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第508話 DYING ROBOT その九

 特別合同課外授業六日目の朝。

 鏡乃は豪華客船美食丸の、第八デッキの客室で目を覚ました。


「ミラちゃん、おはよう」

「シューちゃん、おはよう!」


 鏡乃(みらの)は布団を跳ね除け飛び起きた。中学生が洗濯をしてくれた清潔なシーツから転がり落ちると、大急ぎで着替えを始めた。


「急いで朝ごはんを食べて、工場にいかないと!」

「あんまり、慌てたらあかんて」


 ルームメイトの朱華(しゅか)は、鏡乃の後ろに立ち、おさげを編み始めた。ごんぶとおさげは黒ノ木家の身だしなみ。編まずに人前に出ることは許されません。


「あれ〜? 紅子は?」

「もう、朝ごはん食べにいってるで」

「うそ〜? 一人で大丈夫かな?」



 紅子は早起きをして、朝食を食べにきていた。鏡乃はいつも起きるのが遅いので、待ちきれなかったのだ。第五デッキのレストラン街は生徒であふれていた。ビュッフェ形式のメインダイニングは、中学生が料理を提供していた。本来は乗員ロボが運営していたのだが、現在彼らの姿は見えない。この船から消え去ってしまったかのようだ。


「たまごやき〜、うぃんな〜、いかのしおから〜」


 紅子は皿に好物だけを乗せた。鏡乃といっしょにくると、あれも食べろこれも食べろとうるさいのだ。


「あれ〜? マンゴーゼリーがない〜」


 いつもはスイーツゾーンに山盛りにされているゼリーだったが、今日はほとんど残っていない。フラフラと歩く怪しい集団が、根こそぎ持っていってしまったようだ。


「いよう、お嬢ちゃん。ゼリーをお探しKAI?」

「あ〜、怪盗ロボだ〜」


 怪しい仮面に、黒いマントを羽織ったロボットが、紅子の前に現れた。彼の皿の上には、ゼリーの容器が山ほど積まれていた。


「ゼリ〜、ほしい〜」

「どうにもプルプルしたものが食べたくなってしょうがないんだがよ。一個くらいなら、お嬢ちゃんにあげるZE!」

「ありがと〜」


 差し出されたゼリーを受け取ろうと、紅子が手を伸ばした。その指先が一瞬、怪盗ロボの手に触れた。


「ぐっ!? うおッ!?」


 突然、怪盗ロボが身をよじって後ろに倒れ込み、皿の上のゼリーをぶちまけてしまった。周囲に野次馬の生徒が集まってきた。


「おい、怪盗ロボ、どうした?」

「なになに?」

「大丈夫?」


 怪盗ロボは慌ててゼリーをかき集めて立ち上がった。マントとマスクを整え、周囲を見渡した。


「へいき〜?」

「あれ? あれ? あ、平気だZE、お嬢ちゃん! ゼリーを食べてくれよな。あばYO!」


 怪盗ロボはマントを翻して華麗に去っていった。紅子は瞳を輝かせてそれを見つめた。


「かっこい〜」



 肉球島でのロボット作りが始まり、徐々に生徒達のルーティーンが固まり始めていた。

 朝食は中学生が作るビュッフェで済ます者が多い。とにかく朝一番で動くことが肝要だ。

 それが済んだら掌山への登山が始まる。工場設備の利用は早い者勝ちである。工場ではオリジナルのロボットを作るために設計、加工、組み立て、テストに勤しむ。

 昼食はやはり、中学生が作った弁当が活躍する。島内には飲食店はない。そもそも本来は無人の工場なのだ。

 夕方には、早々に船に戻る。夜までロボット作りに励みたいところではあるが、船で肉球(ポー)コインを稼がなくてはならないのだ。飲食店の場合は仕込みがあるし、施設の維持管理にも時間がかかる。

