第511話 DYING ROBOT その十二
特別合同課外授業十日目の昼。
掌山の工場は、生徒達で賑わっていた。
「急げ、急げ!」
「生徒会長がくるまでにかたをつけろ!」
「先に素材を確保だ!」
「いや、プリンターの確保が先だ!」
「どけどけどけ! ラグビー部が先に場所をとったんだぞ!」
「うるせぇ! ここはタイキック部のもんだ!」
生徒達は殺気立っていた。慌ただしく走り回り、素材を奪い合い、装置を占拠する。彼らはわかっているのだ。これが無法な行為だということを。だからこそ焦っている。
現在、美食丸には外出禁止令が発令されていた。ローション生命体ソラリスの復活をもくろむタイト人ハイデンが、肉球島に潜んでいるからだ。彼女は『浅草事変』で浅草を壊滅させた張本人であり、超危険人物だ。
そんな輩が潜んでいるのにもかかわらず、学生達は船を抜け出した。理由はもちろん、ロボットを作るためだ。特別合同課外授業の目的は、ロボット作りだ。そのために、太平洋のど真ん中まではるばるやってきた。ほとんどの部が、ロボットの完成までは漕ぎ着けてはいない。だからやるしかないのだ。
——美食丸、第四デッキ、ショッピングモール。
「まるお部長! いましたか!?」
鏡乃はちゃんこ部の店舗である和食屋に駆け込んだ。中にいたのはまるお部長、ふとし、でかおだ。皆顔を青くさせ、汗を垂らしている。
「いねえ! 新弟子ロボがいねえ!」
「どこにいったッスか!?」
外出禁止令が敷かれている船内では、やることが限られている。生徒会長茶柱初火によって、航行時のようなポー稼ぎをすることが推奨された。ポー経済を回して、船内の安定化を図ろうとしたのだ。ちゃんこ部もそれに従い、ちゃんこ屋の営業の準備をしようとしていた。そこで、新弟子ロボの所在が不明になっていることが発覚した。
「あいつまさか……工場にいったんじゃないよな?」
「部長、ありえるッスよ!」
ちゃんこ部で最もロボット作りに打ち込んでいたのは、他でもない新弟子ロボだ。弟弟子ロボの設計をしたのも彼だし、AIの育成にも熱心だった。ロボット作りの工程において、最終テストに合格していないロボットは、船内に持ち込むことはできない。故に彼は、外出禁止令に背いて船から出ていってしまったのではないか。
「はわわ、はわわ! 部長! どうしましょう!?」
「出ていってしまったもんはしょうがねえ。一人にはできないし、探しにいくぞ!」
「「ごっちゃんです!」」
ちゃんこ部は港に降りた。もはや外出禁止令など存在しないかのように、港は生徒で溢れていた。生徒会執行部による出入り口の封鎖も虚しく、生徒達は荷物を抱えてタラップを下っていた。
「おい、登山部! 荷物が多すぎないか!?」
「こんなところにいられるか! 俺達は山に籠るぜ!」
「大変だ! 戦車部が船倉から戦車を持ち出したぞ!」
「おらおらおら! どかないと踏み潰すぞ!」
港は大混乱だ。もはや生徒会執行部の手に負える状況ではない。
「いくぞ! 鏡乃山! ふとし! でかお!」
「「ごっちゃんです!」」
その混乱に紛れて、ちゃんこ部も動き出した。紅子は朱華に預けてきた。さすがに、島の中で危険に晒すわけにはいかなかった。
——掌山の工場、組み立て室。
新弟子ロボは、必死にパーツを運んでいた。試作のボディとは違い、本番の弟弟子ロボのボディは巨大だ。
「フゥフゥ、ようやくパーツを運び終わりまシタ」
作業台の上に並べられたパーツを見て、新弟子ロボは満足げに頷いた。テスト用に作った二十センチメートルの試作ボディは、実にうまく動いた。設計がよかったからだ。美食丸が出航する前から、新弟子ロボは設計の構想を練っていた。そこに近代ロボットの祖、隅田川博士と荒川博士の娘である紅子のアドバイスが加わった。最高の力士ロボが作れる予感は、現実に近づいた。そして今まさに、現実になろうとしている。
「ボクは一人デモ、ヤってみせマス!」
新弟子ロボはごんぶと足パーツを持ち上げた。組み立て台にセットする。胴体パーツはクレーンで吊らなくてはならない。繊細な作業を要する。
「アレ? アレ? 難しいデス。クレーンを操作しながらだと、うまくいきまセン。ドウシヨウ!? アア!?」
クレーンがパーツにぶち当たり、派手な音を立てて足が転がった。
「おいおい。新弟子ロボ、大丈夫かよ」
「他の力士はどうした?」
心配をしたクラスメイトが声をかけてきたが、新弟子ロボはめげない。
「大丈夫デス! 皆サンには迷惑をかけられまセン! ボク一人でやりマス! ゴッチャンデス!」
