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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第509話 DYING ROBOT その十

 特別合同課外授業八日目の朝。

 掌山の工場のテストルームで、学生達は大盛り上がりしていた。


「いけー! 弟弟子(おとうとでし)ロボ! そこだ! わぁ! やった!」

「勝ったッス!」

「つよい〜」


 作業台の上で相撲をとっているのは、体長二十センチメートルの小さな力士『弟弟子ロボ』と、鏡乃がその辺で適当に捕まえてきた作業ロボだ。弟弟子ロボはがっぷりと組み付くと、見事な掬い投げで作業ロボを仰向けに転がした。勝利した弟弟子ロボは、蹲踞の姿勢を取ると自慢げに手刀を三回切った。


「ゴッチャンデス」


 紅子が興奮気味に指を差し出すと、弟弟子ロボはその指をしっかりと握った。


「かわい〜」

「かわいいデス!」


 小さなボディだからかわいいが、あくまでこれはテスト用ボディだ。本番のボディは、二メートルを超える巨大な力士ロボとなる予定だ。


 ちゃんこ部以外にも、完成間近なロボットが散見された。サッカー部のスカイラブロボは、なんと双子のロボットだ。野球部のノックロボは、練習でこき使う気満々だ。新聞部の配達ロボは、苦学生を思わせた。美術部のダ・ヴィンチロボは、絵画だけでなく音楽にも才能を発揮した。バレエ部の白鳥ロボは、股間から伸びる鶴の頭がご立派だし、ギャンブル部の多重債務ロボの指は脱着式で、麻雀部の盲牌ロボの指にはカメラが付いている。


「すごい! どのロボもすごい!」


 鏡乃はそれらを感心して見て回った。どの部活のロボットもオリジナリティに溢れ、創意工夫の跡が見てとれた。そしてなにより、そこには愛があった。二十二世紀に入り、身近となったロボット。町には当たり前のようにロボットが歩き、学校や職場の隣席にはロボットが座っている。家に帰れば、ロボットが出迎えてくれる家庭まである。もはや、なくてはならない存在になったロボット。人間の役に立つという存在意義を超えて、愛を勝ち取ったロボット。学生達は、ロボット作りを通じて、その愛を再認識しているのだ。


「テストはすべて終わったぜ!」

「概ね順調ッス!」

「いけそうッスね!」


 ちゃんこ部は俄然盛り上がった。数々のテストを行い、問題点を洗い出し、設計を見直し、いよいよ本番のボディを作る時がやってきたのだ。


「よくやったな、新弟子ロボ!」

「ゴッチャンデス!」


 ここまで漕ぎ着けられたのも、新弟子ロボの設計が優秀だったからだ。彼は一番熱心にロボット作りに取り組んでいた。その熱意に打たれて、部員達は努力を積み重ねたのだ。


 とそこへ、少女型ロボットが文字通り部屋に踊り込んできた。頭の大きなリボン、緑色のロングヘア、フリルだらけのドレス、そして眼球に刻まれた(アスタリスク)。プログラミングアイドルロボのコトリンだ。


「みんな〜! はぁ〜い! Optimize(がんば)ってる〜!?」


 コトリンはいかにもアイドルっぽい甲高く愛想がよい声を響かせ、軽快にステップを踏んだ。


「コトリンだ!」

「コットリーン!」

「かわいい!」

ふぉー(for)!」

 

 そのコトリンの背後に立つのは、藍ノ木藍藍(あいのきあいらん)。頭の上の大きなお団子に、藍色のスーツをビシリと決めたデキる女だ。コトリンのマスターであり、ここ肉球藍藍土(にくきゅうあいらんど)のオーナーである。二人は生徒達の視察にやってきたのだ。


「うーん! このロボット、フォルムが最高にいいネ!」

「コトリン、ありがとう!」

「わぁ! こっちのロボットのカラーリングは、コトリンモチーフカナ!?」

「いえ、違います!」


 かわいいアイドルに褒められ、生徒達のモチベーションは爆上がりだ。テストルームは、アイドルのライブ会場のように沸いた。


「うふふ、これでますますロボット作りに励んでくれますね」


 その様子を藍ノ木は満足げに見つめた。



 藍ノ木とコトリンは、掌山の火口に作られた城に戻ってきた。ここは二人の居城だ。大きな門の横に作られた通用口を通り抜け、赤いカーペットの廊下を歩き、貴賓室の扉を開けた。中で待ち構えていたのは、着物を着た恰幅のよい初老のロボットであった。


