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うちのメイドロボがそんなにイチャイチャ百合生活してくれない  作者: ギガントメガ太郎


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第489話 看病します! その二

 十月の午後の雨がボロアパートを打ちつけた。大粒の水滴が屋根に当たって大きな音を出し、室内の静けさを逆に強調させた。


「よく降るねえ」

「昨日はピーカンでしたのに、季節の変わり目はお空も落ち着きませんね」


 雨もそうだが、この時期は気温の変化も大きい。黒乃は白ティーから伸びた長い腕をさすった。


「寒いねえ」

「そろそろ、厚手の白ティーを出しませんと……おや?」


 何者かが、激しい音を立てて階段を駆け上ってきた。それは黒乃の部屋の前までくると、猛烈な勢いで扉を叩いた。


「クロちゃん! 助けて!」

「んん!? 鏡乃(みらの)!?」

「何事ですか!?」


 メル子は慌てて扉を開けた。転がり込んできたのは、白ティー丸メガネ黒髪おさげののっぽ少女であった。


「鏡乃ちゃん、なにが起きましたか!?」

「うんこもれた?」

「ハァハァ、シューちゃんが! シューちゃんが!」

朱華(しゅか)ちゃんがどうかしましたか?」

「シューちゃんが死にそうなの!」

「ええ!?」


 さすがの黒乃も、床から重い巨ケツを浮かした。



 ボロアパートの一階。黒乃の部屋とは反対側の角部屋に、黒乃とメル子は上がり込んだ。床に敷かれた布団には、ルームメイトの朱華が苦しげな顔で寝ていた。もともと桃のような血色のいい丸々とした顔は、熟れたトマトのように真っ赤になっていた。

 朱華は二人がきたのに気がつくと、布団から起き上がろうとした。


「寝ていてください!」メル子が慌てて制した。布団の横に座り、状況を確認した。

「お熱を測ります」おでこに手を当てる。「39℃ですね」


 次にメル子は自分の指を朱華に咥えさせた。これはメル子のナノマシンを使い、朱華の体内のウイルスを捕まえるために行うものだ。捕まえたウイルスデータは医療機関に送信され、分析される(19話参照)。


