第513話 DYING ROBOT その十四
時は遡り、特別合同課外授業十一日目の朝。
その日、肉球島にミサイルが降り注いだ。上空で炸裂したミサイルは、白い霧を撒き散らした。島は霧で覆われ、異世界へと変貌を遂げた。これはアルベルト・アインシュ太郎博士による方策で、島に発生したローション生命体ソラリスが、太平洋に拡散されるのを防ぐ目的のものだ。
このことは学生達には知る由もない。彼らはパニックに陥った。島が何者かによって攻撃された。ミサイル攻撃だ。彼らにわかったのはそれだけだった。
直ちに、生徒会長茶柱初火による緊急事態宣言が発令された。全生徒は美食丸に避難。船室で待機が言い渡された。これを破った者は、第三デッキの『監獄』に収監されることも付け加えられた。
特別合同課外授業十二日目。
学校との連絡は取れない。通信がまったく機能していないようだ。相変わらず島は霧で覆われ、外海を見通すこともできない。中学生による食事の配給が行われた。
特別合同課外授業十三日目。
船室待機が三日目にもなると、極度のストレスによる体調不良者が続出した。船室を抜け出し、暴れ回る者も現れた。彼らは集まり、生徒会執行部がある第十二デッキに集結した。デモだ。いったんは武力で彼らを抑え込んだが、一時しのぎにしかならないのは、誰の目にも明らかだった。
特別合同課外授業十四日目。
生徒会が主導し、サバイバル部、登山部、薙刀部による島内調査が行われた。目的地は掌山の頂上にある城だ。この島の管理者である藍ノ木藍藍とコトリンに、連絡を取らなくてはならない。島内の通信ですらままならず、彼女達とは音信不通なのだ。
島内調査は失敗。森に入った途端、動物ロボの襲撃にあった。彼らはこの島の生産物であり、元々森の中で穏やかに暮らしていたロボットだ。襲われるなど想定していなかった。ロボット達は皆一様に粘液に覆われており、生きているようには見えなかったことから、『ゾンボ(ゾンビロボット)』と命名された。
特別合同課外授業十五日目。
危険性を考慮し、島内調査は見送られた。立ち込めた霧は晴れる気配がない。それは船内にもじわりじわりと浸透してきた。ここで大きな問題が浮上した。食料問題だ。救助の目処が立っていない現状、食料庫が底を突くのは時間の問題だ。これは最も学生達を怯えさせた。
特別合同課外授業十六日目。
第一デッキの食料庫にて衝突が勃発。現在は食料を節約する目的で、中学生による配給が一日の食事のすべてという状況だ。それに不満を持った飲食店を運営する部活動が、生徒会執行部と衝突した。鎮圧はされたが、生徒会執行部への不満は募っていった。
特別合同課外授業十七日目。
船内でゾンボが発生。出所は第二デッキの乗務員用船室。ローションに侵食されて倒れた乗員ロボ百名が、格納されていたエリアだ。ここは封鎖されていたはずだったが、突破されていた。逃げ出したゾンボは捕えられ、再び第二デッキは封鎖された。
再度衝突が発生。今回はかつてない規模の争いとなった。帰宅部部長茶柱江楼が率いる帰宅部が、第十二デッキの生徒会執行部に押し入った。要求は生徒会長茶柱初火の辞任。これにいくつかの部活動が同調した。
マリーが仲裁に入ることにより、なんとか収束。これにより、茶柱初火率いる生徒会連合、茶柱江楼率いる帰宅部連合、マリー率いる中学生連合の三つの勢力ができあがってしまった。
そして、現在。特別合同課外授業十八日目の朝。
混迷を極める肉球島に、一筋の光が差し込んだ。上空よりパラシュートに吊られたコンテナが現れたのだ。生徒達は確信した。あれは救援物資なのだと。
「鏡乃山! 待て!」
「まるお部長!?」
コンテナは森の中に落ちたようだ。すでに生徒達は動き出している。鏡乃も走っていたが、まるお部長に呼び止められた。
