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第505話 DYING ROBOT その六

 ——特別合同課外授業四日目の朝。


 豪華客船美食丸は、入港の準備に入っていた。初めは小さかった肉球島(にくきゅうじま)の影は、迫るにつれてそれを見る者の首を曲げさせた。


 肉球島は二十一世紀に海底火山の噴火により誕生した新しい島だ。噴火の膨大なエネルギーは、瞬く間に巨大な島を浮かび上がらせた。度重なる噴火は島を裂き、大地を盛り上げ、五つの島と掌山(てのひらさん)を作り上げた。掌山は掌島(てのひらじま)の中央に鎮座する、標高二百メートルの活火山である。



「ミラちゃん! デカかねー!」


 太平洋のど真ん中に悠然と浮かぶ島の勇姿に、朱華(しゅか)は圧倒された。


「あれ? あれ!? なんかこの島、見たことある!」

「ミラちゃん、そんなわけないやろ」

「ここ肉球島だ! きたことあるもん!」

「うそやー」


 鏡乃(みらの)の腕に抱かれた紅子(べにこ)も続いた。「ここ、きたことある〜」

「うそやー」


 本当である。鏡乃と紅子は肉球島にきたことがあるのだ(340話〜参照)。しかもその時は、子供達だけでサバイバルをするはめになってしまった。


「肉球島でロボットを作るの!?」

「せやで。この島にはロボット工場があるんやで」


 当然それも知っている。『チャーリーのロボキャット工場』だ。世界初のロボットだけで稼働する工場だ。人間の手を介さないその工場は、例を見ない画期的なシステムであると賞賛された。しかし、時代の流れとともに見捨てられ、工場は閉鎖されたかと思われていたが、ロボキャット達は生きていた。自分達の手で、生き延びていたのだ。

 そのチャーリーのロボキャット工場で、学生が授業の一環としてロボットを作る。鏡乃はただならぬ予感を感じた。



 その時、甲板で肉球島を眺める生徒達の間にざわめきが広まった。


鏡郎(みらろう)よ、あの島は本物か?」


 現れたのは、美食丸の船長にして高級会員制料亭『美食ロボ部』を運営する美食の巨人、美食ロボだ。着物を着た恰幅のよい初老のロボットは、腕を組んで鏡乃を睨みつけた。


「美食ロボ!? あの島は肉球島だよ! 間違いないもん! 美食ロボだってきたことあるでしょ?」


 美食ロボと肉球島の関わりは深い。225話からのサバイバル編ではチャーリーとともに肉球島に漂着し、340話からの夏休み編では、島に高級リゾートホテルを作り、ロボキャットと敵対した。


「ほほう、では教えてくれ。本物の肉球島とはなんなのだ」

「え? それは太平洋に浮かぶ無人島で、ロボキャットが工場でロボキャットを作っていて」

「ふうむ、ロボキャットか……そもそもロボキャットとはなんなのだ? 肉球島で作られているからロボキャットなのか? この島が本物と言ったからには答えてもらおう。まず第一にロボキャットとはなにか?」

「え、ええ!?」

「ロボキャットの定義だ。ロボキャットと呼ばれるためにはなにが必要なのだ? 肉球島で作られたらロボキャットなのか?」

「そ、そんなこと」

「ロボキャットの定義もできないくせに、肉球島というのはおかしいじゃないか」


 困惑する生徒達を尻目に、美食丸は埠頭に着こうとしていた。以前に美食ロボが作った、高級リゾートホテルが隣接する港だ。そのホテルは巨大ロボの戦いにより木っ端微塵になっており、再建はされていない。代わりに倉庫の類が立ち並んでいた。


