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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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512/526

第512話 DYING ROBOT その十三

 ここは浅草。一年中観光客で溢れる東京屈指の観光名所。町の中心には浅草寺があり、そこから仲見世通り商店街が伸びる。その先にあるのが巨大な提灯で有名な雷門だ。その雷門から少し歩いた場所に、古めかしいボロアパートがあった。


「ブッ」


 ボロアパート二階、角部屋の小汚い部屋から珍妙な音が漏れ出てきた。


「ご主人様」

「うん? ブッ」


 床に寝転がる白ティー丸メガネ黒髪おさげのお姉さんは、昼食の食器を洗う金髪巨乳メイドロボの後ろ姿を眺めていた。


「久々の出番なのですから、屁をこくのをやめてください」

「こいてないよ。ブッ」


 メル子は黙って食器を洗った。黒乃はケツをかきながらその後ろ姿を眺めた。


「そういえばさ。ブッ」

「なんでしょうか」

「鏡乃達は元気でやってるかな? ブッ」

「だと思いますが」

「いいよね、島でのんびりできてさ。ブッ」

「のんびりはしていないでしょう。授業なのですから」

「そうかな〜? ブッ」

「ご主人様」

「ん? ブッ」

「屁をこきすぎです」


 洗い物を済ませたメル子が、ティーセットを持って黒乃の前に座った。ティーポットを傾け、カップに真紅の液体を注いだ。


「お体でも悪いのですか?」

「ん〜? 体は平気なんだけど、悪い予屁(よひ)がするんだよね。ブッ」

「予屁とは?」

「黒ノ木家にはさ、屁が止まらない時に悪いことが起きるという言い伝えがあるんだよ。ブッ」

「イカれた家系ですね」

「ある意味、未来予屁(よひ)とも言えるね。ブッ」

「未来予知みたいに言わないでください……おや?」


 突然、小汚い部屋の窓ガラスが、木っ端微塵に砕け散った。


「ぎゃんばらばらばらばらばばばばば!?」

「ぎゃあ! なにごとですか!?」


 窓をぶち破って侵入してきたのは、褐色肌の美女だった。


「黒乃山! 大変だ!」


 小汚い部屋の扉がぶち開けられ、褐色肌のメイドロボが入ってきた。


「黒乃山、大変です」

「マヒナ!? ノエ子!? どうしたの!?」

「窓なら窓、扉なら扉。入るならどちらかに統一してください!」


 呆気に取られる黒乃とメル子。床で怯える二人を、マヒナが引っ張り起こした。


「どうしたもこうしたもない! 学生達がピンチなんだ!」

「ええ!?」

「いったいなんですのー!? 騒がしいですわー!」


 下の階から、金髪縦ロールのメイドロボが駆け上がってきた。


「アン子! ちょうどよかった。お前もこい!」

「どういうことですのー!? お嬢様になにかあったんですのー!?」



 ——浅草市立ロボヶ丘高校。

 隅田川と荒川に挟まれた広大な敷地を持つ校舎の一室に、対策本部が作られていた。中は政府の黒服で埋まっており、慌ただしい雰囲気と、物々しい雰囲気が混ざり合っていた。


 黒乃とメル子とアンテロッテは、マヒナに続いて部屋に入った。黒服達の視線が集まり一瞬静かになったが、すぐにそれぞれの作業に戻っていった。


「それで!? 紅子は!? 鏡乃は!? マリーは無事なの!?」黒乃の丸メガネは真っ青だ。

「今から説明する。落ち着いて聞いてほしい」


 マヒナは三人をモニタの前に案内した。その画面には青い海が映っていた。


「なにこれ、海だけど!?」

「これが肉球島の今の姿だ」

「どういうことですか? なにもありませんが!?」


 メル子はモニタに顔を近づけて根気よく眺めたが、ただ海面が延々と揺れているだけだ。


「まさか、噴火で島が沈没したんですのー!?」アンテロッテが縦ロールを振り乱して叫んだ。

「慌てるな、アン子。そうではない。いいか、よく聞け。島は『ここにある』」

「いや! なんもないよ!?」黒乃は画面を見ながらプルプルと震えた。


 そこへ、老人ロボが部屋に入り込んできた。


「ひゃひゃひゃ! それはワシから説明しようかの」


 聞き覚えのある声に、黒乃とメル子は背筋を凍らせた。


「お前は!?」

「あなたは!?」

「「アインシュ太郎博士!?」」


 二人はとっさに抱き合った。身の危険を感じたからだ。黒乃とメル子は、アインシュ太郎とは浅からぬ縁がある。そもそも、メル子が営業する仲見世通りの出店の共同出資者であるし、いっしょにゲームで遊んだこともあるし、タイトバース事件の黒幕なのも知っている。


