第495話 部活対抗運動会です! その三
午前の競技が終わり、部活対抗大運動会はランチタイムに入っていた。校庭の端には生徒達が運営する屋台が立ち並び、誰もが自由に料理を楽しんでいた。
「お、いたいた。お〜い、鏡乃〜」
「鏡乃ちゃん! お疲れ様です!」
「ちゃんこ〜、ちょうだい〜」
ちゃんこ部の屋台には行列ができていた。売り物はもちろんちゃんこ鍋だ。午前中の競技で目立つ活躍をしたため、興味をそそられた観覧者や生徒が集まってきたのだ。
「あ! クロちゃん! メル子! 紅子! ごっちゃんです!」
「「ごっちゃんです!」」
ちゃんこ部の面々が元気よく黒乃達を出迎えてくれた。黒乃は煮えたぎる巨大な土鍋を覗き込んだ。
「いや〜、うまそうだ。三つもらおうかな」
「ごっちゃんです! 紅子には特別に、味付きうずらの卵を入れてあげるからね!」
「うずら〜、すき〜」
「紅子ちゃん、やりましたね!」
黒乃達は美食ロボ部直伝のちゃんこ鍋をがっついた。力士達の大相撲パワーが体に染み込んでくるような、力強い味わいを感じた。
どの部も必死に屋台を運営している。屋台の売上は部費として使用することができるうえに、稼いだ金額に応じて運動会のポイントに加算されるからだ。
お嬢様たちは、茶道部の屋台にきていた。四畳半の畳が敷かれ、朱塗りの大傘で日差しを遮っていた。その丸い影の中には茶道部部長の茶柱茶鈴が、麗しい動作で茶を点てていた。
茶道部の部員である朱華は、同じアパートの住人がやってきたことに気がついた。
「マリーちゃん、アン子さん、いらっしゃい。お茶とお菓子、召し上がっていってーな」
「朱華さん、ご機嫌よう。お言葉に甘えさせていただきますわー!」
「抹茶ラテをくださいましー!」
マリーは四畳半の畳に上がり、膝をついたまま茶々様の前までにじり寄った。その光景を中心に、ざわめきが広まっていった。ロボヶ丘高校とロボヶ丘中学校を代表する美少女の邂逅を見逃すまいと、静けさがあとから伝わっていった。
「おいでやす、マリーはん」
「私を知っておりますの?」
「あてらの世界で、マリー家を知らへん人はいてはらへんで。どうぞ」
「いただきますの」
マリーは利久好みの黒茶碗に口をつけた。「結構なお手前ですの」
茶々様はお嬢様とは目を合わせずに語った。
「来月の特別合同課外授業、楽しみどすなあ」
「ほんとにですの」
「島では、いつでもあてら頼ってくれはってもよろしおすえ」
特別合同課外授業とは、豪華客船で太平洋の島にある工場に見学にいくというものだ。ロボヶ丘高校とロボヶ丘中学校の、全生徒が参加することになっている。
マリーは爪楊枝で茶菓子の練り切りを口に運んだ。
「お気遣いありがたいですの。でも、わたくし達はわたくし達で、自主性を持って行動しますの。なにかあったら、その時は頼みますの」
茶々様は桜吹雪の扇子で口元を隠して微かに笑った。マリーは頭を下げ、茶々様の結界から退散した。
「かわいらしおすなあ」
茶々様は、お嬢様の背中を見ながら、今度は口元を隠さずに笑った。
『いよいよ、午後の競技が始まりまァす! ギガントメガ太郎先生ィ! お食事はいかがでしたでしょうかァ!?』
『はい。芋煮部の屋台で芋煮を食べました。里芋がホクホクロボロボでたまらなかったですね。ちくわ部のちくわもおいしかったですよ』
『なによりでェす! 私はすこん部の酢昆布を食べましたァ! さァ! 午前の競技の成績は以下のとおりでェす!』
