第507話 DYING ROBOT その八
特別合同課外授業五日目の早朝。
学生達の多くは、掌山の火口にある工場に集結していた。今日からいよいよ、本格的なロボット作りが始まる。誰よりも早くロボットを作ってやろうと意気込む部が、朝一番での登山を敢行させたのだ。
そんな部活動の一つが、我らがちゃんこ部だ。
「ハァハァ。紅子、平気?」
「へいき〜」
平気も平気。小学二年生の紅子の足取りは軽い。鏡乃の手をひっぱり、階段を上り切った。その後ろから巨体を揺らしながら現れる部員達。
「ハァハァ。疲れたッス……」
「ハァハァ。でかお、しっかりしろ」
「まるお部長! 今日はナニから手をつけマスか!?」
新弟子ロボは床に転がる先輩達を急かした。
「ハァハァ。新弟子ロボ、ちょっと休ませてくれ」
「ミナサン! 稽古が足りないデスよ!」
火口の工場は早くも火を吹き始めた。煙突からは白い筋が昇り、ベルトコンベアが回った。金属が軋む音を響かせ、クレーンがコンテナを吊った。あちらこちらから、様々な形の作業ロボが現れた。一番多いのは蜘蛛型のロボットだ。山肌に張り付くように建設された工場は足場が悪いので、多脚のロボットの方が都合がよい。
鏡乃はその作業ロボを観察していたが、あることに気がついた。
「あれ〜?」
「どうした、鏡乃山」
「まるお部長! ロボキャットがいません! この工場は、ロボキャットが働いているはずなんです!」
「あーん? そういえばいないな。でも、沿岸部の森の中にはけっこういただろ」
本来この工場は、ロボキャットがロボキャットを製造していた工場のはずだ。その工場を管理していたのがロボキャットのリーダー、ハル。彼は藍ノ木藍藍とコトリンによって、島を追放されてしまった。
「ハルが島から追い出された時に、ロボキャットも工場から追い出されたのかなあ」
「しんぱい〜」
鏡乃と紅子は、過去の記憶に思いを馳せた。肉球島でのサバイバル、ロボキャットとの邂逅、ハルとの和解、そして黒乃との決戦。
「まあよ、ロボキャットも心配だがよ、俺らは俺らでやることがあるからな。まずは、それをやり切ろうぜ!」
「ごっちゃんです!」
鏡乃は腰の黒いマワシを叩いて気を引き締め直した。特別合同課外授業の目的は、自分達の手でロボットを作ること。それを忘れてはならない。
ちゃんこ部がまずやってきたのは、設計室だ。ずらりとモニタが並んだ部屋で、すでに大勢の生徒が作業を始めていた。
「新弟子ロボ! 設計はお前に任せたぜ!」
「ゴッチャンデス!」
ロボット作りの大まかな手順は、昨日の座学で学んだ。まずは『設計』。これがなくては始まらない。次に部品の『調達』、『加工』、『組み立て』、『検査』を経て完成となる。
これに大事な工程が加わる。それはAIの『育成』だ。この授業で作るのは、工場に設置するようなアーム型ロボットではない。生きたロボットなのだ。それには高度なAIが必要だ。
「戦車部! なに作ってんだよ!?」
「これロボットというか、戦車だろ!」
「戦車ロボだよ! 変形するんだ! お前らのロボットを蹴散らしてやるぜ!」
「おい! 漫研のロボットすげえぞ!」
「中二美少女ロボだ!」
「これは痛ェ! でもかわいい!」
「落研は座布団運びロボかよw」
「一枚もってって〜w」
設計室は大盛り上がりだ。鏡乃は興奮してその様子を見て回った。
「フンスフンス! すごい! みんなかっこいいロボット作ってる!」
「鏡乃山! うちらも負けてないッスよ!」
鏡乃は新弟子ロボのモニタを覗き込んだ。そこには、巨大な力士ロボが表示されていた。
「すごい! かっこいい!」
「エヘヘ。どうデスか、鏡乃山サン」
「強そう! 変形はするの!?」
「しマス!」
「すごい!」
鏡乃は新弟子ロボの肩を掴んで揺さぶりまくった。大まかな外観はできあがったが、設計はここからが大変だ。各パーツの図面を作成し、シミュレーションを繰り返す。コトリン謹製ツールのサポートがあるので、高校生や中学生でも作図が可能だが、思ったとおりのものを作るには多大な労力と時間を要する。とはいえ、さっそく設計図第一弾が完成した。
「できまシタ!」
「おお!」
「すごいッス!」
「速いッス!」
モニタを覗き込んだちゃんこ部が喜んだのも束の間、表示されたパラメータを見て、目玉が飛び出た。
