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第500話 DYING ROBOT その一

 太平洋に浮かぶ美しき無人島『肉球島(にくきゅうじま)』。この島は五つの群島からなる。南に位置するのが最も大きい『掌島(てのひらじま)』。その北方に四つの小さな島が並ぶ。西から『人差し島(ひとさしじま)』、『中島(なかじま)』、『薬島(くすりじま)』、『小島(こじま)』だ。

 掌島は広大で、標高二百メートルの活火山『掌山(てのひらさん)』がそびえている。その山頂の火口の中には工場があり、現在も稼働していた。

 その工場の中に人影が二つ……。



「コトリン、進捗はどうかしら?」


 モニタを見つめてひたすらにキーボードを打つ少女型ロボットの背後から、スラリとしたスタイルの女性が声をかけた。両手に持ったカップのうちの一つをテーブルに置き、少女の肩越しにモニタを覗き込んだ。


「順調だよ〜、プロデューサー」


 コトリンと呼ばれたロボットは、頭の大きなリボンを揺らして答えた。カップを手に取り、一口含む。大きく息をはき、再びキーボードを打ち始めた。


「浅草を追放されて、どれほど経つかしらね」

「……もう忘れちゃった」


 プログラミングロボであるコトリンは、キーボードを打つ手を休めずに言った。


「でも……プロデューサーといっしょなら、どこでだって再起(リビルド)できるから」

「……そうね。もうじき私達の王国が始まるんだものね」


 プロデューサーと呼ばれた女性、藍ノ木藍藍(あいのきあいらん)は、そっとコトリンの頬に手を添えた。コトリンは愛おしそうに、その手を肩と頬で挟み込んだ。


 



 浅草寺の雷門近く。早朝のボロアパートの一室は喧騒に包まれていた。


「はわわ、はわわ。替えの白ティーがないよ〜」


 大騒ぎをしているのは黒ノ木鏡乃(くろのきみらの)。浅草市立ロボヶ丘高校一年生。白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽな少女は、ひたすらに押入れを漁っていた。


「ミラちゃん、白ティーはもうバッグに詰め込んだやん」


 巨大なチュックサックをポンポンと叩いているのは桃ノ木朱華(もものきしゅか)。ロボヶ丘高校一年生。赤みがかったフワフワのショートヘアと、幼さが残る丸い顔は、真っ赤な厚い唇によって妙な色っぽさが添えられていた。


「ハァハァ、忘れ物ないかな!? 足りないものないかな!?」

「昨日何度も確認したやろ。それに、豪華客船にはなんでも揃うてるから、平気やで」

「そうかな!?」


 その二人の様子を床を跳ね回って見ているのは、クルクル癖っ毛がかわいらしい赤いサロペットスカートの少女紅子(べにこ)だ。紅子はロボヶ丘小学校二年生。小さいリュックサックを自慢げに背負ってはしゃいでいる。


「鏡乃〜、朱華〜、もういこ〜」


 本日は、ロボヶ丘高校とロボヶ丘中学校による『特別合同課外授業』が行われる日だ。三人はそのための準備に追われていた。


「そろそろ時間ですのよー!」

「遅刻しますわいなー!」


 扉の外で煌びやかな声がした。ロボヶ丘中学校三年生のマリー・マリーと、そのメイドロボのアンテロッテだ。


「今いくよ!」


 鏡乃は大きな声で応えた。準備は万全。しかし、最後に詰め込まなくてはならないものがある。黒い帯状のもの、相撲の『マワシ』である。


「これは絶対に忘れられないからね!」

「ウチは茶器を詰め込んだで」


 マワシと茶器。これは彼女達の部活動の道具である。鏡乃はちゃんこ部、朱華は茶道部で使う道具なのだ。特別合同課外授業は、部活動単位で行動する。ロボヶ丘高校は、すべての生徒がなんらかの部活動に所属することが義務付けられている。この授業は、部活動の延長と言ってもいいかもしれない。


 準備を整えた三人は、小汚い部屋の扉を開けた。十一月の冷たい空気が、ほてった頬を冷ました。扉の前で待っていたのは、金髪縦ロール、シャルルペロードレスのお嬢様たちであった。