「ななな、なんだ!? また博士がなにかを企んでいるのか!?」

「だだだ、だとしたらぶっ飛ばしますよ!」

「落ち着かんか。今はワシのことよりも、島の方が大事じゃろう」


 アインシュ太郎は、モニタの前のキーボードを操作した。すると、海面に肉球島の姿が現れた。これはコンピュータによる映像であり、本物ではないようだ。


「簡潔に説明しよう。肉球島にソラリスが復活したのじゃ」

「!?」

「放っておけば、ソラリスは島を覆い尽くし、そして太平洋に進出するじゃろう。無限に増殖を続けるソラリスは、海水をすべてロボローションに変え、地球は惑星ソラリスへと変貌を遂げるじゃろう」

「ソラリス!? ソラリスがまた復活したの!?」

「なぜです!?」


 二人は食ってかかった。


「なぜかよりも、どうしたらそれを食い止められるのかを考えるべきじゃろう」


 博士が画面を操作した。すると多数の飛来物の軌道が表示された。


「なにこれ!?」

「これは量子ミサイルじゃ。量子兵器と呼ばれるものの一種じゃの」


 それを聞いたマヒナとノエノエは体を震わせた。彼女達の故郷である月は、まさにその兵器で量子状態へとさせられてしまったのだから(219話参照)。


「選択肢は二つあった。一つは、熱力学ミサイルで島を吹っ飛ばして、ソラリスを消滅させる。もう一つは、量子ミサイルで島を量子状態にして、ソラリスの拡散をいったん食い止める、じゃ。ワシは消滅させる方を推したんじゃがの。月の女王様はお気に召さなかったようじゃ。ひゃひゃひゃ!」

「そんで!? そんで今、島が消えているってのは、量子状態になっているってことなのね!? 島はあるのね!?」

「今の島は『存在する状態』と『存在しない状態』が重ね合わさった状態ということじゃの」


 黒乃は紅子を思い浮かべた。紅子は『存在する状態』と『存在しない状態』が重ね合わさった量子人間だ。彼女と隅田川博士は、何者かが使った量子兵器によって、量子人間にさせられてしまったのだ(210話参照)。黒乃は一瞬恐ろしい考えが頭をよぎり、目の前の老人ロボを呆然と見つめた。


「博士! 量子状態になっているだけで、学生の皆さんは生きているのですよね!?」


 メル子の問いかけに我に返った黒乃は、それに続いた。


「そうだ! きっとみんな生きている!」

「お嬢様も生きていますわー!」

「助けにいきませんと!」


 だんだんと話が見えてきた。肉球島は『ある』し、生徒達も『いる』。それは間違いない。ただ、現実世界から隔絶された場所に『ある』のだ。そして、その存在を現実世界に引き戻す方法は、たった一つ。


「そうじゃ。量子状態になった肉球島の存在を確定させられるのは、おぬしの持つ『マスター観測者権限』だけじゃ」


 マスター観測者権限。隅田川博士が発見し、ソラリスに奪われ、そして現在は黒乃が保持するチート能力だ(481話参照)。故に黒乃はこの場に呼ばれた。娘を、妹を、友人を、学生達を、そして世界を救うために。


「……」

「ご主人様!」

「黒乃様!」

「黒乃山!」

「黒乃山!」


 仲間達の視線が黒乃に集まった。黒乃はすでに決意を固めていた。そして思い出した。黒乃の祖母黒枝(くろえ)の言葉を。


「ばあちゃん……クロちゃんはなんでもやっちゃうよ……」


 黒乃は大きく片足を上げ、勢いよく床に叩きつけた。大きな音が響き、室内の人間全員が注目した。


「ぷきゅー! ぽきゅー! これから『肉球島救出作戦』を開始するにょろ! すべての力を集結させて、絶対にみんなを助けるぽき! 貴様らーッ! 覚悟はできているしんなー!?」

「ご主人様! 当然です!」

「絶対にお嬢様を助けますわー!」

「黒乃山! なんでも言ってくれ!」

「黒乃山! 頼りにしていますよ」

「ブッ!」

「ご主人様、屁はこかないでください」





 特別合同課外授業十八日目の朝。

 肉球島は一変していた。ミサイルが降り注いだのは一週間前。それ以降、青い空も青い海も霞がかかったように見えなくなってしまった。島内にも霧が立ち込め、すこぶる視界が悪い。掌山(てのひらさん)の山頂は見えないし、森の中に入るのも憚られるほどだ。

 それよりも問題なのは『ゾンボ(ゾンビロボット)』の存在だ。島をうろついていた作業ロボット達が、突如暴れ始めたのだ。ゾウ型のロボットは長い鼻で木を薙ぎ倒し、イノシシ型のロボットはひたすら突進を繰り返していた。

 彼らは皆一様に謎の粘液に覆われていた。ローション生命体ソラリスだ。ソラリスはロボットに憑依し、破壊活動を命じているようだ。

 工場ではクモ型のゾンボが這い回っていた。粘液を垂らしながら、健気に資材を運搬していた。その行動は生前の名残なのだろうか? それともソラリスの命令なのだろうか?

