第493話 部活対抗運動会です! その一
パン、パンパンパン。
十月の澄んだ空に、花火が弾けた。微かな火薬の匂いは、生徒達を戦いの時へと誘った。
『さあ、始まりましたァ! 毎年恒例、ロボヶ丘高校秋の部活対抗大運動会の開幕でェす! 実況を務めますは、私音楽ロボのエルビス・プレス林太郎とォ!』
『解説を務めます、おっぱいロボのギガントメガ太郎です。皆さん、よろしくお願いします』
隅田川と荒川に挟まれた広大な敷地を持つ浅草市立ロボヶ丘高校の校庭は、人で埋め尽くされていた。中央トラックの荒川側に生徒達が陣取り、隅田川側を観覧者が取り囲む。
観客達から歓声が上がった。トラックの観客寄りに設置された台に、一人の女生徒が上がったのだ。絹のような長い白髪、切れ長の目、完璧に整えられた黒いセーラー服、手には伸縮式の指示棒。氷のような雰囲気を纏ったその女生徒は、台の上で全校生徒を見下ろした。
『出ましたァ! 現生徒会長の茶柱初火、通称初様でェす! 二年生でェす!』
『あの棒でしばかれたいですねw』
「会長!」
「初様!」
「初様ー!」
「美しい……」
初様は指示棒を振るった。風を切る音がグラウンドに響くと、生徒も観客も静まり返った。
「選手、入場!」
初様の掛け声を合図に、激しい太鼓の音が鳴り響いた。続いてコルネット、トランペット、ホルン、トロンボーンの音色が続く。ブラスバンド部の演奏だ。
先陣を切って現れたのは、竹刀と防具を身につけた集団だ。
『きました、きましたァ! 入場は前大会の成績順になりまァす! 初めは前大会優勝の剣道部でェす! 優勝旗を掲げての行進でェす!』
『剣道部は、武器防具を完備した攻守に優れるチームです。戦いでは右に出るものはないですが、視界が狭いのと小手で物を掴みにくいのが弱点です。初様が部長を務めています』
剣道部に続くのは、茶道部だ。茶道具を手にしゃなりしゃなりと歩いた。再び大歓声が巻き起こった。
『続いて現れたのはァ、茶道部だァ! 大人気だぞォ!』
『茶道部は前大会準優勝チームです。文化系ながらも、部長の茶柱茶鈴をはじめ、逸材が揃っています』
先頭を歩くは、美しい白髪を頭の上で結い上げた切れ長の目の女生徒、茶々様だ。桜吹雪の扇子で口元を隠し、台の上の生徒会長に一瞬視線を送った。初様はその視線を真っ向から受け止めた。
「茶々様ー!」
「茶鈴様!」
「茶々様!」
それに続くは、野球部、サッカー部、ラグビー部などの球技系だ。
『やはり、メジャーな部活は強ォい!』
『部員数が多い部活のレギュラーは、ふるいにかけられた逸材揃いです。優勝候補間違いないでしょう。ボールを活かしたプレーに期待です』
そのあとには、格闘系の部が続いた。
『柔道部、レスリング部、ちゃんこ部の入場でェす!』
『バトル系に滅法強い彼ら。活躍に期待しましょう』
「きゃー! 鏡乃ちゃーん!」
「鏡乃ちゃーん!」
「鏡乃ちゃん、がんばれー!」
黄色い歓声が上がった。鏡乃は腰のマワシを叩きながら、鼻息を荒くして行進した。
『おっとォ!? 鏡乃選手も意外な人気だあッ!』
『鏡乃選手は女子では随一の高身長を誇ります。女子は背が高い女子が好きですからね。なんにせよ、鏡乃山が加わったちゃんこ部は、優勝候補と言ってもいいでしょう』
続いて、怪しい薬品を持った化学部。ツルハシを持った地質部。コスプレをした演劇部。自転車に乗った自転車部。戦車に乗った戦車部が行進した。
『なにか、怪しくなってきたァ!』
『ロボヶ丘高校は、全生徒がなんらかの部活動に所属することが義務付けられています。中にはとんでもない部活を作ってしまう生徒もいます』
