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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第502話 DYING ROBOT その三

 豪華客船美食丸は、生徒一千二名、乗員ロボ百名を乗せて太平洋を突き進んでいた。海面に映った沈みゆく太陽へ続く道は、船が起こす波によって粉々に砕かれた。



「遅れました! ごっちゃんです!」

「ごっちゃんです〜」


 腰に黒いマワシを巻き、白ティーをバチコリと決めた鏡乃(みらの)は、和食屋の戸を開けた。そのあとを、くるくると回りながら紅子が続く。


「鏡乃山! ごっちゃんです!」

「ふとし先輩! ごっちゃんです!」

「鏡乃山! ごっちゃんです!」

「でかお先輩! ごっちゃんです!」

「鏡乃山サン! ゴッチャンデス!」

「新弟子ロボ! ごっちゃんです!」


 ここは第五デッキのレストラン街にある和食屋だ。本来いるはずの店員は誰もおらず、巨漢の力士達がいるばかりである。


「鏡乃山! 紅子ちゃん! きたか!」

「まるお部長! ごっちゃんです!」

「ごっちゃん〜」


 彼らは『ちゃんこ部』。元相撲部であり、茶道部との勝負の末、ちゃんこ部に身をやつしているのだ。


 まるお。部長。ロボヶ丘高校三年生。丸々と太った大きな体は、頼もしさと愛嬌を備えている。茶柱茶鈴(ちゃばしらちゃりん)のクラスメイト。


 ふとし。二年生。学校で一番のふとっちょ。心優しき力士。『メイドロボは電気お嬢様の夢を見るか?』編では、老夫婦を影からサポートした。


 でかお。二年生。学校一の巨体。おとなしい性格でのんびり屋さん。猫が大好きというかわいらしい一面も。


 新弟子ロボ。一年生。幕内力士である大相撲ロボに憧れ、彼の出身校であるロボヶ丘高校に入学。浅草部屋に入門を目指す。


 鏡乃山。一年生。伝説の横綱『藍王(らんおう)』を倒した黒乃山の妹。浅草場所では、藍王の妹である藍ノ木藍藍(あいのきあいらん)を倒し、決勝では黒乃山と引き分け優勝を分け合った。


 以上がちゃんこ部の部員達だ。彼らは豪華客船の和食屋でなにをしているのだろうか?


「スンスンスン! いい匂い!」

「おうよ! さっそくちゃんこを作ってるからな! これで『ポー』を稼ぐぜ!」


 特別合同課外授業では、生徒全員に肉球(ポー)コインが配布される。船内ではこのポーが通貨となり、あらゆる物品はポーで支払わなくてはならない。ちゃんこ部はポーを稼ぐために、ちゃんこ料理を提供するというわけだ。


「鏡乃山! 出汁のチェックを頼むッス!」

「ごっちゃんです!」

「鏡乃山! 唐揚げは任せたッス!」

「ごっちゃんです!」

「鏡乃山サン! お皿はドレにしまショウ!」

「ごっちゃんです!」


 和食屋の厨房でテキパキと動き回る部員達。美食ロボが運営する会員制高級料亭『美食ロボ部』でのアルバイト経験が活かされているのだ(461話参照)。


 紅子は懸命に働く部員達の姿を瞳を輝かせて見ていたが、そのうちそれにも飽きてきた。夕食にはまだ少し時間がある。紅子は船内を冒険することにした。



 出航してから半日。徐々に落ち着きを取り戻してきた生徒達であったが、船内の賑やかさは相変わらずだ。しかし、特別合同課外授業はバカンスではない。いつまでも遊んではいられない。各部活動ごとに分かれ、それぞれの仕事を始めたようだ。

 ファッション部は、第四デッキのショッピングモールで自作の衣装を売り始めた。手芸部は、アクセサリショップに自慢のぬいぐるみを並べた。軽音部は、ディナーのタイミングに合わせて演奏会を行うようだ。ボディビル部はスポーツジムの管理を、漫研は書店の管理を始めた。