「新弟子ロボ! 使用ポーが多すぎだぜ!」
「完全に予算オーバーッス!」
そう、ロボット制作には『肉球コイン』が必要だ。肉球島と美食丸の内部だけで使用可能な通貨だ。素材を手に入れるのもポーが必要。素材を加工するのにもポーが必要。だからどの部活動も、必死にポーを稼いでいたのだ。
「どうしよう!? これじゃロボット作れないよ!」
鏡乃は狼狽したが、制作の順序としてはこれで問題ない。まず理想のモノを作り、そこから徐々に実現に近づけていくのだ。最初の志が低ければ、小成に安んじる。ちゃんこ部は理想のロボットを夢想した。
ここからは、ひたすら試行錯誤が始まる。設計を見直し、素材を見直し、機能を見直す。あーでもない、こーでもない。アイディアを自由に捻り出す。
「ここ〜、こんなにボーンいらないかも〜」紅子が腰周りを指摘した。
「おお!」
「なるほどッス!」
「紅子ちゃん、すごいッス!」
「紅子は天才だから!」
「えへへ〜」
近代ロボットの祖、隅田川博士と荒川博士の娘である紅子は、設計の最適化に大いに貢献した。
しかし、まだまだ時間はかかりそうだ。ちゃんこ部は分担して作業を行うことにした。鏡乃はAIの育成。でかおは素材の調達。ふとしは加工。まるお部長は全体の管理を行う。それぞれの仕事をこなすため、部員達はそれぞれの施設に散っていった。
鏡乃は設計室を飛び出た。手すりに掴まり、山の斜面を縦横に伸びる階段を歩いた。設計図を持って階段を上る生徒の横をすり抜け、資材を運ぶ運搬ロボの下をくぐり抜け、鏡乃は進んだ。赤道に近い太平洋の日差しと風は、うっすらと白ティーを湿らせた。
「気持ちいい!」
標高二百メートルの掌山の火口からは、島全体を見渡すことができる。沿岸部は森に覆われ、それを抜けると草原が広がる。そこから先は険しい岩山だ。海岸には豪華客船美食丸の姿が見えた。あれほど大きく感じた美食丸だが、山頂から眺めると池に浮く木の葉のように見えた。その船から山頂へと続く道には、蟻の行列のように生徒達が行進していた。
今、この島は一つの世界を形成していた。学生とロボットだけの島。独自の経済が構築され、独自の仕組みで工場が回り、独自の目的で人が動く。鏡乃は世界を見下ろした。
AIルームに入ると、愛しの相棒が出迎えてくれた。
「ミラちゃん、こっちやで!」
「シューちゃん!」
ルームメイトの桃ノ木朱華は、鏡乃を自分の隣の席に座らせた。
「シューちゃんもAI作ってたんだ! あれ……?」
「鏡乃はん、おいでやす」
朱華の隣に座っていたのは、美しい白髪を頭の上で結い上げた切れ長の目の美女であった。
「あ! 茶鈴先輩! こんにちは! お元気ですか! スンスンスン! 抹茶ラテの匂い!」
「元気どすえ。匂いを嗅ぐのをやめとぉくれやす」
茶柱茶鈴、通称茶々様。ロボヶ丘高校三年生。前生徒会長で、現在は茶道部の部長を務める。茶柱三姉妹の長女で、学園のアイドルだ。
茶々様は桜吹雪の扇子でキーボードをつついていた。画面にはちょんまげをつけた武将のアバターが表示されており、なにやら茶を点てているのだった。
「すごい! もうAIができてる!」
「今、織部ロボの育成中やで」
「織部ロボ!?」
「あてらは茶人のロボットを作る予定どす」
「すごい! 強そう! 鏡乃もがんばる! フンスフンス!」
鏡乃は鼻息を荒くさせてモニタに向き直った。コトリン製のAI作成ツールを立ち上げ、メニューから『新しいAIを作る』を選択する。すると設計図ファイルを指定するように促されるので、新弟子ロボが作ったファイルを選択する。すると画面に力士ロボットが現れた。
「出た!」
鏡乃はキーボードを叩き、『ごっちゃんです』と入力した。すると画面の中の力士ロボは、画面に向けて張り手をかました。
「わぁ! なにするの!? ちゃんと挨拶をしなさい! ごっちゃんです!」
鏡乃がしつこく挨拶を続けると、力士ロボはそのうち寝転がって動かなくなってしまった。
「動かない! クロちゃんみたいに動かない! 動けー!」
このようにしてAIを育成していくのだ。会話を続け、相撲に関するデータを入力し、様々なアイテムを渡してやる。
「ハァハァ。そうだ! 土俵を買おう! 土俵をプレゼントしよう!」