カバディカバディうるさいカバディ部。巨大なハサミをチョキチョキさせて威嚇する園芸部。アンテナを掲げた無線部。囲碁部と将棋部は、お互いの駒をぶつけ合いながらの行進だ。
『なんだあッ!? この高校はァ!?』
『部ごとにヒエラルキーがありますので、だいたいどの部活も仲が悪いです。常に相手を出し抜いてやろうと、いがみ合う風潮があるようですね』
『悲惨な高校だあッ!』
最後に登場したのは、まったく統一感が感じられない集団だ。歓声はやみ、ざわめきだけが広がっていった。
『おやァ? これはなんの部活でしょうかァ?』
『これは「帰宅部」です』
リーゼントの不良、片腕を三角巾で吊ったマッチョ、膝の関節が曲がらなくなったロボット、パンクな衣装の少女、滑舌の悪い小太りの生徒。
そして、彼らを引き連れて歩いているのは、ボサボサの短い白髪の少女であった。日焼けした肌には、ところどころに傷が見え隠れしており、切れ長の目は相手を射すくめるような攻撃性を放ち、短いスカートから見える足は、必要以上の筋肉を浮かび上がらせていた。手にはなぜか、ベーゴマを持っていた。
『この白髪の美少女は、誰かに似ているぞォ!?』
『彼女は茶柱江楼、通称江様です。茶柱三姉妹の末妹であり、一年生にして帰宅部の部長を務めています』
すべての部の入場が終わり、生徒達がトラック内に整列した。台の周辺に長女茶鈴、次女初火、三女江楼が勢揃いした。お互いがお互いに視線を突き刺し合い、三角形の結界を作り出した。
『三姉妹がバチバチと火花を散らしているゥ!』
『どうやら茶柱三姉妹は、お互いにいがみ合っているようですね』
「すごい! 江楼ちゃん、かっこいい! スケバンみたい! スンスン!」
「こら、鏡乃山! おとなしくしろ!」
江様は、横ではしゃぐ鏡乃を睨みつけると、腰を落として威嚇した。
「てめえが鏡乃山だな? あんまちょーしにのってっと! ぶっコロすぞ!」
「わああ!?」
その迫力に、鏡乃は無様にも後ろにひっくり返って震えた。
『スケバンだあァ! 二十一世紀でとっくに絶滅したと思っていたスケバンが、二十二世紀に蘇りましたァ!』
『帰宅部は、それぞれの部活をドロップアウトした連中の集まりです。ある者は怪我で、ある者は実力不足で、ある者は事件で、ある者はいがみ合いの末、部活を去ることになりました。そういう連中を集めて帰宅部を作ったのが江様です。江様は、落ちこぼれ達の姫なんです』
『なんか学園モノっぽォい!』
「選手宣誓!」初様が台を降りると、代わりに鏡乃が台に大股でよじ登った。
「フンスフンス! 一年A組の黒ノ木鏡乃です! 尼崎からきました! 黒ノ木鏡乃です! 選手宣誓! 我々はスポーツマンシップにのっとり! 仲間との絆を大事にし! 感謝の気持ちを忘れずに! えーと、競技への熱意をもって! 簡潔にまとめて! ゆっくりと大きな声で! オリジナリティを出して! 最後まで戦い抜くことを誓います! 一年A組、黒ノ木鏡乃!」
生徒からも、観客からも大きな歓声が巻き起こった。これから始まる過酷にして熾烈な戦いへの期待と興奮で、血を湧かせ肉を踊らせた。
『盛り上がってまいりましたァ! いよいよ始まりまァす!』
『ちなみに、優勝チームには生徒会執行部から「特別執行権限」を一度だけ与えられます。これは要するに、なんでもお願い事を叶えてくれる権だと思ってください』
——第一競技『大玉転がし』
『最初の競技はこれだあァ! 運動会の定番、大玉転がしィ!』
『これは透明なロボボールの中に部員が一人入り、そのロボボールを転がしてゴールまでたどり着いたチームが勝利となります。特筆すべきは、ロボボールへの攻撃はどんなものでもすべて認められるという点です』
