第501話 DYING ROBOT その二
豪華客船『美食丸』は、太平洋へ向けて漕ぎ出した。ロボヶ丘高校とロボヶ丘中学校、ロボヶ丘小学校の乗客計一千二名。乗組員ロボ百名。全長三百メートルの船体は、南へ向けて突き進んだ。目指すは太平洋に浮かぶ無人島。未知の島への期待と興奮で、豪華客船は熱されていた。
メインデッキに集合していた生徒達は、初めは雄大な太平洋と、離れていく日本の姿に見惚れていたものの、徐々に興味が別のものに移り、ぞろぞろと船内に散っていった。
「シューちゃん! 紅子! 船の中を探検しよう!」
「する〜」
「ミラちゃん、まずは部屋に荷物置いてからにせんと」
鏡乃、朱華、紅子は手を繋いで歩いた。船内は広大で、十二の甲板からなる。
第一デッキ、船倉。
第二デッキ、乗務員用船室。
第三デッキ、乗務員用船室。
第四デッキ、ショッピングモール。
第五デッキ、レストラン街。
第六デッキ、客室。
第七デッキ、客室。
第八デッキ、客室。
第九デッキ、客室。
第十デッキ、カジノ、プール。
第十一デッキ、オープンデッキ。
第十二デッキ、シアター、展望台。
「客室は早い者勝ちらしいで」
「うそー! 早くいかなきゃ!」
「すいーとるーむ〜」
ここは第四デッキ。高校生向けに解放されている客室は第八、第九デッキだ。中学生は第六、第七デッキが割り当てられている。三人はショッピングモールを歩き、階段を上った。
「うわうわうわ! すごい! 町だ! 船の中に町がある!」
「すごかねー」
「すごい〜」
上るにつれ、その巨大さが明らかになった。同じ制服を着た生徒達が、蟻の行列のように行き交っている。さっそく土産物屋に入る生徒、アイスクリームをつまむ生徒、水着を吟味する生徒。誰もが浮かれていた。
次のデッキは飲食店が並んでいた。美食ロボが手がけた豪華客船なだけあり、和食、中華、フレンチ、イタリアン、世界中の料理が堪能できる。ビュッフェ形式の大食堂の他にも、ラーメン屋、寿司屋、バー、カフェなど、小規模な店も用意されている。
「あ! ふとし先輩! ふとし先輩がもうラーメンを食べようとしてる! ふとし先輩!」
鏡乃が声をかけたが、ふとしはラーメンに夢中で気が付かないようだ。
「でも、ラーメン屋、まだやってなかったね」
ラーメン屋だけでなく、ショッピングモールにしろ、飲食店にしろ、すべての店がオープンされているわけではないようだ。
「ミラちゃん、それには秘密があるんやで」
「ええ!? なになに!?」
「ちゃんとパンフレットに書いてあったやろ〜」
「一ページも読んでない!」
階段を上りきり、ようやく客室にたどり着いた。お目当てのスイートルームは当然のごとく大人気で、鏡乃達は第九デッキを追い出される羽目になった。
「ぷー、安い部屋しか空いてなさそう」
「それでも充分やで」
第八デッキに戻った三人はめぼしい部屋を漁った。海が見える大きな客室を選び、荷物を置いた。そもそも美食丸は乗客定員二千名であり、生徒達は一千名なので部屋は余りまくるのだ。三人はふかふかのベッドに飛び込み、大きく体を伸ばした。
「ふー! きもちいー!」
「景色がよかねー」
高校生二人はしばらく部屋で落ち着きたい感じを匂わせたが、小学生の紅子はそうはいかじと二人を急かした。
「はやく〜、たんけんにいこ〜」
二人の腕を引っ張って起こそうとする。
「紅子待って。クロちゃんに、船に乗ったって連絡するから」
鏡乃は自分のカバンを漁ったが、なかなかデバイスが見つからなかった。
「あれ? デバイスはどこやったっけ?」
「ミラちゃん忘れたん? 船に乗る時に全部預けたやろ」
「あ、そうだった」
特別合同課外授業では、電子機器類の所持は厳しく制限されている。これは授業の目的によるものだ。特別合同課外授業は生徒達の自主性を促し、判断力、思考力、行動力、体力、決断力、あらゆる力を養うことを目的としている。外部の情報に頼ることなく、自分達の力で授業をやりぬく。これはすべての生徒に課せられた使命なのだ。
鏡乃は手のひらの上で謎のコインを転がした。表面には肉球の図柄と数字が刻まれている。
「これで、百ポーか〜」
「価値がわからへんね」
「ポー」
これは生徒一人一人に配布された通貨だ。船内への日本円の持ち込みは禁止されているので、この『ポー』によって物品を購入しなければならない。
「ま、いっか。これでお昼ご飯を食べにいこうよ!」
「せやね!」
「おひる〜」
三人は客室を飛び出した。廊下は生徒達で溢れていた。鏡乃達と同じように食事に向かおうとする者、せっせと荷物を運ぶ者、部活動のユニフォームに着替えて集合する者。
「みんななにしてるんだろう」
「部活動やで」
「部活動?」
「船の中で部活動をして、ポーを稼ぐんやで」
「ええ!?」
三人は階段を下って第五デッキに戻った。そこでも生徒達が慌ただしく走り回っていた。
「あれ? あのラーメン屋さん、閉まってたのに人がいる」
鏡乃はラーメン屋に駆け寄った。中にいたのは、ロボヶ丘高校のラーメン部の部員達であった。巨大な寸胴に鶏ガラをぶち込んでいるのが見えた。