 夕食はレストラン街が活況だ。生徒達が作り上げた様々な料理を堪能できる。食事は一日の大きな楽しみ。妥協はできない。

 夕食後は憩いの時間が始まる。ロボット作りも、登山も、ポー稼ぎも重労働だ。皆、疲れ果てている。だが、働いて寝るだけでは心の疲れは取れない。娯楽が必要だ。

 初めはカジノが盛況だったが、今は人が少ない。運営する乗員ロボがいないからだ。代わりにギャンブル部が賭場を開いているが、この状況で一か八かの賭けに出る者は少ない。のんびり楽しめる演劇部のショーが人気だ。スポーツもストレス解消にはもってこいだ。ボドゲ部のボドゲカフェは席が埋まっている。整体部や耳かき部、ASMR部が運営する店は予約が必要なほどだ。

 船内の清掃、洗濯、物資の管理は中学生が行なっている。彼らはマリーの指揮の下、クラス単位で役割をこなし、ロボット作りとポー稼ぎを両立させていた。



 回る回る。歯車(メカニズム)は回る。すべてはグリスを塗りたくったギアのように、音もなく回っているように思えた。いや、思いたかった。生徒会長茶柱初火(ちゃばしらういほ)は、歯痒い思いでデッキを動き回る生徒達を眺めた。

 ここは第十デッキ。カジノなどの娯楽施設が集中しているエリアだ。もう日付が変わりそうな時間帯だが、まだまだ元気な学生が多いようだ。


「なぜです!?」


 初様は指示棒を握り締めた。


「もうあらかたのローション部員は捕えたはずです。なのに、船内のローション侵食が止まりません。まだローション部がいるというのですか!?」


 船内に拡散するローション。初様はその脅威を必死に食い止めようとしていた。乗員ロボ百名は、ローションに侵食されて機能を停止したと見ていい。彼らが暮らす第二デッキは完全に封鎖された。今のところはその事実は伏せられている。知られれば、船内に大混乱を巻き起こすであろう。そうなる前に事態を収拾させるしかない。


「プールの方は?」

「清掃は完了しました」


 ローション部はまず、第十一デッキのプールを狙った。ロボローションを撒き、プール全体をローションの池に作り変えた。十一月という気候ゆえ、誰もオープンデッキのプールには入らなかったので発見が遅れたのだ。そこから下層へ向けてローションは侵食していった。

 そこは潰した。これで一応の拡散は防げたはずであった。だが、新たな被害者が生まれた。トイレを清掃していた中学生のロボットが、ローションまみれで倒れているのが発見されたのだ。


「誰の仕業です!?」

「ローション部の部長では?」

「部長……あのべっぴんロボですか」


 唯一捕まっていないローション部員だ。


「初様、あのべっぴんロボをご存知でしょうか?」

「どういうことです? 部長ではないんですか?」

「私、あの部長の顔に見覚えがありません。昔からいたでしょうか?」

「確かに……」


 初様はべっぴんロボの記憶を呼び起こした。いくら遡っても、運動会のシーンが最古の記憶だ(496話参照)。運動会前に転校でもしてきたのだろうか?