ツールからアセットストアを開き、アイテムの一覧を表示した。衣装や食品、本、スポーツ用品、なんでも揃っている。これらはポーを支払い購入する。
「あった! 土俵があった! 高い! たくさんポーが必要だ。どうしよう!?」
鏡乃は迷ったが、意を決して土俵をクリックした。
「買っちゃった! ほら、力士ロボ。土俵だよ! 土俵で遊んでごらん!」
画面に土俵が現れた。力士ロボはしばらく遠くからそれを眺めていたが、ゆっくりと近づくと、恐る恐るよじ登った。
「そうだよ! それが土俵だよ! 土俵で遊んでごらん!」
『ごっちゃんです』
画面の中の力士ロボがポツリと呟いた。
「喋った! 始めて力士ロボが喋った! ねえ、シューちゃん。この子達の人権はどうなってるの? こんな簡単にAI作れていいの?」
「ミラちゃん、昨日の座学で学んだやろ」
「寝てた!」
新ロボット法により、ロボットには人権が与えられる。ただし人権を有するのは、一定以上の容量を持つAIだけである。それらのAIは政府のコンピュータの中で生まれ、仮想空間で数年かけて育成される。逆に、それ以外では人権を持つAIは作成できないのだ。
動物ロボに搭載されるAIはそれに次ぐもので、人権はないが保護されるべき対象だ。鏡乃達が作ろうとしているAIも、動物ロボに準ずる権利を有している。
「いい感じ! おや?」
AIルームに一人の学生ロボが入ってきた。その姿を見て、室内はざわついた。
「おい、怪盗ロボじゃん。お前、どこいってたんだよ?」
「怪盗ロボ、お前捕まったって聞いたぞ!」
「ハァハァ、脱獄してやったZE!」
謎の仮面に真っ黒いマントを羽織った怪盗ロボは、フラフラになりながら座席についた。そのマントからは、ローションが滴っていた。
「怪盗部もロボットを作らないとな! 女怪盗ロボにするZE! セクシーな性格がいいなあ。うッ! ゴホゴホ……」
怪盗ロボは必死にキーボードを打ち始めた。
正午、ちゃんこ部は火口の広場に座って弁当を食べていた。
「ん〜? この弁当、なかなかうまいな」
「これ、中学生が作った弁当ッス」
「おいし〜」
弁当の中身はおにぎりが二つと、唐揚げと、卵焼きというシンプルなものだ。ちゃんこ部はそれを三つずつ購入した。本来弁当は乗員ロボが製造販売する予定だったのだが、昨日から彼らの姿が見えなくなっていた。生徒会長の説明によると、島にいる間は生徒達の自主性を促すため、乗員ロボは第二デッキから出ないようにするのだとか。
その乗員ロボの代わりに弁当を作っているのが、中学生だ。これはマリーの指示である。
「しかしいい景色だな」
まるお部長は感慨にふけった。掌山の頂上から遥か遠くの美食丸を見下ろしながら食べる弁当。青い空に青い海。そして仲間達。すべてのものが揃っているかのように感じた。
「なあ、鏡乃山よ」
「まるお部長! なんですか! モグモグ」
「俺が卒業したらよ、部長はお前がやってくれねーか?」
鏡乃は思わず咳き込んだ。新弟子ロボからお茶をもらい、慌てて飲み込んだ。
「次の部長は、ふとし先輩かでかお先輩じゃないんですか!?」
「二人とも相談したんだがよ。二人とも鏡乃山がいいって言うんだよ」
「鏡乃山は強いし、カリスマもあるッスから」
「みんなから好かれる素質もあるッスよ」
「イイと思いマス!」
「ぶちょ〜」
鏡乃は丸メガネを白黒させた。もう十一月。まるお部長は卒業間近だ。となると、この特別合同課外授業が最後の親交の場なのではないかと思えてきた。ちゃんこ部に入部してほんの数ヶ月、色々なことがあった。茶道部との戦い。奪われた部室。美食ロボ部でのアルバイト。そして肉球島。あっという間だ。学生の一年など、本当にあっという間だ。迷っている暇などない。
「次の部長をやります!」
鏡乃は宣言した。白ティーが船の旗のようにはためいた。
「そう言ってくれると思ってたぜ! ほら、前祝いだ!」
まるお部長は、鏡乃の弁当の上に唐揚げを置いた。ふとしもでかおも新弟子ロボも唐揚げを置いた。紅子は鏡乃の膝の上に飛び乗った。
「だがそれもこれも、この授業をしっかりやり終えたらの話だけどな! 気合い入れていこうぜ!」
「「ごっちゃんです!」」
鏡乃は口いっぱいに唐揚げを頬張った。