1、剣道部、50点。
2、茶道部、40点
3、帰宅部、39点。
4、ちゃんこ部、35点。
5、野球部、34点。
6、サッカー部、30点。
7、戦車部、28点。
8、サバイバル部、25点。
9、ラーメン部、24点。
10、ローション部、20点。
『やはり、生徒会長の茶柱初火が部長を務める剣道部が、圧倒的強さを誇っているゥ!』
『茶柱茶鈴が部長を務める茶道部、茶柱江楼が部長を務める帰宅部がそれに続くのは、既定路線といったところでしょうか。注目すべきは、やはりちゃんこ部。それと謎の部活ローション部でしょう』
『午後の競技の準備が整いましたァ!』
——第四競技『椅子取りゲーム』
トラックの中央に、四十個の椅子が円を描いて並んでいた。背もたれを内側に向け、座面は外側を向いている。その四十個の椅子には、四十人の生徒が座っていた。
『次の競技はお馴染みィ! 椅子取りゲームでェす! 音楽の開始とともに全員で椅子の周りを回り、音楽の停止とともに椅子に座りまァす! 座れなかった生徒はアウトォ! 一ラウンドごとに椅子は半分になっていきまァす!』
『音楽が鳴っている最中の他チームへの攻撃は禁止されています。ですが、音楽が停止してから椅子に座るまでの間は、直接攻撃が可能となります』
ちゃんこ部、茶道部、野球部、ムエタイ部、体操部、ボディビル部、ローション部、映研の八チームから五人ずつが参加する。
椅子に座り、観客の声援を一身に受ける参加者達。その声に応える者、緊張で肩を震わせる者、自慢の筋肉をいからす者。全員、音楽の開始とともに椅子から跳ね上がった。すぐさまスタッフにより、二十個の椅子が撤去された。つまり、第一ラウンドで二十人が脱落する。
「でかお先輩! この曲、ギガントニャンボットのオープニングです!」
「大好きな曲ッス!」
「こら、鏡乃山! でかお! 集中しろ!」
参加者達が輪になり、椅子の周りを歩き出した。いつ曲が止まるのかわからない。椅子の前ではゆっくり歩き、離れたら加速するを繰り返すため、輪はいびつな形になった。
『ヌルッと始まりましたァ! 各チーム、どのように攻めるのかァ!?』
『椅子のチョイスが重要です。重量級の選手とはかち合いたくはありません。とくにちゃんこ部とボディビル部は避けた方がいいでしょう』
選手達は回った。回った。茶々様は素知らぬ顔でしゃなりしゃなりと歩いた。鏡乃は曲に合わせてスキップをしながら歩いた。
「シューちゃん! 絶対勝とうね!」
「ミラちゃん! 集中してーな!」
能天気な鏡乃に客席から笑いが漏れた。と、次の瞬間、音楽は止まっていた。
「ふんぬ!」
鏡乃は目の前の椅子に突進した。同じ椅子でかち合った野球部のDHロボは、鏡乃の巨ケツにより、無惨にも五メートル吹っ飛ばされた。
「あ、ごめん。でも座れた!」
『おっとォ!? 生き残っているのは、ちゃんこ部とボディビル部が全員と、他は半々といったところかあッ!? やはり重量級は強ォい!』
『ここで事件です。ローション部がロボローションをばら撒いたため、ほとんどの椅子と地面がローションまみれになりました。次のラウンドからは、滑らないように注意が必要です』
第二ラウンド開始。椅子は十個に減った。ローションの影響で輪の回転は遅くなり、今にも止まりそうだ。
「ふとし先輩! 遅すぎです!」
「鏡乃山! 滑るから押さないでほしいッス!」
「シューちゃん! そこ! その椅子が座りやすいから!」
「ミラちゃん! 言わんでええから!」