『地獄すぎる競技だあッ!』
この競技に参加するのは、ちゃんこ部、サッカー部、バレー部、ビリヤード部、書道部、合唱部、放送部、落研の八チームだ。
「鏡乃山! 準備はいいか!」
「フンスフンス! まるお部長! バッチリです!」
ロボボールの中には鏡乃が入った。他の部員四人でロボボールを押して運ぶ。ロボボールは猛烈に弾むため、内側からの制御も大事なのだ。
「鏡乃ー! がんばれよー!」
「鏡乃ちゃん! 一等を狙ってください!」
「鏡乃〜、ふぁいと〜」
鏡乃は、観客席からの声援を聞いて丸メガネを輝かせた。
「クロちゃん! メル子! 紅子! きてくれたの!?」
「わたくし達もおりますわよー!」
「がんばってくださいましー!」
「マリ助とアンキモ!」
頼もしい応援団の登場に、俄然鼻息を荒くする鏡乃。八つのボールがトラックのスタートラインに並んだ。
『よーい! パン!』号砲とともにボールがいっせいに転がり出した。
『八チーム、きれいにスタートを切りましたァ!』
『この競技、力が強い運動系チームが有利かと思われがちですが、そうではありません。弾む角度、速度、重さ。すべてを考慮に入れてコースを進まなくてはいけません』
とはいえ、最初のストレートはちゃんこ部がリードした。押すことは彼らの独壇場だ。
「いいぞ、鏡乃山!」
「目が回る! うわわあああ!」
そこへサッカー部のボールが上空から飛んできた。ロングシュートだ。ちゃんこ部とサッカー部のボールがぶつかり合い、左右に大きく弾けた。
そこにやってきたバレー部のスパイクにより、鏡乃のボールは大きく後ろに吹っ飛んだ。
そこへ歌いながら突き進んできたのは合唱部だ。
「うるせぇ!」
ビリヤード部も負けてはいない。キューでボールを突くと、次々と前のボールを弾き飛ばしながら先頭に躍り出た。
「ここで、一席。浅草にケツのでかい娘がおったってねえ」落研が噺を始めた。
「うるせぇ!」
書道部が巨大な筆でボールに墨を塗ったくった。
「わあああ! 前が見えない!」
「鏡乃山! しっかりしろ!」
「ここで聞いてください。スパッツで『ジョンソン』」放送部が大音量でスピーカーを鳴らした。
「うるせぇ!」
数々の妨害にあったちゃんこ部は大きく出遅れた。最後尾だ。すでに他のチームは最後のストレートに入っている。ここで仕掛けなければ逆転はない。
「まるお部長! このままではマズイッス!」
「いちかばちか、いくしかないッス!」
「勝負に出まショウ!」
ふとし、でかお、新弟子ロボは覚悟を決めたようだ。まるお部長は鏡乃山を見た。
「鏡乃山! いけるか!?」
「ごっちゃんです!」
力士四人は四方に散った。股を開き、腰を落として構える。
「いきます!」
鏡乃山はふとしに向かって突っ込んだ。ふとしは張り手で鏡乃山のボールを弾いた。
「どすこい!」
弾かれたボールはでかおに突っ込んだ。でかおは腹でボールを弾いた。さらにボールはまるお部長から、新弟子ロボへ、またふとしへ。弾かれるごとにそのスピードを増していった。
『なんだこの技はァ!?』
『ちゃんこ部の連携技です』
「「どすこい!」」
鏡乃山が入ったボールは一直線にコースを突き進んだ。その間にいたボールは根こそぎ弾き飛ばされ、コースアウトした。
「ぎゅぽぽぽぽぽ!」
そしてそのまま、ボールはゴールテープを切った。
「ぎゃぴー!」
『やりましたァ! ちゃんこ部が一番でゴールを決めましたァ!』
『すばらしいチームワークでした。決まり手「ピンボール」で初戦を白星で飾りました』
終わりのない歓声が、隅田川と荒川の水面を震わせた。




