第515話 DYING ROBOT その十六
特別合同課外授業二十日目の朝。
豪華客船美食丸は活気に溢れていた。先日の遠征は大きな成功を収めた。各部活動が大量の補給物資を持ち帰ったからだ。食料は主に、高カロリーの圧縮レーションが入っていた。水をかけるだけで食べられる栄養価の高い戦闘糧食で、通常はこれ一パックで一日の栄養を賄える。他にも缶詰、乾燥野菜、干し肉が詰め込まれていた。
他には衣料品、薬品、サバイバルグッズなどが入っていた。電子機器の類はどれもボロボロで、やはり役には立たなかった。
とりわけ重要だったのが『救助手順書』と記された冊子で、相変わらずボロボロで内容は読めないのだが、数学部と電算部にとっては値千金のお宝だったようだ。
数学部は、生徒会長茶柱初火に言った。
「冊子は単体では解読不能ですが、同じものが複数あるのなら話は別です。共通する部分を重ね合わせれば、意味のある文章を割り出せるはずです。少し時間はかかりますがやってみます」
獲得した物資は、いったん生徒会執行部がポーを支払って買い取った。このポーは、ゾンボが蔓延る島内を危険を犯して走り回った遠征隊への報酬だ。物資はポー経済に則って船内を巡る。経済が回れば回るほど、船内は落ち着きを取り戻していくように見えた。
——第十二デッキ、生徒会本部。
船長室に集まった代表達は、一様に険しい表情を浮かべていた。船内の浮かれ気分とは真逆に、かつてないほど雰囲気は沈んでいた。
集まったのは生徒会長茶柱初火、通称初様、帰宅部部長茶柱江楼、通称江様、中学生の梅ノ木小梅、そして美食丸船長の美食ロボだ。本来はいるはずの、茶道部部長茶柱茶鈴、通称茶々様と中学生代表マリー・マリーはいない。
「現状、起きている問題をまとめました」初様は震える手で報告書を読み上げた。
・ミサイル攻撃により霧が発生。島に閉じ込められる
・食料不足
・日本と連絡が取れない
・藍ノ木藍藍と連絡が取れない
・ハイデンの逃亡
・乗員ロボがゾンボになる
・乗員ロボ不足により美食丸が航行不能
・島内にゾンボが発生
・紅子が行方不明
・桃ノ木朱華が行方不明
・茶柱茶鈴が行方不明
・戦車部のパットンが行方不明
・マリーが倒れる
・美食ロボが部屋で勝手に転んで頭がもげる
「なんだあッ? 問題点だらけじゃねえか!」
江様は愚痴を垂れた。それを無視するように初様は続けた。
「食料不足は、解消の目処が立ってきました。このまま補給物資の投下が継続的に行われれば、ひとまず安心でしょう」
「それを取りにいく遠征隊が毎回無事ならば、の話だけどな」
「船内に発生したゾンボの封じ込めには成功しました。厳重な監視により、二度と同じことは起きないでしょう」
「だったら最初から起こすなよ」
「行方不明者が複数出ました。紅子さんはミサイルの投下と同時に消失。霧が原因と考えられています。戦車に乗った茶々姉様も遠征から帰ってきません。あの方のことですから、無事だとは思うのですが」
「なにが行方不明だよ。ぜってぇなにか企んでいるに決まってら。ろくでもないことをな」
「恐らくですが、朱華さんも茶々姉様の戦車に搭乗していたと思われます。最後にマリーさんが倒れました。過労のようです。無理からぬことですが……」
「今のうちに、中学生を牛耳ってしまおうか?」
「なんてことを言いますか!?」
小梅が激昂して立ち上がり、拳を握りしめた。
「ああ!? なんだあッ!?」
江様は威嚇するように、褐色の足をテーブルの上に乗せた。
「江楼! お行儀が悪いですよ! 足を下ろしなさい!」
「んだと!? 俺に命令すんな! ぶっコロすぞ!」
江様も明らかに焦っていた。状況は一進一退。希望と絶望が交互にやってくる。いまだ解決への道筋が見えていないのが、彼女達を焦らせた。
「江楼。あなたの傘下の部活が、ドラッグストアを占拠したそうですね。あそこは、生徒会執行部が差し押さえていたはずです。即刻退去させなさい」
「いやだね」