音楽が止まった。鏡乃は慌てて目の前の椅子に座ろうとした。しかし、映研の部員とかち合い衝突した。
「ふんぬ! あ」
映研は鏡乃の巨ケツに吹っ飛ばされた。巨ケツの下に大事なカメラを残して……。
『ああああああッ! カメラが鏡乃山の巨ケツに潰され、木っ端微塵だあッ!』
『なぜ戦いの場にカメラを持ってきてしまったのでしょうか? 戦場のカメラマンなのでしょうか? 自業自得ですね』
第三ラウンド開始。椅子は五個に減った。生き残っているのは、鏡乃、まるお部長、茶々様、朱華、野球部二人、ムエタイ部二人、体操部二人。
『いよいよ、決着の時が近づいてきたぞォ!』
『ここからは、仲間を気にしてはいられません。一瞬の迷いが敗北を招きます』
我関せずといった調子で歩く茶々様につられ、輪の回転は速まった。
「ほれほれ、はよいきよし」
「わあ!? 茶鈴先輩、つっつかないで!」
音楽が止んだ。鏡乃は目の前の椅子に座ろうとしたが、まるお部長とかち合ってしまった。二人のケツが弾かれ、双方地面に倒れた。その隙に、体操部が三回宙返りでその椅子に座った。と思ったらローションで滑り、椅子ごとひっくり返った。
「鏡乃山! いけー!」まるお部長は這いつくばりながら、地面に倒れた椅子を立て直した。
「きゅぽぽぽぽ! 任せるしん!」鏡乃はケツから突進した。それを阻止しようと野球部がケツにバットを振った。さらに、ムエタイ部によるタイキックがケツを襲った。
「にゃぼー!」
しかし、鏡乃の巨ケツは負けなかった。野球部とムエタイ部をまとめて弾き飛ばすと、見事椅子の上に着尻した。
『すさまじい攻防だあッ!』
『最後にケツは勝つ〜♪』
第四ラウンド。鏡乃、茶々様、朱華、ムエタイ部、体操部の五人が、残り二つの椅子をかけて争う。
「スンスン! スンスンス! 抹茶ラテの匂いがする! 抹茶ラテ!」
「抹茶ラテやのうて、抹茶どすえ」
音楽に合わせ、回る回る。回りすぎて、ロボバターになるのではないかと思うくらい回ったあと、唐突に音楽が止まった。
「ふんにゅらばばばば!」
鏡乃は椅子に突進した。ムエタイ部、体操部をいとも簡単に弾き飛ばし、そのまま椅子に収まるかと思われた。
「勝ったぽき……あ!」
鏡乃は躊躇した。朱華と椅子がかち合ってしまったのだ。
「わああああああ!」
鏡乃は思わずケツを捻り、方向を変えた。その先にいたのは、座った姿勢の茶々様だ。鏡乃の巨ケツが茶々様を襲った。
「うわああああ!」
茶々様は座ったままの姿勢で、扇子を鏡乃のケツに突き立てた。いや、刺さったように見えたが、力を逸らしていたのだ。勢い余った鏡乃は、客席の方まで滑っていった。
『決着でェす! 勝負は、茶道部のワンツーフィニッシュで幕を閉じましたァ!』
『さすがに、愛する将来のお嫁さんを圧殺することはできなかったようです。微笑ましいですね』
生徒からも客席からも、温かい拍手が送られた。
「うわーん! 負けた! まるお部長、ごめんなさい!」
「鏡乃山! 仕方がねえって!」
第五ラウンド。朱華と茶々様の一騎打ち。
『点数的にはなにも変わりませんが、一応最後までやりまァす』
『ああ、もう勝負がつきました。当然茶々様の勝ちです』
「朱華はん、暴れたらあかんえ」
「部長! 離してください!」
ジタバタと茶々様の膝の上でもがく朱華。そのかわいらしい光景に、再び惜しみのない拍手が送られた。
「またシューちゃんと茶鈴先輩が、イチャイチャしてる!」




