第517話 DYING ROBOT その十八
特別合同課外授業二十二日目の朝。
先日の三回目の遠征で顕著になったことがある。それはゾンボが物資を狙っているという事実だ。彼らはただ、ゾンビィのように屍肉を漁っているのではない。明確な意図をもって物資を漁っていたのだ。ゾンボは物資を掌山の工場へ持ち去ろうとしていた。
ゾンボと衝突したことで、遠征隊の成果は半減した。戦いによって負傷した生徒もいる。一番壊滅的なダメージを受けたのは自転車部だ。足の速いチーターゾンボと遭遇し、自転車部が作ったマウンテンバイクロボが行方不明になってしまったのだ。
「うわあああああ! なんてこった!」
「マウンテンバイクロボが、ゾンボから俺らを逃すために、囮になってくれたんだ!」
「ちくしょう!」
命からがら逃げ帰った自転車部は、ゾンボの脅威を皆に伝えた。
野鳥観察部は森に潜んでゾンボの動きを観察した。彼らが作ったダハプリズムロボは、霧の隙間を縫って掌山の工場を観察した。そこには、物資を背負って山を登るアントゾンボの行列が確認された。これにより、ゾンボは何者かによって、統率されているのがわかった。それはハイデンか、それとも取り憑いているソラリスの意思だろうか?
遠征において、最も活躍したのはちゃんこ部だ。高い戦闘力と運搬力を活かし、大量の物資を持ち帰った。特にちゃんこ部が作った弟弟子ロボは、ゾンボをものともしなかった。
「すごい! 弟弟子ロボすごい!」
「ゴッチャンデス」
「チャンと、メンテナンスをしまショウ!」
新弟子ロボは、弟弟子ロボを実の弟のようにかわいがった。
そしてもう一つ、進展があった。
——第十二デッキ、生徒会本部。
「要約すると、救出までの手順は二つに絞られます」
生徒会長茶柱初火は、レポートをめくりながら言った。
「一、ソラリスを倒す。二、肉球島の量子状態を解除する。とのことです」
室内は静まり返った。これは補給物資の中に含まれていた『救助手順書』と書かれた冊子の内容をまとめたものだ。この冊子は島に送られる際に量子状態への遷移によりダメージを受けており、まともに読めなかった。その一部を数学部と電算部が解読したのだ。
「なんだよ、それは?」帰宅部部長茶柱江楼は、太々しく言った。
「なんで俺らでソラリスを倒さなくちゃならねーんだ? ぶっコロすぞ!」
誰でもそう思うだろう。学生達が期待していたのは『救助』だ。ソラリスとの『戦争』を求めているわけではない。大きな救助船が島にやってきて、それに乗って日本に帰る。それだけでよかったのだ。
「島は今、量子ミサイルによって量子状態になっていると冊子に書かれています。これは島で増殖したソラリスが、太平洋に進出するのを防ぐための措置だそうです。なので、ソラリスを倒さなければ、我々は解放されないのです」
江様は手のひらの中で、金属製のベーゴマを転がした。しばらくその金属音が部屋の中の唯一の音となった。
「おかしいですの」
ようやく口を開いたのは、金髪縦ロールのお嬢様マリー・マリーだ。病み上がりのためか、いつもの光り輝く黄金の縦ロールは、銅線のような鈍い光を放つばかりだ。その横では、梅ノ木小梅が心配そうにマリーを見ていた。
「おかしいに決まってら」
「江楼、お黙りなさい。マリーさん、なにがおかしいのですか?」
「その冊子の情報がおかしいですの」
マリーはボロボロになったメイド服を抱き締めた。
「こちらの持っている情報と照らし合わせると、不自然な感じがしますの。ハイデンさんの言葉を、思い出してほしいですの」
「ハイデンの?」
一同は、桃ノ木朱華が持ち帰った情報を思い返していた。掌山の城での頂上決戦。茶道部部長茶柱茶鈴と、ハイデンとの間で交わされた会話を。
