第50話 ロボット大運動会です! その二
ロボット大運動会のランチタイム。出場者、観客、それぞれが持ち寄った弁当をシートの上に広げ、思い思いに食事を楽しんでいた。
「あああ、疲れた……」
「まだ午前の部が終わったばかりですよ? しっかりしてください」
黒乃はどかっとシートに身を投げ出した。日頃の運動不足が祟り、足腰がバネの外れたおもちゃのようにガクガクと笑っていた。
メル子はシートの上に、ずらりと弁当を並べた。色とりどりのメニューが、太陽の光を受けて輝いていた。
「まあ、メル子ちゃんのお弁当、美味しそうね」
『そりふる堂』の女主人が応援に駆けつけてくれた。ヴィクトリア朝のメイド服の裾を丁寧に折りたたんでシートの上に座っているのは、女主人のメイドロボのルベールだ。
「メル子さんのメイド服、綺麗にしないといけませんね」とルベールは気を揉んだ。
「本当ですよ。なぜ赤ジャージではいけないのですか」
「追加ポイントがあるから……」
「え?」
「いやなんでもない。ところで、お二人は運動会には出場しないんですか?」
「ご主人様! するわけないですよ!」
隣のシートにはマリーとアンテロッテが大量の料理を広げていた。運動会のランチには似つかわしくない豪華絢爛さだ。
「うわー、すげえ! フランス料理のフルコースみたいだ」
「オーホホホホ! アンテロッテが寝ずにこしらえましたのよー!」
「オーホホホホ! よろしかったらお召し上がりごらんあそばせですわー!」
「変なお嬢様言葉出た! いただきます。ん?」
黒乃は目をゴシゴシと擦った。
「あれ? 目の錯覚かな? アン子が二人いる」
黒乃が見つめる先にはアンテロッテ。その隣にもアンテロッテが座っている。
「オーホホホホ! 紹介が遅れまして申し訳ありませんですわー! こちらわたくしの姉のアニーですわー!」
「オーホホホホ! わたくしがマリーの姉のアニー・マリーですわー! 妹がお世話になっているそうで、恐縮の至りですわー!」
金髪縦ロール、青い瞳、シャルルペローの童話に出てくるドレスのようなメイド服、口元のホクロがセクシーなお姉さんであった。
「で、出たー! この人がマリーのお姉さんか!」
アニーとアンテロッテが並んで座っている。しかし、もはやどちらがアニーで、どちらがアンテロッテなのかすらわからない。
「ほんとにメイドロボそっくりだ。まったく区別がつかない! ハァハァ」
黒乃は頭が混乱してクラクラとした。すかさずメル子がお茶を差し出す。それを受け取ると、一息で飲み干した。
「色々言いたいことがある。長くなるけど言わせてちょうだい」
「なんざましょ」
「まず、マリーの姉なのにアニーはよくない。わかりづらい。アネーにして」
「名前ですからしょうがないですわ」
「アネーお姉様では呼びにくいですわ」
「名前は変えられないですわ」
黒乃は頭をプルプルと振った。さらなる混乱が彼女を襲う。
「今喋ったの誰!? 今キャラがこの場に七人いて、全員女性で、そのうち三人はお嬢様被りしてるから、誰が喋ったのかわからない!」
「どういうことですの?」
「キャラってなんですの?」
「わかりませんわ」
黒乃は歯をギリギリ擦り、指で頬をボリボリとかいた。
黒「じゃあこうしよう! これ! わかる? これして!」
マ「これってなんですの?」
ア「こういうことですの?」
ア「こうすればよろしいんですの?」
メ「ご主人様! これ大丈夫ですか!?」
奥「まあ、なにか楽しそうね」
ル「奥様、無理をなさらずに」
黒乃はひっくり返った。
黒「被ってる! アン子とアニーで『ア』が被ってる!」
ア「なにが被ってますの?」
ア「頭にタイツ被ってますの?」
黒「ああ、もういいわ! じゃあ次いくけど、アン子がメイド服なのはわかる。メイドロボだからね。すごくよくわかる。でもアニーもメイド服なのはどういうことだぁ〜!?」
ア「なぜですの?」
ア「可愛くて最高ですわよ」
アニーとアンテロッテはメイド服の裾を指で摘むと、華麗にくるりと一回転した。二人から光が溢れるかのような錯覚を覚えた。
黒「くっそ可愛い! いや違う。メイドでもないのにメイド服はおかしいでしょ。それで学校通ってるの?」
ア「いってますわよ」
黒「なんでわざわざ被せるの!? 被せなくてもよくない!? ん?」
黒乃はマリーを見た。その横にマリーが座っている。黒乃は目をゴシゴシと擦った。
黒「んん!? なんかマリーが二人いるんですけど?」
ア「オーホホホホ! 紹介が遅れて申し訳ありませんわ。わたくしのメイドロボ『マリエット』ですわー!」
マ「オーホホホホ! ご紹介にあずかりました、わたくしがアニーお嬢様のメイドロボ、マリエットですわー!」
金髪縦ロール、青い瞳、シャルルペローの童話に出てくるようなドレス、口元のホクロが可愛い少女が可憐に挨拶をした。
黒「嘘だろ!?」
黒乃はまたもひっくり返った。
メ「可愛い! 可愛いです!」
奥「あらまあ、そっくりさんね」
ル「ドレスが似合ってます」
黒「待て待て待て!!」
マリエットはキョトンとした目で黒乃を見た。
マ「どうかしましたの?」
マ「わかりませんわ」
黒「また『マ』で被ってる! ハァハァ。マリーにアンテロッテというメイドロボがいるからには、アニーにもメイドロボがいるのは理解できる。でもなんでちびっ子のメイドロボにしたの!? てか子供のメイドロボなんてどこで売ってるの!? なにか危険な香りがするよ!」
新ロボット法では、子供型ロボットは特別な理由がない限り販売できない。また販売された場合でも、数年に一度、ボディを年齢に合わせて換装しなくてはならない。
ア「わたくしが日本に留学するのに寂しくないように、お父様が特注で作ってくださったのですわ」
マリエットがアニーに抱きついた。アニーはマリエットの縦ロールを指でくるくるといじった。
黒「ゲロ可愛い! いやそうじゃない。なんでむしろメイド服じゃないのさ! アニーのメイドロボなら、メイド服であるべきでしょ。なんでアニーがメイド服でマリエットがドレスなのよ!? 逆じゃん!」
マ「マリーお嬢様に合わせたからですわ」
黒「そこ被せないで!!!!!」
黒乃は黒髪おさげをブンブン振り回しながら頭をかきむしった。
メ「ご主人様、落ち着いてください」
黒「あー!! ややこしい! えーと、それとマリエット……」
マ「わたくしのことはマリエットではなくて『マリ子』と呼んでくださいな」
黒「どんどん名前が増える! あー!!!!」
黒乃はバタンと倒れ、今度こそ動かなくなった。
メ「さ、皆さん、ランチにしましょう」
マ「お腹ぺこぺこですわー!」
マ「お嬢様、これを召し上がれですわー!」
ア「マリエット、コロッケ取ってほしいですわー!」
ア「こぼさないように気をつけてくださいですわー!」
奥「あらあら、元気ねえ」
ル「皆さん、午後の競技も頑張ってくださいね」