『肉球島に到着しました。生徒の皆さんは、生徒会執行部の指示の下、速やかに下船をしてください』


 放送部の艦内放送を聞いた生徒達は、いっせいに動き始めた。ここからが特別合同課外授業の本番だ。


「ミラちゃん、紅子ちゃん、いこか!」

「うん!」

「お〜」


 鏡乃と朱華と紅子は走り出した。



 生徒達が美食丸のタラップから列をなして降りてきた。全員最低限の荷物しか持っていない軽装だ。

 鏡乃と紅子は、手を繋いでタラップから埠頭に飛び移った。ずっと船に乗っていたからか、揺れない地面の上に立つと一瞬目眩のような感覚を味わった。


「肉球島に帰ってきた!」

「きた〜」


 鏡乃と紅子は目と目を合わせた。二人でダンスをしていると、ちゃんこ部の面々が集まってきた。


「鏡乃山! こっちだぜ!」

「まるお部長! ごっちゃんです!」

「これからはちゃんこ部でまとまって行動するッスよ」

「ふとし先輩! わかりました!」


 肉球島での行動は部活動単位で行われる。島で工場を見学し、部のオリジナルロボットを作るのだ。それが学生達に与えられた、特別合同課外授業最大の使命だ。


「それじゃあ、ミラちゃん、またあとでな」

「うん! また夜ね!」


 朱華は手を振って去っていった。茶道部に合流するのだ。港の生徒は徐々に集団に分かれて歩き始めた。


「よっしゃ! みんな気合いを入れていこうぜ!」

「「ごっちゃんです!」」


 ちゃんこ部も歩き始めた。目指すは掌山の頂上にある工場だ。港から工場まではかなりの距離がある。島の沿岸部は深い森に覆われている。十一月だが、赤道に近いため歩くと汗ばむ陽気だ。木々の隙間から差し込む光は、原生林の神秘性を浮き彫りにした。


「鏡乃ちゃん、やっほー」

「あ、山田ちゃん! ごっちゃんです!」


 隣を歩いているのはテニス部だ。クラスメイトが鏡乃に声をかけてきた。


「鏡乃ちゃん、元気ぃ?」

「あ、隣のクラスの清水ちゃん! ごっちゃんです!」


 次に声をかけてきたのは、駄菓子部の女子だ。皆、和気藹々と森を歩いていた。


「見てほしいッス! あそこにロボキャットがいるッス!」


 木の枝の上に寝そべってこちらをうかがっているロボキャットを、猫好きのでかおがめざとく見つけた。


「ほんとッス!」

「かわいいデス!」


 よくよく見ると、あちらこちらにロボキャットが潜んでいるのだった。おそらく掌山の工場で作られたものであろう。

 ロボキャットに見入っていると、生徒の悲鳴が聞こえた。それとともに地響きが伝わってきた。周囲をうかがうと、枝が大きくさざめくのが見えた。葉の間をぬって現れたのは、木と同じ大きさのロボットであった。


「うわ! なになに!?」

「ゾウさんみたい〜」


 四足歩行の巨体に長い鼻をぶらつかせて現れた巨大ロボは、生徒達をちらりと見やると、そのまま立ち去っていった。ゾウロボの他にも、キリンロボやサイロボの姿も見えた。浅草動物園で見るような、生の動物と区別がつかない動物ロボとは違い、この島の動物ロボはいかにもメカメカしいデザインのものが多いようだ。剥き出しの金属、繋ぎ目が見える関節、血管のようなコード、装着された燃料タンク。原生林とロボットという取り合わせが、現実感を薄れさせた。


「すごい! いろんなロボットがたくさんいる! 前はロボキャットしかいなかったのに!」

「こわい〜」


 紅子は鏡乃の腰にしがみついた。とはいえ、ロボット達はこちらを観察するだけで、近づいてくるわけではない。害はないようだ。


「森を抜けるッス!」


 ひたすら歩き続け、ようやく森の端までやってきた。光が溢れ、ちゃんこ部の大きな体を照らした。そこで待っていたのは、見たこともないような異様な光景だった。


「うわ! すごい! なにこれ、すごい!」

「すごい〜」


 鏡乃と紅子は揃って目を丸くした。目の前に広がるは掌山の威容。森を抜けると草原が続き、その先は岩山のはずであった。今、目に映っているのは、山肌に張り付くようにして広がる工場だ。火口の中に作られた工場が、溢れるマグマのように拡張されているのだ。その姿はもはや『山に作られた工場』ではなく、『工場でできた山』だった。


