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第503話 DYING ROBOT その四

 特別合同課外授業二日目の朝。豪華客船美食丸は目覚め始めていた。



「ふぁ〜、よく寝た〜」


 鏡乃(みらの)は、白ティーにパンツいっちょというはしたないいでたちでベッドから起き上がった。窓から差し込む朝日にようやく丸メガネが慣れると、その先には光り輝く大海原が広がっていた。


「わぁ! わぁ! 海だ! え!? ここどこ!?」

「ミラちゃん、おはよう」

「あ! シューちゃん、おはよう! ここ船だ!」

「鏡乃〜、おはよ〜」


 紅子が、無邪気な声とともにベッドに飛び込んできた。勢いよく鏡乃の膝の上に飛び乗ると体を弾ませた。


「あそびに〜、いこ〜」


 紅子は無邪気にねだった。初日はほとんどちゃんこ部の活動に終始してしまい、遊び足りなかったようだ。各部活動は、美食丸で使える唯一の通貨肉球(ポー)コインを稼がなくてはならない。食事、生活道具、そして娯楽を得るにはポーが必要だ。生徒は全員デバイスを回収されている。船内では電子機器の使用が、厳しく制限されているからだ。日常の娯楽の多くをデバイスに頼っている学生達からすると、これは由々しき事態だ。


「遊びか〜」


 デバイスが使えないとなると、船内の娯楽に頼らざるを得なくなる。カジノ、ゲームセンター、スポーツジム、映画館。どれも常設されている。ゲーム機をレンタルして船室(キャビン)で遊ぶことも可能だ。

 だが、どれもポーが必要なのは言うまでもない。しかも割高だ。船内ではポーは貴重だ。おいそれとは使えないだろう。


「ミラちゃん、出し物を見にいかへん?」ルームメイトの朱華(しゅか)は鏡乃の背後に立ち、おさげを編み始めた。

「出し物?」


 船に常設されている娯楽は高価だが、学生が自ら行なっているものは当然安い。幸い、昨晩のちゃんこ部のちゃんこ屋は大盛況。しっかりとポーは稼げた。今日遊ぶポーくらいはある。


「いきたい〜」


 紅子は鏡乃の白ティーを引っ張った。鏡乃は姪っ子を抱き上げ、扉に走る。


「じゃあ、いこっか!」

「お〜」

「ミラちゃん、スカート履いてーな」



 三人がやってきたのは第十デッキだ。カジノやプール、ゲームセンターなどの各種娯楽施設が営業していた。まだ朝だというのに、カジノは大盛況だった。遊戯機から飛び出すけたたましい音の塊に若干辟易しつつ、場内をうろついた。


「うわー! みんなよくポーあるねー」

「初日に破産して、闇金部からポーを借りてる生徒もいるみたいやで」


 人が集中しているのは、ルーレットやポーカーなどのテーブルゲームだ。スロットなどのマシーンゲームは単純で簡単な分、ポーの減りも早い。駆け引きが楽しめるカードゲームが人気だ。とはいえ、相手はプロのディーラーロボ。勝ち目は薄い。

 鏡乃が試しにスロットを回してみたが、惜しくも外れてしまった。


「うわーん! あと一つ美食ロボが揃ったら大当たりだったのに!」

「おしかねー」



 さらにうろつくと、プールエリアが見えた。ここは室内プールだ。プールはオープンデッキにもあるのだが、十一月の気候ゆえそちらは人気がない。


「あ! 水泳部が泳いでる!」

「水泳部は、プールの管理をしてポーを稼いでいるみたいやね」

「あれみて〜」


 紅子がプールを指さした。そこにはタンクの中身を、プールにぶちまけている生徒がいた。


「またローション部が出たぞー!」

「捕まえろ……うわッ!」


 ぶちまけられたローションに滑り、まとめてプールにドボンする水泳部達。


「ローション部の人達もがんばってるね!」

「かっこい〜」

「かっこよくはないやろ」朱華は呆れた。



 第十一デッキに上った。ここはオープンデッキ。外に出た途端、冷たい風に煽られた。


「すずし〜」紅子はデッキを走り出した。


 外の空気は爽やかで気持ちがよかった。ここまで上ると海抜は五十メートルを超える。風が時々強く吹き付け、鏡乃の白ティーをはためかせた。

 オープンデッキにはビーチチェアがずらりと並べられ、多くの生徒が日光浴を楽しんでいた。十一月とはいえ、徐々に赤道に近づいてきたためか、日差しは強い。船内にこもって息苦しさを感じていた生徒達は、生き返ったかのようにはしゃいでいた。


「あれ〜? ここは中学生が多いね」

「ロボヶ丘中学校の生徒達が、出店をやっているんやで」


 朱華が言うとおり、オープンデッキには様々な出店が開いていた。焼きそばの屋台、ホットドッグの屋台、おでんの屋台。縁日を思わせる射的の屋台、輪投げの屋台、金魚すくいの屋台。ほとんどが中学生の屋台だ。