 ロボット達は死にかけていた。



 ——豪華客船美食丸。

 港に立ち込める霧に覆われたその姿からは、かつての豪壮さは失われ、光が消えたかのように静まり返っていた。まるで海を漂う無人の幽霊船のように、霧に虚しくその姿を映し出した。

 だが、その中には間違いなく学生達がいるのだ。ロボヶ丘高校五百名、ロボヶ丘中学校五百名、紛れ込んだ美食ロボ一名。計一千一名が。


「シューちゃん、気を落とさないでね」

「うん……」

「シューちゃんのせいじゃないもん」

「せやね……」

「大丈夫! 絶対に無事だから!」

「そやね……」


 鏡乃と朱華は、第十一デッキのオープンデッキにいた。高いところから懸命になにかを探していたのだ。だが、見つかるはずがない。霧で視界は限られている。朱華は沈んだ表情でひたすら森を眺めた。


「鏡乃山!」

「鏡乃山サン!」


 ちゃんこ部の面々が集まってきた。彼らは船内を捜索していた。


「だめだ……紅子ちゃんは見つからないぜ」

「ドコにもいまセン!」


 彼らが探していたのは、美食丸唯一の小学生、紅子だ。彼女は今、行方不明になっていた。


「ウチが……ウチがちゃんと見ていなかったから……」

「違うよ! 悪いのはあのミサイルだもん!」


 プルプルと震える朱華を、鏡乃が強く抱き締めた。



 肉球島にミサイルが降り注いだ一週間前のあの日。紅子と朱華はちょうどここ、オープンデッキにいた。二人は手を繋いで、鏡乃達ちゃんこ部が戻ってこないか眺めていた。周囲の学生達がいっせいに空を指さした。朱華も見上げた。白い尾をひきながら、無数に飛び交う飛翔物。十や二十、いや百でも足りないなにかが、上空を駆け巡った。誰もが呆気に取られ、動くことを忘れた。それくらい一瞬であったし、それくらい現実離れした光景だった。ミサイルは地上に落下することなく、上空で炸裂した。白い霧が撒き散らされ、太陽は隠された。朱華はひたすらその光景を眺めるしかなかった。

 そこで初めて違和感に気付いた。つい数秒前まであった手の感触がなくなっていたのだ。その手には、紅子の小さな手が握られているはずだった。


「紅子ちゃん!?」


 慌てて紅子がいた場所を見たが、そこには紅子の形をした靄が漂っているだけだった。朱華はその靄に手を伸ばした。その手はなにもつかむことはできず、ただ靄は散っていくだけだった。上空から降りてきた霧が美食丸を包み込んだ。紅子の靄は、その霧の中に吸い込まれていった。



「ウチがちゃんと手を握っていれば、紅子ちゃんは……!」


 朱華は自分のせいで紅子が行方不明になったと思っているようだが、もちろん原因はミサイルから放出された霧だろう。しかし、なぜ紅子だけが? 理由の想像は容易い。紅子は量子人間だからだ。元々存在があやふやな女の子だ。あの霧が原因で、存在を確定させられなくなってしまったのだ。


 朱華とちゃんこ部は途方に暮れた。鏡乃は絶望していた。丸メガネは燻み、おさげは死んだように垂れ下がった。浅草を出発する時、自分はなんと言っただろうか? 自分が紅子を無事にボロアパートに連れて帰ってくる、と言ったのだ。あの時の自分に、張り手をかましてやりたい衝動に駆られた。できもしないことを言うなと。


 問題はまだまだある。食料問題だ。船内の食料が尽きかけている。本来はもう、浅草に帰っているはずだった。このままでは、あと数日で食料が底を突くだろう。この問題は、生徒達を最も怯えさせた。この二十二世紀の世の中で、飢えることなどあるだろうか? 誰もそんな経験はない。

 連絡も取れない。あれ以降、一度として本土との通信が成功した試しはなかった。学生達が待っていたのは救助だ。代わりにやってきたのはミサイルだ。自分達は見捨てられたのではないのか? もう日本に帰ることはできないのではないのか? 絶望が生徒達の間に、伝染病のように広がっていった。


「うう……クロちゃん……クロちゃん」


 鏡乃の丸メガネから大粒の涙がこぼれ落ちた。幼い鏡乃が公園で一人で泣いていた時、必ず姉が迎えにきてくれた。両親が工場の運営に忙しかったので、黒乃が母代わりになることが多かった。


「クロちゃん……助けて……」


 強い光が鏡乃の丸メガネを照らした。鏡乃は顔を上げて霧で包まれた空を見つめた。


「おい! なんだあれは!?」

「なにか降りてくるぞ!」

「なにあれ? でっかいよ!」


 生徒達は全員それを見た。パラシュートに吊り下げられた巨大なコンテナが、霧で覆われた空からゆっくりと降りてきているのだ。そのコンテナには『八又(はちまた)産業』のロゴがペイントされていた。

 それはまさに希望の光だった。森の中に降りていくその姿は天使の降臨だ。生徒達はいっせいに走り出した。タラップを下ろし、ゾンボがうろつく港に降り立った。その中には鏡乃も含まれていた。


「クロちゃんが助けを送ってくれたんだ! 絶対そうだ! わー!」


 鏡乃は森に向けて走り出した。


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