「森の中にはゾンボがいるんだぜ! 危険だ!」
「でも、絶対にあれはクロちゃんの助けなんです! 手に入れないと!」
「どうしてわかる!?」
「わかりませんけど、わかります!」
こうなると、鏡乃は聞かない。まるお部長は鏡乃の肩に手を置いた。
「鏡乃山。いくならちゃんこ部、みんなでだぜ」
「まるお部長……! ごっちゃんです!」
鏡乃、まるお部長、ふとし、でかお、新弟子ロボが勢揃いした。そして……。
「ワタシガ ミナサンヲ マモリマス」
新しいちゃんこ部の部員、弟弟子ロボだ。二メートルを超える巨躯ボディ、立派な髷、そして引き締まったマワシ。特別合同課外授業でちゃんこ部が作り上げたロボットである。
「弟弟子ロボ! 頼りにしてるからね!」
鏡乃はその大きな背中を叩いた。ちゃんこ部は駆け出した。港を抜け、森に入る。勇気のある他の部活動もあとに続いた。
霧で覆われた森は見通しが悪く、どこになにが潜んでいるのかわからない。遠くから地響きが伝わってきた。エレファントゾンボが迫ってきているようだ。前方から、モンキーゾンボの群れが現れた。どいつも粘液を垂らし、不気味な唸り声を出していた。そのうちの一体が、鏡乃に向かって飛びかかってきた。
「鏡乃山、危ないッス!」
「うわわ!?」
「ゴッチャンデス」
弟弟子ロボの張り手が炸裂し、モンキーゾンボは森の中に吹っ飛んでいった。それを見た猿達は、いっせいに逃げ出した。
「すごい! 弟弟子ロボ、すごい!」
「ソレホドデモ」
ちゃんこ部は森の中を進んだ。コンテナが着地したのはこの辺りである。
「ありまシタ! アレデス!」
新弟子ロボが、木にひっかかっているパラシュートの残骸を発見した。ちゃんこ部が駆け寄ると、すでに他の部活動がコンテナを漁っている最中であった。
「わぁ! ダメダメ! それは鏡乃のだから! 返して!」
「うるせえ! 救援物資なんだから、みんなのもんだろ!」
「とにかく船に持って帰るぜ!」
ラグビー部が屈強な体格を活かし、ボックスを運び出していた。自転車部は自転車に積めるだけボックスを積んだ。体力ではちゃんこ部も負けていない。皆大量にボックスを抱えた。
「鏡乃山! もう帰るぜ!」
「まるお部長! まだボックスが残っています!」
地響きが近づいてきた。霧の中からエレファントゾンボの長い鼻が伸びてきた。
「でたぞ!」
「やべぇ!」
「逃げろ! もう物資は諦めろ!」
生徒達はいっせいに逃げ出した。ゾンボがコンテナに鼻を巻き付けると、いとも容易くひしゃげた。そしてそれを投げ飛ばす。危うく生徒に命中しそうになった。
「逃げろ! 逃げろ!」
「アナコンダゾンボも出たぞ!」
「こっちはハムスターゾンボだ!」
もう物資どころではない。生徒達は必死に走って美食丸に逃げ帰った。持って帰れたボックスはごくわずか。だが、貴重な戦利品だ。
生徒会執行部は獲得した物資を一元管理するために、ボックスの提供を要求したが、すでに彼らへの信頼は薄く、その要求を飲む部活動は少なかった。ちゃんこ部も、物資はすべてちゃんこ屋に持ち帰っていた。
「これですの?」
「これだよ」
「これだけですか?」
「これだけだよ」
ちゃんこ屋に集まっているのは、ちゃんこ部六名とマリー、梅の木小梅だ。彼女達は床に並べられたボックスを眺めていた。ボックスの大きさは大小様々だが、頑丈なプラスチックで作られている。表面には八又産業のロゴがプリントされているようなのだが、そのデザインは乱れまくっていた。
「なんでこんなに箱がボロボロなんですの?」マリーが尋ねた。
「わかんない。最初からボロボロだった」
二つの簡単なロック機構を外し、上蓋をどける。中には缶詰が詰まっていた。
「おお! 食料ッス!」
「やっぱり、救助ッス! 俺らを助けようとしてくれているッスよ!」