その後も孤軍奮闘するが、どうにも作業は捗らない。時間ばかりが過ぎ、夜が近づいていた。新弟子ロボは工場の窓際に立ち、沈みゆく太陽を眺めた。
「暗くナルと帰りが怖いノデ、今日はもう帰りマスか」
しかし、帰ってどうするのだろうか。のこのことちゃんこ屋の営業に参加するのだろうか。気まずい。新弟子ロボは頭を抱えた。
「ン? ウワー!」
窓の外を眺めていた新弟子ロボは、こちらに向かってくる集団を見て仰天した。慌てて窓枠の下にしゃがみ込み、身を隠した。
「部長達デス! 見つかってしまいまシタ! ウワー!」
ちゃんこ部が、ドスドスと床を鳴らしながら組み立て室に入り込んできた。部屋の中をぐるりと見渡すと、あっという間に見つかってしまった。力士の大きなボディでは隠れられない。
「いたぞ! 新弟子ロボだ!」
「探したッス!」
「なにしているッスか!?」
「新弟子ロボ! 平気!?」
鏡乃が駆け寄ると、床に寝転がる新弟子ロボを引き起こして、思い切りさば折りを仕掛けた。
「グエエェェェェ! 鏡乃山サン!」
「新弟子ロボ! 探したんだからね!」
「グエェェェェェ! ゴメンナサイ!」
締め上げられた新弟子ロボは、再び床に転がった。床に伸びたそのボディに、まるお部長が優しく手を添えた。
「新弟子ロボ、どうして一人で抜け出したんだ?」
「まるお部長! ゴメンナサイ! どうしても、弟弟子ロボを完成させたかったんデス!」
「なんで、みんなに声をかけなかったんだよ?」
「ソレは……皆サンに迷惑がかかるかと思っテ……」
思わず、新弟子ロボの目からオイルが流れ落ちた。慌てて目をこするが、止まらない。
「俺らだって、弟弟子ロボを完成させたいのは同じッスよ!」
「ふとし先輩……」
「内緒にして抜け駆けするなんて、水臭いッス!」
「でかお先輩……」
「いっしょにロボット作りをしようよ!」
「鏡乃山サン……」
新弟子ロボは立ち上がった。信頼できる仲間達を見渡した。お互い、頷き合う。
「よっしゃ! 今日は徹夜で完成させるぜ!」
「「ごっちゃんです!」」
ちゃんこ部は気合いの四股を踏んだ。組み立て室が揺れ、周りで組み立て作業をしていた部のロボットが根こそぎ倒れた。
——浅草市立ロボヶ丘高校。
隅田川と荒川に挟まれた広大な敷地を持つその学舎は、もぬけの殻のように感じられた。それもそのはず。生徒達は全員、特別合同課外授業中で、太平洋に浮かぶ無人島、肉球島へ赴いているのだから。
だが、その静かなる校舎の一室だけは人でごった返していた。
「下がって! 下がってください!」
「先生達は全員、職員室へ! 対応は我々にお任せください!」
黒いスーツで身を固めた体格のいい男達が、教師を部屋から追い出していた。教師達はそれに食い下がっていたが、ついには根負けして締め出されてしまった。
「せめて、生徒達の安否だけでも教えてください!」
「情報はこちらの判断で、必要なだけ提供します。どうぞ職員室へ!」
「そんな!」
「横暴だ!」
教室の外の大騒ぎを笑いながら聞いていたのは、伸び放題の白髪を無造作に後ろに撫でつけた、小柄な老人のロボットであった。モサモサとした口髭と、重そうな分厚いスーツは野暮ったさを感じさせた。
「ひゃひゃひゃ! 元気じゃのう」
「アインシュ太郎博士、状況はいかがですか?」
「まずい! 非常にまずいぞい! ひゃひゃひゃ!」
アルベルト・アインシュ太郎。理論物理学ロボ。近代ロボットの祖、隅田川博士によって生み出された、最古のロボットの一人。トーマス・エジ宗次郎、ニコラ・テス乱太郎、ルベールの兄弟にあたる。月を一時量子状態にした張本人であり(219話参照)、タイトバースの世界が存在する量子サーバ『神ピッピ』の設計者でもある。
「まずい! このままでは、肉球島は丸ごとソラリスに飲み込まれてしまうぞい!」
「博士。その場合、日本への被害はどの程度の規模になると予想されますか?」
「日本どころの騒ぎじゃないわい。肉球島を起点に、海水がすべてローションの海にされてしまうわい。そうなったら、この世界はソラリスのものじゃて。ひゃひゃひゃ!」
「対策はありますか?」
アインシュ太郎は口髭をしきりに擦った。
「あるぞい」
「どのような?」
「ミサイルで、肉球島を丸ごと吹っ飛ばしてしまうのが手っ取り早いのお」
「博士。肉球島には、学生達がいます……」
なにやら部屋の外が騒がしくなった。廊下で誰かが騒いでいるようだ。教師だろうか?