 紅子はデッキを走り回ってそれぞれの部活動を眺めた。ロボヶ丘高校とロボヶ丘中学校の生徒だけが対象となるはずのこの授業に、小学生が一人だけ参加している。驚くべきことだが、紅子の存在はすべての生徒に周知されているため、混乱はなかった。生徒達はやってくる幼女を温かく迎えてくれた。


「おいしそ〜」


 紅子は、製菓部が運営するクレープ屋に張り付いた。鉄板の上で薄く伸ばされた生地に、クリームやチョコが惜しげもなく乗せられていく。甘い香りが、歯の奥を震わせた。


「ふふふ、お嬢ちゃん。クレープをご所望かな?」


 紅子はブンブンと首を左右に振った。「ポーがない〜」紅子に配布されたポーは鏡乃が管理している。


「ふふふ、特別だよ。味見ってことでね」


 製菓部は焼きたてのクレープを紅子に手渡した。クレープと部員を交互に何回か見たあと、ようやく納得したのか、一口齧り付いてみた。


「あまい〜」紅子の瞳が輝いた。

「よかったね」

「ありがと〜」


 紅子はクレープを齧りながら歩いた。生徒達はそれをよだれを垂らして眺めた。もちろん、製菓部は大量のポーを稼いだ。



 次にやってきたのは、茶道部のカフェだ。和菓子屋を利用したもので、抹茶を楽しむことができるようだ。


朱華(しゅか)〜」

「紅子ちゃん、いらっしゃい」


 店の前で呼び込みをしていたのは、鏡乃のルームメイトであり、将来のお嫁さんである桃ノ木朱華だ。彼女は茶道部の部員である。紅子は朱華にしがみついた。少女を優しく撫でた朱華は、茶室に案内した。


「おや? 鏡乃はんのとこのちびっ子はんちゃいますか」

「ちっちゃくない〜」

「こらかんにんえ、お嬢はん」


 紅子を迎えてくれたのは、茶道部部長の茶柱茶鈴、通称茶々様だ。元生徒会長の三年生で、学園のアイドル茶柱三姉妹の長女。結い上げた美しい白髪に船の落ち着いた照明があたり、複雑な陰影を描いた。

 茶々様は優雅な所作で点てた茶碗を、紅子の前に差し出した。


「まっちゃ〜、にがて〜」

「試しに飲んでみとぉくれやす」


 紅子は両手で黒茶碗を掴むと、疑わしげに十回まわしたあと、一口飲んだ。


「ミルク〜、はいってる〜、おいし〜」


 紅子は夢中になって茶碗を傾けた。


「おおきに」茶々様は桜吹雪の扇子で口元を隠して微笑んだ。



 紅子が抹茶カフェを出ると、なにやら大騒ぎをしている一団がいた。


「お宝はいただくZE!」

「ドロボー!」

「ドロボーじゃねえ! 怪盗だZE!」


 謎の仮面に真っ黒いマントを羽織った生徒が、ぬいぐるみをいくつも抱えて店から飛び出してきた。素早い身のこなしで、生徒達の間をかいくぐって走った。


「どけどけどけ! 怪盗ロボのお通りだZE!」


 怪盗ロボは紅子の前を走り去る瞬間に、小熊のモンゲッタのぬいぐるみを投げてよこした。


「お嬢ちゃん、怪盗部からのプレゼントだZE!」

「かっこい〜」

 

 紅子はモンゲッタのぬいぐるみを抱き締めて怪盗ロボを見送った。だが、突然現れた女生徒が振るった一撃により、怪盗ロボは無惨にも床に伸びてしまった。


「ぐえぇぇぇ!?」

「またあなたですか」


 伸ばした指示棒を折りたたんでため息をついたのは、生徒会長の茶柱初火(ちゃばしらういほ)、通称(はつ)様だ。茶柱三姉妹の次女であり、高校二年生。剣道部の部長でもある。


「初様!」

「初火様!」

「すてき!」


 歓声を上げる野次馬を無視し、初様は冷たい声で言い放った。


「監獄に連行しなさい」

「はっ!」


 生徒会執行部に捕えられた怪盗ロボは、どこかへ引きずられていった。その様子を紅子は慌てた様子で見ていた。


「このこ〜、どうしよ〜」


 紅子はモンゲッタのぬいぐるみを抱き締めたまま右往左往した。ぬいぐるみはほしいが、明らかに盗品である。それを見たはずの初様も誰も、ぬいぐるみを回収しようとはしなかった。もらっていいものなのだろうか? 紅子はこっそりと、怪盗ロボを追いかけることにした。