「でも、おかしいですよ。古すぎませんか、これ」
小梅が缶詰を持ち上げた。缶がズタボロになっており、表面の印字を読むことが不可能なほどだ。
「賞味期限切れの缶詰デスか!?」新弟子ロボは怯えた。
「古いというよりも、薬品に浸けて強い衝撃を加えたような感じですの」
食いしん坊のふとしが、たまらず缶詰を開けてしまった。中から出てきたのはパインのシロップ漬けのようだが、グズグズに形が崩れている。
「モグモグ、おいしいッス!」
「ふとし先輩! 私にもください!」
「こら! ふとし! 鏡乃山! 食べるのはあとにしろ! モグモグ」
次のボックスを開けた。中に入っていたのは電子機器だった。これもやはりボロボロだ。
「おお!」
「これで救助を呼べるッスよ!」
「すごい! すぐに呼ぼう!」
鏡乃が電源スイッチを入れるも、モニタに明かりがついたと思った瞬間に消えてしまった。しつこくスイッチをいじるが同じだ。そのうち、うんともすんとも言わなくなった。
「あれ!? あれ!?」
「あー! 鏡乃山が壊したッス!」
「なにもしてないのに壊れた!」
他のボックスには石鹸、歯ブラシ、タオルなどの生活必需品が入っていた。どれもボロボロだ。
「どうして、どれもこれもボロボロなんですの?」
「わかんない!」
いよいよ最後のボックスだ。鏡乃が開けると、中からボロボロの冊子が何冊か出てきた。表紙には日本語のような文字列が書かれており、ページをめくると今度は何語かもわからない文字がぎっしりと詰まっていた。
「どういうこと!?」
「こちらに情報を送ろうとしているのはわかりますの。でも読めませんの」
表紙の大きな文字は、かろうじて日本語の名残があった。
「マリーちゃん! これ『救助手順書』と読めませんか!?」
小梅が指摘したとおり、見ようによってはそのように読めた。
「これは古くなっていて読めないんじゃなくて、文字そのものが組み変わっているみたいだぜ!」
まるお部長の指摘に、マリーは合点がいった。小さい文字は組み変わり幅が大きいため、日本語と判別できないのだ。
「暗号化されているってこと!?」
「鏡乃山、救助に暗号化は必要ないッスよ」
「敵にわからないようにするためかも!」
「味方にもわからないッス」
いったいなぜ、このような状態になっているのだろうか? 鏡乃達はいくつかの仮説を立てた。
「島の周りにバリアのようなものが張られていて、コンテナがそこを通り抜ける時に、ダメージを受けるんだと思う!」
鏡乃は鼻息を荒くさせて力説した。
「霧のせいデス! 霧にヨッテ、物資が侵食されてイルんデス!」
新弟子ロボはこれしかないと確信した。
「ローションですよ! ローションが物資を溶かしているんですよ!」
小梅は拳を握りしめた。
正直言って、期待外れの物資という気持ちはある。もっと、状況を一変させるようなものを期待していたからだ。送られてきたのは食料と、壊れた機械と、意味不明な文章。とはいえ、行方不明になった紅子を案じてどん底にあった鏡乃の心は、復活しつつあった。みんなで必死に物資を回収し、みんなで一心不乱に議論をする。少なくとも我々は見捨てられたわけではない。助かるための一歩を踏み出せたという思いがあった。
「これは読めませんが、貴重な情報ですの。生徒会執行部と連携して、解読を始めますの」
「マリ助! よろしくね!」
鏡乃の丸メガネに光が宿った。
にわかに船内が騒がしくなった。鏡乃達がちゃんこ屋から飛び出ると、皆、外を指さしていた。急いでオープンデッキに走った。騒ぎの原因はすぐにわかった。パラシュートだ。パラシュートに吊るされたコンテナが、いくつも降りてくるのだ。
「すごい! また救援物資だ!」
船内の絶望の霧が晴れようとしていた。