「おまつり〜」


 紅子は大喜びで屋台に飛びついた。そこには、串に刺されて焼かれたクロワッサンが売られていた。


「ええ!? なにこれ!?」

「オーホホホホ! 縦ロール屋にようこそですわー!」

「皆さん! よければ買っていってください!」

マリ助(まりすけ)と小梅だ!」

「マリ〜、小梅〜」


 屋台を運営していたのは、金髪縦ロールのお嬢様マリーと、ポニーテールが爽やかなボーイッシュガール小梅だった。


「縦ロール屋ってなに!?」

「クロワッサンやバウムクーヘンやトイレットペーパーを売っていますわー!」

「すごい! 縦ロール屋、すごい!」

「わたくしのクラスの出し物ですのよー!」


 クラスで協力して屋台を出すのはマリーの発案だ。中学生といえど、船ではポーを稼がなくてはならない。高校生が部活動単位で行動しているのに対して、中学生はクラスというもっと大きい単位での活動だ。これは高校生と中学生の体力差を埋めるための方策だ。

 そして、高校生が部活動ごとに対抗意識を燃やしているのに対して、中学生はマリーの指揮のもと、クラス間でも協力し合っている。


「オーホホホホ! 高校の方達は茶柱姉妹の不和に巻き込まれて、いさかいが絶えないようですわねー!」

「私達は一致団結して、特別合同課外授業をやりぬきますよ!」


 自信満々のマリーと小梅に、周囲から拍手が巻き起こった。中学生の結束は固いようだ。


「茶鈴先輩達も仲良くすればいいのに! 鏡乃は、クロちゃんともきーちゃんともしーちゃんとも仲良いのに!」

「うちも桃智姉ちゃんとは仲良いで」

「わたくしもアニーお姉様とは仲良しですわー!」

「みんな〜、なかよし〜」



 三人はクロワッサン串を購入し、食べ歩きながら出店を見て回ることにした。焼きたてのたこ焼きによだれを垂らし、射的でお菓子を狙い撃ち、金魚すくいでロボ出目金を釣り上げた。

 中でも紅子が才能を発揮したのが、数学部が運営する屋台だ。数学の問題を解くと、成績に応じてポーがもらえる。


「やってみる〜」

「ははは、小学生には無理だよ」

「いや待て、満点だ!」

「正答者ゼロの難問まで一瞬で!?」

「かんたん〜」


 紅子は天才科学者隅田川博士と荒川博士の血を引く天才児だ。高校レベルの数学など、買い物の小銭の計算よりも優しい。


「紅子、すごい!」

「すごかねー」

「えへへ〜」


 

 一通り屋台を楽しんだあとは、休憩がてら第十二デッキのシアターに立ち寄った。夜には演劇部や吹奏楽部が公演を行う予定だ。今はちょうど、ヒーロー部がヒーローショーを行なっているところだった。


『ニャー! 悪のあるところニャンボットあり! 悪さは許さんニャ!』

『フハハハハハハ! 出たな〜、ニャンボット! お前のようなクソネコは、ジャイアントモンゲッタが踏み潰してくれるわ〜!』

『させないニャ! 出でよ! ギガントニャンボット!』


 舞台の上では、コスプレをした生徒が、縦横無尽に駆け回っていた。千人近く収容できる客席は前の方しか埋まっていないが、それでも盛り上がりは満員御礼の映画館に引けを取らなかった。この船は学生達の王国なのだ。大人達から遠く離れ、学生だけの世界で生きているという実感が、少しずつ浸透してきた。だからこそ、学生の出し物でも大いに盛り上がる。自分達の世界だからこそ沸きに沸いた。


「モンゲッタ〜、がんばれ〜」


 紅子はモンゲッタに声援を送った。悪役に声援を送る少女に、周囲のものは目を丸くしたが、紅子はモンゲッタのご主人様なのであり、ジャイアントモンゲッタのパイロットでもある(109話参照)。黒乃が乗るギガントニャンボットと、幾度も戦いを繰り広げてきた。応援にも熱が入る。


