。可愛いメイドさんが包みます〜。ニャンニャンニャーン」


 パモーニャはブラジルの料理だ。とうもろこしと牛乳のペーストを、とうもろこしの葉で包んで茹でる。

 甘く優しい香りがボロアパートの部屋を満たした。


「ふごっ!? ふがふが! ここどこ!?」


 メル子の歌とパモーニャの香りに誘われて、黒乃が夢の世界から帰還した。


「ご主人様、おはようございます。丸一日寝ていましたね」

「そんなに!? あれ? 運動会に優勝した夢を見たんだけど」

「それは現実です。おめでとうございます」


 黒乃は目を擦ってメル子を見た。青い生地のメイド服がふわふわと踊っている。


「新しいメイド服じゃん! いつの間に!?」

「ふふふ。ご主人様が寝ている間に、そりふる堂にいって受け取ってきました」


 デザインは以前の赤いメイド服とほぼ同じであるが、生地の柄が赤い花柄から青い雪の結晶になっている。


「うわー、かわえー」

「当然です。ニャンニャンニャーン」

「色が違うだけで、イメージがガラリと変わるもんだな」


 メル子は腰をフリフリさせて袴と袖を揺らした。寒空に舞う雪の妖精のようだ。


「いやー、いい買い物した……いで! イデデ! 胸が痛い!」


 布団から起きあがろうとした黒乃は、胸を押さえてうずくまった。


「殺人ボールが直撃しましたからね。三日は痛むそうです」

「あれ食らってよく生きてたわ」


 黒乃は苦労して布団から這い出ると、テーブルの椅子に腰掛けた。


「医療ロボのブラックジャッ栗太郎先生の話では、胸が平らなのが幸いして、胸全体に均等に力が加わったことで、乳がもげずに済んだそうです」

「なんで運動会で乳がもげそうにならにゃいかんのよ……。まあいいよ、メル子の乳がもげなければそれでいいよ」


 メル子はパモーニャを鍋から取り出した。皿に移しテーブルに乗せる。他にも黒インゲン豆と豚肉を煮込んだフェイジョアーダや、潰したジャガイモで鶏肉を包んで揚げたコシーニャなど、ブラジルの料理がずらりと並んでいた。


「でもご主人様、格好よかったですよ。漫画の主人公みたいでした」

「ムフフ、そりゃそうよ。可愛いメイドのためなら、ご主人様はヒーローにだってなれるのよ」


 メル子はとうもろこしの葉の包みを解き、茹であがったパモーニャを包丁で切り分けた。


「なんだこれ。黄色くてぷるぷるしてて美味そう」

「さあ、召し上がれ。勝利の宴です」

「どれどれ、いただきます……美味い! 口に入れるとトロトロに溶けて、胃が優しい甘さでコーティングされていく気分だよ。温かさで疲れた体が癒されていく〜」


 黒乃はパモーニャをちゅるるんと一瞬で平らげた。


「ご主人様、一つの料理だけ先に完食するのはやめてください」

「ええ? ああ、うん。我慢できなかった」


 黒乃はふと床に積まれた大量の荷物を見た。


「これ、優勝賞品だね」

「はい。お米一年分は家計に大助かりです」

「ぐへへへへ、ライス食べ放題だぜぇ……」


 黒乃はフェイジョアーダをスプーンですくった。黒いスープが存在感を主張してくる。


「なに、この真っ黒なスープ!」

「ブラジルのパーフェクトな豆煮込みです」

「うわー、濃厚だぁ。豆のクリーミーさと豚の脂のトロトロが合わさって、コラーゲンの海で溺れそうだよ。そうだ! これライスに乗せたら美味いんじゃないの!? メル子、ライスちょうだい!」


 メル子は炊飯ジャーをパカっと開けて、ご飯を茶碗に盛った。黒乃はホカホカと湯気が立つご飯の上に、たっぷりと豆と豚肉をライドオンした。


「やべえ……なんだこのビジュアル。白と黒の共演だよ」


 黒乃はガツガツとフェイジョアーダライスをかっこんだ。


「ハァハァ、美味い。そうだ、他の賞品はなんだっけ」

「補修用ナノペーストのシリンダーが六本ですね。これは私が使うので、ご主人様は食べないでくださいよ」

「ナノマシン食うわけないじゃろ……」


 黒乃は続いてコシーニャに手を伸ばした。揚げたてなので、ものすごく熱々だ。


「なんだろ、この茶色いスライムは」

「外はおジャガで中はチキンです。カリカリに揚げてあるので、火傷に気をつけて……」

「アヂィイイ!!」

「だから言ったではないですか」


 熱さで悶絶した黒乃は、メル子が差し出した水をゴクゴク飲んだ。


「もう、しょうがないですね。貸してください」


 メル子はコシーニャを口元に寄せると、息を吹きかけた。白い吐息がコシーニャを通り抜ける。


「はい、どうぞ」

「でたー! メル子のフリージングブレス!」


 八又(はちまた)産業製のメイドロボには、マルチブレス機能が標準搭載されている。七十度の高温ブレス、マイナス三度の低温ブレスなど、八種類のブレスを吹き分けることが可能だ。

 一部の上位モデルのメイドロボには、一吹きするだけで鉄骨を焼き切るブレスを吐くものもいるという。


「ああ〜、丁度いい温度、助かるー。うん! カリカリ、ホクホク、ジュワジュワ〜。美味そうな音のオンパレードやー!」


 黒乃はコシーニャもしっかり完食した。


「お腹いっぱいになってきた。あとこれはなんだっけ?」

「これはロボローション十二本セットですね」

「昨日から気になってたんだけど、ロボローションってなに!? みんな当たり前のようにロボローション、ロボローション言うけど、なんなのこれ」


 黒乃はロボローションが入った透明な容器を手に取って観察した。円筒形で先端に赤いキャップが被せてある。


「ロボローションはロボローションですよ。ナノマシン入りのローションです」

「ロボット用なんだよね?」

「そうですけど、人間が使っても無害なものでできています」


 容器をよく見ると美肌用、洗浄用などいくつかの用途があるようだ。


「こっちはお風呂で使うとお肌がツルツルになるので、あとで私が使います。こっちは汚れた時用ですね。それでこっちの無印はいかがわしい行為用です」

「いかがわしい行為!?」

「プレイ用です」

「プレイとは!? よし! さっそく今晩、二人で試してみようか!」

「お一人でどうぞ」


 黒乃とメル子は豪勢なブラジル料理を楽しんだ。


「あー食った食った。お腹いっぱい。ごちそうさまでした」

「お粗末様でした。それでご主人様、この賞品はどうしましょう」

「え? なんだっけそれ」


 正方形の厚い紙が山程積まれている。


「わかりません。紙になにやら文字が書いてあるのですが、下手すぎて読めません」

「ほんとだ。しかもたくさんある……ケツ拭く用かな? メル子、明日の資源ゴミに出しておいてくれる?」

「わかりました」


 その晩、黒乃はこっそりロボローションを一人で使ってみた……。


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