「江楼!」
「フハハハハハハ! ドラッグストアときたか! フハハハハハハ!」
突然、頭が外れた美食ロボが笑い出した。もげた頭部は机の上に置かれ、明後日の方向を向いていた。
「お前達は大事なことを見落としているようだな」
「……」
「……」
「えー、それでは会議を終了します」
——第七デッキ、中学生達の客室。
鏡乃は、そっとその一室の扉を開けた。
「マリ助、いる?」
鏡乃が足を踏み入れると、嗅ぎ慣れたお嬢様の香りで室内は満たされていた。鏡乃は大きなベッドに近づいた。マリーが横たわっており、その横には小梅が腰掛けていた。
「……おりますの」
マリーは布団から顔を覗かせた。その顔は憔悴しており、黄金の輝きは色褪せていた。
「マリ助、元気?」
「……ぼちぼちですの」
鏡乃はベッドに膝をつくと、マリーの縦ロールを撫でた。
「ほら、これ持ってきたよ」
「……なんですの?」
「アンキモのメイド服だよ」
鏡乃は先日の遠征で手に入れたアンテロッテのものと思しきドレスを、マリーに手渡した。マリーは震える手で、ボロボロになったドレスを抱き締めた。
「間違いありませんの。これはアンテロッテのものですの」
「そうだよ。クロちゃんの白ティーもあったからね。クロちゃんもアンキモもみんなも、鏡乃達を助けようとがんばってるっていうメッセージだよ」
マリーは笑顔を鏡乃に見せた。
「そういう鏡乃さんは平気なんですの?」
紅子と朱華。鏡乃のルームメイトが二人ともいなくなってしまったのだ。恐らく朱華は、茶々様と戦車に乗ってどこかにいったのだろう。鏡乃の船室は今、ひとりぼっちだ。
「鏡乃は平気! 絶対にクロちゃんとメル子が助けにきてくれるし、ちゃんこ部のみんなもいるから! それに、シューちゃんは目的があって茶鈴先輩と出掛けていったんだよ! 鏡乃はそれを応援する! フンスフンス!」
「わたくしも、アンテロッテが助けにくると信じていますわ」
マリーは再びメイド服を抱き締めた。
「マリーちゃん! 私がそのメイド服を着て、アン子さんの代わりになりましょうか!?」
小梅が興奮気味に言った。
「けっこうですの」
「そうですか」
——掌山山頂。
霧に覆われた標高二百メートルの掌山を、一台の戦車が駆け登っていた。沿岸部の森を抜け、草原を踏み締め、そして山をよじ登る。屈強な戦車は、襲いかかるゾンボを蹴散らし、とうとう頂上までたどり着いた。
火口の中には、島にまったく似つかわしくない城が建っている。ここはこの島の支配者である、藍ノ木藍藍とコトリンの居城だが、島にミサイルが撃ち込まれて以降、いっさいの音沙汰がない。
戦車は金属製の階段を踏み潰し、フェンスを薙ぎ倒し、城の前まで進み出た。茶々様はハッチを開け、上半身を霧の中に晒した。履帯が床面を削る音が火口の中に反射した。
「茶鈴部長、どうですか?」
車内から朱華が声をかけた。その声色からは不安と恐怖がありありと伺える。
「ひとっこひとり、いてはりまへん」
戦車は城を一回りした。周辺の工場は稼働している様子はあるのだが、城からは人が住んでいる気配を感じない。
「おや?」
再び城の正面に戻ってくると、一人のロボットが待ち構えていた。
「お久しぶりどすなぁ、ハイデンはん」
ハイデンと呼ばれたべっぴんロボは、城壁に立ち、戦車を見下ろしていた。この人物こそ、今回の事件における諸悪の根源だ。生徒に成りすまし、ローション部に潜り込み、ローション生命体ソラリスを船内に撒き散らし、島中のロボットをゾンボにさせた。狂気のソラリス信者、ハイデンだ。
ハイデンはニヤリと笑った。
「三姉妹の長女か。お前の妹は恐怖にすくみ上がっていたが、お前はどうかな?」
「あても人一倍臆病やわぁ」
「ふふふ」
ハイデンは城壁から飛び降りた。すらりとした長身に長い黒髪、体のラインが浮き出たチュニックは動きやすさを重視していた。それに合わせて茶々様も戦車から降りた。二人は城の前で向き合った。
「なにをしにきた?」