「すげえぜ!」

「すごいッス!」

「デカすぎマス!」


 言葉を失うちゃんこ部。他の部活の面々も驚きを隠せないようだ。このような無人島に、謎の大規模な工場。目を疑うような光景に誰もが足を止めた。

 いつまでも見惚れているわけにはいかない。すでに先頭グループは、山の中腹に差し掛かっている。後ろからは中学生達が迫っている。高校生五百名、中学生五百名、小学生一名、総員一千一名が山頂を目指して歩いた(監獄に囚われた生徒は除く)。



 かつては岩石が剥き出しの岩山だった掌山だが、現在はコンクリート製の階段が整備されていた。とはいえ、やはりその道のりは厳しく、生徒達の口数は減っていった。体力のある運動部からすればいつものことだが、文化部からすればこれは試練だ。

 工場の間をぬうようにして走る階段を上るにつれ、その光景の異様さを再確認することになった。縦横に張り巡らされた巨大な鉄パイプは、蜘蛛の巣のように各施設を連結していた。それに沿うように鉄の足場が組まれ、まさに蜘蛛型のロボットが往来しているのだった。


「うわわ! キモい!」

「キャー! ボクはクモは苦手なんデス!」


 ビビった新弟子ロボは、鏡乃の巨ケツの後ろに隠れた。各施設の煙突からは白い蒸気が溢れており、稼働しているのがわかる。ときおり轟音とともにあちらこちらから蒸気が噴出し、その度に生徒達は耳を塞いだ。と思えば、高温の炉の熱が間近に迫り生徒達は悲鳴を上げた。


「アチチチチ!」

「熱いぜ!」

「熱いッス!」


 普段からの稽古で鍛えているとはいえ、巨体揃いのちゃんこ部にこの登山はきつい。汗だくになりつつ山頂を見上げると、いよいよ手が届きそうな位置に近づいてきた。


「でかお先輩! もう少しです!」

「ハァハァ。鏡乃山、ごっちゃんです……」

「がんばれ〜」


 階段を踏み締め、手すりを握り締め、心を引き締め、ようやくたどり着いた山頂。そこで待ち受けていた光景は、さらなる驚愕だった。


「ええ!? お城!? 火口にお城が建ってる!?」

「おしろ〜」


 以前のチャーリーのロボキャット工場の面影はどこにもない。ロボキャット達が守り抜いてきた生まれ故郷は、消え失せていた。絢爛、壮麗、華美、ゴージャスという形容が相応しいその姿は、どことなく豪華客船美食丸を連想させた。

 生徒達は石造りの城の前に集まっていた。ゴシック様式のそれは天を衝くような尖塔が立ち並び、複雑なアーチを形作っていた。精密な装飾によって化粧された外壁は、荘厳さと軽妙さを行き来していた。これ見よがしなステンドグラスは、いき過ぎた派手さによって神秘を通り越して世俗を投影した。


 中学生達が登頂を果たし、城の前には全参加者が集結した。遥か太平洋、人影なき無人島、物言わぬロボット、得体の知れぬ工場、そして相応しくない城。なにからなにまで日常とかけ離れたこの場所こそが、学生達の到達点であり始点なのだ。今から始まるであろう出来事を、期待と不安を同居させて待った。


 なにかがぶつかる音。城の重く大きな扉が開いた。続けて扉が軋む甲高い音。生徒達は静まり返った。

 扉の中から二人の女性が現れた。一人はすらりとしたスタイルの、角メガネが麗しい女性だ。頭の上の大きなお団子が、上品さとプライドの高さを両立させていた。

 もう一人は小柄な少女型ロボットだ。緑色のロングヘアに大きなリボンが乗っている。フリルがこれでもかとほどこされた衣装と、眼球に刻まれた(アスタリスク)には、この世のかわいさをすべて集めたかのような可憐さが詰め込まれていた。

 彼女達は藍ノ木藍藍(あいのきあいらん)と、コトリン。黒乃と戦い、敗れ、肉球島に追放された哀しき戦士だ。


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