「ハイデンさんは、ソラリスを育成するのに、外界から隔絶された環境が必要だとおっしゃいましたの。量子ミサイルがそれをもたらしましたの。しかしその冊子では、量子ミサイルはソラリスを島に閉じ込めるために撃ち込んだかのように書かれていますの」
「確かに……ハイデンはソラリスを育成するため、冊子はソラリスを閉じ込めるためと言っていますね」
「じゃあ、どっちかが嘘をついてるってことかよ?」
「私は……ハイデンは嘘をついていないように感じました」
朱華が恐る恐る言った。彼女はあの場で、直にハイデンの言葉を聞いていた。
「感じたってだけで、証拠はないんだろ? ああッ!?」
江様が朱華に脅しをかけるように言ったが、朱華はたじろがなかった。江様の目をまっすぐ見て、言い放った。
「証拠はありませんが、茶鈴部長とハイデンは決死の決闘をしたんです。私は二人の本気を見ました。だからわかるんです!」
「ケッ」
江様は朱華の迫力に押され引き下がった。鏡乃は朱華の震える背中を撫でた。
「となると、嘘をついているのは冊子の方ということになります。なぜ、政府が嘘をつく必要があるのでしょうか?」
「政府側に、ハイデンに協力しているものがいるからですわ」
「協力者? 誰です?」
「だいたい察しはつきますの。タイトバース事件で、ハイデンの影にいたロボット、アインシュ太郎博士ですの」
アルベルト・アインシュ太郎。理論物理学ロボット。近代ロボットの祖、隅田川博士が作った最古のロボットの一人。彼はタイトバース事件の黒幕とされている。
「じゃあ、どうすんだよ!?」江様は激昂した。
「政府側は救出手順として、まずソラリスを倒せと言っているんだろ!?」
「倒しますの。そうしないと、島がソラリスで埋まってしまいますの」
「それだと話が矛盾するじゃねーか!」
「政府側はソラリスを倒す手順と見せかけた、無意味な手順を送ってきていますの。我々がやるべきは、その手順とは違う方法でソラリスを倒すことですの」
「それはなんだ!?」
「わかりませんの」
「やっぱりダメじゃねーか!」
江様は手の中のベーゴマを机に叩きつけた。いつにも増して大荒れの江様に、誰もが辟易した。
「ダメじゃないよ!」
鏡乃が立ち上がった。
「ああ!?」
「クロちゃんが助けてくれるもん!」
「……黒乃山が? どうやって助けてくれるんだよ? ああん?」
「わかんない!」
「てめぇ!」
鏡乃は白ティーの中から、ボロボロの布切れを取り出した。
「うわっ、汚ねえ! なんだそれは!?」
「これ、クロちゃんの白ティー! 補給物資の中に入ってた!」
「アンテロッテのドレスも入っていましたわよ」
「だからなんだあッ!?」
「クロちゃんもメル子もアン子も、みんな助けようとしてくれているんだもん!」
「だから、どうやってだよ!」
「わかんない!」
江様は頭を抱えた。鏡乃の言葉をマリーが引き継いだ。
「黒乃さん達が、なにかをやろうとしてくれているのは間違いありませんの。でも、政府の目があるから自由に動けないんですのよ。必ずどこかにヒントがありますわ。私達には、それを見つけ出す努力が必要ということですわ」
「マリーちゃんの言うとおりですよ! あなたもその努力をしてください!」
小梅が立ち上がり、江様を睨みつけた。二人は数秒睨み合っていたが、江様はくるりと後ろを向いて歩き出した。
「江楼、どこにいきますか?」
「俺は俺で勝手にやらせてもらうぜ」
それだけ言うと、江様は部屋をあとにした。
——第六デッキ、医療室。
江様は静かに部屋に足を踏み入れた。
「珍しおすなぁ、江楼」
衝立の向こうから名前を呼ばれ、江様はギョッとした。ベッドに近寄ると、横たわる姉の姿が見えた。こんな姿の姉は見たことがない。病気や怪我をしたことすら覚えがない。弱みも隙も、まるでない姉。生まれてから見続けた、完璧な姉。それが今はどうだ?