 生徒会執行部によって怪盗ロボが連行されたのは、第三デッキの乗務員用船室だ。上層の華やかな世界とは違い、なにやら怪しい気配が漂っていた。薄暗く、空気はこもり、通路にはゴミが落ちている。ひとけは少なく、リーゼントの不良や、片腕が外れたロボット、滑舌の悪い大男がうろついていた。


「おい、放せ! 俺は怪盗部の活動をしただけだZE! 怪盗がお宝を頂戴してなにが悪い!」

「だったら、我々も生徒会執行部の活動をしているだけだ」


 暴れる怪盗ロボを床に放り投げた。


「ポーは没収させてもらう」

「ちくしょー!」


 そこへ、複数人の怪しい生徒が近づいてきた。生徒会執行部は、回収したポーを数枚彼らに投げてよこした。


「まいど」


 生徒会執行部は去っていった。残された謎の生徒達は、怪盗ロボを取り囲んだ。


「ようこそ、どん底へ。ぶっコロすぞ」

「ひぃ!?」


 怪盗ロボの前にしゃがみ込み、手の中のベーゴマを派手な音を立てて転がしているのは茶柱江楼(ちゃばしらころ)、通称(ごう)様だ。茶柱三姉妹の三女で、はみ出し者ばかりの帰宅部を束ねる一年生である。


「しばらくここでおとなしくしてな」

「ちくしょー! これで捕まったと思うなYO! 必ず脱獄してやるZE!」


 怪盗ロボは、乗員用の船室に閉じ込められた。ここは帰宅部が支配するデッキ、通称監獄だ。船内の秩序を乱す輩は、ここに送られる。まさにどん底だ。


 紅子はその様子を柱の影から見ていた。衝撃の光景に、思わず腕に抱えたモンゲッタのぬいぐるみを落としてしまった。


「んん? そこにいるのは誰だ!? ぶっコロすぞ!」


 江様は柱に近寄った。周囲をつぶさに観察したが、床にぬいぐるみが転がっているだけで誰もいない。


「なんだあ? これは怪盗ロボが盗んだお宝かあ?」


 江様はモンゲッタをスカートのポケットに押し込んだ。



 量子状態になって難を逃れた紅子は、第四デッキに戻ってきた。人が多い場所にくると確率の雲が収縮し、存在が確定する。突如目の前に現れた少女に驚いた薙刀部は、思わず薙刀を床に落としてしまった。


 隅田川紅子。近代ロボットの祖、隅田川博士と荒川博士の娘だ(490話参照)。数十年前、紅子は隅田川博士とともに量子兵器によって量子人間になってしまった。以来、存在があやふやな状態でこの世をさまよってきた(210話参照)。黒乃と出会ったことでその止まった時間が動き出し、黒乃の娘として小学校に入学した(280話参照)。


 紅子はふらふらとちゃんこ部の店内に入った。


「おなかへった〜」

「あれ!? 紅子、どこかいってきたの!?」暖簾竿を持った鏡乃が聞いた。

「ぼうけんしてきた〜」

「冒険!? 紅子、すごい!」

「紅子ちゃん! いよいよちゃんこ部がオープンするぜ! まかないもあるからよ、食べてくれよな!」


 まるお部長の一言で、紅子はお腹を鳴らした。今すぐちゃんこにありつきたいところではあるが、まだ早い。紅子は鏡乃に並んで店の前で呼び込みを始めた。特別合同課外授業のルールにより、紅子はちゃんこ部所属ということになっている。ちゃんこ部の一員として働かなくてはならない。まかないはそのあとで充分なのだ。


「ごっちゃんです! ちゃんこ部、オープンです!」

「ごっちゃん〜、たべてって〜」


 小さな力士に誘われて、生徒達がゾロゾロと店内に吸い込まれていった。


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