「ピロン。さっそく医療ロボのブラックジャッ栗太郎先生から、診察結果が帰ってきました」

「相変わらず早いな」

「シューちゃんは平気なの!?」


 鏡乃がメル子に顔を寄せて尋ねた。その丸メガネの迫力に、メル子は思わずのけぞった。


「どうやら、『オパデテラファージOPPー1』、通称『金星二型ウイルス』に感染したようです」

「なにそれ!? なんか、聞いたことある!」

「あ〜、あれだ。鏡乃がちっこいころにかかったやつだ」

「ええ!? 鏡乃が!? そうだっけ!?」


 朱華が咳き込んだ。メル子が様子を確認すると、ますます熱が出てきたようだ。


「ご心配なく。金星二型はお薬さえしっかり飲めば、大きな危険はありません」

「ほんと!? シューちゃん、死なない!?」

「もちろんです。先生から処方箋が出ましたので、私がお薬をもらってまいります」


 メル子はすぐさま部屋を出ていった。


「シューちゃん! メル子が薬持ってくるまで死なないで!」

「死なへんて〜」


 鏡乃が朱華の手を握ろうとしたが、朱華は手を布団の中に隠してしまった。


「うつるやろ〜、ゴホゴホ」


 それでも鏡乃は構わず朱華の手を握った。


「あー、朱華ちゃん。鏡乃は昔、この病気にかかってるから、一応抗体はあるのよね」

「そうなんや〜」



 鏡乃と黒乃が朱華を見守っていると、ようやくメル子が帰ってきた。さっそく水で薬を飲ませた。


「これは特効薬ですので、一日もあればウイルスは死滅します。しかし、その過程で高熱が発生します。かなりつらいかと思いますので、覚悟してくださいね」


 朱華はゆっくりと頷いた。メル子が額に手を当て熱を測ると、40℃を超えていた。


「では、朱華ちゃんの面倒は私が見ますので、ご主人様と鏡乃ちゃんは上の部屋に戻ってください」


 メル子がしれっと言い放ったが、珍しく鏡乃は反抗した。


「シューちゃんは鏡乃が看病するもん!」

「いやしかし、抗体があるとはいえ、絶対にうつらないわけではありませんから……」

「大丈夫だもん! さあ! クロちゃんとメル子は帰って!」


 鏡乃は二人の背中をグイグイと押した。仕方がなく、二人は退散することにした。


「なにかあったら呼ぶんだよ」

「わかった! バイバイ、クロちゃん!」


 勢いよく扉が閉じられた。黒乃とメル子は顔を見合わせて呆れた。



 雨が強まってきた。それとともに気温も下がった。建て付けの悪いボロアパートの小汚い部屋に、じわりじわりと湿気と冷たい空気が染み込んでくるような気がした。

 鏡乃は布団の横にあぐらをかき、じっと朱華を見つめた。


「こんなに見られたら照れるやろ〜。ミラちゃんも楽にしててええよ」

「大丈夫!」


 鏡乃はますます顔を近づけて朱華を見つめた。眼力でウイルスを退治してやるぞという意気込みを感じた。


「鼻息がくすぐったいて〜、ゴホゴホ」

「あ、ごめん」


 顔を引っ込める代わりに、おでこに手を当てた。そのあまりの熱さに鏡乃は後ろにひっくり返った。


「熱い! ええ!? 熱い! これ平気なの!?」

「メル子さんが、ぎょうさん熱出るって言ってたで」

「そうなんだ!」


 その後も鏡乃は、一分ごとにおでこに手を当てた。


「ミラちゃん、そんなにペタペタ触ったら寝られへんて」

「あ、そうか! ごめんね!」


 しばらく見ていると、朱華が震え出した。押入れから毛布を取り出し、掛け布団の上にかけた。


「汗がすごい。そうだ! お水をあげないと!」


 鏡乃は流しでコップに水を汲み、朱華に与えようとした。しかし、床に膝をついた瞬間に手を滑らせ、コップをぶちまけてしまった。


「わあ! ああ! あ? ああ! お水が! シューちゃんのお水が!」

「ミラちゃん、平気やのん?」

「わあ! 平気! なんでもない! 飲んで! あ? もっかい汲んでくる!」


 ようやく水を飲ませると、大量の汗が噴き出てきた。


「汗をかくのはいいことだから! たくさん飲んでね。あ、塩飴もどうぞ」

「おおきに。カロカロ」


 鏡乃は濡れた床を懸命にタオルで拭き取った。それが終わると、横になった朱華の真横で寝顔を凝視した。


「ウイルス、どこでうつったんだろうね?」

「わからへん。茶道部の部室やろか?」

「わかった! 茶鈴(ちゃりん)先輩とイチャイチャしたから、その時だ!」

「イチャイチャしてへんて」


 これは後日分かったことだが、茶道部は部長の茶々様とロボットである茶の湯ロボ以外は、全員同じウイルスに感染して倒れていたのだった。


 たわいもない話をしていると、そのうち朱華は寝息を立て始めた。ときおり苦しそうにうめくが、まったく眠れないよりはマシだ。鏡乃はその横で、息を殺して佇んでいた。



 朱華が目を覚ますと、ちょうど夕飯ができあがるタイミングだった。台所に立ち、巨ケツを揺らしながら支度をする鏡乃の姿を、朱華は眩しそうに見つめた。


「あ、シューちゃん、起きた? もう夕飯だからね。できた! ほら!」


 巨大なミトンをはめ両手で運んできたのは、巨大な土鍋だった。今度はこぼさないように慎重に床に置き、蓋を取った。すると、立ち昇る湯気とともに濃厚な香りが小汚い部屋に充満した。