「何者だ、貴様ら!」
「この学校は政府の管轄下にある! 誰もここには……うわっ!?」
なにかが壁に激突する音が数回響いたあと、教室の扉が勢いよく吹っ飛んだ。破壊されたドア枠を通って現れたのは、褐色肌の美女と褐色肌のメイドロボであった。
「探したぞ、アインシュ太郎博士」
「いよいよ姿を表しましたね」
ただならぬ殺意を纏った二人を見て、慌てて黒服達がアインシュ太郎の周りを囲った。
「ひゃひゃひゃ! マヒナちゃん、久しぶりじゃの。おっと、月の女王様じゃったかの」
月の女王マヒナとそのメイドロボノエノエは、ずっとアインシュ太郎を追っていた。彼女達の故郷である月を、危うく消滅させかけたからだ。マヒナは筋肉質の腕を前に伸ばし、拳を握った。
「観念しろ!」マヒナは飛び掛かろうとした。
「ええんかの? 今、ワシがいなくなったら、肉球島の生徒達は、全員ソラリスの餌食になるぞい」
マヒナの動きが止まった。プルプルと震える筋肉を、ようやく押さえつけているようだ。
「どういうことだ?」
「もはや、ソラリスの復活を止めることは誰にもできん。今から肉球島まで飛んでいっても時間がかかるのでな。島はソラリスで覆われる。それは確定じゃ」
「ぐっ……」
ノエノエはマヒナの肩に手を置いた。「マヒナ様」
「ふぅふぅ、ノエノエ。ありがとう」
マヒナは心を落ち着けて、博士に向き直った。
「ソラリスを駆除する方法は?」
「ミサイルで島ごと吹き飛ばすのじゃ」
「ダメだ。生徒達の安全が最優先だ」
「無茶言うのう」
「他に方法があるんだろう!? もったいぶらずに言え!」
「あるぞい! とっておきの方法がな! ひゃひゃひゃ!」
博士は実に楽しそうに笑った。
特別合同課外授業十一日目の朝。
掌山の工場の床は、徹夜明けの生徒達で埋まっていた。大きなイビキをかいて寝ている者もいれば、悪夢にうなされて歯軋りをする者もいた。その中に、もぞもぞと動く影が一つ。
「うーん、むにゃむにゃ、体が痛い。ふぁ〜。シューちゃん、おはよう。あれ?」
床から起き上がった鏡乃は周囲を見渡して、ここが尼崎の実家でも、ボロアパートの小汚い部屋でも、美食丸の船室でもないことを思い出した。
「あれ? あれ? ここどこ? あ、そうだ! ロボットを作っているんだった!」
鏡乃は立ち上がった。床に寝転がるまるお部長とふとしとでかおを叩き起こし、新弟子ロボを探した。
「あ、いた!」
鏡乃は組み立て室の外を指さした。窓の外には、朝日を受けて輝くもう一体の力士ロボの姿が見えた。
「新弟子ロボ!」
鏡乃達は部屋を飛び出した。朝の新鮮な空気が、ちゃんこ部の白ティーを揺らした。
「完成したの!?」
「完成しまシタ!」
新弟子ロボは、隣に立つ巨大な力士ロボの背中を自慢げに叩いた。
「ミナサン、オハヨウゴザイマス。ワタシガ、弟弟子ロボデス。ヨロシクオネガイシマス」
「すごい!」
「すごいぜ!」
「やったッス!」
「ロボットの完成ッス!」
部員達は大歓声で弟弟子ロボを歓迎した。
ロボットの完成。特別合同課外授業の目的。新しい力士。新しい仲間。新しい部員。鏡乃達はやり遂げた。一つの区切りがついた。そして新しい扉が開いた。
「あれ見て!」
鏡乃が水平線を指さして叫んだ。なにかがこちらへ向かって飛んでくる。
「おお! ロボットの完成を祝う祝砲か!?」
「すごいッス!」
「豪華ッス!」
「おめでたいデス!」
「ゴッチャンデス」
肉球島にミサイルの雨が降り注いだ。




