第516話 DYING ROBOT その十七
特別合同課外授業二十一日目の朝。
船内は大勢の生徒達が走り回っていた。早朝、三回目の補給物資投下が行われた。すぐさま遠征隊を出し、回収に向かわなくてはならない。急ぐのには理由がある。食料が足りないのもそうだが、どういうわけか、ゾンボが補給物資を狙っているのが判明したからだ。物資を奪われるわけにはいかない。
もう一つ、慌ただしさに拍車をかけたのは、茶道部部長茶柱茶鈴の負傷だ。学園のアイドルにしてカリスマが、敵の刃に倒れたという知らせは、瞬く間に船内を駆け巡った。
「聞いたか!?」
「茶々様が大怪我したって!」
「うそでしょ!?」
「そんなバカな!」
「茶々様がやられたら、誰がハイデンに勝てるんだよ!」
「もうおしまいだよ!」
「ハイデンも再起不能らしいよ!」
「ほんとかよ!?」
「初様が復讐に向かうそうだぜ!」
「いや、江様がやってくれるさ!」
「あの二人じゃ無理でしょ!」
「またミサイルが飛んでくるらしいぞ!」
「もうだめだー! 降伏しよう!」
「誰にだよ!?」
噂話は棘を生やしながら育っていった。棘だらけの噂話は、生徒達を突き刺しながら船内を転げ回った。
——第十二デッキ、生徒会本部。
神妙な面持ちの参加者達が、それぞれの格好で椅子に座っていた。参加しているのは生徒会長茶柱初火。帰宅部部長茶柱江楼。美食丸船長美食ロボ。茶柱茶鈴の代理桃ノ木朱華。ちゃんこ部代表代理黒ノ木鏡乃。中学生代表代理梅ノ木小梅だ。
初様は背筋を伸ばし、微動だにせずに目を閉じていた。江様は傷だらけの筋肉質の足を机の上に投げ出し、ふんぞり返っていた。美食ロボは頭部をどこかでなくしたのか、首から下だけの参加だ。朱華はじっと下を向き、鏡乃はその背中を撫でていた。小梅は、てんでばらばらな一同を不安げに見つめた。
「まず、朱華さんが無事に戻ってきてなによりです」
初様は目を閉じたまま言うと、朱華は肩を震わせた。姉は無事ではないが、という前置きが省かれたように思えたからだ。
「茶々姉は無事じゃねーけどな」
江様はそれを臆面もなく言った。ますます朱華は体を震わせた。
「大丈夫! 茶鈴先輩は、ちゃんと救急部が治療したから! 生きてるから!」
鏡乃が励ますも、朱華はうつむいたままだ。
「ウチがいけないんです……ウチがわがまま言ったから。どうしても紅子ちゃんを助けたくて……ウチのわがままで、茶鈴部長があんなことに……!」
紅子はミサイル投下と同時に、霧とともに消えた。紅子といっしょにいた朱華は、その責任を感じているのだ。
「シューちゃんのせいじゃないよ!」鏡乃は思わず声を出した。
「そのとおりです。茶々姉様が倒れたのは、あなたの責任ではありません。姉はそのような感情だけで動くような人ではありません。なにかがほしくて、掌山の工場に向かったはずです。それはなんです!?」
思わぬ問い詰めに朱華は面食らった。それはそうだと思った。入学から半年、茶々様といっしょに部活動をこなし、彼女のことを知ったつもりになっていたが、目の前にいる妹達はそれより遥かに知っているのだろう。
「……ハイデンは言っていました。紅子ちゃんがソラリスの育成に邪魔だって。だから、消えてもらったって」
「なんだあッ!? それじゃあ、あのミサイル攻撃はハイデンの仕業みたいじゃねえか!」江様はいきり立った。
「ハイデンはタイトバースのAIです。彼女にミサイルを飛ばす力など、あるはずがありません。何者かが力を貸しているはずです」
初様の推察では、ハイデンはローション生命体ソラリスを、肉球島で育成するために学園に潜り込んだ。ソラリスは島のロボット達に憑依し、ロボットをゾンボへと変異させた。恐らく、ソラリスを育てるには大量のロボットが必要なのだろう。そしてそれは誰にも邪魔されない、隔絶された環境でなくてはならない。そのための肉球島、そのためのミサイル攻撃なのだ。