「わ〜、なんやのんそれ。うまそやわ〜」

「これね、牛すじ粥!」


 おかゆをお玉で丼に盛り付けた。朱華はそれを受け取ると、湯気を思い切り吸い込んだ。


「ええ匂いやわ〜」

「でしょ!? 食べて食べて!」


 震える手でレンゲを持った。すると鏡乃が横から念入りに息を吹きかけてきた。


「フー! フー! 熱いから! フー! フー!」


 そして一口頬張る。米なのか、すじなのかわからないほど煮込まれた粥が、するりと喉を通り抜けた。


「うまかー」

「おいしい?」

「うまかねー」

「でしょ? これね、鏡乃がウイルスで倒れた時にね、クロちゃんが作ってくれた料理なの!」

「黒乃さんが……」


 幼い鏡乃が倒れた時、黒乃は必死に姉妹の面倒を見た。父と母は丸メガネ工場の経営で手を離せないことが多かったので、黒乃が妹達の母代わりになることは度々あった。


「牛すじなのに、ちっとも脂っぽくあらへんね」

「でしょ? 牛すじを煮込んだらね、いったん冷やして、浮いた脂を全部取るの。そんでね、その茹で汁でお粥を炊くの。味付けは、生姜とネギとひとつまみの塩だけ……」


 鏡乃の腹が鳴った。二人は微笑み合うと、いっしょに粥をすすった。



 夕食後にまた薬を飲み、朱華は横になった。食後は比較的容体が安定していたので、会話が弾んだ。内容は主に、来月に実施される『特別合同課外授業』についてだ。ロボヶ丘高校とロボヶ丘中学校の生徒達が、豪華客船で太平洋の島にある工場へ見学にいくというものだ。


「どこの島なんだろうね!? ハワイかな!? イースター島かな!?」

「パスポートはいらへんらしいから、外国ではないと思うで」

「おやつも持っていっていいのかな!?」

「豪華客船の中で買えるで、きっと」

「すごい! 楽しみ!」

「せやねー」



 夜が更けてきた。朱華は再びうなされていた。額に手を当てるまでもなく、高熱なのがわかる。顔が真っ赤だ。


「シューちゃん、しっかり!」

「ハァハァ、大丈夫やで。この峠を超えたら、完治やで」

「うん!」


 念のため体温計で熱を測ってみた。41℃近い。一般に、体温は41.5℃を超えると危険とされる。しかし、そうでなければウイルスを死滅させるために必要な過程だ。耐えるしかない。

 苦しむ朱華を鏡乃は間近で見守った。


「ハァハァ。ミラちゃん、どうしてそんなに見てるん? 寝てもええんやで?」

「見てるから」


 朱華は思わず布団から手を伸ばした。それを鏡乃は強く握りしめた。


「鏡乃が倒れた時は、クロちゃんがずっと見ててくれたから。そしたらすごく安心したもん。そしたら次の朝には治ったもん」

「そうなんや……そういえば、桃智姉ちゃんも徹夜で看病してくれたことあったわ〜」


 二人は幼いころの思い出に浸った。高熱で朦朧とした意識と、夢と、現実が混ぜ合わされ、朱華は思わず鏡乃の手を自分の頬に当てた。はるか昔、同じことを姉にしたような気がする。





 朱華が目を覚ますと、小汚い部屋に眩しい朝日が差し込んでいた。不思議と気分はすっきりとしており、熱もなくなっていた。朱華は自分の布団の上にもたれかかって眠る、将来のお婿さんのおさげを撫でた。


「ミラちゃん、本当にずっと見ててくれたんや」

「もう大丈夫みたいね」


 突然声をかけられた。朱華は驚いて顔を上げると、そこにはエプロンを装着した姉の姿があった。


「桃智姉ちゃん!?」

「今、朝ごはん作ってるからね」

「なんでここにおるん!?」


 朱華があまりに驚くので、その余波で鏡乃が目を覚ました。


「ふぁ〜、よく寝た。あ、シューちゃん、もう平気!? あれ? 誰かいる……シューちゃんのお姉ちゃんだ! おはようございます!」

「鏡乃ちゃん、おはよう」

「姉ちゃん、どうやって部屋に入ったん!?」

「うふふ。さあ二人とも、遠慮しないで食べてね。うふふふふ」


 桃ノ木の妖艶な笑い声とともに、豪華な朝食がテーブルの上に並べられた。


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