「ラーメン部のみんなだ! お仕事してる! なんで!?」
その他にも寿司部や蕎麦部、ビービーキュー部が店の中で仕込みをしているのだった。
「ポーを稼ぐためやで」
「稼ぐの!?」
ポーは自力で稼ぐ。それが特別合同課外授業のルールだ。美食丸の本来の乗組員数は千名。しかし、実際に乗り込んでいる乗組員ロボは百名。圧倒的に足りていない。船を運航するのに最小限度の乗組員しかいない。足りない分はどうするのだろうか? それは生徒が補うのだ。
「おい! ギャンブル部がさっそくジャックポットを当てたらしいぞ!」
「今夜は演劇部がシアターでなんかやるみたい!」
「ボクシング部が試合やるってよ!」
「大変だ! ローション部がプールにロボローションをぶちまけたぞ!」
出航してからほんの数時間。船内は嵐のような慌ただしさが渦巻いていた。
「おい、鏡乃山!」
声をかけてきたのは、丸々と太った巨漢の生徒だ。
「まるお部長! ごっちゃんです!」
「そこの和食屋を確保したからよ! お前もあとでこいよ!」
「ええ!? なにをするんですか!?」
「なにってことはないだろ。俺らはちゃんこ部だぜ。ちゃんこ屋をやるに決まってるだろ!」
「ええ!?」
「ちゃんこでポーを稼ぐんだよ!」
「ちゃんこで!?」
和食屋の中に消えるまるお部長を、鏡乃は呆然と見送った。その鏡乃の袖を紅子が引っ張った。
「ね〜、はやくごはんたべよ〜」
「ええ? ああ、うん」
大食堂にやってくると、多くの生徒達がビュッフェを楽しんでいた。
「鏡乃さん! こちらですわよー!」
聞くだけで心が爽やかになるような華やかな声が鏡乃を導いた。
「マリ助!」
「こんにちは! 鏡乃山さん!」
「あ! 小梅ちゃん! こんにちは!」
テーブルでランチを楽しんでいたのは、金髪縦ロールのお嬢様マリーと、長いポニーテールとボーイッシュな風貌が清々しい梅ノ木小梅だ。二人ともロボヶ丘中学校三年生の同級生だ。
「マリ〜」紅子はマリーに飛びついた。
「かわいいです! 私にも抱っこさせてください!」小梅はマリーごと紅子を抱き締めた。
「ねえねえねえ!」
「なんですの?」
「マリー達は、どうやってポーを稼ぐの?」
「ロボヶ丘中学校では、クラスごとに協力して仕事をしますのよ」
船内には仕事が山ほどある。各フロアの清掃、洗濯、物資の管理。それらをこなすことで、『船長』からポーが支給されるのだ。これはマリーが発案し、マリーが指揮を執って行われる。
「すごい! マリ助、すごい!」
「すごかねー」
「すごい〜」
「さすが、マリーちゃんです!」
褒められたお嬢様は、背筋をのけぞらせて高笑いを炸裂させた。「オーホホホホ!」
鏡乃達はダイニングに散らばり、ビュッフェを堪能した。朱華は和食を、紅子はハンバーグとパンケーキを、鏡乃は南米料理をチョイスした。
「ミラちゃん、このお出汁本格的やわー」
「この〜ハンバーグ〜、おいし〜」
朱華と紅子は、豪華客船の料理に舌鼓を打った。それに対し、鏡乃は涙を流しながら串焼き肉を齧っていた。
「うう……ううう……」
「どしたん、ミラちゃん!?」
「うう……クロちゃん……メル子……」
「もうホームシックにかかっていますの」呆れるお嬢様。
「鏡乃山さん、まだ出航してから数時間ですよ!」励ます小梅。
「鏡乃〜、しっかり〜」叔母を慰める姪っ子。
騒がしかった大食堂が、急に静かになった。一行は顔を上げて周囲を見渡した。誰もが鏡乃達に注目していたが、それはある人物がテーブルの横に立っていたからだった。
「ほう、鏡郎か。久しぶりだな」
「美食ロボ!?」
それは着物を着た恰幅のよい初老のロボットであった。腕を組み、威圧的に鏡乃を見下ろした。
「わぁ! 美食ロボだ! 美食ロボも船に乗ってたんだ! なんで!?」
「ミラちゃん。美食ロボは美食丸のオーナーで、船長やで」
美食ロボ。美食の大家にして、政財界を牛耳る権力者。浅草の一等地に会員制高級料亭『美食ロボ部』を構え、日々享楽を貪る地獄のロボットだ。
現在は美食ロボ部はちゃんこ部に奪われ、美食ロボ本人はロボヶ丘高校の部室棟にある元茶道部の部室で暮らしている(449話参照)。
「あ、そうか! 美食ロボもロボヶ丘高校の生徒扱いだから、課外授業にきちゃったんだ!」
「鏡郎よ、お前は大事なことを見落としているようだな」
「ええ!? 大事なことってなに!?」
「お前は本当に情けないやつだ。あれを見ろ!」
その場にいる全員が美食ロボが指さす方を見た。それは一人で優雅に食事を楽しむ女生徒であった。指をさされた女生徒は、慌てて料理を盛った皿を持ってどこかへ退散した。
「ええ!? ローション部のべっぴんロボだけど!? あの子がどうしたの!?」
「フハハハハハ! ローション部ときたか! フハハハハハハ!」
美食ロボは大笑いをしながら去っていった。誰もが頭にクエスチョンマークを浮かべまくった。
「まあいいや! それよりみんな! 食べよう!」
「はいですのー!」
「たべる〜」
「美食ロボもちゃんとご飯食べてね!」
「フハハハハハハ!」
美食丸はひた走る。大勢の運命を乗せて。