「あのミサイル攻撃は島を量子状態にして、外界から隔絶させるためのもの。紅子さんは量子人間。そうです。紅子さんこそ、島の量子状態を解除する鍵なんです。だからハイデンは、紅子さんを真っ先に消し去ったのです!」
初様は熱弁したが、その言葉は朱華に突き刺さった。
「……失礼。とにかく、紅子さんを救助することが、我々が生き残るための道であることがわかりました。朱華さん。あなたの勝手な行動は褒められたものではありませんが、我々に一つヒントをもたらしてくれました。ありがとうございます」
初様は軽く頭を下げた。それを見た朱華は一粒涙をこぼした。鏡乃は必死にその背中を撫でた。
部屋の扉がノックされた。入ってきたのは数学部の部長だ。
「初様。『救助手順書』の一部が解析できました」
その言葉に、部屋の中は色めき立った。
「本当ですか!」
「遠征隊が命懸けで運んでくれた、複数の冊子が役に立ちました」
初様は震える手で、数学部から書類を受け取った。
「読みます。手順その一……」
——肉球島、上空。
複数のヘリコプターが海上を飛んでいた。見渡す限りの青い海と青い空。東からは朝日が差し込み、はるか遠くの海面にヘリの影を落とした。その中の一機に、決意の表情で海面を見つめる人物が二人いた。
「ご主人様! 物資投下の準備ができました!」
青い和風メイド服の金髪巨乳メイドロボは、ヘリの音に負けないように声を張り上げた。
「よし! いくぞ!」
白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽお姉さんは、丸メガネを光らせた。
「ふんぬぬぬぬぬぬ!」
気合いの雄叫びとともに、眼下を見下ろす。そこにあるのは果てしのない海だ。ただ、波が行き交う海だ。しかし、黒乃には別のものが見えていた。
「ぐおおおおおお! 見えたー!」
「今です!」
メル子の合図で、各ヘリから次々とコンテナが投下された。パラシュートが開き、ゆっくりと海面へ向けて降りていく。このコンテナは八又産業製で、学生達を救うために無償で用意されたものだ。中には政府が蓄えていた食料や、有志によって提供された様々な物資が詰め込まれていた。
黒乃は肉球島にミサイルが降り注いで以降、すぐさま救助に向けて動き出した。まずなにより必要だと考えたのは食料だ。
黒乃の作戦では、救助には時間を要する。なにせ、肉球島は量子ミサイルによって、この世から消え失せているからだ。だからといって、すぐに量子状態を解除することはできない。なぜなら、この量子状態はローション生命体ソラリスが増殖して、太平洋へと拡散するのを防ぐという目的があるからだ。島内にいるソラリスをなんとかしなければならないからこそ、時間がかかる作戦なのだ。
「ふぬぬぬぬぬ!」
黒乃は気合いを入れて海面を見つめた。降下していったコンテナが、突如として光を放ち始めた。その存在が揺らぎ、空気が破裂するかのような音とともに弾けて消えた。
「ご主人様! 成功です!」
「ハァハァ、やった!」
黒乃はヘリの座席にぐったりともたれかかった。これは肉球島へ物資を届けるための、唯一の方法だ。黒乃が持つ『マスター観測者権限』は、量子状態になった肉球島を一瞬だけ実体化させる。その瞬間を狙って、コンテナを『向こう側』へ送り出す。送り出されたコンテナは、いったん量子状態になり、向こう側で実体化する。
この過程により、物資はボロボロになってしまう。なにせ向こう側では、正確に物資の存在を確定させる者などいないのだから。物資は適当に自らを存在する状態に遷移させるだけだ。
食料などは多少原子の状態が乱れても問題はない。だが、電子機器類は致命的だろう。政府が執拗に電子機器の輸送を促したため仕方なく積んでいるが、黒乃には最初から無駄だとわかっていた。
「まったく、政府の方達はなにをしているのでしょうか?」メル子は憤慨していた。
「ハァハァ、仕方がないさ。あいつらはアインシュ太郎博士の言いなりだからね。だから、救助をあいつらに任せてはおけない。ご主人様達がやらないと」
「もちろんです!」
その時、黒乃のデバイスに通信が入った。