「なんで俺だとわかった?」
「匂いでわかりますえ。江楼はお日様の匂いどすさかい」
「ケッ、鏡乃山みたいなこと言いやがる」
思ったより元気そうに見えた。先日のハイデンとの死闘をくぐり抜け、なんとか生還したにしては。
「茶々姉ともあろうもんが、情けねえなあ。負けちまうなんてよ」
「そうどすか? あては負けたとは思てまへんよ。ほしいもんは手に入れたさかい」
「命懸けで持ち帰った情報も、役に立ったとは言い難いけどな」
茶々様はうちわで口元を隠して笑った。
「……」
「……」
元々会話の少ない姉妹だ。すぐに話すことはなくなった。思えば、子供のころになにを話していたのかも思い出せない。いつも姉に泣かされていたように思う。姉はなんでも持っていたくせに、なんでもほしがった。特に人のものをほしがる傾向にあった。幼い江楼は奪われるのが嫌で、なんでも隠すようになった。縁側の下に隠した人形は、簡単に見つけられた。裏庭に埋めたお菓子の缶は、まだ埋まっているのだろうか? 隠して隠して……ふと姉の視線に気がついた。なにかを奪われる気がして、思わずみぞおちを押さえた。
「江楼……」
「ああ? なんて?」
江様は姉の口元に耳を近づけた。茶々様は妹の首に腕を回し、思い切り引き寄せた。
「うおッ!? おい、離せッ! ぐっ、なんて馬鹿力だ!」
しばらくジタバタともがいていたが、観念しておとなしくなった。妹は姉の胸の中で呼吸をした。
「鏡乃はんと黒乃はんは、仲がええ姉妹どすなあ」
自分達は違う。そう言いたいのだろうか? こんなに近づけても、姉の心は見えなかった。
ようやく姉から解放された江様は、筋肉質の脚で廊下を踏みしめるように歩いた。みぞおちに強烈な疼きを感じていた。
「なんか……腹が立ってきた。誰でもいいからぶっコロしてぇ……」
その相手はもう決まっていた。
——肉球島、西海岸。
砂浜に、一本の巨大なでんでん太鼓が突き刺さっていた。
「ニャー」
おいおい、ここはどこだ? なんで真っ暗なんだ? 狭いぞ。おい、どうなっているんだ。なんで俺様はこんなところにいるんだっけ?
ロボキャットのチャーリーは、しなやかなボディを動かした。体のどこを動かしても壁にぶつかる。そうとう狭い箱のようだ。チャーリーは怒って、思い切り後ろ足で蹴りを放った。箱の蓋が吹っ飛び、勢い余って転がり落ちた。
「ニャー」
なんだなんだ? 眩しいな。ここは砂浜じゃないか。いつの間にバカンスにやってきたんだ? 確か隅田公園でダンチェッカーに……そうだった。思い出したぞ。愛しのダンチェッカーにバナナをあげようとしてたら、突然いつもの奴らに襲われて連れてこられたんだった。
「ニャー」
そうだそうだ。思い出してきたぞ。あいつだ。いつものあいつのせいでこんなところにいるんだ。あの丸メガネのせいだ。ちくしょう、またか! また肉球島に連れてこられたのか。
チャーリーは飛び上がり、でんでん太鼓にぶら下がっている箱に体当たりをした。すると蓋が外れ、中から黒いロボキャットが転がり出てきた。
「ぐおおおおおお!」
ハルは地面を転げ回った。全身が傷だらけで、漏電までしている。
「チャ王……ご無事ですか……」
「ニャー」
おいおい、心配するのはお前の方だろ。いきなりボロボロじゃないか。なんだこの装置は。ぜんぜん役に立っていないじゃないか。
「どうやらこの装置、うまく機能したようです。肉球島に突入する時のダメージを、すべて片方に肩代わりさせる。チャ王がご無事でなによりです」
ハルはその場に伏せたまま動かない。
「ニャー」
「ふふふ、チャ王がご心配してくださるとは。大丈夫です。しばらく休めば、体内のナノマシンがボディを修復するでしょう……ぐっ、ごほっごほっ」
おいおい、こいつはダメそうだな。そこでじっとしてろ。ふー、やれやれ。結局こうなるのか。まあ、いつものことだな。いいさいいさ。なるならなったで、好きにやらせてもらうさ。なにせ俺様はこの島の王、チャ王なんだからな。オラオラオラ、ロボキャットども。チャ王のお帰りだぞ。王の帰還だ。出迎えをせんかい。
いつの間にか、浜辺にロボキャット達が集まってきていた。彼らはチャ王の前に伏せた。
「ニャー」
そうだ、それでいい。肉球島は俺様のもんじゃい。どんなもんじゃい!