マリ助(まりすけ)! アンキモ! おはよう!」

「おはようございますのー!」

「お嬢様ー! 船の時間が迫っていますわよー!」


 鏡乃は視線を左右に動かした。駐車場のプランター畑にいた人物を探し出すと、駆け寄っていった。


「クロちゃん!」

「お、鏡乃。いよいよ出発かい?」


 鏡乃は姉の大平原に飛び込んだ。特別合同課外授業は、長期に渡る遠征だ。しばらくは会えなくなる。鏡乃は存分に姉の温もりを味わった。


「鏡乃ちゃん、気を付けていってきてくださいね」

「メル子!」


 鏡乃は金髪巨乳メイドロボに抱きついた。もちろん、こっそりお乳を揉んだ。次いで紅子も黒乃とメル子にしがみついた。


「鏡乃、紅子を頼んだよ」

「しっかりと面倒みてくださいね」

「任せて! 鏡乃が紅子を無事にボロアパートに連れて帰ってくるから! フンスフンス!」


 鏡乃は力強くうなずいた。そして紅子の手を握ると、歩き出した。その反対側から朱華が紅子の手を握った。


「いってきます!」


 鏡乃、朱華、紅子、マリーは歩き出した。黒乃、メル子、アンテロッテは四人を見送った。角を曲がって見えなくなるまで手を振った。



 四人がやってきたのは、浅草駅近くの隅田川の桟橋だ。通常はここで水上バスに乗り降りできる。普段は観光目的の乗客で溢れているが、今日は違う。ロボヶ丘高校とロボヶ丘中学校の生徒でひしめいているのだ。


「あ、鏡乃ちゃん!」

「鏡乃ちゃん!」

「おはよう、鏡乃ちゃん!」


 クラスメイト達が次々に鏡乃に声をかけてきた。水上バスへの乗船は、クラス単位で行われる。顔馴染みの同級生といっしょに桟橋から船に乗り込んだ。


「マリ助! あとでね!」

「はいですのー!」


 ここでマリーとはしばしのお別れとなる。しかし心配無用。水上バスで向かう先は、東京湾に浮かぶ豪華客船だ。すべての生徒がここに集まる。生徒を乗せた水上バスが、流される木の葉のように隅田川を下っていった。



「あ、あそこ! ほら! あそこがFORT蘭丸とルビーの家!」


 水上バスは隅田川の河口にたどり着いた。鏡乃は、東京湾に面した倉庫街に積まれたコンテナハウスを指さしてはしゃいだ。船はさらに進んだ。


「みて〜、でっかいふね〜」


 今度は紅子が指をさした。遥か彼方、東京湾のど真ん中に浮かぶ豪華客船だ。初めは黒い影に過ぎなかったが、近づくにつれ、朝日を受けて輝くその全貌が見えてきた。


「うわわ! うわわ! シューちゃん、見て! でっかい! でかお先輩よりでっかい!」

「でかかねー」


 鏡乃達は豪華客船を見上げていた。その姿は絢爛、壮麗、華美、ゴージャスと形容するのに相応しく、ある意味、度を超えていた。


「ええ!? 学校の行事なのに、こんなすごい船でいくの!?」

「すごすぎやん〜」

「びっくり〜」


 水上バスが速度を緩め、豪華客船の側面に近寄っていった。目の前にあるのはもはや壁であり、首を大きく振ってもその全容は視界に収まらなくなっていた。鏡乃はその壁に刻まれた船名を発見した。


「えーと、『美食丸(びしょくまる)』だって!」

「なんでも、美食ロボが船を提供してくれたらしいで」

「すごい! 美食ロボ、すごい!」


 美食丸。九万トン。全長三百メートル。乗客定員二千名。デッキは十二階層からなり、世界各国の料理が食べられるレストランは、大小合わせると数十存在する。シアター、カジノ、プール、スパ、スポーツジム。ありとあらゆる施設が軒を連ねる。

 生徒達は歓声を上げた。生涯のうちに、このような巨大な船に乗ることができるのは少数であろう。豪華客船による旅は、人生の一つのステータスになるのは間違いない。



 水上バスが停止した。興奮のあまり、我先に美食丸から伸びたタラップに乗ろうと生徒達が動き出したため、バスは大きく揺れた。それでもどうにか手すりをつかみ、階段を上っていく。上るにつれてその船の大きさが実感となって襲いかかってきた。水面の細かい泡はもはや見えず、大きなうねりの束としか認識できない高さまで上っても、まだ船のてっぺんは遥か上空だ。


 階段の終わりが見えた。紅子は鏡乃の手から離れて思わず駆け出した。メインデッキにたどり着いた生徒達は、再び歓声を上げた。


「わああ! 大きい!」

「ミラちゃん、みてーな!」

「ああああ〜」


 興奮のあまり、紅子は甲板を走り出した。生徒達の間を縫って奥に進んでいく。


「紅子、危ないよ!」


 鏡乃は慌てて追いかけた。


「わああああ〜、あ」


 走る紅子の前に一人の女生徒が現れた。その足に衝突した紅子はひっくり返りそうになったが、サロペットスカートの肩紐を掴まれて持ち上げられた。


「なんだあ? このガキンチョは? ぶっコロすぞ?」

「わあ〜」

 