「美食ロボ殿、お待たせいたしました」

「お待たせだ・ゾ*」

「遅いではないか、フハハハハハハ!」


 椅子に座りバーガーを齧る美食ロボの対面に、藍ノ木とコトリンは座った。バーガーを食べ終えた美食ロボは、自分の両手を見つめた。


「見ろ! 手が汚れてしまったではないか!」

「これでお拭きください。ところで美食ロボ殿、はるばる肉球島までようこそお越しくださいました」

「ふん、ちょっとこの近くを通ったらこの島を思い出してな。ただの偶然だ」

「豪華客船の手配もありがとうございました」

「ヘリコプターを使えばもっと早かろう」


 美食ロボと肉球島には深い縁がある。そもそもは、美食ロボとロボット猫のチャーリーがこの島に漂着したところから物語は始まったのだ(225話参照)。その後、美食ロボはこの島を高級リゾートにするために、巨大なリゾートホテルを建築した(341話参照)。そのため、ロボキャット達と対立し、島を追い出された。

 その後、藍ノ木とコトリンは肉球島に島流しの刑に処された(424話参照)。彼女らは持ち前のスキルを駆使し、チャーリーのロボキャット工場を乗っ取ってしまったのだ。最後まで抵抗を続けたロボキャットのリーダーであるハルは、逆に肉球島を追放されることになった。彼は現在、尼崎の角メガネ工場に身を潜めている。

 藍ノ木はこれまでの戦いを振り返りつつ、未来に思いを馳せた。


「ここは私達の王国。ここを一大ロボット生産拠点にして、日本の、いや世界のロボット業界を牛耳ります。元々この島は、領有権があいまいな海域にあります。故にどの国も手を出しづらい状況です。サージャ様によって我々がここに島流しにされたのは、意味があるのです。ここに新たな国を作れと言っているのです! 法律やモラルで固められた土地では、新たなロボット(イノベーション)は生まれません。何者にも縛られない無垢な心。そう、学生達の若く純粋な心こそ、この島には必要なのです! いずれ、彼らにはこの島の住人になってもらいます。賛同してくれる子供達はたくさんいるはずです! 革命です! 私とコトリンは、この島で世界に対して革命を起こし! 王国を作るのです!」


 藍ノ木は立ち上がり、興奮気味にまくしたてた。両手を高く掲げ、恍惚の表情で天井を仰いだ。その姿をコトリンはうっとりと眺めた。


「プロデューサー! コトリンもずっといっしょだよ*」

「コトリン!」


 二人はしっかりと抱き締め合った。


「フハハハハハ! 王国ときたか! フハハハハハハ! ところで女将、この王国は本物か?」

「もちろん、本物でございますわ」

「ほほう、では教えてくれ。本物の王国とはなんなのだ」

「え? それは王様がいて、国民がいて、国土があって、王様がみんなから尊敬されていて……」

「ふうむ、王様か……そもそも王様とはなんなのだ? 王国にいるから王様なのか? インドにも王様はいるのか? この王国が本物と言ったからには答えてもらおう。まず第一に王様とはなにか?」

「え、ええ!?」


 謎の問答が、掌山のお城の中で虚しく繰り広げられた。





 特別合同課外授業八日目の夜。

 ここは豪華客船美食丸の第四デッキ、ショッピングモール。そのドラッグストアの店舗前に、生徒会執行部が押し寄せていた。


「まさか、こんなところに……」


 ロボヶ丘高校二年生、生徒会長の茶柱初火(ちゃばしらういほ)は、目の前のバリケードを恨めしげに睨んだ。彼女の横に並ぶは、竹刀を構えた剣道部と、薙刀を構えた薙刀部の猛者だ。


「どうやら、茶々姉様の情報は正しかったようですね」


 初様は、姉である茶道部部長の茶柱茶鈴(ちゃばしらちゃりん)から、ローション部の情報を得ていたのだ。このドラッグストアを管理しているのは『化学部』だ。化学部こそが、ローション部の本体だったのだ。


「思えば、運動会で最初にローションを撒き散らしていたのも化学部でした(494話参照)。なぜ今まで気が付かなかったのでしょうか……」


 化学部は、このドラッグストアでロボローションを生成していた。外部から、大量にローションを持ち込んでいたわけではなかったようだ。ドラッグストアを隠れ蓑にして、船内にローションを拡散させていた。今度こそ、根を断たなければならない。