「ロボロボ? お、マヒナ! どうなった? よし! 間に合ったか!」
北の方向から一機のヘリが近づいてくるのが見えた。
「例のものは手に入ったのね!? うん、うん。え? 飛び移る? こっちへ? うわ!?」
「ぎゃあ!」
ヘリに強い衝撃が加わり、大きく揺れた。無理矢理扉を開けて乗り込んできたのは、褐色肌の美女マヒナと、褐色肌のメイドロボノエノエだった。
「黒乃山! 待たせたな!」
「捕まえるのに、苦労しました」
「マヒナ!」
「ノエ子さん!」
マヒナは檻のようなものを床に置き、鍵を開けた。その途端、中から巨大な塊が飛び出してきた。
「ニャー!!!」
「ぎょわわわわわわわ!!!」
それはグレーのもこもここと、ロボット猫、いや、ロボキャットのチャーリーであった。チャーリーは黒乃の頭に飛び掛かると、鋭い爪を脳天に突き立てた。
「あだだだだだだ!」
「チャーリー、落ち着いてください!」
メル子はチャーリーを抱きかかえた。チャーリーはその腕の中で激しく暴れた。
「ニャー!」
「ふんふん、なになに? のんびり隅田公園でお昼寝していたのに、突然こいつらがやってきて捕まった? 愛しのダンチェッカーに、ゴリラロボからもらったバナナをプレゼントする予定だったのに、どうしてくれるんだ? だって。ハハハ、まあ許してくれよ、チャーリー」
そして、箱の中からもう一つ、真っ黒い塊が飛び出てきた。
「おお……! チャ王が猛っておられる」
「ハル! きてくれたか!」
「ふん、お前のためにきたのではない。チャ王と、そして我が肉球島のためだ」
この大きな黒いロボキャットは製造ID『HAL4000』、通称ハルだ。肉球島の工場の管理を任せられた、初代管理猫だ。現在は藍ノ木藍藍にその座を奪われ、島を追放されていた。
二人のロボキャットが、肉球島に戻ってきた。
「まさか、肉球島がこんな状態になっていようとは。許せん、絶対に許せんぞ!」
ハルは爪を床に突き立てた。しなやかな黒毛が怒りで逆立った。
「やる気は充分だな。ノエ子! 例のものは持ってきたかい!?」
「もちろんです、黒乃山」
ノエノエは、不思議な形の装置を床に置いた。柱が立っており、そのてっぺんから二つの真っ黒いボックスが鎖で吊り下げられている。巨大なでんでん太鼓のような形だ。
「ニャー」
「え? これはなんだって? なんで俺様がここに連れてこられたんだって? どうせろくでもないことが起きるんだろって? 俺は知っているんだぞだって? ハハハ、まあがんばってちょうだいよ」
黒乃は、無理矢理チャーリーを片方の黒いボックスに詰め込んだ。
「チャ王よ。またあなたとともに戦える名誉と喜びに、私は打ち震えています。チャ王がいれば、やつらを打ち倒すなど造作もないことでしょう。栄光はチャ王にあります。チャ王万歳! いざ!」
ハルは自らもう片方のボックスに入り込んだ。
「肉球島救出作戦、その一! 『チャーリー投下作戦』発動! いっけー!」
黒乃の合図で、マヒナは二匹のロボキャットが入った装置を、ヘリから蹴り落とした。続いて先ほどと同じように、黒乃が丸メガネを光らせた。
これは『シュレーディンガーのロボキャット』と名付けられた装置で、八又産業のアイザック・アシモ風太郎によって開発された。通常、人間やロボットを肉球島に投下すると、補給物資のように原子の状態が崩れ、ボロボロになってしまう。この装置はそれを軽減させるものだ。
二体の似たような構造の物体を左右に配置し、量子もつれとスピンの性質により、元の状態を維持したまま肉球島に突入させる。
そしてもう一つ、向こう側で正確に実体化するのには条件がある。それは向こう側をよく知っていることだ。そうでなければ、彼らがどこに実体化するのかわからないからだ。
ロボットであること、ボディが小さいこと、肉球島を知っていること。すべての条件を兼ね備えた存在は、チャーリーとハル以外にはいない。彼らこそ、肉球島の救世主なのだ!
二つのボックスは柱を中心に回転しながら落下していき、そして消えた。