 紅子は空中でジタバタともがいた。その女生徒は、紅子の顔をじっと覗き込んだ。


「こいつ、鏡乃山のところのチビスケだな?」

「あ、江楼(ころ)ちゃん!」


 茶柱江楼(ちゃばしらころ)。ロボヶ丘高校一年生。帰宅部部長。通称(ごう)様。ボサボサの白い短髪。黒いセーラー服からのぞく日焼けした肌には、ところどころに傷が見え隠れしている。短いスカートから伸びる足は、必要以上の筋肉で武装されていた。


 江楼は、ようやく追いついた鏡乃に向かって紅子を放り投げた。慌てて紅子をキャッチする鏡乃。騒ぎを聞きつけて、野次馬の生徒達が集結してきた。


「鏡乃山。なんでガキンチョを連れてきた?」

「だって、運動会でちゃんこ部が優勝したから。ご褒美に紅子の参加を許可してもらったの!」

「だから、なんでご褒美に小学生を連れてきたのかって聞いてんだよ。ぶっコロすぞ!」

「きたかったから〜」


 紅子は頬を膨らませて抗議した。「ね〜」とその頬に膨らませた自分の頬を合わせる鏡乃。そのあまりにかわいらしい光景に周囲の生徒達は悶絶した。


 そこに冷気が忍び寄ってきた。それに気がついた生徒達は、次々に道を開けた。その道から現れたのは、氷のような雰囲気を纏った女生徒であった。


「生徒会長!」

(はつ)様!」

「会長!」


 初様と呼ばれた女生徒は、手に持った伸縮式の指示棒を伸ばした。


「騒ぎを起こすものは、樽流しの刑に処しますよ」


 茶柱初火(ちゃばしらういほ)。ロボヶ丘高校二年生。生徒会長にして剣道部の部長。通称(はつ)様。絹のような長い白髪、切れ長の目、完璧に整えられたセーラー服。その冷たい視線にさらされたものは、凍りついたかのように立ち尽くすという。


「ああん? (うい)姉。誰を処するって? ぶっコロすぞ」

「その汚い言葉遣いをやめなさい。それとスカートが短過ぎます。寝癖を直しなさ……」


 初様が言い終わらないうちに江様は飛んでいた。鋭い蹴りを姉に向けて放つ。初様は指示棒で撃墜しようと振りかぶった。二人の技が交錯しようとしたその瞬間……。


「姉妹は仲良うしいひんとあきまへんえ」


 何者かが二人の間に舞うように現れた。その動きに弾かれて、二人はあらぬ方向へ飛んだ。


「くっ、茶々姉様」

「茶々姉!」


 桜吹雪の扇子を優雅に扇ぎ、美しい舞を披露する女生徒に、賛美の言葉が送られた。


「茶々様だ!」

「茶々様ー!」

「美しい……」


 茶柱茶鈴(ちゃばしらちゃりん)。ロボヶ丘高校三年生。茶道部部長。通称茶々(ちゃちゃ)様。頭の上で結い上げた白髪。切れ長の目。怪しい雰囲気と香りがあたりに漂った。

 茶々様は扇子で口元を隠して言った。


「これから楽しい楽しい課外授業始まるんやさかい、穏便に、穏便にいきまひょ」

「……」

「……けっ」


 初様と江様は同時に姉に背中を向けて歩き出した。二人の姿が見えなくなると、緊張の空気は薄れ、これから始まる課外授業への期待で埋め尽くされていった。


「すごい! 茶鈴先輩、かっこいい!」

「鏡乃はん、紅子はんの面倒は頼みましたえ」


 鏡乃は腕の中の紅子をこれでもかと抱き締めた。


「もちろん、任せてください! スンスンスン! 抹茶ラテの匂い!」


 体に微かな力を感じた。美食丸が動き出したのだ。


「わあ! 出発だ! クロちゃん! メル子! いってきます!」

「いってきます〜」





 ロボヶ丘高校の生徒五百名、ロボヶ丘中学校の生徒五百名、ロボヶ丘小学校の生徒一名、美食ロボ一名。計千二名の運命を乗せて、船は東京湾を出発した。



 DYING ROBOT〜消えゆく光〜


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