「いえ、転校の記録はありません」

「初様。もっと言えば、あのべっぴんロボは制服がまったく似合っていませんでした。コスプレ感がすごいです」

「確かに……学生ロボには見えませんでしたね。まったくの部外者が生徒を装って学園に侵入を? まさか……なんのために?」


 ローションを撒き散らすため。信じがたいことである。


 にわかにデッキが騒がしくなった。そちらへ視線を向けると、怪盗ロボが生徒達の間を走り回っていたのだった。


「怪盗ロボがなぜここに!? 監獄に収監されていたはずでは!?」


 監獄とは第三デッキの乗務員用船室のことだ。帰宅部部長の茶柱江楼(ちゃばしらころ)が支配する、不届き者を隔離しておく刑務所のようなエリアだ。


「待ちやがれ! ぶっコロすぞ!」

「待てと言われて待つ怪盗はいないZE!」


 その怪盗ロボを追いかけているのが、(ごう)様こと茶柱江楼だ。江様は金属製のベーゴマを怪盗ロボに向けて投げた。


「効かねえZE!」


 怪盗ロボはマントを翻してベーゴマを弾いた。しかし、ベーゴマの回転は死んでおらず、マントを巻き込んで回転を続けていた。


「なにッ!?」


 回転によりマントが捻り上げられ、首が締まってしまった。怪盗ロボはたまらず床に転がった。


「グェェェ! 苦じい……」

「今度は海の底に収監してやる! む!?」


 怪盗ロボをひっ捕らえようと迫る江様の目の前に、突如として幼女が出現した。それに驚いた江様は思わず足を止めた。


「うわッ!? てめぇは鏡乃山んとこのチビスケ! 邪魔だ!」

「わ〜、ごめんなさい〜」


 紅子に気を取られている隙に、怪盗ロボは逃げ出した。


「お嬢ちゃん、ありがとYO!」

「ばいばい〜」


 手を振る紅子を、白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽが抱きかかえた。


「紅子! もう、寝る時間だから! 帰るよ! あ、江楼ちゃんだ! こんばんは! お元気ですか! スンスンスン! お日様の匂い!」

「てめぇ、鏡乃山! チビスケの面倒をちゃんと見とけ! 怪盗ロボを逃しただろうが!」

「ええ!? ごめんね!」


 鏡乃と紅子は慌てて去っていった。江様は筋肉質の脚をむき出しにして床を踏み付けた。


「ちくしょう!」

「失態ですね」

「ああ!? (うい)姉!?」


 初様率いる生徒会執行部が江様を取り囲んだ。


「怪盗ロボは、あなたの責任で監獄に収監されていたはず。それなのに脱獄を許すなど」

「あいつ、ローションで滑りがよくなった空調用のダクトを、無理矢理通り抜けやがったんだ!」

「言い訳ですか?」

「なんだぁ!? ぶっコロすぞ! そういうおめーらは、ローション部を捕まえられたのかよ!」

「くっ」


 初様と江様が、それぞれ指示棒とベーゴマを構えた。一触即発の緊張が野次馬の間を走り抜けた。野次馬の一人が声を上げた。


「初様! 乗員ロボはどうしたんですか!?」


 それに釣られるように、皆の疑問が口をついて出た。


「ローションってなんなんですか!?」

「初様! 説明してください!」

「初様!」


 この場に留まっていては無用な混乱を招くと判断した二人は、お互いに背を向けて歩き出した。初様は去り際に言い放った。


「問題ありません! 生徒会執行部がすべてを管理しています! 特別合同課外授業に集中してください!」


 それでその場は解散となった。生徒達は一抹の不安を覚えたが、明日から再び始まるハードなロボット作りの責務に押されて、それは胸の奥に追いやられてしまった。

 その様子を二人の姉の茶々様は、影からこっそりと見ていた。


「どんどん歪んでいきはりますなあ」


 茶々様は桜吹雪の扇子を口元に当てた。





 特別合同課外授業七日目の夕方。

 ちゃんこ部は掌山の工場の組み立て室にいた。今まさに、ちゃんこ部の力士ロボ試作品第一号が完成したのだ。大きさはわずか二十センチメートル。本物の十分の一もない。作業台の上にコードで繋がれた小さなボディは、尻を地面につけて俯いていた。


「できた! すごい! わぁ! ちっさくてかわいい! プチ黒とプチメル子みたい! すごい!」

「まずは、小型のものを作ってテストするのがセオリーだからな」

「かわい〜」


 ちゃんこ部は大いに湧いた。しかし、まだ試作品のボディが完成したにすぎない。ここにAIをインストールするのだ。


「新弟子ロボ! いけ!」

「ゴッチャンデス! インストール開始!」


 ほんの数秒でAIのインストールは完了した。頭の髷が震え、首を上げた。


「動いた!」

「動いたッス!」

「うごいた〜」


 皆が見守る中、力士ロボは立ち上がった。小さいが大きな体。丸々と太ったあんこ型。立派なマワシ。まごうことなき力士だ。首の後ろから伸びるコードを自ら引き抜くと、コネクタを放り投げて言った。


『ゴッチャンデス』


 ちっちゃな力士は、兄弟子達を見上げた。


「しゃべった!」

「しゃべったッス!」

「しゃべった〜」

「おい、新弟子ロボ! お前の設計だ! お前が名前を付けろ!」


 まるお部長が新弟子ロボに促した。


「ボクでイイんデスか!?」


 新弟子ロボは部員達を見渡した。皆、順に頷いていく。


「デハ、命名しマス! この子は『弟弟子(おとうとでし)ロボ』デス!」


 ロボヶ丘高校ちゃんこ部に、新しい力士が誕生した。


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