「突撃!」初様の号令で、剣道部と薙刀部が突撃を仕掛けた。


「御用だ! 御用だ!」

「御用だ、化学部!」


 急拵えのバリケードを破壊し、ドラッグストア内部に入り込む。化学部がローション銃を撃ち込んできた。だが対策は万全、全身がすっぽりと入る盾を構えた生徒会執行部が銃撃を防いだ。化学部が苦し紛れに、ハッカ油を撒いてきた。


「ちめたい!」

「いけいけ! 御用だ!」


 剣道部にぶちのめされた化学部は床に転がった。しかし、真の標的はこいつらではない。


「べっぴんロボを探すのです!」


 この作戦の目標は、ローション部部長であるべっぴんロボを捕らえること。薙刀部がドラッグストアのスタッフルームに押し入った。


「いたぞ!」

「べっぴんロボだ!」

「すごいべっぴん!」


 スラリとした長身、異様なまでに整った長い黒髪、鋭い目つき。そしてコスプレ感が強い黒いセーラー服。間違いない。運動会で見かけたべっぴんロボである。


「ローション部部長! 御用だ!」

「おとなしくしろ!」


 べっぴんロボは、乱入者などいないかのように、机の上の透明なボトルを持ち上げた。中には粘度の高い液体が詰められており、なにやら黒い筋のようなものが動き回っていた。それを天井の灯りに透かして、恍惚の表情を浮かべた。


「くくくく、ようやくだ。ようやく完成したぞ」


 べっぴんロボはボトルを握り締め、薙刀部に迫った。


「止まれ!」

「御用だ! 御用……」


 べっぴんロボは、目にも止まらぬ速さで動いた。薙刀部は自慢の得物をへし折られ、壁に叩きつけられた。


「雑魚どもが。もうこの船には用はない」


 べっぴんロボは悠々とドラッグストアの正面から出た。初様と剣道部が迎え撃つ態勢に入った。


「止まりなさい!」


 初様が木刀をべっぴんロボに向けた。その切先はわずかだが揺らいでいた。それを見たべっぴんロボは、妖艶な笑みを浮かべた。


「くくく、剣で私に勝てるとでも思っているのか?」

「ちぇすとー!!」

「イェイェアェアエェェェイ!!」


 剣道部が気合いの叫びとともに挑んだが、向かいの店まで吹っ飛んでいってしまった。


「ぐっ! ううッ……止まりなさい!」

「恐怖のあまり、それしか言えなくなったか?」


 べっぴんロボが初様に迫った。初様は顔を真っ青にして立ち尽くすしかなかった。万事休す。

 その時、豪華客船に心を震わせる黄金の風が吹き込んだ。

 オーホホホホ……オーホホホホ……。


「なにッ!? この声は、まさか!?」


 べっぴんロボは、慌てて剣道部が落とした竹刀を拾い上げた。周囲を見渡し、緊張の糸を張り巡らせた。


「オーホホホホ! 船の中で好き勝手はさせませんわよー!」


 生徒達の壁を割って現れたのは、金髪縦ロール、シャルルペロードレスのお嬢様であった。その手には、ゴツいライフルが握られていた。


「貴様はッ! 勇者(ブレイブ)マリー!?」

「オーホホホホ! お久しぶりですわねー! ハイデンさん!」


 ハイデンと呼ばれたべっぴんロボは、一歩引き下がった。


「まさか、こんなところで勇者様とお会いできるとは、光栄の至りです」


 ハイデンは恭しく一礼した。頭を下げてはいるが、その視線はマリーの手元に注がれていた。


「これでございますの? これはサバゲ部からお借りした、エアガンでございますわよ。ご心配なく」


 ハイデンはさらに一歩下がった。


「剣聖殿はお元気ですかな?」

「元気すぎて、どこかに飛んでいってしまいましたわー! オーホホホホ!」


 マリーの高笑いが炸裂した。その瞬間、ハイデンは走っていた。デッキの小さな窓を蹴破り、くぐり抜ける。あっという間にその姿は見えなくなっていた。


 残されたマリーは、大きくため息をついた。美しい縦ロールが左右同時に揺れた。一方、初様はその場にへたり込んでいた。マリーはその震える肩に手を置いた。


「もう、大丈夫でございますわよ」

「なんなんですか、あいつは!?」

「異世界からやってきた、悪いお方でございますの」

「なぜあなたは中学生なのに、あんなやつに立ち向かえるんです!?」


 マリーはニヤリと笑った。


「お嬢様は度胸ですの。オーホホホホ!」


 百戦錬磨のお嬢様に、怖いものはない。


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