『ニャー! ニャンボットパンチ! ニャンボットキック! ニャンボット金的!』

『ぐわ〜! やられた〜!』


「インチキ〜、(くれない)がニャンボットたおす〜」

「あ、紅子!」


 興奮のあまり、紅子は通路を走りステージに駆け上ってしまった。突然の小さな乱入者に、客席はまたもや沸き上がった。


「え〜い、モンゲッタキック〜」


 紅子が突撃し、ニャンボット役の生徒の股間を蹴り上げた。ニャンボットは悶絶してぶっ倒れ、動かなくなった。


『モンゲッタの勝利!』


 勝ち名乗りを受けた紅子は、高々と両腕を掲げ、客席からの祝福を受けた。鏡乃と朱華は、その様子を呆然と眺めた。



 この後も数々のアトラクションを巡り、存分にクルーズを満喫した。オープンデッキに戻ってきたが、もはや肌寒さはなくなり、真昼の日差しの心地よさが三人を癒した。


「たのしかった〜」


 紅子もご満悦のようだ。しかし、どうしてももう一つ、名残惜しさがあるようだ。


「あれ〜、乗りたい〜」


 紅子が指さしたのは、オープンデッキに設置された一際巨大なアトラクション、ジェットコースターだ。デッキを縦横無尽に走るレールにぶら下がるようにして座席が吊り下げられている。インバーテッドコースターと呼ばれる方式で、足元が開いているため海が見えやすく、浮遊感を得やすい。

 これは船でも最も高価なアトラクションだ。ポーを大量に稼いだギャンブル部が、叫び声を上げながら頭上を通り抜けた。コースの一部が海に迫り出している場所にくると、その絶叫は最高潮に達した。


「紅子、ポーがもうないよ」

「諦めるしかあらへんね」

「え〜」


 その時、ローション部がオープンデッキに現れた。背負ったタンクから伸びたローション銃で、あたり一面にロボローションを撒き始めた。


「ローション部だ!」

「ローション部が出たぞー!」


 ローション部の銃撃をくらい、鏡乃と朱華は一瞬にしてローションまみれになった。紅子はとっさに量子状態になり、身を隠した。


「ぶえっぷ!」

「なんやのん!?」


 そこに、生徒会長の茶柱初火(ちゃばしらういほ)率いる、生徒会執行部が現れた。


「ローション部を捕えて、監獄にぶちこみなさい!」


 初様の号令で、ローション部と生徒会執行部の戦いが始まった。ローション部はローション銃を乱射しながら逃げようとした。そこで事故が起きた。あらぬ方向に飛んだローションが、ジェットコースターのリフトにぶっかかってしまったのだ。滑りがよくなった生徒の一人が座席からずり落ちそうになり、リフトは緊急停止をした。


「危ない!」

「落ちるぞ!」


 皆が口々に叫んだ。ギャンブル部は必死にリフトにしがみついているが、ローションで滑り、長くは耐えられそうにない。落ちれば五十メートル真っ逆さまで海にドボンだ。


「ローション部はもういいです! 救助を優先しなさい!」


 初様が指示を出したものの、とっさに動けるものはいなかった。だが、一人の生徒だけは違った。


「ああ! 見ろ!」

「大変だ!」


 皆が指をさした。リフトの上のレールに、少女が立っていたからだ。少女はワイヤーをぶら下げ、落ちそうな生徒に握らせた。


「紅子!」

「紅子ちゃん!」


 紅子は量子人間の特性を活かし、レールの上に存在を確定させたのだ。


(くれない)は〜、あくのヒーローモンゲッタだから〜、たすける〜」


 誰もが動けなかった。誰もあそこまでは救助にいけない。しかも紅子は今、皆の注目を集めている。観測者が多い状態では波動関数が収縮してしまい、量子状態には戻れない。紅子すらも動けないのだ(471話参照)。


「マリーにお任せですわー!」


 マリーが飛び出た。デッキの柵によじ登ると、両手両足を広げて静止した。


「マリ助!?」

「マリーちゃん! 危ないですよ!」


 鏡乃と小梅が止めようと近づいたが、なにかの気配を感じて上空を見上げた。音が聞こえる。なにかが飛来する音だ。


「きたきたきた、きましたわよー!」


 それは金色に輝く金属製のパーツであった。遥か彼方からの飛来物は、次々にマリー目掛けて集まり装着されていった。


「オーホホホホ! マリー家がクサカリ・インダストリアルに特注した、お嬢様専用戦闘礼服三型『マリアンマン』でございますわー!(390話参照)」


 金色のバトルスーツを纏ったマリアンマンは、ジェット噴射で空を飛んだ。リフトの場所までいくと、落ちそうな生徒を摘み上げてデッキに放り投げた。続いて紅子を抱きかかえて飛び、鏡乃に預けた。再び戻ると、ゆっくりとリフトを搭乗口まで押し戻した。乗っていた生徒達は、腰を抜かして床に転がった。


「すごい! マリアンマン、すごい!」

「すごかー」

「マリアンマン〜、かっこいい〜」


 大歓声が巻き起こった。美食丸に新たなヒーローが誕生したのだ。生徒達はその名を口々に叫んだ。


『マリアンマン! マリアンマン!』

『マリアンマン! マリアンマン!』


「オーホホホホ! おヒーローは二人おりますわよー!」


 マリアンマンは紅子を抱きかかえ、自由自在に空を飛んだ。まるでジェットコースターのように。


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