ハイデンが聞くと、茶々様は桜吹雪の扇子を広げて口元を隠した。
「お茶のお誘いどす」
「くどい。さっさと話を進めろ」
茶々様は扇子の裏で笑った。
「紅子はんを返してもらいにきたんどすえ。あてのかいらしい後輩が悲しんでますさかい」
「紅子……黒乃の娘だな? 残念だが、あいつはこの計画にとってあまりにも邪魔だ。真っ先に消えてもらったよ」
「どうして、紅子はんが邪魔なんどす?」
「くくく、決まっているだろう。ソラリスの育成に支障が出るからだよ。この世界から隔絶された島なら、誰にも邪魔されないからな」
「……? 紅子はんがおると、肉球島の量子状態に支障が出るんどすか?」
「もういいだろう。どのみちお前らはここで死ぬんだ。答えを聞いても意味はない」
ハイデンが地を蹴った。強烈な蹴りが茶々様を襲った。それは茶々様の喉元に突き刺さったかと思われたが、鉄製の扇子によって力を逸らされていた。勢い余ったハイデンは、頭から地面に叩きつけられそうになり、体を捻って受け身を取った。
「むう? 学生にしてはやるな」
「そうどすか? あては生まれつき体弱おして」
茶柱家長女茶鈴は人のものを奪って生まれてきた。生まれつき肝臓と膵臓が二つずつあるという特異体質だった。逆に、その後生まれてきた次女には肝臓がなく、三女には膵臓がなかった。強靭な肉体を誇る長女に対して、あまりにも脆弱に生まれてしまった妹達。
次女と三女は機械に繋がれ、カプセルから出ることもできない人生が始まった。親族は、長女が妹達の力を奪って生まれてきたのだと噂した。
その後、秘密裏に臓器の移植手術が行われた。姉の強靭な臓器を手に入れた妹達は、みるみるうちに強く育った。まるで、生まれついて強いかのように。妹達はこのことは聞かされていない。
「あてのもの。あてのもの。妹のものは元々あてのものどす。全部あてのものどす」
「なんだ!?」
茶々様は鉄扇を振るった。ハイデンは腰に帯びた剣を抜き、それを防いだ。金属音が火口に反射し、火花を散らした。
「あてのもの、あてのもの。あてのあての。あてあてあてあて」
狂ったように襲いかかる鉄扇に、ハイデンは防戦一方だ。掌山の工場で作った刀が、徐々に削られていく。
「バカな!? たかが人間の女学生が!?」
ハイデンはマッチョメイドとの戦いを思い出していた。タイトバースのアキハバランド機国首都UDXで行われた死闘を(311話参照)。その恐怖が蘇ってきた。
「こんな小娘に、ハイデン騎士団の団長である私が!?」
「あては茶道部部長どす。あてあてあてあて」
渾身の鉄扇が振り下ろされ、剣は真っ二つに砕け散った。扇子の要に仕込まれた刺突用の突起を、能面のような表情でハイデンの脳天に突き刺した。そのまま力を込めると、扇子は丸ごとハイデンの頭部に埋まった。
「ぐおおおお!?」
ハイデンは懐から小さなシリンダーのようなものを取り出し、放り投げた。それは弧を描き、戦車のハッチに向けて飛んでいった。茶々様は身を翻して飛んだ。茶々様にはわかっていた。それがソラリスの種であることを。かろうじて手でシリンダーを受け止めることに成功した茶々様であったが、背中に強烈な痛みを感じていた。ハイデンが投げた砕けた刀が、突き刺さっていたのだ。
「茶鈴部長!」
朱華はハッチにもたれかかる茶々様を引っ張り、車内に落とした。
「戦車を出してください!」
「了解!」
戦車は十二気筒のエンジンを響かせ、急発進した。いつの間にか集まってきていたスパイダーゾンボを弾き飛ばし、突き進んだ。
「茶鈴部長! 茶鈴部長!」
「山を下るぞ! しっかり捕まって!」
スパイダーゾンボが戦車に飛びかかってきた。朱華は砲塔を回転させ、砲身をゾンボにぶち当てた。ずり落ちたゾンボを踏み潰し、戦車は進んだ。工場の壁に激突した衝撃で、片方の履帯が外れた。それでも戦車は山を下った。
朱華は救助用の発煙筒を焚いた。船からの救助隊が駆け付けたのは、日が暮れる寸前であった。




